いつの間にか自分が

・16:30、駅前、知らない政党の演説、何も言わずにパンフレットを掲げる宗教の二人組、何かにキレ散らかす老人、駆け込んだ人の対応に追われている名ばかりの交番。僕の住む街はとても穏やかだ。誰もが、今挙げた状況に気付いていながらも、声を上げないからだ。実害を被る人がいないなら、きっとそれでいい。僕自身もまた、そんな空気を許容している。西陽の眩しさに焼かれながら、思想渦巻く駅前から離れて数分、自宅のドアを開けたその時から、この世界は僕だけのものとなる。安堵と不規則から、リビングでの記憶が一先ずのラストシーンとなる。

・再生。真夜中、コンビニとドラッグストアへ向かう。変な時間に寝て起きたら、よくあること。こんな日は自炊する気も起きないし、何かと理由をつけて生活をサボりがちになる。その割に深夜の冷えて澄んだ空気とか、人気の無さに感化されて、少し先のことを考えてどうしようもない気持ちになったりとか、一転して空がめちゃくちゃ綺麗なことに嬉しくなったりとか、明日に少しばかり期待したりとか、する。

・コンビニで1500円くらい使う癖に、少しばかり安いからという理由でドラッグストアで飲み物を買う。合計金額が777円で、いいことありますよ、とか店員さんに言ってもらえたりして。あー、だといいですね、なんて。3:30、明らかに狂った時間に行われる「日常」のルーティン。多分、12時間前にお互い出会えていたら、もっと晴れやかだったのかもしれない。確証も根拠も何も無いけれど。

・「昔の人」は、どうしていたのだろう。真夜中という時間に、どうやって生きていたのだろう。今の僕にはもう、理解出来ない。小さい頃には、少しは、わかったのかもしれないけれど、流石にもうわからない。だって、今は、何時に起きてもご飯は食べられるし、外に出れば店は開いているし、誰かいるし、インターネットはリアタイで情報を垂れ流しているし、好きなものは好きなだけ、選ぶことが出来るし。

・「おばけがでるから、よるはねむりましょう」

・おばけは優しい。夜に眠ってさえいるなら、悪さはしないからだ。何か悪いことを仕掛けるなら、眠ってない奴に対してだけなのだ。僕は小さい頃、おばけを見ていない。夜に眠っていたからだ。おばけはきっと、僕のもとにも来ていたはずなのだ。それでも、ちゃんと眠っていたから会っていないし、悪さもされていない。だから、おばけは優しい。

・「よる、おばけにあったら、どうなるの?」

・真夜中という時間、昔の人はどうやって生きていたのか。答えは、思えば簡単なことだった。生きてなんていなかったのだと思う。眠っている間は「無」だ。僕はよるはちゃんとねむっていたから、おばけになんて会っていない。だから真偽はわからない。でも多分、おばけは真夜中に起きている奴を、おばけの世界に連れていっていたのだと思う。だから、真夜中に起きていたら、生きていられなくなる。連れて行かれてしまうから。僕たちの生きる世界とは違う、おばけの世界へ。

・真夜中の駅前には、誰もいない。落ち着いているからこそ、聞く耳を持てそうなのに、政党の演説は聞こえてこないし、本当はこんな時こそ、やるせなくて縋りたいのに、宗教の二人組はいないし、キレ散らかすような老人は多分、今頃起き出してくるからまだ家だろうし、交番には灯りがついていても、留守だし。みんな、おばけに連れていかれてしまったのだろうか。

・だとしたら、僕は何故、今、生きていられる?こんな真夜中に。おばけは何処にいる?

・人のいない時間。割増された時給。ズレた時間を生きる人のためだけに開いている店。デイタイムを生きる大多数の人たちを支えるシステムの為に行われるメンテナンス。保守作業。何らかの仕込み。配信深夜枠。眠らない為替取引。無料お急ぎ便のための倉庫内梱包。もうそろそろ山手線は始発。人にとっては早朝。おやすみを言うより先に聞こえるおはよう。

・昼も夜も関係無く、人間は働かないとダメになってしまったので、おばけはいつの間にか、僕らの真夜中には現れなくなってしまいました。少子化も進み、寝ない子一人一人が未来の労働力として貴重となってしまった今、おばけは、よるにおきているようなわるいこすら、おばけの世界に連れていけなくなってしまったのです。おばけは優しいので、人間の世界が狂うほどのことは、したくなかったのです。

・おばけなんてないさ、おばけなんてうそさ。

・昼も夜も関係無く生きられる時代に、おばけは殺されてしまったのかもしれません。そんな風に思うと、僕はなんだか少しだけ悲しくなりました。幼い頃の純粋な気持ちが濁っていく様を目の当たりにしたからでしょうか。それとも、今が真夜中で、どうしようもないことを考えてから、再び眠りに就く直前だからでしょうか。僕はもう大人なので、その辺はよくわかりません。おばけは、もしいたとしたら、怖いです。出会いたくは、ないです。一生。

・小さい頃「ねないこだれだ」という絵本のおばけが、とてもこわかった。絵本の最後、おばけはひとりで来ていたはずなのに、小さいおばけの手を引いて、帰っていく。誰か、子供を、連れていってしまっているのだ。幼いながらに、あれはこわかった。自分は連れて行かれたくない、と、ずっと思っていた。

・ただ、今はどうだろうか。いつまで経っても、おばけは来ない。僕を連れて行かない。どんなに真夜中に起きていようとも、眠らずに朝を迎えようとも、おばけは顔を出すことはない。ねないこは僕だ。ここにいる。なんで来てくれないかなあ。無責任に全て投げ出して、何処か連れて行ってくれたり、して欲しいのになあ。そんな気分になるのは、真夜中ばかりだ。

・始発の音が聞こえる。アレに乗って都心に向かう人、結構いるんだろう。僕は何時に起きようと構わないが、今日は他人に影響するタスクがあるので、昼前には起きていたいところ。いい加減眠る努力はした方がいい。コップ1杯の水を飲み、歯を磨き、手洗いを済ませて、ベッドに入る。アラームは9:30とか。大体4時間くらい眠れば何とかなる。どうせ次の週末も昼過ぎまで寝てるんだろうし。

・窓の外が赤い。カーテンの向こうには、きっと綺麗な朝焼けが広がっていることだろう。本当ならこの時間に起きて、この朝陽を浴びて、体内時計をリセットして、朝から散歩をするなり、本を読むなりするのが、理想的な生活なのだろう。そこまではやらずとも、大体7:00前には起きて、皆各々の日々の活動に身を投じていくのだろう。今の僕には確実に叶えられないであろうその行動を、大多数の人はなんだかんだ言いながら実践して、「今日」という日を作っていくのだろう。

・TVは既に朝向けのトピックを発信し始めている。「昨日」と「今日」の境目が曖昧なまま、僕はいよいよ訪れた睡魔に感謝しつつ、ノールックで全ての電源を落とす。明度の上がる部屋の外。僕はまるで、真っ暗なままの僕の世界に帰っていくかのように、眠りの中へと意識を落としていき、再びこの世界に別れを告げるのだ。

・僕はおばけに会ったことがない。何故なら、小さい頃、よるにちゃんとねむっていたから。おばけは、よるにおきている。おばけは、よるにおきているやつを、おばけのせかいにつれていく。大人になった僕は、真夜中に起きていた。それでも、おばけには会えなかった。会えなかったけど、僕は今から、眠りの世界へ行く。みんながおきている時間に、ひとりだけ、べつのせかいへ、いく。

・おばけは、よるにおきている。おばけは、よるにおきているやつを、おばけのせかいにつれていく。

・あー、おばけ、会えるわけないか。あの絵本、めちゃくちゃ怖いじゃん。多分、そういう意図は無いと信じたいけど、こんなの皮肉もいいところだよね。全然気付いてなかった。本当、一番わかってなかったりするよね。自分のことなんてさ。いつの間にか自分が、おそれていたそのものに、なってしまっていたなんて。

fusetatsuaki

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~2023.03.31

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