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やりがいのない仕事をするあなたへ

アットホームな職場です!!

…と求人広告で見たら、即「ふぅん…ブラックなんだぁ」と意訳してしまう。

全員が異様にニカッとした写真なんかが添えられれば確信犯である。

これから社会にでる若人よ、社会とはそんないかにも親しげな顔をした胡散臭いものがたくさんあるのだから、くれぐれも気をつけるようにね!

…と言いたいところなのだが、実は私は『アットホームな職場』で働いたことがある。

大学を卒業して新卒で入った会社のことだ。

地方のリゾートホテルの何棟かあるうちのひとつ。そこのフロントが私の職場だった。

10人にも満たないメンバーは私以外みんな男性で、みんな一様にまったりとした雰囲気である。まったりとして、なんかもはや家族っぽい。

家族構成は、そうだな…支配人がお父さん、世話好きのマネージャーはお母さん、主任が長男でその他の気のいい兄たち、親戚のおじさん、といったところか。そのなかにポコンと入った新入社員の私は、一人娘みたいなものだ。

このちいさなホテルは、まあ、暇だった。

朝「おはようございまーす」と出社して30分後にはその日の作業がほぼ終わり、「なにか仕事ありますか?」と聞くとベテラン従業員のおじさんが「まあお茶っこでもしてなよ」とゆっくりコーヒーを淹れながら微笑むような具合だ。

私はやれと言われたことしかできないタイプの新入社員だったので、そう言われたら、わかりました、とお茶っこした。これでいいのだろうかと、ちょっとは思った。

そして私は、よく言えば環境への順応性が高く、悪く言えば流されやすい新入社員でもあったので、そんな毎日にもすぐ慣れたし、みんなとても優しかった。

私はいよいよ勤務中にじゃがりこを食べるようになり、外線が鳴ると(じゃがりこ食べてるんで無理です)というジャスチャーで訴え、「なんでだよ、俺支配人なんだけどよお」と言いながら支配人が電話をとってくれるくらい本当にみんな優しかった。(電話とれ)

さて、ベテランの従業員に坂本さんという男性がいた。

ちなみに坂本というのはもちろん仮名でグレイヘアですらっとして坂本龍一みたいだから勝手にそう呼ぶことにした。坂本さんはアニメとコーヒーが好きな優しいおじさまだった。

あるとき坂本さんと二人になり、いつものことながら暇だったので私に身の上話をしてくれた。

坂本さんには別れた妻がいて、その間にはもう高校生の娘さんがいるそうだった。あんまり会えないけど毎月養育費は送金していると言った。少ないけどね、と笑っていたが、私は坂本さんが結構多趣味なわりに慎ましやかに生活していることを知っていた。ここの仕事は暇なだけあって給与も多くないから、きっと楽ではないだろう。

いつものんびりお茶っこしていた仕事仲間のなかなかヘビーな話になんと言っていいのかわからずにいたが、坂本さんはまたずずーっとコーヒーをすすってアニメの話をはじめた。その姿は穏やかで、なんにも心配なんかないように見えた。


他のホテルの人手が足りず、手伝いに行ったことがあった。
そのとき1つ後輩の女の子がミスをして怒られた。

ショックを受けてバックヤードに走っていった彼女を追いかけると、裏の階段でうずくまる姿を見つけた。
わ、泣いてる。
私は仕事で泣いた経験がない。ギョッとして「大丈夫?」とただおろおろする私を、彼女はひっくひっくとしゃくりあげながら真っ赤な目で見た。

「私、こんなとこ、来たくなかったんです! 就活で全部失敗して、それでここしかダメで来たけど……でも、ホントはこんなとこ、イヤなんです!」

そうしてまた顔を覆うと、いよいよこの世の終わりみたいに泣きだした。

私は呆気にとられた。

彼女のなかで入社以来溜まり続けていたらしいこの場所への屈辱が、ついに決壊して流れだすのを、塞ぐすべもなく見た。

いやまあ、それは、さきほどのミスとはまた別の問題では…?
と思う冷静な私と、
いやいやまず、こんな状態をどうなだめたらいいんだ?
と困惑する私。

そしてまた、

こんなところにいてなんとも思わないんですか?

と言われたみたいにショックを受ける私もいた。

自分がひどく志の低い人間だと、指摘されたような気がした。


ちいさなホテルだったのでフロント係の仕事は意外と多岐にわたる。
館内の電球を点検して交換するのもそのひとつだった。

替えの電球の入った袋を持ってひと気のない館内を歩いていると、自分はなにをしているんだろうという気になるときがある。

誰にも見られてないんだ。
まじめに見て回っても、電球なんか替えずにどこかでサボっても、たぶん、そんなに変わらない。すごいと言われる可能性も、仕事がなってないと叱られる可能性も、どちらも低い、なんでもない仕事である。

なんでもない仕事で、20代の貴重な時間を消費している自分は、やはり、なんでもない人間なのではないだろうか。

後輩の泣きながら訴える姿を思う。

こんなとこ、イヤなんです!

私だって、ここが第一志望ではない。彼女に負けないくらい就活は失敗している。でも私は、泣いて「ここがイヤだ!」と訴えるほどいまの生活を憎んではいない。

大学の他の仲間たちは、大変そうだ。

市役所の子は若くて体力があるうちにとキツイ部署に行かされた。銀行の子はノルマに押しつぶされそうで見るからに痩せた。企画を通して実行するために己がいかに力不足か痛感してるという話も聞いた。

もっと外を見れば、若くしてプロジェクトマネージャーになってチームをまとめているだとか、店長になって日々苦労してるとか、OJTがだとか、PDCAだとかエクセルスキルとか定例会議とか、すごそうで大変そうで成長のありそうなものが、ゴロゴロある。

そのすべてが、ちいさいホテルの廊下で窓の外を眺めるいまの自分とは、かけ離れたものに思えた。

ここの生活はぬるま湯で茹でられるみたいだ。
あたたかくて苦がなくて、でもちょっとずつ私の新鮮さを奪っていく。

私はその職場を辞めた。

辞めると報告したとき、支配人やマネージャーは引き止めなかった。私が引き止めるべき価値のない社員だった可能性はおおいにあるが、たぶん、辞めたがる私の気持ちを、ずっと前から気づいていたような気がする。

「元気でな」と一人娘がはじめてのひとり暮らしをするときみたいに、あたたかく、見送ってくれた。


その後、私はやりがいのあって天職かなと思えるような仕事に出会い精を出したが、いまはまた、ぬるま湯につかるみたいなのんびりとした仕事をしている。

前と違うのは、今度はそこがどれくらいぬるい温度で私にストレスのない場所か、よく吟味して選んだという点だ。

仕事というのは、給与を得る他に、自分の成長や、やりがいをも得られるものだ。誠心誠意取り組むこと、日々勉強と精進を怠らないこと、仕事を通して人間の生き方のなんたるかを学んでいくことは本当に尊いと思う。

でも世の中の働くひとすべてが仕事にそこまでの価値を求めているわけではない。

日々をおくるための収入を得る、ただその価値のためだけに穏やかなぬるま湯を選ぶひとがいる。いまの私のように。

坂本さんが、やりがいのある仕事やもっと大変な仕事で稼いだお金と、安らかにコーヒーを飲みながら稼いだお金は、娘さんの通帳に印字されれば同じものではないか。

世の中にはつまらない仕事なんてとごまんとあって、私はそんなのイヤだって泣いても、そのつまらない仕事は、いつか誰かがすることになる。

やりがいがほしかったら別の場所に挑んだらいい。
働くのにつらい環境ならすぐに辞めていい。
でももしそこが自分の生きるのに適温な場所なら、あまり憎まずにその生活を見つめてみてもいいと思う。

私のしたつまらない電球を替える仕事が、夜になれば誰かを照らす。

それでもう、いいじゃないか。

つまらないように見える仕事や、そこにいる人たちや、そういう仕事をする自分を、つまらないものと切り捨てないでほしい。そんな権利も必要も、働く私たちにはないと思うんだ。

頑張ろうね、私たちとこれからのあなた。

とにかくまあ、仕事中にじゃがりこだけは食べないことを、おすすめしますね。

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