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『もう一度旅に出る前に』31 地味な感じ 文・写真 仁科勝介(かつお)

部屋の荷物整理がはじまった。引っ越しは2月か3月のつもりだが、少しずつ実家へ荷物を移すのだ。6.5畳のリビングに、ヤマトの段ボール12号サイズがあちこち散らばっている。大きな不用品は処分して、あとは自分で運ぼうかな、とレンタカーの予約までしたけれど、気が変わってキャンセルしてしまった。残るのはそこに至るまでの思考だけ。準備はそういうことばかりだ。地味な選択を、ひっそりと繰り返す。

「旅に出る準備をしています」という事柄のひとつとして、ガラケーを買ったことは先に書いたけれど、ほかに今、あまり表立って言えることはないのでは、と自分で自分に釘を刺している。いや、この場合は刺されている、か。

人と話をしていて、「もうすぐ旅に出るんだね」と聞かれることは増えた。そして、「行きます」と言っている。声に出すことは大事だと思うから。しかし、相矛盾することではあるけれど、気をつけないと、その自分に酔いそうな気がして、水分を取りたい気持ちになる。

今回の旧市町村一周の旅は挑戦でもある。が、同時に麻薬的な部分も感じている。“旅”という注射を体に打つわけで、その麻酔で旅を進めるのだから。数週間の旅ならば、ある程度社会と結びついたままだと思う。でも、最低でも数年掛かる見込みの旅をしたいのだから、やや話は違う。体に全身麻酔を打ち続けるようなもので、気をつけないと、その状態に依存して、ボロボロになりそうで。それは旅の副作用、リスクだ。

だから、今こんな準備をしているということを、すべてつらつらと書いてしまうと、まだまだ揺れ動く気持ちを、ほろ酔い状態で安直に決めつけてしまう気がする。特に今、言葉は自分にとって諸刃の剣ではないか? だから、自分を落ち着かせて、地味な感じを手元に残しておきたい。地味な気持ちの変化は、やがてここぞ、と視界が開けて書きやすくなるような時期が来ると思うのだ。

このムズムズとした感覚が、正直な気持ちである。旅を始める前の準備を書くために、この日記があるにも関わらず、ひっそりと準備を進めていますと言うのだから、都合のいい奴ったらありゃあしない。そのくせ、今度は「この準備が進みました」と何事もなく書くかもしれない。優柔不断もいいところで、すみません‥‥。

思うに、端的にまとめると、今、旅に対しての怖さがある、というわけだ。もっと恥ずかしく言えば、ビビっているのだ。旅に。旅は必要だし、依存してもいけない。その距離感を保てるのか? と。だから、特に1月の今、旅が近づいてきて怖い。でも、怖いって、旅に限らず、よくあることの気もするけれど。ということを、地味な気持ちとして、書き残しておく。



仁科勝介(かつお)
1996年生まれ、岡山県倉敷市出身。広島大学経済学部卒。
2018年3月に市町村一周の旅を始め、
2020年1月に全1741の市町村巡りを達成。

HP|https://katsusukenishina.com
Twitter/Instagram @katsuo247

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