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『旧市町村日誌』27秋が深まって 文・写真 仁科勝介(かつお)


10/21(土)雨
 
寒いと感じる中でも寒い。パソコンの液晶修理は断られ、冬用の防寒用品をいくつか買い、カブのオイル交換をしてもらい、新潟大学に通うKくんと食事に行った。連れて行ってもらったお店の外観は老舗の居酒屋ながらも、暖簾をくぐると客が大学生ばかりで驚いた。夜はK君の部屋に泊めさせてもらう。パワプロで久しぶりにゲーム対戦をした。しぶとく一二塁間を抜いて、7-8でサヨナラ勝ちしてしまった。
 

10/24(火)晴れ
 
朝4時半。東の空は明けの明星が輝いている。薄い朝霧の中に入り、対向車のヘッドライトで吐息が白いことに気づいた。
 
カーフェリーで向かった先は、5年ぶりの佐渡島だ。ほとんど初めましての気持ちで島に上陸する。昔ながらの黒い家屋が山並みと重なり、島に溶け込んでいるのだった。史跡もだが、まちなみも佐渡の宝に感じられる。
 

10/25(水)雷雨のち晴れ
 
6つの町村を巡り、佐渡島の旅を無事に終える。赤泊や羽茂の景色も好きだった。そして、宿根木は本物だ。あの雰囲気は、一度壊してしまったら、もう二度と取り戻せないものだよ。海運の繁栄が生み出した暮らし‥‥。
 
パソコンが壊れてしまっていたが、岸田奈美さんが使っていないものを貸してくれると連絡をくれた。ああ、なんてありがたいんだ‥‥。
 

10/26(木)晴れ
 
佐渡汽船から見た朝焼けが忘れられない。島影は黒く引き締まり、うっすらと朝日を浴びた入道雲は、水墨画のようであった。ほんとうに美しかった時間は5分に満たない。諸行無常也。
 
燕市までやって来た。残りの日数と、旅の時間は限られている。休めへんで。その中でどれだけできるか、気持ちを整えておかなくちゃ。
 

10/27(金)曇りと雨
 
燕三条の工場の祭典に合わせて、三条市の工場を案内してもらう。黙々と折り曲げのプレス加工を続けるおじいちゃんとおばあちゃんの姿が脳を刺激した。漁師の家庭なら、漁港で黙々と作業をしているし、農家は農家で同じだ。とにかく黙々と‥‥。日本を支えているのは、こうした人たちであることを、自分はほんとうに、腹からわかっているだろうか。
 

10/28(土)新潟は雨、東京は晴れ
 
日帰りで丸の内までパソコンの修理受付へ行く。受付を担当してくれた男性は明らかにヨーロッパの人で、聞くとスペインから来たそうだ。「まだ日本に来て2、3年ですよ。ぜんぜんふつうです」と日本人みたいな返答。
 
齋藤陽道さんと佐内正史さんの展示に立ち寄る。ああ、いいタイミングで行けたな。佐内さんは在廊していて、静岡詩の写真集にサインを入れてくださった。さらに写真と言葉のヒントを教えてくださる。
 
燕市に戻ると、泊まっているゲストハウス「トライアングル」が、「虎イアングル」へと名前を変え、日本シリーズ初戦のパブリックビューイングが始まった。ぼくもユニフォームを拝借して、阪神を応援する。8―0で勝利。声が枯れそうだよ。贔屓チームががんばっている姿を見ることが、こんなにも幸せだなんて。
 

10/30(月)雨のち曇り
 
出発しようと思ったら、雨がざあざあと降っている。雨雲レーダーを見ても、全国でこの地域だけが降っているようだった。なるほど、どうする‥‥? ゲストハウスのオーナーのぬまっちさんに宿で作業しても良いかと相談したところ、追加で一泊しても構わないよ、と。その後、ぬまっちさんに美味しい回転寿司をご馳走になり、つめ切りで有名な諏訪田製作所を案内してもらう。何もかもお世話になってしまった。ありがたいなあ。簡単には返せない恩をいただいてしまった。
 

11/2(木)雨のち曇りのち晴れ
 
全国の雨雲レーダーを見ても、新潟県だけに、さらに言えば、自分がいる長岡周辺だけに、大きな雨雲がかかっていたのだった。空は分厚い雲に覆われている。
 
だから、ついていないと思ったことも事実だが、ついていると思ったことも事実だった。午後からの出発になったことで、柏崎市の3つのまちをバランスよく巡ることができたから。荻ノ島集落はずっと行きたかった場所で、雨上がりの集落にやわらかい光が当たっていた。恋人岬は夕日が雲に隠れているはずなのに、太陽だけは姿を見せてくれた。
 
ネットカフェで、阪神とオリックスの日本シリーズ第5戦を観る。執念の逆転勝利に感動するしかない。ひとり、狭いネットカフェの席で観戦していても、ひとりじゃないような気持ちだった。
 

11/6(月)晴れのち曇り
 
東の空はオレンジ、西の空はピンク色の朝焼けが地上を包み込んでいる。風が強い予報ではあったが、開けた道になると一気に暴風と化し、目の前に落ち葉が次々と降ってくる。
 
妙高高原の苗名滝、松代の星峠、松之山の美人林、中里の清津峡‥‥。すでに多くの葉が落葉し、裸になった枝木ばかりで殺風景になりそうなはずなのに、紅葉した葉が散りばめられていることで、景色が暖かい。紅葉に身を預けていると、四季の中心は秋なのではないかと感じられるほど。
 
峠で写真を撮ったあと、戻るとバイクが強風で倒れていて、ヘルメットがない‥‥。しまった‥‥。底のない茂みの中に落ちてしまったらしい。必死に探す。ヘルメットがないと、進みようがない。5メートルほど下の茂みに落ちていることをようやく見つけて、準備運動をする。自分が落ちさえしなければ取れそうだ。指を切ってしまったが、無事に救出することができた。危ないところだった。バイクもヘルメットもごめんね‥‥。
 

11/8(水)曇りのち晴れ
 
新潟県巡りの最終日。魚沼、南魚沼を巡ることができた。八海醸造が運営している魚沼の里にある「みんなの社員食堂」の魚定食が美味しすぎたのがなにより衝撃だった。
 
覚悟していた三国峠を無事に越える。進むことに精一杯で写真は撮れなかったが、夕日を浴びる峠の山並みは心底美しかった。カブも止まることなく走ってくれた。あと3日もすれば寒気がやってくる。三国峠も多少は雪が降るだろう。日程的にも紙一重だった。
 

11/9(木)曇りのち晴れ
 
群馬から東京まで、およそ130キロの移動。小休憩を挟みながら、最後は環状八号線を進んで目的地まで辿り着いた。かかりつけのバイク屋さんにカブを預ける。減速時にカラカラと音が鳴ることや、登り坂でエンジンが何度かストップしたことを伝える。
 
「総走行距離が7万キロを超えている割には、いいエンジン音ですよ」の言葉に大きな安堵。少し休んで元気になってくれるといいな。ここまでも長い距離を走ってくれてほんとうにありがとう。
 
丸の内でパソコンを受け取る。12万円もかかってしまったが、データも初期化されていないままで、感動が大きい。奈美さんにパソコンを借りていた間、仕事の締め切りもあったので、パソコンが使えるありがたさがさらにわかった。もう、壊さないように気をつけなきゃね。
 

11/10(金)雨
 
東京から久留米まで移動した。夜風が冷たくて、ああ、九州でも季節が進んでいるのだなあと。昨日まで原付で移動していたのが嘘みたい。撮影になると、まったく別の時間軸が動き出す。一度セーブして、別のプレイヤーでもう一回再起動するみたいな。
 

11/15(水)晴れと曇り
 
土曜日から今日まで、終日撮影が続いていたけれど、無事に終わる。全体を通して良い経験ができたなあ。そして、旅の再開はカブの受け取りも考慮して、一週間後になりそうだ。実家に戻って一週間も過ごせるなんて久しぶり。とても良かった。
 

11/17(金)おおむね晴れ
 
仕事の編集作業が一通り終わった。まだ、残っていることはたくさんあるけれど、ひとつひとつこなすことでしか、解決できないからね。
 
お父さんが、運転中に新車と接触してしまったらしい。帰宅後に落ち込んでいる。そうだよなあ。身近なところでも事故は起きてしまう。安全運転を大切になんて言うは易しだけれど、何事もなく過ごせた日がありがたいことを忘れずに。




仁科勝介(かつお)
1996年生まれ、岡山県倉敷市出身。広島大学経済学部卒。
2018年3月に市町村一周の旅を始め、
2020年1月に全1741の市町村巡りを達成。
2023年4月から旧市町村一周の旅に出る。

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