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『旧市町村日誌』19 北の大地を駆け抜ける 文・写真 仁科勝介(かつお)


8/26(土)晴れ

 27歳になった。誕生日に奥尻島へ行けるなんて、運がいいなあ。流れに身を任せて、偶然そうなったのだから。島でもSNSでも、自分から「今日が誕生日です」と宣言しなくてもいいと思った。やることは1日をこつこつ取り組んでいくことに、変わりないから。

 ゲストハウスimacocoさんに着いて、宿のみなさんと再会した。オーナーは心から尊敬しているゆうとさん。奥さんのかなさんもとっても明るくて素敵だ。さらに、お子さんである3兄妹が素直で無邪気で可愛くてたまらない。そのみなさんと、2年ぶりに再会できた。それだけでも素晴らしい1日だと込み上げてくる。

 
原付を停めたとき、3兄妹がぼくをジリジリと取り囲う。なんだろうと思ったら、「せーの!」とハッピーバースデーを歌ってくれた。自分から誕生日だと言うつもりはなかったので、まさかだった。サプライズを待っていたわけでもないし、だからこそすごく嬉しかった。今朝ぼくが誕生日だと気づいたらしく、それなのに即席でバースデーカードも作ってくれていた。今思い出すだけでも、しみじみする。

 

Imacocoさんでは、拙著『ふるさとの手帖』を置いてくださっている。それだけでもたまらなくありがたいことだけれど、今まで見たどんな本よりも、表紙が色褪せて昭和の本のようになっていた。色がここまで落ちるまで、本を見てくれた人たちがいるのだろうか……。そう思うと、またありがたく嬉しくなった。

 

8/27(日)晴れ

 昨日と今日、奥尻島の天気予報は良くなかったが、結果的に2日間とも晴れた。道内は札幌を中心に大雨だったので、晴れていることが余計にありがたく感じられる。

 夜にゲストさんたちのバーベキューに混ぜてもらった。ホストは春から島へ移住してきたじゅうぞうくん。オーナーであるゆうとさんの教え子だ。去年の冬に札幌で写真展をしたときに、じゅうぞうくんは札幌にいて、展示を観に来てくれていた。心がまっすぐな強い男の子。そして、春から奥尻島へ移住して、今回じゅうぞうくんのファミリーたちがはるばる地元の釧路からやって来たのだった。釧路から奥尻島の手前、江差のフェリーターミナルまでは、車で8時間かかったと。長旅にも関わらず、夜までみなさんものすごくパワフルだった。

 

ひと段落して部屋に戻ってからは、ギターに合わせてみんなで歌をうたった。スピッツに夏川りみ、RCサクセション……。この場には10代から80代までいたけれど、一体感に包まれた空間は、最高だった。動画も撮り忘れたが、今を生きていると感じた体感こそが大事だと思う。

 夜はもう少し続く。みなさんで海辺を散歩して、ゴロンと寝転んだりもした。天体観測、体を開放して浴びる自然は、全身に吸い込まれていく。ゆうとさんたちが作ってくださった居場所で、たくさんのエネルギーをわけてもらった。恩返し、恩送りをしたいものだ。

 

8/28(月)晴れときどき曇り

 5時半にフェリー乗り場へ向かう。早朝なのにゆうとさん、かなさんが見送りをしてくださった。直前には長男の一歩くんも来てくれてた。彼は素敵な両親や周囲の人たちから、奥尻島の自然から、毎日いろんなことを吸収しているように思う。素晴らしいなあ。いいぞ、そのまま進め! と、心の声を大にして。

 洞爺湖町のゲストハウスに着いて、夜20時45分から打ち上がる花火を観に行く。今までと変わらず、半袖半ズボンで外に出ると、夏を迎えて初めて「寒い」と思った。洞爺湖に吹き下ろされる夜風に、涼しさを超えた冷気が含まれている。

 ゲストハウスに戻ってから、宿主の方と話をした。8月にオープンしたばかりだそうで、今までは外国人観光客が多く、旅人が泊まったのは初めてだと。まさかとは思ったが、どうやらほんとうに初めてらしい。日本語で会話できるのは楽しいと、ハイボールを一杯ご馳走になった。

 

8/29(火)曇りときどき晴れ

 朝から気温が下がったように感じる。涼しさにトゲが加わって、ときどき肌を刺すような空気の冷たさ。

 洞爺湖町と伊達市を巡った。上陸した函館市から伊達市まで、まあまあ走ってきたように感じるが、まだ先は長い。

 天気予報をどの程度信じるかで、旅の行程も変わる。降ると思った日に降らず、降らないと思った日に降る。それが北海道の天気。

 

8/30(水)曇りときどき雨

 風がびゅうびゅうと吹き荒れる。正直、寒い。8月になって初めて服を着込んだ。薄いアウターを脱いで、分厚いアウターを着るのではない。薄いアウターを着たままの、重ね着で。

 しかし、今日も全国各地では最高気温が35度なんて、信じられない。そんなわけがない、と言いたくなるのは、同時に2箇所以上の気温に触れることができないからだが、いよいよ北海道らしさが戻ってきていることは、予感している。

 旧鵡川町(現むかわ町)の道の駅のそばに、たい焼き屋を見つけた。旧穂別町(現むかわ町)が恐竜の化石で有名な地なので、たい焼きの名物も恐竜の形をしたものとあった。

 せっかくなので店内へ。店主のおじさんが素早くマスクをして、応対してくださる。味はつぶあん、クリーム、変わりダネのチキンマヨがあって、1個180円。そうだなあ、好きなクリーム味ひとつかなあ。

 

「クリームをひとつ……」

 
と言ったところで、

 
「ひとつ…!?」

 

と、たったひとつしか注文しないのと直接言ってはいないが、ひとつしか買わないのであれば寂しいと、落胆の気持ちが混じっているかのような返事に、狼狽。

 

「クリームひとつと、つぶあんひとつで!」

 

と、うまく駆け引きに乗せられてしまった。最初から2個注文すればよかったかなあ。たい焼き2個が、昼ご飯になった。

 

その後も、門別競馬場で単勝を当てて、いろいろあった1日だった。300km走ったので長い1日でもあった。夜はフリーで滞在できるライダーハウスを利用してみることに。地元の会社がご厚意でひらいてくださっている場所だ。

 
自転車で旅をしている、男性二人と女性一人のペアが先客にいた。あとで聞いたら、三人の内訳は男女のパートナーと、単独の男性一人だが、別の宿で出会って、行路も似ているので今日も宿が重なったそうだ。

 
事件はこの後に起きた。玄関の入り口がとても硬くて、開け閉めに苦労していると教えてもらう。確かにすごく硬い。さっきそのことを、管理してくださっている会社に相談したとも聞いた。そして、いよいよほんとうに扉が開かないぐらい硬くなって、男女ペアの男の人が、「ぼくが開けますね」と、思い切り扉を押したとき——

 

「バッシャーン!!」

 

殺人事件の音と聞き間違えんばかりの、窓ガラスの割れる音だった。玄関の窓ガラスが見事に割れてしまったのだ。全員が固まった。時間は巻き戻らない。

 

この状況で、知らんぷりして立ち去ることだってできなくはない。でも、全員で手分けして割れたガラスを拾い、割れてしまった空間には、パートナーの女性がすばやく、虫が入らないようにタオルケットを張って応急処置をした。もう夜更けで管理会社に電話は繋がらない。明日連絡を取って、謝罪することになりそうだ。ぼくは結果として居合わせた形だが、もし、「ぼくが開けますね」のセリフが自分だったら、ぼくの体で扉を壊していた可能性も大いにあった。なので、明日一緒に謝りましょうと、男の人にも先に伝えた。さすがに、気落ちしていたし。

 

もしここ数日、扉が硬かったのなら、黒ひげ危機一発みたいに、誰かが黒ひげを当てる、つまり扉が壊れてしまう状況になったんじゃないかなと思えた。それが今晩だった。割ってしまったのではなく、偶然くじを引いてしまったような。とはいえ、旅先で窓ガラスが割れるのは、初めてのことだ。

 

8/31(木)曇りと雨

 見事に窓ガラスが割れてしまっても、朝は普通にやってくる。今朝、ほかのメンバーが起きるのを待っていた。彼らは自転車で旅をしているので、肉体的な疲労はぼくより大きいはずだ。堂々たる寝姿に、お疲れさまと言いたくなる。

 やがて全員起きて、思い思いに行動していたのだが、朝食を買いに行っていた、窓ガラスを割ってしまった彼が戻ってきて、開口一番に言った。

 

「自分、さっき会社に電話しました」

 

正直、すごいなと思った。全員がいる場で電話をして、相手方の様子を探るのではない。ひとりで電話することの意味は、責任を自分で背負おうとしたのだから。電話の結果も、「気にしないでください」と懐の深い返事だったそうだ。そのまま出発してもらって構わないと。管理している会社も粋だ。どちらも、人として尊敬すべきだと思った。

 

その彼は、電話の報告の後、みるみる元気になった。彼の勇気は素晴らしい。パートナーの女性の方もしっかり者だったけれど、とても素敵な男女のペアだ。正面から向き合って、逃げなかった。簡単なようで、簡単ではないことだから。いつか同じ状況が、きっと自分にも起きるような気がする。仕事ではすでに何度か起きているけれど。ぼくも何かが起きてしまったら、逃げないことだ。

 旧三石町で、みついし昆布のお店を見つける。昆布ソフトクリームののぼりが立っていたので、入ってみた。注文してみる。ソフトクリームをつくってくれたのは、とても品の良いおばあさんだった。じんわりとした温かさが内側から感じられて、つい話し込む。

 もうすぐ95歳になると聞いて、ほんとうにびっくりした。95歳になる方に、ソフトクリームをつくってもらっていたのか……。「心の持ち方を大切にしてくださいね」と、おばあさんはやさしく言った。1日1日が当たり前ではないこと、普通の生活に感謝すること。その先に、おばあさんが身にまとっていた澄んだ心があるのだと、教えられた気がした。

 昆布ソフトクリームも、もうひとつ食べられるぐらい美味しかった。ほんのり香る昆布も、スッと口の中に馴染む。スプーンは焼き昆布で、そのままかじっても美味しい。塩気と甘さ、どちらもバランスが取れていた。



仁科勝介(かつお)
1996年生まれ、岡山県倉敷市出身。広島大学経済学部卒。
2018年3月に市町村一周の旅を始め、
2020年1月に全1741の市町村巡りを達成。
2023年4月から旧市町村一周の旅に出る。


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