小説

行った事のない町のユニクロでちょっとイケてるTシャツを買い、お土産だよと渡したら怒られたのでそれ以降僕は旅をするのをやめたんだけど、私ならそんなことはしないわと電話口でお友達が言うので新聞を読みながらそう?と相槌を打っていたら飾りのように窓際に置いた果物がもう熟れてるよ、と見つめて来たので僕はもういいかと思って振り向きTを畳んで今日はこれで終わりだ、あなたお湯が沸いていますよ、Mは冷たい表情を隠さずに告げた、即ち湯気はまだ立ち始めたばかりだったので、栓を回しながら僕はお茶など誰が飲むものか、と苛立ちを温めながら小さな失敗を隠そうとするのだった。
あなたが思うような屋敷ではないけれど私は侍女の織ったこの絹にひと刺しの皺を込めるのです 昔話の翁が竹を割るその切り株に付けられた傷のようにやがてそれは木屑となって散るでしょう
武将は波たつ沖合を眺めながら兵が近づく音を聞いた
読むものがなかった時代にTはMと旅をした、旅をしたと語るためにTとMは読み物を記そうとしたがそこには言葉がまだなかった
まだあったけれどもうそれはなかった
と言うことを知ることになったのは私が次に話をしたいと思っているまだ書き始めてもいない言葉の教えてくれたことになる私が次に話をしたいと思っている次の言葉を私は話と呼ぶのだったがそれはもうかなり先の話になるのだ、私がその時生きていることはないがTとMは話を続けるだろう 旅が終わってしまったので。

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