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ヘットトープの宴 * チェンマイ俳句毎日

【チェンマイ俳句毎日】2024年6月22日

夏の夜や友の手料理友の顔

夏の燈の料理の皿をまわしをり

蚊遣火の庭にヘットトープの宴

深刻な話つちぐり弾けゐる

つちぐりの吐き出す煙みどりの夜




ヘットトープパーティーをするから来ない? なんて誘わたら、行かないわけにはいかないだろう。
ヘットトープ(ヘットポとも)とは、日本語では「つちぐり」という丸い茸のことだ。地中に生え、北タイのトリュフともいえる珍味である。
誘ってくれたのは、大学時代の古い友人のPで、本当は彼女に仕事の相談があって久しぶりに連絡をしたのだった。
せっかく他の仲間も集まるから食べながらでもというが、まあそういう席では仕事の具体的なことは話せないだろうなと思いつつも、ヘットトープの誘惑には勝てなかった。何しろ、今では立派なプロの料理人となったPが、年に一度の旬の茸料理を直々に振る舞ってくれるというのだから。
 
以前にも紹介したが、ヘットトープは外側はコリっとした触感で、中は白くてクリーミー。何よりも鮮度が重要で、採れたてが最も柔らかく、2日目、3日目と時間が経つほど固くなり、中身は黒くざらついた食感になってしまう。ヘットトープの鮮度を見極めるのが彼女の腕の見せどころで、茸の山の中からばらばらに3,4つ選んで中を割ってみるらしい。黒いものが混ざっていたら、絶対に買わないという。

 今年は豊作だったのよ、でもこれが今シーズン最後だからしっかり味わってね、と彼女はいう。

 ちなみに、北部タイの山火事の原因のひとつはヘットトープだという説が長年言われていた。ヘットトープは山中で採れる。雨季に入る前の4月頃に山を焼いておくと、その灰が肥料となってヘットトープが大量に生えるからという理由で、村人が火を入れているという話をよく耳にしたものだ。
友人によれば、実際は下草を焼いておいた方が茸探しの時に歩きやすく、茸も見つけやすいというのが本当の理由で、それよりも、暑さと湿度のバランス、つまり茸の発生にぴったりの気候かどうかが、出来不出来に関わる最も重要なポイントなのだという。

 そんな話をしながら、彼女は手際よく料理を作っていく。
誰かが料理を作ってくれる時間って、なんて幸せなんだろう。友人宅のオープンキッチンにはすでに2種類のスープが出来上がっていた。古くて硬いヘットトープも捨てないのよ、黒く変色した茸を薄切りにして、ひき肉とハーブ、チリペーストで炒めた。
  追加で、「カイパーム」という卵の蒸し焼きも作ってくれた。自家製のヘットトープ入りネーム(発酵させた豚のソーセージ)を具に入れる。カイパームは北部タイの昔ながらの卵料理で、バナナの葉を折って作った容器に卵液を流し込み、七輪で炙って蒸し焼きにするのだが、彼女は、ガス台にかけたフライパンに大きめに切ったバナナの葉を2枚重ねて敷き、その中に卵の液を流し込んだ。バナナの葉の外側にスプーンで水を注いで蓋をしたら、しばらく蒸し焼きにする。
「 簡単だけど、焼き加減を気をつけないといけないの」と言いつつ、時々、蓋を開けて確認している。バナナの葉に焦げ目がつき、卵の方にも薄っすらと焼き目が付くくらいがおいしいらしい。台所にバナナの葉が焦げる香ばしい匂いが充満している。

 7種のヘットトープ料理が並んだ。シーフードや肉料理に比べると地味だが、どれも今しか味わえないチェンマイのご馳走だ。タマリンドの若芽のスープは私の大好物。汁と茸をレンゲですくう。新鮮な茸が口の中でプリっと弾けて、とろりとクリーム状の中身が流れ出す。タマリンドの葉の酸味やスパイスの香りがあとを追う。

「日本では公園でヘットトープが採れるってニュースをみたけど、日本人も食べるの?」 と彼女に聞かれた。私は日本では見たことも食べたこともないけど、と答えつつ、ウィキペディアで調べてみると、東北のほうでは、「マメダンゴ」といって雨季の時期に収穫して味噌汁や佃煮にすると書いてあった。日本のヘットトープの佃煮はどんな味がするのだろう。

 私も知っている彼女の元同級生たちが10人くらい集まって、ヘットトープの食卓を囲んだ。みんな古い友人ばかりで懐かしい顔ぶれだ。
   どのお皿も3周目を味わったくらいのところで、Gが遅れてやってきた。そして、最近亡くなった父親の借金で大変なのだと、涙を滲ませながら話し始めた。それがちょっと引くぐらい桁外れの額で、集っている頭のいい友人たちも誰ひとり具体的なアドバイスはできず、ただ皆で話を聞いてあげるほかにできることはなかった。全て話し終えたGはようやく落ち着いて、茸のスープをすすった。
いつの間にか夜は更けていて、テーブルのヘットトープはすっかりなくなっていた。

 


✍️
ヘットトープは北部タイの5、6月の季語(にしたい)

ゲーン・ヘットトープ・ヨートマカーム


 

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