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いぬじにはゆるさない 第3話「イイジマ(2)」

そういえば、と、気が付いた。

26年間生きてきて、「男友達」とデートをした経験が無い。

それまでの彼氏やデート相手と言えば、友達の友達くらいの距離感だったり、知り合ってすぐだったり、そこから何らかのきっかけがあって初デートをするというパターンだった。

というか、世間一般的にも、おそらくその流れの方が圧倒的に多いんじゃないだろうか。

だから、水族館入り口手前の広く長い階段を昇る時、イイジマがこちらに差し出してきた手をどうしていいか分からずにフリーズしてしまったのは、全くもって仕方が無い事だと思う。

「嫌?」

曖昧な笑みを浮かべて立ち尽くしている私に、手を差し出したままのポーズで問いかけるイイジマ。

「…嫌ってワケじゃ…ないけど…。」

とっくの前に『異性ではない(※広義の意味では異性)』というラベルを貼っていた相手。その相手を改めて意識し直す作業というものは、悶絶してしまいたくなる程に恥ずかしいのだと初めて知った。

「嫌じゃないなら大丈夫!!」

よく分らない理屈を言われ、半ば強引に手を取られる。長身の彼を見上げると、意外や意外、私以上に恥ずかしそうな顔がそこにあり、何だか振りほどけなくなってしまった。

「グイグイ来るね~。」

照れ隠しで笑いながらそう言うと、イイジマもおどけるような口調で返した。

「もうね、捨てるモンないもん。ガンガン行きますわ。」

捨てるモン、というのが何を指すのか。

良くも悪くも戻れないであろう、今までの友人としての良好な関係の事か。

それとも、『恥』や『外聞』か。

イイジマは、私に好きな人が居る事を承知の上で告白をし、「返事は保留で良いから」「あっちと付き合ってるわけじゃないんでしょ」「デートして下さい」と次々と畳みかけ、長期戦の構えを取った。

まさしく『恥も外聞も無い』といった熱烈さは、ある意味やけっぱちとも取れるものだったが、しかしそれは正直なところ私の心を揺さぶったのだ。

イイジマの事は、好きか嫌いかで言えばもちろん好きだ。ここまで言ってくれるならデートしてみてもいいじゃないか、と。

そして出かけた水族館は、想像以上に楽しかった。

ガラス越しに人なつっこく寄ってくるスナメリ。フンボルトペンギン達のお散歩ショー。ジンベイザメが大胆に泳ぐ大水槽。

天気は良いし、会話は途切れないし、イイジマは優しいし。

それから、仕事の電話が頻繁にかかってくる事も無ければ、「タバコ吸ってくる」と唐突に置き去りにされる事も無い。

ヘビちゃんの顔が脳裏に浮かぶと同時、イイジマとつないでいる手の感触は益々違和感を帯びた。

(いやいや、それもおかしい話でしょうよ。)

私の意識は目の前のイイジマから飛び、自問自答する。

(別に、ヘビちゃんと手をつないだ事だって無いワケだし?「あの人の手と違う」なんて、少女漫画じゃあるまいし。)

(少女漫画は置いといて、1回だけ、ある気がする。)

(え、嘘、いつ?どこで?何で?どういう流れで?)

必死に思考を巡らせている私の視界の端で、大学生風の女の子達がこちらを見ながら何やらヒソヒソと話しているのが見えた。

まただ。

イイジマとデートをしてみて、気付いた事が3つある。

1つは、イイジマの極端なほどの高身長とスラリとしたスタイルは、一定の異性の興味を強く引くのだという事。何となく分ってはいたけれど、それまでは特に意識していなかった。

1つは、私は『通りすがりの女性達が自分のデート相手を振り返る』程度のささいな事で、元恋人との泥沼がフラッシュバックするのだという事。

元恋人に未練があるワケではさらさら無い。むしろ逆だ。けれど、未だ傷は癒えていないらしい。

そしてもう1つは、どうやらその傷口をふさいでくれていたのは、何を考えているのかさっぱり分らないへビースモーカーの男で、そして私は自覚していた以上にその男の事が好きで必要なのかもしれない、という事だ。

「好きにすればいいじゃん、別に。自由でしょ。」

あの日冷めた目でそう言ったくせに、何も変わらず連絡をよこしてくるクセ者を。

イイジマの手を掴んでいた力がゼロになると、何かを察したようにイイジマの方も力を抜いた。

ぶらり、と、お互いの手が空を切った。





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