見出し画像

既成概念に囚われている私たち

こんにちは!
お気楽不食者CHIKOTOです♪
(不食1年と2ヶ月)

最近出会った「サアラ」さん
自分の「既成概念」を次々と表面化させてくれ
目覚める気づきをくれています。

いま、このタイミングが私の気づきのタイミング。
みなさんも良かったら触れてみてください。
目からうろこの真実を知るときが来ていますね。

魂が望むこととエゴ(自我)が望むことは違う

私たちは生まれてからずっと色んな固定観念を
親や学校、社会から植え付けられ続け
良い悪いの二元化の世界を生きてきました。

本当の自分(魂)が望んでいることより
人がどう思うか?
周りにどう思われるか?(自分軸では無く他人軸)で生きてきました。
でも、魂に沿って生きていなければ
結局、不調和が生まれ
精神や肉体、環境に不具合が次々起きてきます。
そこでまた私たちは
自分の能力のなさや、ふがいなさが原因だと
自分を責め努力や根性でなんとか矯正、修正しようとします。
ますます泥沼化ですね(T_T)

自分の使命は見つけなくてもいい


私も一時期は自分は何で生まれたの?
私の生きる使命は何?と散々悩んでいました。w
(要らぬ努力w)
でも望む、望まないに関わらず
魂は魂が望む方向へと自然に導く様になっていて
無理して自分の使命を見つける必要は無いのです。

ただ自然に、委ねていれば、人は使命に向かって流れていくように出来ている。

無駄な抵抗はせず力を抜いて委ねよう。
川上へと必死にオールをこぐ必要は無い。



ただ委ねていれば良いものを
植え付けられた固定観念でねじ曲げてしまうから
厄介にこじれてしまうのです。

・勉強なんて全く興味ないくせに良い大学に入るのことが幸せだと思い込んで嫌な勉強を一日何時間もする。
・興味も無い仕事なのに一流会社だからと我慢してしがみつく
・愛のない結婚生活を続ける

それで何が得られるのでしょうか?
我慢の体験?
苦痛に耐える体験?
それも素晴らしい体験です。
でももう散々その体験はしたんだし
今度は自分(魂)が望む体験も経験してみてもいいのではないでしょうか?
人間の人生は短い。たった数十年単位です。

「そんな事言っても食べなきゃ生きられない!!」
「好きなことして生きられるなんて幻想だ!」
そんな大合唱が聞こえてきますw(^_^;)

でも好きな事して生きてる人も実在します。
それは
それでも生きられるという想念を持ったから。
私が「食べなくても生きられる」と思ったのと同じです。

想いは現実化するのです。


結局は魂の言うとおりになる

私たちが魂にあらがって
こっちの方が正解だ!と無理矢理違う方向に行こうと
最終的には魂の言うとおりに行かざる終えないなら
少し、自分の心を静かにして
「私は今この生活がやりたいことなの?」と聞いてみて下さい。
自分の使命は?と聞くと分からなくても
今の生活が好きか嫌いか?愉しいかは分かると思います。

サアラさんのお言葉
責任も所有
家族も所有
婚姻も所有

今まで責任や良いと思っていたことは全て
所有から来ている思い込みです。
所有という概念をなくすことで本質が分かるようになるかも。
これは長い時間かかるかもしれないし
パッと明日、手放せるかもしれません。

私もまだ道の途中です。





【お気楽不食〈完全版〉】が本になりました!!
食からの解放
不食とは囚われない自由な生き方


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?