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いぬじにはゆるさない 第13話「脱皮」

※注意※

初めての方、

また、前回の12話までをお読みで無い方は、

本編の前に引き返すようお願いいたします。

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『真実』や『人の気持ち』というのは、一体、どこまでを知れば良いのだろうか。

そして、どこまで知る事が許されていて、どこまでを受け入れるべきなのか。

生きていれば知りたくも無い真実を突きつけられる事もあるし、勇気を出して開けた扉の先に希望が待っている事もある。けれど、相手があっての話ならば、無理に扉をこじ開けるのは問題だ。それが功を奏する場合ももちろんあるが、大抵の場合は拒否されて終わりだろう。相手を無駄に傷付け、時にはこちらも痛手を負う。

元恋人から一方的に届き続けたメールの中に、私の方が浮気をしていると思い込んでいて、その疑心暗鬼から心細くなっていた時に言い寄られて間違いをおかした、という言い訳があった。

彼の性格上、その話はおそらく真実なのだろう。

メールが届いた時は怒り心頭だったが、大分時間が経ってからその彼の言い分を思い出した時、私の気持ちは少し軽くなったのだ。

『例え浮気が無くとも、あのまま結婚せずに別れて正解だった』、と。

彼は私を信用できなかったし、私は常に自分優先で彼の気持ちに寄り添う事をしなかった。

一人で映画や外食に出かけ、気まぐれに旅をする私の趣味嗜好。それらに対し、彼は良い顔をしていなかった。相性の問題もだけれど、それ以前にすり合わせや喧嘩すら出来ない仲だったのだ。

例え結果は変わらずとも、『知る事』によって心の中は変化する。

そしてもちろん、その変化は必ずしも良い物とは限らないのだけれど。

・・・・・

『今から会いたい』と言った事も、そもそもこちらから急な電話をかけた事すらも初めてだった。

拒否されるのを覚悟の上で取った行動だ。実際、電話を取ってすぐの彼の反応は実に怪訝なもので、私からの着信に戸惑っているのが伝わってきた。

しかし、彼の返答はあまりに意外なものだった。

「あんた、今どこに居んの?行くわ。」

ちょうど大きい仕事が一段落した直後だった、と、少し嬉しそうな声色に切り替わった。珍しく機嫌が良いらしい。

今は外に居るからどこか分かりやすいところで会おうと提案したが、いいから行く、と押し切られた。

待ち合わせは、ウォーキングコースからは大きく外れた噴水のそばにした。いつもの金曜の夜ならば部活帰りに話し込む学生や恋人達の姿があるのだが、雨上がりの今夜はベンチも濡れていて、近くに人影は無い。

相手は、当然のように火の付いた煙草を左手に持ったまま現れた。

「珍しいな。」

私からの電話の事なのか、それとも、いつも彼と会う際にはきちんと着飾っている私のジャージ姿の事なのか。それが何を指すのかは分らなかった。

「来てくれてありがとう。」

私がそう言うと、ヘビちゃんはいつものポーカーフェイスで「こちらこそ」と、冗談めかして返した。

夜の公園は必要以上に静かで、外灯に吸い寄せられた虫の焼ける音が響いた。空は曇っているので、月は出ていない。

ヘビちゃんと出会ったのも『公園』だったな、と、ぼんやりと思った。

「あんたが急に呼び出すなんて色っぽいデートのお誘いかと思ったけど、そんな感じじゃなさそうだな。」

軽口を叩き、短くなったタバコを携帯灰皿に押しつける。そして直ぐさま取り出した新しいタバコに火を点けている彼に、言った。

「確かめたい事がある。」

瞬間、ヘビちゃんの顔には『しまった』という言葉がはっきりと浮かんだ。

ああ、きっとこの人は、女の人から詰め寄られた経験が本当に多いのだ。私からも、「私の事をどう思ってるの?」だの、「この前一緒に居た女は誰?」だのと、まくし立てられるとでも思ったのだろう。

彼は深く深くタバコの煙を吸い、広く大きく吐き出した。それから、やっと面倒臭そうに応じる。

「…何?」

雨で湿った土の香りの中、ヘビちゃんのタバコの匂いが広がった。

「答えたくなかったら、言わなくていいから。」

「別に、あんたに隠すような事も無いけど?」

私が聞きたいのは、きっと彼が想像しているような痴話話(ちわばなし)では無い。

『それ』は、ずっと私の心の中に引っかかりつつ、けれど確かめる必要も無いからと口にせずにいた事だ。そして何より、『それ』を確かめる事は私には許されないだろう、と。

やめておけ、と、私の中の私が言う。

この、恋人同士とも、友人とも、身体の関係とも、綺麗なプラトニックとも違う、曖昧で奇妙で不思議な関係は、きっとそろそろ引き際だ。

『それ』を確かめた所で、一体どうしようというのか。彼と会うのは楽しかったし、それで充分なはずだ。このまま、何も知らずに終わればいい。

なのに、私の口は止まらなかった。

「ヘビちゃん、前に、中学一年から関東のおじさんの家に住んでたって言ってたじゃん?」

「はぁ!?」

あまりに想定外の質問だったらしく、ベビちゃんは一瞬の間を置いてから答えた。

「唐突だな。そうだけど?」

「その話をする時、『転校した』って言ってたよね。なら、中学に入学したタイミングじゃ無くて、途中から関東に行ったって事?」

「ああ、そうだよ。三学期から。で、何?」

人は嘘をつく。それは、時として自分を守るためだったり、相手を笑わせるためだったり、時には嘘をついた理由が自分でさえも分らなかったりもする。

彼がする話は、いつも“半信半疑の有象無象“ばかりだった。

けれど人間は、100%の作り話というのはなかなか出来ないものだ。大抵の場合、そこには真実が見え隠れしている。秘密を抱えるのは苦しいから人知れず吐き出したい、と。

「親の転勤でも無いなら、何か『転校する必要』があったんだよね。もしくは、無理矢理させられた。」

タバコを吸う手が止まった。

黙ったままのヘビちゃんは珍しく神妙な顔をしていて、そこには更に珍しく動揺の色が浮かんでいた。

彼は、お酒を飲めないのは十代でアル中になってやめたからだと言っていた。それから、オーバーワークをこなしているのは『俺が死んだら、せめて親戚の不幸なガキに金がいけばいいと思っている』とも。

全てが嘘では無いし、真実でも無いだろう。そこにあるのは、『嘘に近い真実』だ。

引き返すなら今だ、と、私の中の私が再度止める。

けれど、もう私には私自身を止められなかった。


「ヘビちゃん、子どもが居るの?」






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