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なぜ戦車が必要なのか

2022年に起きたウクライナ・ロシア戦争(仮称)で歩兵が携行する対戦車誘導ミサイル(英語略称:ATGM。以下ATGMと呼称する)の効果が喧伝され、これにより戦車不要論が顔をのぞかせています。
しかし、今回活躍しているジャベリンが配備開始されたのは1996年であり、それ以降も開発したアメリカを含めて世界中の国で戦車は運用され、国によっては新型戦車すら開発・配備しています。
軍人たちはジャベリンという素晴らしい道具がありながら、戦車というカモをわざわざ使うような愚かな人たちなのでしょうか。
しかし、その可能性は低いでしょう。
戦車をボコボコにできるジャベリンという道具があったとしても、戦車は必要な兵器だと彼らは判断しているのです。
しかし、ジャベリンの活躍を見て戦車はもはや不要と言う人が散見され、一部の安全保障の専門家ですらそれに言及していました。
そこで、筆者が一介のミリタリーオタクとしての考えを表明したく思います。
ちなみに、本文章を書く上で有力な書籍などは参照にしておらず、筆者の脳内の知識だけで書き連ねるので致命的な間違いがあるかもしれません。その場合はそっと指摘いただけると大変うれしいです。

なお、現在のウクライナ情勢について軍事面はnoteではユーリィ・イズムィコ氏のものが最も参考になるかと思います。
基本的に有料の記事ですが、それだけの価値はあると思います。

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ある兵器消えるとき

まず基本の話として、対抗兵器があるからその兵器は必要ない、というのは明確に間違った思考となります。
例えば、アサルトライフルという歩兵が使用する基本的な兵器がありますが、これを人間に向かって使用し命中した場合、死亡するか何らかのけがを負い、戦闘不能となります。
また、迫撃砲という比較的小口径の砲から発射された砲弾がさく裂したら数十メートル範囲の歩兵が死傷します。
しかし、こういった歩兵を倒せる兵器があるからといって、歩兵という兵科はなくなっていません。
同様に、ATGMという有力な対戦車兵器があるからといって、それだけで戦車が戦場から不要になるわけではないのです。

戦場からある兵器が不要になるケースは以下の二つに集約されるかと思います。

1.その兵器の役割を果たす上位互換の兵器が出てくる
2.その兵器が役割を果たすことができないほど強力な対抗兵器が出てくる

1.のケースの例は騎兵と装甲車です。人間が歩くスピードより速く戦場を移動する騎兵は、機関銃と大口径野砲が登場した第一次世界大戦においても、一定の存在感を発揮していました。
なぜなら、馬よりも速く移動する手段が人間にはなかったからです。
なので、機関銃で撃たれたり近くに砲弾が着弾してさく裂したら馬を含めて行動不能になるとしても、馬を使い続けるしかなかったのです。
しかし、内燃機関を搭載した自動車や、それに装甲を施した装甲車などの登場により、騎兵の戦場での役割であった偵察・捜索・襲撃は代替されることとなり、騎兵という兵科は滅びました。

2.のケースはあまりないと思われます。
筆者が思い浮かんだのは永久要塞です。日本人なら旅順要塞が想像しやすいでしょうか。
永久要塞とは軍事上の要衝に防御用施設を構築したもので、兵員を収容できる地下施設、生半可な砲撃ではびくともしない構造物、敵を撃退するための機関銃や砲を備えたものです。
永久要塞は歩兵の突撃を阻止し、膨大な砲撃を長期間にわたって行わなければ無力化できない、かといって重要な位置にあるので無視することもできないので攻撃せざるを得ない、と厄介な構造物でした。
日露戦争で戦略上重要な旅順要塞を攻略するために日本軍が多大な出血をしたことは有名なエピソードかと思います。
しかし、飛行機の登場により要塞の構造が航空偵察により丸裸にされること、航空攻撃により一方的に攻撃されること、戦車など機械力の登場で機動力が重要視されるようになったことで自軍の大兵力を駐屯させる必要がある要塞の価値が減じたこと、などにより無力化され姿を消しました。
私は、これ以外に2.のケースが思い浮かびません。他に良い例がありましたら教えてください。
兵器が姿を消すケースの多くは1.であろうかと思います。

さて、ATGMと戦車の関係がこの1.2.のケースに当てはまるかどうかを考えてみましょう。

戦場での戦車の役割

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<画像はwikipediaより引用。ロシアの主力戦車T-80U。ロシアの現行戦車は多種あり、似たようなシルエットしかも各タイプで多様なバリエーションがあって筆者には全然見分けられない>

まず戦車が戦場で果たす役割についてかいつまんでお話します。
戦車という兵器は、不整地を機動可能な走行装置を持ち、敵戦車の主砲に耐えうるだけの装甲を持ち、敵戦車を撃破しうるだけの火力を持つ、機動力・装甲・火力が高いレベルでパッケージされている火力プラットフォームです。
現代の戦場では、歩兵は塹壕を掘り陣地を構築して防御します。また、後方にいる砲兵は陣地の前方に火力を向け、敵の攻撃を粉砕するべく待ち構えています。
戦車は、こういった猛烈な火力の中を突撃し、歩兵が構築した陣地を踏み越え、後方の砲兵を蹂躙し、ひたすら前進することが求められています。
そのため、生半可な火力では撃破できない装甲を持ち、構築された障害を踏み越えるキャタピラーを備え、抵抗する火点を粉砕する火砲を装備しています。
また、戦車は攻撃だけではなく防御局面でも役目があります。突撃してきた戦車、ないし陣地を突破した戦車を迎撃することです。
敵戦車が戦線のどこを突破してくるかを事前に予測することは難しく、そのため突破後に機動力で駆けつける必要があります。
また、一方的にやられては役目が果たせないので、その装甲で敵戦車の攻撃にある程度耐え、こちらの火力で敵戦車を撃破することが求められます。
この二つの役目を果たすためにこのような構成になっているのです。
また、こういった高度な装甲を持っていることから現代の戦場において戦車を撃破可能なのは基本的に戦車もしくは対戦車兵器だけです。

ATGMの役割

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<画像はwikipediaより引用。FGM-148 ジャベリン。対戦車ミサイルの代表みたいな扱いになってるが対戦車ミサイルの中でも相当に高価と言われており、あまりの高価さからアメリカ議会で不要との声が上がったとかどうとか>

次にATGMという兵器について見てみましょう。
ここではジャベリンを念頭に置き、歩兵が持ち運びするATGMについて論じます。
ATGMは戦車を撃破するための兵器、対戦車兵器の一つです。
誘導装置とミサイルで主に構成され、誘導装置で照準し、発射されたミサイルは正確に目標に向かって飛翔します。
水平に飛翔するダイレクトアタックモードと脆弱な戦車上面装甲を狙うトップアタックモードがあり、特に後者を防御できる現行戦車は存在しないでしょう。
歩兵一人での運用が可能なのも魅力の一つです。
ただし、ジャベリンはシステム全体で22.3kgの重量があるとされています。
対戦車火力という点では戦車に並ぶ、場合によっては上回るものでしょう。
しかし、人間が22.3kgのものを担いで走り回ることは現実的ではありません。
また、人間は少なくとも戦車と比べれば非常に脆弱です。数ミリ程度の金属が音速程度のスピードで直撃しただけで戦闘不能になります。
そのため、銃弾や砲弾が飛び交う戦場でATGMを担いで走り回って戦うことは現実的ではありません。
つまり、基本的に陣地などで敵戦車を待ち伏せ、近づいてきた戦車を撃破するために使われる装備だということです。

ATGMは戦車の代替足りうるか

まず
1.その兵器の役割を果たす上位互換の兵器が出てくる
のケースを考えてみましょう。

これを戦車とATGMの関係に絞って書き換えると
1.戦車の役割を果たす上位互換の兵器としてのATGM
と書くことができると思います。
戦車はその役目を果たすために装甲・機動力・火力を高いレベルで有していることはすでに述べました。
ATGMは火力という点では戦車を上回っているということもできるでしょう。

しかし、人間というプラットフォームに依存している以上、戦車のような機動力、砲撃や銃撃に対する抗堪性は期待できません。
20kgを超えるATGMを担いで機関銃を備えた陣地に突撃することを想像してみてください。
さらにそこから突破し、数十kmにわたっての突撃することを想像してみてください。
少なくともそれは生身の人間には相当に困難でしょう。

また、これは敵が陣地を突破してきたときの防御にも影響します。
生身の人間が22.3kgのものを担いで、時速数十kmで突進する戦車に対して先回りするのは相当に難しいです。

なので
1.戦車の役割を果たす上位互換の兵器としてのATGM
というケースではATGMでは戦車を不要とすることはできません。

ATGMは戦車を完全に無力化するか

次に
2.その兵器が役割を果たすことができないほど強力な対抗兵器が出てくるのケースを考えてみましょう。

これを戦車とATGMの関係に絞って書き換えると
2.戦車が役割を果たすことができないほどに強力な兵器がATGM
と書くことができると思います。
では果たしてATGMがそれほど強力な兵器なのでしょうか。
これを証明するには極めて高度な軍事的知見が必要で、筆者もそのようなものは持ち合わせていないので、間接的なものを取り上げることでお話します。

歩兵が運用する対戦車火器は第一次世界大戦から存在しており、対戦車兵器を組み込んだ組織的な対戦車防御陣地というものも少なくとも第二次世界大戦には存在しており、多大な戦果を挙げています。
つまり、適切に配置した対戦車防御陣地により戦車を無力化することそのものは、もう80年前には可能なことだったのです。
それはATGMについても当てはまります。適切に配置し運用されるATGMを含む対戦車陣地は、戦車の突撃を阻止しうるのです。

対戦車ミサイルを用いた陣地戦の例が1973年に起きた第四次中東戦争(ヨム・キプール戦争)です。
エジプト軍は対戦車ミサイルAT-3と陣地を組み合わせ、イスラエル軍の戦車部隊の攻撃を幾度となく跳ね返しました。
また、2006年のイスラエル軍によるレバノン侵攻でも対戦車ミサイルは威力を発揮し、イスラエル軍に出血を強いました。

しかし、こういった対戦車ミサイルによる実績があるにもかかわらず、今日に至るまで各国は戦車を運用し続けています。
可能性は二つ考えられます。
まず各国軍事関係者がとことん無能であること。ATGMの強力さを理解せず、彼らはいまだに戦車に拘泥し作り続けている、というものです。
しかし、この可能性は極めて低いでしょう。
次は、ATGMは強力であるものの、戦車が戦場で果たす役割を果たすことが不可能となるほどではない、というものです。
おそらくこの可能性が高いでしょう。

つまり
2.戦車が役割を果たすことができないほどに強力な兵器がATGM
というのも否定されます。

つまり、1.2.両方のケースでも、少なくとも現在においては戦車は不要とはならないのです。

おわりに

ATGMによって戦車が不要になるのかどうか、戦場における役割という部分を軸として論じてみました。
現代の戦場は戦車にとって生きづらい環境です。というのも、ATGMに限らず対戦車と名の付く兵器がたくさんあり、あらゆる機会で敵が撃破を狙ってくるからです。
しかし逆にいうと、戦車はそれだけ手を尽くしてでも撃破したいだけの高価値な目標でもあるということです。
例として、対戦車戦闘を担う対戦車小隊について触れましょう。彼らは対戦車ミサイルや対戦車無反動砲などを装備し、敵戦車を迎撃し撃破する任務を帯びた部隊です。
小隊はおおよそ50人程度です。
過酷な訓練を受け高い練度を持つ彼らが対戦車戦闘を行うと、一両の戦車を撃破する間に約半数が死傷する、と言われています。
つまり、戦車一両と高度な訓練を受けた兵士20数名のトレードとなるわけです。
そういった犠牲を払ってでも撃破したい、それが戦車という目標なのです。
もちろん、ジャベリンを中心としたATチームで対戦車戦闘を行うことを柱としたドクトリン(戦い方の基本方針)とするのも一つの考えだと思います。
ただ、個人的には、AT(Anti-Tank、対戦車)チームに頼りきった対戦車戦闘ではなく、戦車を中核とした編成を指向すべきではないかなと思っています。
流れる血は少ないほうがいいにきまってますから。

以上、戦場における役割について注目して戦車とATGMについて論じてみました。
ここまで長文をお読みいただきありがとうございます。

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