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結婚記念日に、互いに本を贈り合う

一冊の本との出会いには、どのようなエピソードがあるのだろう。

我が家の夫の仕事部屋には、壁を埋めるように4つの本棚が置かれている。
その本棚に所狭しと並べられている本を眺めていると、その本を買うに至った経緯や、そのときの心情などが思い出されることがある。

子育てが辛くてたまらないとき、藁にもすがる思いで注文した育児書。
映画が大好きで、小説にも手を出したけれど一度は挫折し、大人になってから読み通した指輪物語。
神という存在を信じよう、その決断のきっかけになったドストエフスキー。


先月末、私たち夫婦の結婚記念日があった。
毎年、何らかの形でお祝いをしていて、どこかのお店で食事をすることもあれば、近くの浜辺に出向いてシートの上でランチを広げて過ごしたこともある。

今年はどうしようかと話していると、夫が言った。
「本を交換するのはどう?」
本の交換?
聞けば、予算を決めて、その予算内で相手が喜びそうな本を選び、プレゼントするという。
面白そうだ。ともすれば、生活がマンネリになってしまう夫婦の暮らしの中に、新鮮な風を取り入れるような、新しい企画は大歓迎である。

さっそく、予算は1万円と決めて、記念日当日に大型のジュンク堂に向かうことにした。

専門書も数多く取り揃えているジュンク堂であれば、きっと探したい本が見つかるだろう。
そうは言っても、問題はどんな本を選ぶかである。
行き当たりばったりで探しても、きっと選べないだろうからあらかじめいくつかピックアップすることにした。そしてあとは本屋で実際に手に取りながら選べばいい。

結婚記念日前日、自分の限られた知識の中から、こんな本はどうかという本のタイトルを、パソコンの検索ツールに打ち込んでいった。
そうすると、関連書籍もまた次々と現れる。

この世界には、一体いくつもの本があるのだろう。

総務省統計局によると、令和元年に日本で出版された書籍は約72,000冊だという。
人が一生をかけても読みきれない本が、毎年新しく生み出されていく。

その中で、ほんのわずかな本を人は選び、読む。
そのうちのどれだけの本が、手元に残り、また、記憶に残るのだろうか。

そう考えると、一冊の本との出会いというのは、決してないがしろにしてはならない、特別なもののような気がする。

本を選ぶという企画の、面白さと同時に難しさも感じながら、やっといくつかの候補をあげた。

本屋にて、またあとでと言って夫と別れたあと、広いフロアをゆっくりと本を見て回った。
何度か夫とすれ違う。小脇に辞書のように大きな本を抱えていて、私に見せないように手で隠しながら、ふふふと笑っている。一体どんな本を選んだのだろう。

全部で6冊の本を選んだ。
まだまだ探したい思いでいっぱいだったのだけど、本を抱える腕と、抱っこ紐で息子を支える肩が悲鳴をあげていたので後ろ髪を引かれる思いでレジに向かった。

先に会計を済ませていた夫も、「実際読んだことのない本だと、選ぶのも難しいよね」と言っている。
そうなのだ。
ふたりとも、それぞれ自分では読んだことのない本を選んでいる。
それもまた面白い…。

家に帰り、それぞれが選んだ本をプレゼントした。

私が選んだ本を改めて並べてみると、「人の生き方」に関する本が多い。
特異な生き方でありながら、自分の信念を貫く生き方。
こういう本を選んだのは、おこがましくも夫に対して信念を貫く生き方をして欲しいと願っているからなのかもしれない。


(私が選んだ6冊
ヘンリ・ナウエン/ウォルター・ガフニー『老い』/村岡恵理『アンのゆりかご』/白石仁章『杉原千畝』/岩崎俊一『幸福を見つめるコピー』/沢木耕太郎『天路の旅人』/中村哲『天、共に在り』)


夫がプレゼントしてくれたのは、厳選された3冊。
小説を読むのが好きなわたしのために選んでくれた『グレート・ノベルズ』と『小林秀雄の眼』。
それから、今まで読んだことのない分野の本を読んで、世界を広げてみてほしいと言いながら、渡してくれた『ビッグ・クエスチョン』。
元々、ホーキングの本がきっかけで宇宙に興味を持ち、物理学科に進んだ夫。
物理が得意じゃない人でも、ホーキングの本は面白く読めると太鼓判を押してくれた。


(夫が選んだ3冊スティーヴン・ホーキング『ビッグ・クエスチョン』/DK社編著『グレート・ノベルズ』/江藤淳『小林秀雄の眼』)


本との出会い。それは人との出会いと同じようにひとつの巡り合わせのように思う。
人に本をプレゼントされたことで、殊更にそう感じた。

ふと本屋で目に止まった本、誰かが話しているのを聞いて読みたくなった本、プレゼントしてもらった本。人生のあるタイミングで心惹かれる本。

自分の意思で選んでいるようでいて、自分の意思ではないような。
様々な要因が絡まりあって、不思議とこの本が自分の手元にある。
本との出会いはそんな風に感じさせてくれるものが多い…。

さあ実際に読んでみて、全てに我が意を得たりと思えるかといえば、そうではない。
内容に賛同できないものもある。難しくて読む手が止まってしまうものもある。

でも、幾千幾万ある本の中の、この一冊が自分の手元にやってきたということには、何か意味があるような気がする、そんなことを思いながらひとまずは、その文章を、その言葉を自分の身体に通過させていく。
そうして、知らず知らずのうちに、一冊の本によって、自分がつくり変えられていくのだと思う。

今年は、また、どんな本と出会えるのだろう。
ずっと読みたいと思っていて積み上げていた本を読むのも、また読みたいと思っていた本を読み返すのも悪くない。

本と出会う喜び、本を読む喜びを、再び思い出させてくれた結婚記念日だった。

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