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いぬじにはゆるさない 最終回・第15話「イイジマアキラ」

真面目な真面目なイイジマ君は、苦労人の人格者。

人目を引く高身長のスラリとしたスタイルの持ち主で、そこそこ異性にモテるくせに『ある意味で恋愛初心者』と称される、非常に不器用な大男。

真面目過ぎる人というのは、時としてとんでもない事をやらかしてくれるものだ。

“転勤願いを出した。”

イイジマの一言で私達を取り巻いていた幻想世界は吹き飛び、一気に現実に引き戻された。

「……まさかと思うけど、それって私のせい?」

恐る恐るそう質問すると、イイジマは眉間の皺(しわ)を益々深くして答えた。

「恐がらせたし、俺はもう側に居ない方がいいと思って…って、こんな言い方したら責任感じるよな。ゴメン。いや、もちろんそれだけじゃ無くて…。」

それからイイジマはポツポツと語った。

もともと地元以外に住んでみたいという気持ちはあったけれど、進学や就職の際にそれが叶わなかった。父親の体調もずっと落ち着いてるし、弟もこの春から地元の役所で働いていて、良いタイミングだと思った、と。

「どこに行くの?」

近くであって欲しいという願いを込め、聞いた。しかし返ってきたのは、あまりに予想外の答えだった。

「希望を出したのは、沖縄地区。」

「沖縄ぁ!?」

「沖縄って、海風が強い土地柄から車がサビやすくってさ、それで新車が売れにくいし、本島だけじゃ無くて離島も多いしで色々難しくて、なかなか行きたがる人が居ないんだよ。だから、希望したらほぼ通る。以前から南の島って興味あったし。」

確かに、イイジマはマリンスポーツが好きだ。そして、彼の爽やかな外見には海が良く似合う。

ふと、数年前に友人達で海辺の民宿に泊まりに行った時の事を思い出した。イイジマは水を得た魚のように活き活きとしていて、運動音痴な上に肌が弱い私はずっと浜辺からその様を眺めていたものだ。

沖縄と聞き、物理的な距離だけでは無い、精神的な隔たりを感じた。

本当に遠くに行ってしまうのだ。

イイジマの気持ちは、きっとまだ私にある。もし私が付き合って欲しいと言えば、遠距離でも何でも喜んでくれるに違いない。

けれど私には、この真剣な決意を混ぜ返して良い程の情熱や覚悟は無いのだと気付かされた。

向かい合ったイイジマの背中越しに、無数の蛍が飛び交っている。ぼんやりとその明かりを眺めているうち、自然と全身から力が抜け、私の口からは大きなため息が漏れた。

(…何か、疲れた。)

25歳の終わり際、結婚を約束していた恋人と別れ、暗闇を必死に走り抜けた。26歳になり、淡く痛い恋と友人からの告白が同時に訪れ、そしてそれはどちらも消え去った。怒濤(どとう)のような1年間。気が付けば、私はもうすぐ27歳になる。

けれど、時は確実に私を癒やしてくれた。

私はすっかり地の性格を取り戻し、笑えるようになっている。

「イイジマ…いや、アキラ君!」

普段口にする事の無い下の名を、改めて呼んだ。

それを受けて少し驚いているイイジマの顔は、次の私の言葉でその驚きの色を更に濃くした。

「アキラ君、キス、させて?」

「ばっ……はぁっ!?ええ??…いやいや、ちょ…えぇ!?」

もし今缶ジュースを飲んでいたら吹き出していたのだろうな、という位にベタベタな動揺を繰り広げるイイジマ。そして、そんな彼に間髪入れずに私は迫った。あの日、告白してくれた時の彼のように。

「“やらせろ”とは言わない。気まずくなるのはまっぴらゴメンだしね。でも、いいじゃん、キスくらい。させて?」

「やら…アホか!女が何言って…いや、そもそも立場が逆!!」

「“男友達とキス”なんてする機会、多分もう一生無いもん。私は好奇心が満たされる、イイジマは好きな相手とキスできる。win-winの関係でしょ?」

「お前、馬ッ鹿だろ!?」

イイジマは最早(もはや)半笑いだ。私も、更に笑いを誘うように「その馬鹿を好きになったのが運のツキ~!」と、蛍達をバックに小躍りをした。

謎の高揚感が私を包み、一際大きな声で彼に言う。

「いいから黙って目を閉じろ!!」

私の声で驚かせてしまったのか、イイジマの後方で無数の光がわっと割れた。

イイジマはやっと観念したらしく言葉通りに目を閉じたが、長身の彼の頭部は遙か上空にある。どうしろというのか。

「しゃがんで!」

指示されるがまま、勢いよくしゃがむイイジマ。

目を閉じたまま『王の前に跪(ひざまづ)く騎士のポーズ』を構えた彼は、何だか笑えるくらいにカッコ良かった。

そっとイイジマの顔に手を添えると小刻みな振動が伝わり、彼の口から「わ…。」と小さな声が漏れた。何だかイケないことをしているようで、ちょっぴりゾクゾクした。

三日月が浮かぶ夜空の下、無数の蛍の光に包まれながら、私は彼の唇にそっと自分の唇を押し当てた。

「ご馳走様でした。」

私のふざけたセリフと同時に、イイジマの目が開く。

イイジマもふざけた口調で「あざっす!」と返し、ゆっくり立ち上がった。

「…俺さぁ、今日の事は一生忘れない。」

そう言ったイイジマはこちらに背中を向けていて、どんな顔をしているのかは分らない。

その言葉は告白された時と同じくらい私の胸を揺さぶったが、私はその大好きな友人の背中に、『それをすっかり忘れられるくらいの幸せが、コイツに襲いかかりまくりますように』と、呪いをかけた。

イイジマはずっと背中を向けたままだったので、私が半分泣き出しそうな顔をしてそう念じた事は、三日月と蛍の群れだけが知っている。

帰りの車内、イイジマが呟くように言った。

「俺、かっこ悪っ…犬死にじゃん…。」

かつて私が口にしたその言葉に驚いていると、イイジマは苦笑いして続けた。

「あの頃、俺、仕事に行き詰まっててさ。何かこの言葉が胸に刺さって、それからがむしゃらに頑張った。そしたら営業成績も伸びて、仕事が楽しくなったよ。」

もしかしてそれから私の事好きになったの?と、問う私に、イイジマは意地悪く笑った。

「とっくの前から!いつからかは絶対教えねぇ!!」

そう言うイイジマは物凄く良い顔をしていて、私は心の中で(吹っ切れた顔しちゃって、全然犬死になんかじゃ無いじゃん。)と、呟いた。


・・・・・


それから私は27歳になり、ある日偶然道ばたで出会った男(ひと)と数日後にこれまた偶然再会し、急激に親しくなった。

その男は、「一人旅をする女の人ってどう思う?」という私の問いに、「全部自分で計画するって事?めっちゃすごいじゃん!」と答え、「浮気の心配とかするタイプ?」という問いには、「俺が世界で一番イイ男だから浮気するわけがない。」と答えた。

このポジティブでファニーでクレイジーな男の発想はいちいち愉快で、私達は付き合うようになった。そして付き合い出してすぐ、「結婚するって決めてるから!」と、何の相談も無しに満面の笑顔で言われた。

28歳の私の誕生日は、その男の苗字で迎えた。

私が結婚してから2年後、イイジマが沖縄の離島に婿入りすると聞いた。彼は沖縄本島で働いている筈だが、何かの縁で出会ったのだろう。

「相手は10歳も年下で、両親が居なくて身寄りがじいちゃんだけで、そのじいちゃんが漁師なんだって。で、イイジマ、脱サラして漁師になるってさ!」

“俺、どこから驚いていいか分らんかった”と、動揺したままのモンちゃんが電話で教えてくれた。

イイジマとは、あの日の別れ際に「モンちゃんと女子アナの結婚式で再会しよう。」と笑いながら約束したっきりだ。

なので、モンちゃんが女子アナと結婚してくれないとイイジマとは再会できないのだが、会って確認しなくとも、スペシャルに幸せそうなイイジマの姿が浮かんだ。


今もずっと、『沖縄』と聞いて私の頭に浮かんでくるのは、やたらと背の高い漁師が幸せそうに笑っているイメージだ。

そしてその背の高い漁師の隣では、真っ黒に日焼けした小柄で可愛らしい奥さんが、彼と一緒に笑っている。






いぬじにはゆるさない・完




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