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『もう一度旅に出る前に』24 展示と再会 文・写真 仁科勝介(かつお)

今、表参道の山陽堂書店という書店さんで、写真展を開かせていただいている。火曜日に始まって、定休日の日曜日を挟んで次の土曜日まで続く。日曜日にこのことを書いているので、半分を過ぎたタイミングになる。

先に自戒を込めて言うと、展示が半分終わって感想をまとめるとして、いかようにも言うことができる。そして、それはちょっと危険なことでもある。自分が好きな方が来てくださった。写真集を買ってくださった。たくさんの方々のおかげで、展示が成り立っている‥‥。切り口や印象は、ぼくの書き方次第であるし、話を大きくすることもできる。

だから、それは嫌だと言うことを、先に述べておく。比較では一切なくて、自分を客観的に見なければいけないと思うから。その上で、この一週間足を運んでくださった方々には、ほんとうに心から感謝の気持ちでいっぱいだ。自分が在廊していない日に写真集を買ってくださった方がいた、というのも嬉しかった。来てくださった方、写真集を手に取ってくださった方には、喜んでもらえたらいいな、と心から思うばかりである。

と、ぎこちない前フリだ。そして、いかようにも言うことができると言ったけれど、その中でも、さすがにまるで予想していなかった、不思議なご縁が2つあった。

展示の初日、一人の若い男性が来てくださった。当然マスクなので、わかる人はわかるけれど、わからない人はなかなかわからない。しかしこの男性は、知っているような、知らないような、見かけたことがあるような、ないような、どちらなのかわからない方であった。すると、目が合った。そうなればいざ尋ねてみようと、「あなたは‥‥」と切り出したときに、その若い男性が名乗ってくださった。

「ぼくはあの‥‥西小山の、銭湯の番台の者です‥‥」

一瞬時間が止まり、思考を巡らせ、やがて閃光が走った。

「ああーっ!」

とぼくは膝から崩れ落ちた。わかった。ぼくはこの方を知っている。23区駅一周の旅、すなわちこの展示に向けた旅をしていたとき、散策を終えたあとによく通っていた、西小山の銭湯「東京浴場」さんの、番台のお兄さんなのであった。

「(なぜぼくのことを知っていらっしゃる‥‥!?)」

その若いお兄さんとは、絶妙な関係性だった。特に夏場、散策を終えて、汗もドロドロで、手持ちにはカメラだけで、ものすごくゆっくり歩きながら、東京浴場さんにたどり着く瞬間を、心の癒しにしていた。そのときの番台さんが、お兄さんである確率はそれなりに高く、受付で会うたびに、ほんのひとこと会話をすることも、ちいさな楽しみだった。ある日は「写真を撮っているんですか?」と聞かれて、「まちを撮っているんです」と答えていた。そして、あと少しで、完全に仲良くなれそうなところで、旅が終わったのだ。それからは行く機会がなかった。最後に行った際は、「長い間ありがとうございました」と、謎のメッセージだけ残してしまっていた。

だから、ぼくはお兄さんに、自分のことを名乗っていない。なのに、そのお兄さんが展示に来てくださっている。「どうやって知ってくださったのですか?」と尋ねたら、銭湯の職場の方に、まちを歩いている(変な)人を知らないかと、聞き込みをしたら、ぼくの名前が挙がったとのことだった。不思議なものだなあと、まあ驚いた。お兄さんはゆっくり展示を見てくださって、最後に、「ようやく、謎が解けました」と笑ってくださった。早く東京浴場さんに行かねばと心底思った。

もうひとつのご縁は、土曜日に一人で来てくださった20代の若い男性だ。このときもまた、知っているような、知らないような、という方だったけれど、その方はぼくのことを知っている雰囲気で、話しかけてくださった。

「あの‥‥大学生のときの、隣の隣の部屋の者です」

一瞬時間が止まり、記憶を駆け巡り、雷が落ちた。

「あーっ!君は、隣の隣の!」

ぼくは大学生の頃、大学生協で新入生に部屋を斡旋するアルバイトをしていた。市町村一周の旅を始める前は毎日シフトに入り、周りからは社畜といじられていた。だがその分、新入生の部屋探しにじっくりと付き合うことも少なくなかった。

その中で、彼はぼくが部屋を紹介した新入生だった。2つ年下で、素直な優しい、文学部の男の子。それで、彼の希望する部屋の条件を詰めていくと、当時ぼくが住んでいたアパートが一番良いのでは、という話になった。大学からはやや離れていて、そばには田んぼもあり、大学近くに住む学生からは「田舎」と言われるような地域だった。しかし、家賃は共益費込みで24,000円と抜群に安く、何より大家さんがとても優しかった。ぼくはこの部屋に3年間住んでいたけれど、今でも好きなアパートだ。それで、彼の内見のときはぼくの部屋を見てもらったりして、最終的に同じアパートを契約してくれた。そして、空いていた部屋が、ぼくの隣の隣の部屋だったのだ。

ぼくは当時、彼に「もうすぐ旅に出る」と話していた。彼が2年生になるタイミングで休学をして、市町村一周の旅に出たのだ。その際はアパートも退去した。だから一緒のアパートにいたのは1年間で、その間、直接話す機会がたくさんあったわけではない。でも、彼はぼくがアパートの駐輪場で、スーパーカブの荷台に箱を取り付けていた様子や、実際に旅に出てからの様子を、追いかけてくれていたのだった。というようなことを、今日初めて知った。そんな彼が、大学を卒業して、仕事で東京に住み始めた。それで、休日に展示を見に来てくれたのだ。

「覚えてますか?」

って、そりゃあ、覚えてるよ! でも、君がぼくのことを見てくれていたこと、大学を卒業して、東京で仕事をしていたことは、まるで知らなかった。驚いたし、市町村一周の旅を始める前のぼくを知ってくれていたことを思うと、なんだか嬉しくて、ありがとう以上の言葉がなかなか出てこなかった。

人生は、不思議なところで、人と人の縁がつながっている。ただ、こんなことを言っておきながら、あらゆることを美談にできるような美しい生き方を、ぼくができているわけではない。たくさん失敗をしていて、誰かに謝りたいこともたくさんある。けれど、こういう再会があって、嬉しさと、嬉しいだけじゃダメだという気持ちが混ざり合って、新しい色が生まれたような気持ちになった。もっと写真が上手くなりたいともより強く思った。気負うとか、真面目に生きるとか、とも少し違う。自分に合っていると思う、そして、そう自然に思ってもらえるような生き方を続けることが、せめてもの自分にとって、できることのように思われた。そこには細かな意味まで必要ないとも思えた。自分の心に対して、できるだけ一生懸命に向き合うことしかできない。そのことを信じ抜けたら、たとえそれが夜道だとしても、歩いていけるような気がする。そう思える前半の、展示と再会だった。

写真展『どこで暮らしても』
http://sanyodo-shoten.co.jp/info/#gallery
日程|11月8日(火)〜11月19日(土)(日曜休み)
時間|月-金11時-19時、土11時-17時
場所|ギャラリー山陽堂(表参道駅A3出口徒歩1分)
東京都港区北青山3-5-22山陽道書店2階

写真集『どこで暮らしても』
https://katsuo247.base.shop/items/67894718
B5サイズ、144ページ、ソフトカバー。
編集・校正 / Ryan D. Smith
翻訳 / 伊藤千晴
協力 / 高山亮真、三澤円香
印刷 / 株式会社八紘美術


仁科勝介(かつお)
1996年生まれ、岡山県倉敷市出身。広島大学経済学部卒。
2018年3月に市町村一周の旅を始め、
2020年1月に全1741の市町村巡りを達成。

HP|https://katsusukenishina.com
Twitter/Instagram @katsuo247


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