『もう一度旅に出る前に』27 手紙よこせよ 文・写真 仁科勝介(かつお)
「いつから旅に行くの?」と聞かれることが増えてきた。「来年の春ですね」と言う。すると、半分ぐらいの確率で、「東京からは出るの?」と聞かれる。「住所不定の無職です」と言うと、引かれる。あ、それは引っ越して、実家に拠点を戻すということですよね、うんすんかんすん‥‥。
上京したときからお世話になっている、カメラマンの方々がいる。みなさん共通して、同じ写真学校を出ていらっしゃる。同じ写真学校を出ていると、やはりつながりが残っていて、ひとりでは出来ない仕事を、一緒にやるということを知った。ぼくはさらにその中でも、アシスタント的な雑用を何度かさせてもらっていた。写真学校を出ていないぼくにとってはすごく新鮮で、加えてこいつに経験を積ませてやろうと思ってくださっていて、ぼくはそれがとてもありがたかった。
先日、そのつながりの中で、二人の先輩のカメラマンさんと、一緒に撮影をする機会があった。現場に行くのは数回目で、初めて訪れたときはたじろぐような現場だったけれど、もう以前ほどの怖さはなく、自分も手伝いではなく撮る側になった。
先輩のカメラマンさんは、順々にひと回りずつぐらい、ぼくより年齢が上だ。だから、先輩と大先輩である。それで、先輩と大先輩に指示をもらいながら、おそらく現場の撮影は無事に終わった。大先輩から特段の連絡がないのでそう思っている。
そして、撮影が終わると、いつも慣習的に全員で食事に行く。いや、連れて行っていただいている。ご馳走になってばかりなのだけれど、やっぱり撮影終わりにご飯に行くというのは、ぼくも密かな楽しみであった。お店の場所はどこでも良い。ゆっくり落ち着けて、現場の話をしようがしまいが、みんなでメシを食う、という時間がとても良いのだ。先輩方は車だったので、ぼくの家から近い幹線道路のファミレスに行くことになった。ファミレスなら毎回決まってドリンクバー付きで、それぞれ好きなものを頼む。
「仁科、いつから旅に出るの?」
ファミレスの席で、大先輩に尋ねられた。先輩方の会話の中で、耳にされたことを知った。
「来年の春からです。東京の家も引っ越そうと思っています」
そうか、ふーん。もぐもぐ。もう一人の先輩も、もぐもぐ。ぼくも、もぐもぐ……。
‥‥そうか、ぼくは旅に出たら、しばらく先輩方の仕事をお手伝いする機会は無くなる。と、徐々に気づいた。東京から離れたら、なおのことだ。そのことを、あまり自分では意識していなかった。申し訳ない気持ちになる。
そうして時間が過ぎて、ファミレスから出るとき、大先輩は「これで仁科と会うのも最後かもしれないな」と言ってくださって、あらためて先輩方にお礼のご挨拶をした。ぼくは地元で写真の仕事を辞めて東京に来た。東京で写真の仕事をしている方と出会うことは、最初は怖くもあった。だから、このときにこういう会話をさせてもらって、いろいろと救われた気持ちになった。大先輩は一度もらったことのある名刺をくださった。住所が書いてある。
「旅に出たら手紙よこせよ」
そう言われた。
帰り道、歩いて帰れる距離ではあったけれど、大先輩が車で送ってくださった。家の近くには車に乗ってほんとうに1分ぐらいで着いてしまった。
車から出るとき、「手紙よこせよ」「わかりました!」とファミレスのときとまったく同じ会話をした。よし、いい旅にしよう。そう強く思えた。
仁科勝介(かつお)
1996年生まれ、岡山県倉敷市出身。広島大学経済学部卒。
2018年3月に市町村一周の旅を始め、
2020年1月に全1741の市町村巡りを達成。
HP|https://katsusukenishina.com
Twitter/Instagram @katsuo247
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?