AR生活

 僕はいつものように、魔法陣のような模様が金色の線で描かれたコンタクトレンズを目に嵌めた。視界の左下に今日の日付と今の時刻、それから天気が映り、僕はそれを手でどかして代わりに交通情報を表示させた。明日から連休ということもあって混んでいるらしい。僕はそれもどかして、テレビを点けた。各地の観光名所が賑わっている様子がニュースに映されている。気になった観光地の情報を引き出して視界の右下で流し見しながら、朝食を食べた。
「おはよう」
 大学について一限の講義室に入ると、珍しく眼鏡をかけた彼女が挨拶をしてきたので、手を挙げて応えた。
「よう。今日は眼鏡なのか」
「うん。昨日映画見てね、感動して泣きすぎちゃって」
「へえ。何見たの?」
「昔の映画。アニメなんだけどね」
 こういうやつ、と彼女はアドレスをこちらに送ってきたので、視界の端でそのアドレスを開いた。
「絵が綺麗だな」
「でしょ?」
「確かに、話面白そう」
 少しレトロなサイトだ。メニューが上にあって、下にスクロールするとどんどんページが切り替わっていく。
「今度一緒にどう?」
「もう見たんだろう?」
「もっかい見たいの」
ふふ、と彼女は笑った。
「いいよ。いつ見る?」
 僕はサイトをブックマークに登録して一旦閉じ、メニューからスケジュールを開いた。
「僕は今度の日曜なら空いてる」
 彼女は少し斜め上を向いて視線を動かしている。
「日曜なら、夜なら大丈夫、かな」
「眼鏡は不便そうだな」
 そうね、と彼女は苦笑した。
「やっぱり視界が狭いのは不便ね。でもないともっと不便だから」
 彼女は指で空中に弧を描いて、よし、と呟いた。
「じゃあ日曜の夜にね」
 講義室には人が続々と集まってきていて、教授がやってきたので僕達は席に着いた。

 
 日曜の夜、僕は彼女の家に向かった。暗い道はきちんと輪郭が白く輝いて表示されて、標識などもはっきりと見える。青いアパートのある角を右に曲がってまっすぐ行くと、三原の住むベージュ色のアパートがある。その二階の端の部屋に、彼女は住んでいた。チャイムを鳴らすとすぐに彼女が出迎えてくれて、外で見よう、と言った。今日はそのつもりでコンタクトらしい。
「せっかくだし、テレビじゃなくてシアタールームで見ようよ」
「いいけど、時間大丈夫?」
「うん。映画は一時間半くらいだから」
「わかった。行こうか」
 僕達は歩いて近所のネットカフェへ向かった。ネットカフェにあるのは漫画とパソコンと、そして小さなシアタールームだ。四方の壁すべて白く染められた部屋にお菓子とジュースが持ち込める。そこでは眼鏡かコンタクトのレンズデバイスで大画面で映画などが見られるのだ。僕達はポテトチップスとドリンクバーで淹れたジュースを持って指定された部屋に入り、壁際に置いてあるソファーに座ってその前の机にそれらを置いた。
「じゃあビデオ共有するね」
「うん」
 劇中にはいろんなアナログやレトロなものが出てきた。大きな画面の携帯端末、手書きの手紙、緑色の黒板と白いチョーク、車の助手席と運転席の間に埋め込まれたカーナビなど。それらを再現した映像が視界いっぱいに広がっている。その世界を見回すとところどころ、現代とレトロが入り混じってしまっていて面白い。
「あの腕時計、この時代にはまだないデザインなんだって」
「そうなんだ」
 ところどころに挟まる彼女のうんちくを聞きながら映画を見続けると、一時間半はあっという間だった。
「面白かったな」
「でしょ? 良かった」
 ポテチとジュースの残りを口の中に放り込む。あ、と彼女は呟いて、目を瞑って頭を振った。
「どうした?」
「最近デバイスの調子が悪いの。もう買い替え時かな」
「それで最近眼鏡が多かったのか」
「そう。なくても一応生活できるけど、やっぱりないと不便ね。視界が物足りないし、いちいち携帯を取り出さないと時間や天気を確認できないし。昔の人はよくあんな視界で生活できてたよね」
「ああ。すごいよな」
 すぐに情報を呼び出し視界の隅の簡易ディスプレイに表示できて、必要に応じてすぐにそれは切り替えられて、地図を表示して行く先へ矢印を表示してくれたり買い物メモを表示したまま買い物したりカーナビがなくてもバック駐車ができたり。これができないなんて、しかも全員なんて、昔の人はどうやって生活していたのだろう。僕らはそんな昔のことに思いを馳せながら、帰り道を歩いた。

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