第二十回 幸田露伴『旅行の今昔』


記念すべき第二十回!
今回は、「旅」について語り合いました。

https://www.aozora.gr.jp/cards/000051/files/1444_47834.html

露伴の時代(明治初期〜後期)の旅行スタイルの変遷

露伴いわく、数十年で大きく旅のスタイルは変わったと書きます。
ざっくり言うと

・昔の旅は命がけの「修行」
・今(明治後期)の旅は快適な「物見遊山」

と分析しています。

「修行的旅行」としては、お遍路さんとかですかね。
別の文化圏だとムスリムの場合は「巡礼の旅」が宗教的義務のひとつに数えられます。

「しんどさ」と「義務」がポイントなのでしょうか?

変化を求める旅

現代においてもお遍路とメッカ巡礼は行われているのですが、
もう少し身近なところですと、
バックパッカーとパックツアーの対比、だとわかりやすいのでしょうか。
しかし、個人的にはバックパック旅行の定義も曖昧だなあと思います。
いずれも、「物見遊山」にも「修行」にもなり得るはずです。
それは「心構え」と「結果」に他ならないのではないか、と考えます。

改めて「修行」というものについて考えてみました。
Googleで引いてみます。

しゅぎょう
【修行】
《名・ス自》
1.
悟りを求めて仏の教えを実践すること。
2.
一切の欲望を断って心身を鍛練・浄化する宗教的行為。
3.
技芸などを磨き練って自己をきたえること。
 「武者―」

おおよそうなずける内容ではないかと思います。
要するに「しんどい状況に身をおいて、自分を高める行為」を指すようです。
つまり「ポジティブで恒常的(リラックスできた〜のような一時的なものではない)変化」を旅に求めるか、否か。
もしくは旅を通して「変化があった」ことを実感すること。
それが修行的な旅なのではないでしょうか。

貧乏旅行のすすめ

では現代における「しんどさ」をどうやって求めるか?
手っ取り早いのは貧乏旅行です。
「安さの追求」がテーマとしてあると、創意工夫が生まれます。
普段の生活より空腹であったり、足を棒にしたり、目を皿にしたりするので、
学生時代の旅行ではおのずと鍛えられた心地がしたものです。

あるいは何らかの「縛り」やテーマを掲げる旅

「デジタルデトックス」や短期的な「菜食」、「野宿」、「青春18きっぷ」など、
「縛り」を持つのも修行効果が高そうです。

もしくはテーマを掲げる。
今回、「修行的旅行」として真っ先に思い浮かんだのが、
『フランダースの犬』です。
(※「帰還」してこその旅、というのは一理ありますが...)
ネロは『絵』を見るために命がけの旅に出ます。
そのひとつの目的のために辿り着いたルーベンスの美しさは凄まじいものであったことでしょう。
...と例えがあまりに極端でしたが、学びとしての旅、という意味では、
「留学」に近しいものがあるのかなあ、と思います。

しかし、やはり旅に貴賤はないのではないか

※半年ほど前に旅に関する考察を書きましたが、改めて読むと偏狭ですね。笑
https://note.com/furutasu/n/n8aaad38abd7b?magazine_key=m6e35ef35b72f

議論を重ねましたが、旅、あるいは旅行にはいろいろなスタイルがあって良いのでは、
と思います。
わたし自身は最近、移動そのものに価値を感じています。
車に乗っているとき、バスや電車で目的地に向かうとき...。
様々な発見があり、アイデアが生まれます。

こんなご時勢ではありますが、(比喩的にでも)すべての旅する人に幸あれ。
なにごとも、動的であることが自然だと考えます。

以上です。

次回は芥川龍之介『英雄の器』を。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/35_15166.html
永きに渡る項羽と劉邦の闘い。
その「旅」の終着点を芥川龍之介が描きます。

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