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少女の喪失〜太宰治「待つ」について 第十四回

 前回は太宰さん自身の“喪失感”について論じたわけであるが、今回は本作『待つ』の少女における“喪失感”について考察していきたい。

私は、私の今までの生活に、自信を失ってしまったのです。~『待つ』より

 戦争が始まり、それまでのような生活が送れなくなっていく当時の人々が抱えていたであろう喪失感が、ここに表されているかと思われる。「この先、一体どうなっていくのだろう?」という不安や焦燥が入り混じった感情がその根底には流れているのだ。
 作中においては、具体的な生活上のことまでは描かれてはいないまでも、当時のことを思い馳せるには難しくはない。誰もが皆、不安だったに違いないのだ。人はそうした局面に立たされた時、やはり自信を失うものなのかもしれない。
 現代においても、あの震災以降、こういった“喪失感”を味わう人は少なくない。特に被災地にて、農業や漁業を営んでいた方々はより深刻であろう。住居が流され、田畑や船も流され、おまけに放射性物質の問題も絡み、様相は複雑化している。
 それでも尚、生きていかなければならない。その“喪失感”を何かによって充たしていかなければならない。本作中の少女も、きっと、そんな思いであったのではないだろうか。そして、それは当時の人々の思いでもあったのであろう。
 前回、太宰文学には常に“自分が何者なのか”というぼんやりとした一抹の不安を描いていると書いた。ここでいう不安とは“存在意義”の喪失であり、本作にも共通していえることなのである。

 さて、ようやくまとめに入ろうと思う。少女は下記の3つの感情から、少女は省線の小さな駅に毎日“誰か”を迎えに行くという行動を取ったと、私は考えた。

①戦争がはじまったにも関わらず、自分だけ家でぼんやりしていることに対する罪悪感
②誰かの役に立ちたいという使命感
③いままでの生活に自信を無くしてしまったという喪失感

 この3つのキーワードについて、私がこれまで考察してきたことをまとめると次のようになる。

 少女は“罪の意識”と“使命感”を持つことによって、自らの“存在意義”を確立しようとした。それは、それまでの生活に“喪失感”を抱いた為である。そして、これからを生きるために、その“喪失感”を充たすべく、省線の小さな駅に誰かを迎えに行くのであった。

 では、ここで最初の命題に戻りたい。
 “少女は誰を待っていたのか?”

 次回、いよいよ結論付けをしたいと思う。

#太宰治 #コラム

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