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冬銀河

【チェンマイ俳句毎日】2024年1月30日
白靴を選び抜歯に臨みけり
麻酔切れ始める枯木立のカーブ
冬銀河臼歯失なひ近うなる

抜歯の日。治療室に入ってきた先生は、俳優の遠藤憲一似の(マスクをしているから目元しか見えないが)強面で、いかにも怖そうだが、ガハハと笑いながら話す感じは、タイっぽくてリラックスした雰囲気だ。

「で?どの歯を抜くの?」いきなり歯科助手さんに聞いている。先に見立てをしてくれた先生と実際に抜歯をする先生は別で、細かな申し送りなんていうのは無いみたいだ。これまたタイっぽい。

ふ~ん、抜いちゃうんだね。ふ~ん、どれどれ、ふ~ん。と、私の歯を見ている先生の大きなひとり言を聞いているうちに、だんだん不安になってきた。「 先生、抜くしかないんですよね? 」と聞くと、「 うん? どれどれ」とレントゲン写真を見直してくれたが、結局、「 これはもう抜くしかないね。はい、もう一本、麻酔打つから横になって。」とあっけなく否定され、かなり恥ずかしかった。

手際は良く、拍子抜けするほど短時間で抜けた。ミシミシと頭の中に響いた、大きな木の根が折れるような音だけは忘れることができないが。

帰宅してぐったりしていたら、以前お世話になった会社の社長さんから、明日退職する社員の送別会で流す動画メッセージを撮って至急送ってほしい、と連絡がきた。しかも、歌で(?)。
私はまだ抜歯後の出血が止まらず、話すことすらできなかったが、歯を失った寂しさと、社員を見送る社長さんの寂しさとが、ぜんぜん違うのだけど、妙な具合で重なった。仕方がないので、歌無しで、音楽に合わせて踊る動画を撮って送ったら、社長さんには喜んでもらえた。そして、動画に写っているニコニコ作り笑いの自分をみていると、不思議と元気が出ることに気づいたのだった。





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