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『太陽の女神、月の男神』第一章


 月は女神、太陽は男神。
太陽は男、月は女。
それが当たり前。
それが普通。

「もう、機嫌直しなよ」
「い・や・だ」
 明日から上級の魔法を習うべく私、サシャ・バレットは国立プロメテウス学園での試験に向け準備を家族と進めるはずだった。しかし太陽魔法の適性を持って生まれた私は男だらけのクラスに放り込まれることが見え見えで、両親はいつものごとく心配と言う名の「お前を男に生んでいれば」を言い出したので私は怒って家を飛び出したのだ。眺めのいい丘の上、いつも通りの場所で怒りを鎮めていると幼馴染みのリルがやって来た。きっと両親が伝言鳩でも飛ばしたのだろう。
「おじさんたちの気持ちも本当だよ」
「だとしても、毎回毎日毎晩毎夜これだと鬱になる」
「それはまあ」
「それに太陽属性の女魔法使いならソル・フレールがいるじゃん!」
そう、何も私一人が世界で唯一の太陽属性の女魔法使い(見習い)ではない。著名な魔法使いソル・フレールは生まれた子の属性を調べる習慣が根付く前からいる、太陽属性の魔法使いだ。
太陽に愛された子。そう呼ばれる彼女は幼い頃から優秀な魔法使いとしての頭角を現しており魔導書を何冊も出している。
「またフレールの話に振る」
「だって!」
「フレールもだしアンタもだけど、周りが男だらけの環境で魔法を学ぶのは結局一緒だよ」
「もっと平凡な属性がよかった」
「はいはい、私は平凡な水属性ですよー」
リルが羨ましい。太陽に愛された女は最後に焼け死ぬだの、天に呼ばれて崖から落ちて死ぬだの好き勝手なことを言われる。男ならこうは言われない。君は英雄になるべき適性だ! とかになるんだ。ひどい偏見だ。
「他にも太陽属性の女の子がいることを期待するよ」
「そうしなそうしな。落ち込むには早いよ」
「落ち込んでない! ムカついてるだけ!」

 そう、別に落ち込んでなかった。翌日、試験会場となったプロメテウス学園で完全に男に囲まれるまでは。
うげえ……と言いたいのを我慢して試験の列に並んでいると周りからビシバシ視線が飛んでくる。まだ絡んでくる男はいないが。受かればこの中に同じクラスになる男が一定数いることを考えたくない。
「では太陽属性の方々、お入りください」
試験官に誘われ私たちは小さな教室に吸い込まれていく。筆記試験後の実技試験。村や町で生まれて間もなく行われたざっくばらんな適性検査ではなくより精密な検査も兼ねている。いるんだよね、生まれてすぐの検査では火属性だったのに後で詳しく調べたら火と土の混合属性だった、みたいな部類。
満を持して入った教室。中央に小さな鏡が置かれた祭壇の前にいかにもなオレンジに輝く髪の男性教師が立っている。口を開かなくても雄弁なタイプと分かるニンマリとした口元。もみあげと髭が繋がっててライオンみたいだ。
「諸君! 今日はよく来てくれた!」
ああ、もういかにもな声色でどうもありがとう。このむさ苦しい人に教わるのかと思い私はやはり試験を辞退しようかとまで考えた。男に揶揄われながら教師との相性が悪かったら八方塞がりだ。
「では一番から、順に!」
太陽属性の試験は簡単だ。太陽の化身とされる神具、触媒を前に頭の上に擬似太陽を作って浮かべるだけ。太陽属性なら生まれてすぐにでも出来そうな簡単な試験。果たしてこれが試験として成り立つのか私は不思議に思っていた。
(そうだ、丁度いい。これが試験ならダメな場合も見れる)
貴重な機会だと思うことにした。試験には受かっても落ちても私の世界はきっと変わらないし。
「試験番号一番、オルソワル・ベルフェスです」
うわぁいきなりベルフェス家。その場の受験生たちも思わず色めき立つ。まあそうでしょう、その燃えるような赤毛なら尚更。
伝説的な魔法使いを輩出し続けているベルフェス家期待の御曹司オルソワル。太陽そのものと謳われる赤毛をほどよく伸ばし、額を見せるため前髪の一部は後ろへ流している。美しい青い瞳に引き締まった表情はまさに王子と呼ぶべきだろう。
彼は難なく頭上に燃え盛る擬似太陽を召喚し、さすがと周りから拍手をもらっている。私も男ならああ言う素直な反応が貰えたんだろう。
などと、二番以降の受験生をぼんやり眺めていたらあっという間に私の番になった。
受験生たちはまたひそひそ。私が女だから。
鏡の前に行き暑苦しい試験官を見上げる。彼は露骨に私を嗤いはしないが、心中はどうだか。
「試験番号二十五番、サシャ・バレットです」
「サシャだって」
「やっぱり男の名前なんだな」
ひそひその一部が聞こえて辟易しているとライオン教師が彼らを指差す。
「私語は慎みたまえよ」
「あ、すみません」
悪かったな女で。溜め息を堪え触媒の前で両の手の平を肘の高さに上げる。
「我、奇跡の使い手たる者。古き神々よ、我ら命の遙かなる父母よ。我を太陽の子とし、」
もうどうにでもなれ。どうせどうせ、女だからと揶揄される世界からは逃げられないんだから。

「そうでもねーよ」
「は?」

ライオン教師でも周りの男子でもない声がして思わず瞼を上げてしまった。まだ詠唱途中なのに。詠唱を止めてしまったために擬似太陽は現れず、私も周りもポカン。直後、閉め切られた教室なのに私のローブを風が揺らす。
「……今の誰?」
「何だ? 失敗か?」
「詠唱の途中で集中が切れるとかどんだけ……」
「私語は禁止だぞ諸君」
「……さーせん」
「では次の者」
「え!? 待ってください! 今ので終わりはちょっと!」
凡ミスで落ちたら私はよくてもまた太陽属性の女の子が揶揄されるんですが!
「いや、今ので十分だとも。さあ次の者、前へ」

 私はもやもやを抱えたまま帰った。両親の小言を上の空にしながら落ちたんだろうな、と思ってぼんやり月を眺めていた。
 するとどうだ。来たのは合格通知だった。
何で? どうして? 擬似太陽は作れなかったのに。


 そして待ちに待った、来て欲しくなかった入学式当日が来た。本当に、この日が来て欲しくて、来て欲しくなかった。
 プロメテウス学園は全寮制なのでまず自分の荷物を部屋に置きに行く。男女はもちろん別々。そして学年と属性で分けられた部屋が与えられる。私は太陽属性の女で一人だから一人部屋のつもりでいた。
しかし。

「あら、いらしたわ」
「ごきげんよう。よろしくお願い致します」
 私に当てられた部屋はなんと月属性の女子四人で埋まっていた。
「えっ? あれっ? 部屋間違えたかな?」
「あら、照れなくていいのよ太陽の御子」
「さあさあ荷解きをなさいな」
銀やグレーの髪の上品な女子たちにあれよあれよと引き込まれ私は自分のベッドに向かう。
古くから月と太陽は惹かれ合うと言われてきた。要は夫婦とかコンビになりやすいってことだけど、それ以前に太陽属性と月属性は一目でお互いが月や太陽だとわかるらしい。幼少期私の周りには月属性の子はいなくて半信半疑だったがいま感覚的に理解した。
月属性。太陽属性と同じく魔法学界において稀有な属性であり、精霊や神に愛されやすく神の花嫁と呼ばれる。つまり魔法界においてただの王族より地位が高く彼女らは生粋のお嬢様なのだ。そんな中に放り込まれてしまった一般人、私。
彼女らの生活スタイルに合わせられているのか調度品はどれもお洒落で綺麗なものばかり。ベッドも天蓋が付いている。こんなの初めて見た。
「え、えっと……」
「荷解きをしたらお茶にしましょう。ジョニーから紅茶を分けて頂いたの」
「じょ、ジョニー……?」
「うちの執事よ。さ、ほら。早く支度しちゃって」
私はどこの世界に来たんだろう……。なんだかお気に入りの旅行鞄がクタクタで恥ずかしい物に見えてきた。
シャツやパジャマを棚にしまい鞄をベッドの下に突っ込んでリビングに戻ると本当にお茶会が始まっていた。
「どうぞこちらに」
「あら? もう制服にしたの?」
「ほ、他にいい服なくて……」
「ドレスならわたくしの物を貸して差し上げるわ」
「ど、どうも……」
椅子に座るとティーカップに紅茶が注がれる。
「あ、あの私お茶会初めてで……」
「大丈夫、教えて差し上げる」
「う、うん……」
どうぞ冷めないうちにと言われ紅茶に口を付ける。
「お、美味しい!?」
今まで飲んできた紅茶と明らかにグレードが違うのでびっくりしてしまった。
「あら、うふふ」
「ふふふ。美味しいでしょう? ジョニーのお手製なの」
「ジョニーさんすごい!」
あまりに美味しいのでスイスイと飲み干してしまい、私は慌てる。
「あっ」
「お代わり?」
「あっはい」
「どうぞ」
「ありがとう……」
紅茶が注がれる間、一番白い銀髪の子が人差し指を立てる。
「ティーフーズの順番はご存知?」
「いいえ全く……」
「味の薄いものから頂くのよ。今並んでいる物ならプレーンのクッキーね」
「甘い物は一番最後なのだけれど、ほら、まだ午前中でしょう?」
「そう。だからサンドイッチはないし、お菓子は少しだけね」
「な、なるほど?」
「お茶を頂くのは右手、お菓子は左手よ。そうすればカップが汚れないでしょう?」
「なるほどっ」
思ったより合理的だなと思いながらクッキーを口にする。
「美味しい……」
「あらあら幸せそう」
「うふふ。お口に合ってよかったわ」

 プチお茶会を終えた私は月属性の双子、ティアラ姉妹に両側から腕を組まれリルと合流した。
「何それ!? 両手に花!?」
「あはは、月属性の子たち。ルームメイトなんだ……」
「お嬢様と!?」
「こちらの方は?」
「リル・フェリー。幼馴染なの」
「そうでしたの。わたくしはアガサ・ティアラ」
「ど、どうも!」
「わたくしはアリス・ティアラ」
「どうぞよろしく!」
「よろしくね」
「よろしくお願いします」
「ひゃー、月のお姫様たちと同室かぁ……。すごいねサシャ」
「そうだね……」

 月属性の集団に向かうティアラ姉妹と水属性の集団に向かうリルを見送り、自分は太陽属性の男どもの後ろに回り込んだ。きっと初等教育と同じで校長の長い話を聞き、ぼんやり教室で過ごして終わりだ。
「サシャ・バレット!」
立ち寝する気満々だった私は驚いて涎を啜った。見れば前の方でいかにもな魔女服の副校長が私を手招きしている。前へ来いということらしい。女一人だとただでさえ目立つから後ろがいいのに。
足早に副校長の元へ向かうとここへ立てと強制的にオルソワル・ベルフェスの隣に並ばされた。何でこんな目立つ位置に……。
ヒゲモジャの校長が現れ生徒たちは思わず拍手をする。そりゃするだろう、かの有名な魔法使いオルバス・アグトリアなんだから。
拍手を収めるようアグトリア校長は両手を掲げ、静かになると話を切り出した。
「君たちは私が世界で一番嫌いなものを知っているかな?」
ん? と彼は生徒を見渡し首を竦める。
「校長先生の長い話だ」
どっと笑いが起きる。笑い声に満足しながら校長先生は話を続ける。
「なので手短に。君たちは才能とは何だと思う? 答えは人によって違うだろう。だが古来より伝わり、そして私も思う才能とは続けると言うことだ」
校長の言葉に魅入られ生徒たちは静かになる。
「君たちはこの時まで鍛錬を怠らなかった。故にここに立っている。私や、他の先生方も君たちには才能があるのかと聞かれたら迷いなく首を縦に振ろう。ようこそ、プロメテウス学園へ!」
生徒からも先生からも拍手が起こる。アグトリア校長はまた拍手を収めるよう周りを宥め、首を竦めた。
「以上。長い話は嫌いでな」
笑い声を背にして校長先生は壇上から降りた。校長の話より来賓の祝賀の伝言鳩などの方が余程長く、私は余裕で立ち寝をかました。


 太陽属性のための教室には天窓がある。太陽に愛された子供たちだから、太陽に見られるよう常に頭を晒しているのだ。
と言う体面はともかく、日が当たるならぽかぽかとして気持ちがいいわけで……。これは授業中寝るだろうなと言うのが私の予感。
教室にいたのはライオンヘアーではなくむしろ真逆の印象を持つ、後ろへ流した短めの黒髪にぐっと結んだ固い口の男性教師だった。闇の属性にいそうな顔だなと勝手に思っていると彼はオルソワル・ベルフェスと私を教壇前の一番顔がよく見える位置に指定した。これじゃ寝れない。
「オルミル・サンデルだ。魔法歴史学において貴君ら初年度の担当となる。私も教員のくだらない話は嫌いな故、早々に授業としよう」
クラスメイトがざわつく。授業にもよるが普通、入学式当日は授業で使う教科書を配って自己紹介代わりに先生と挨拶を交わして終わりなんだけど……。
「不満かね」
「いえ、そういう訳では」
「貴君らが油断出来たのはこの学園の門を潜る前だけだ。プロメテウスの門を潜り頭上に太陽を掲げたその時から貴君らへの試練は始まっている。私語は慎みまず静かに聞くことから覚えたまえ」
お子様感が抜けない生徒たちへの皮肉をたっぷりにサンデル先生は黒板にチョークを滑らせる。滑らかな美しい字は達筆すぎて読むのに苦労する。
「太陽属性とは、何だね? オルソワル・ベルフェス」
「はい、太陽属性とは魔法属性の中でも特に稀有で……」
「私がいつ教科書を丸読みしろと言った?」
話を遮られたオルソワルはちょっとムッとした。
「他の者より知識があることをひけらかしたいなら弁論大会でやりたまえ。貴君はそもそも教わる立場にあることを忘れるな。太陽属性とは何だ? 知識の乏しい己の頭で考えて答えたまえ」
オルソワルはすぐに答えられず静かな時間が訪れる。サンデル先生は首を横に振り隣の私に視線を投げた。
「ではサシャ・バレット。太陽属性とは何だ?」
「私にとっては……」
太陽、改めて考えてみると何だろう? この属性のせいで苦労したと言いたい気分だけどそのまま言っていいものか。
「貴君もすぐ答えられんか」
「いえ、これ言っていいのかなーみたいな迷いが」
「思ったまま言ってみたまえ」
「それならもう、この属性で生まれてきて最悪だったとしか」
思い返す、現在も続行中の暗黒時代。
「男に生めなくてごめんとか、男ならよかったのにと散々言われてきました。だから太陽は嫌いです。太陽を男とする文化も嫌いです」
「ほう」
「太陽が女性ならもっと好きだったかもしれません。いえ、単に差別的な周囲が淡々と嫌いです。私にとっての太陽はクソうざい、暑苦しい、最悪です」
「なるほど。では今のバレットの所感を耳にしたなら答えられるか? ベルフェス、貴君の太陽とは何だ?」
オルソワルは一度くっと締めた口を緩めその王子フェイスに見合う声を出す。
「私にとっては己が背負う使命であり、ベルフェス家の期待であり、追うべき運命です」
答えまで王子かよ。私は周りに気取られないよう唾を吐く振りをした。
「ふむ。ではチョトカ・オデル、貴君にとっての太陽とは?」
「俺にとってはでっかくてあったかくてすげー奴です!」
「ふむ。では何故我々の文化圏では太陽を男とするのかと言う話からしよう。バレットにはいい話かもしれんな。太陽を女神とする文化圏ももちろん存在する」
(あるんだ)
「我々の文化圏において古来、太陽神には男女どちらの性別も当てられていなかった。が、中世の中頃には男神としての伝承が浸透しておりそのルーツは現代まで解明されておらん」
(いや全然いい話じゃないじゃん……)

 サンデル先生の話に欠伸をしないよう気をつけつつひとまずの授業を終えた。休憩に入って声をかけられそうな雰囲気を察し、私は早々に教室を出る。あの中で仲のいい人間を作るなんてまず無理だ、無理。
リルを頼ろうと水属性の教室の方向へ向かうと幼馴染たる彼女は大手を振って駆けてきた。
「ねえねえ! 月属性に一人だけ男の子がいるんだってさ!」
「へえ」
「見に行こ!」
「行かない。そう言うミーハー嫌いだしって聞いてる!?」
リルは私の手を引いて強引に月属性の教室へ向かった。

「ほらあそこっ」
 月属性の教室の前にはリルみたいなミーハー女子がたくさんいた。噂の彼は背が高く月みたいなグレーの短髪、薄い金の瞳をしていて髪も瞳も赤茶色の私とは大違い。王子より騎士っぽい清楚な男の子だった。隣でテンションを高くしているリルの言葉を右から左に流しながら彼に見惚れているとクラスメイトと話していた彼の視線が持ち上がり私に向けられた。
男の子を綺麗だと思ったのは初めてだと思う。月の夜、星空の下で彼を見かけたら神様か精霊だと勘違いしたかもしれない。
気付いたら噂の彼も他の月属性の女子たちも私に視線を向けていた。
「やっぱり分かるもんなんだなあ」
「えっ何が!?」
「いや、月と太陽ってほら、お互いが分かるって言うじゃん。今まで月属性の子周りにいなくて半信半疑だったんだけどさ……」
リルと話していると月の男の子は周りの女の子に促され私の元へ寄ってくる。ミーハー女子たちは何故か静かになって遠巻きになり私と彼を囲むように半円状になった。
「え、何?」
「あの」
頭ひとつ上から落ち着いた静かな声が降ってくる。見上げれば目の前に月の化身が立っていた。
「太陽のクラスにいる女子って、君?」
「えーと、まあそう」
彼は静かに右手を差し出した。
「マシュー・レインです」
「あー、サシャ・バレットだよ。どうも」
「初めまして」
「うん初めまして」
握手を交わして手を引っ込めてもマシューは微笑んだまま私を見ている。
「月と太陽って本当にお互いが分かるんだね」
「え? ああ、そうだね。うん」
ミーハー女子たちの視線が気になる私は一刻も早く立ち去りたくて続けて何か言いかけた彼に向かって両手を見せた。
「あー、教室そこそこ遠いから私はこれで……」
「待って」
マシューは背を向けかけた私の袖を引いてまだ名残り惜しそうに見つめてきた。
「また会える?」
「い、いやまあ同じ学校だし会うでしょ」
「会いに行っていい?」
「み、見かけたら声かけて」
「うん、わかった」
彼はにこにことして手を引っ込めた。満足したならと私はリルを引っ張って「じゃあ!」と急いで立ち去った。

「もうちょっとマシューが見たかったー!」
「あーもうリルがミーハーなせいで他の属性に私の顔まで覚えられたじゃん!」
「どちらにしろ二人とも噂になってるしサシャから行かなきゃマシューから来てたでしょ」
「ううー、ぐぬう」
 目立つの嫌なのに。私の心とは裏腹にリルのミーハーはまだ治らない。
「すごーくイケメンだったね! いいなぁうちらの地元にもああ言うイケメンがいれば……」
「まあ確かに綺麗な子ではあったよ」
「サシャに興味津々だったね!」
「そりゃ異性しかいないクラスに突っ込まれた境遇は同じだし親近感でしょ」
「今後二人がいい感じになったりして!」
「あーもうそう言うのいいから!」

 教室に戻ると男どもがチラリと見てくるので最後方の席に陣取った。よかった初等教育みたいに席固定じゃなくて。
溜め息を吐きつつ次の授業の教科書をパラパラめくっていると目の前に誰か立った。誰かと思えば王子フェイスオルソワルだ。明らかに睨んでるので私はムッとした。
「なに」
「君は太陽に対する尊敬の念はないのか?」
「はぁー? 周りに寄ってたかってお前が男ならとか男女とか言われ続ける状況じゃなきゃもっと好きだったわよ! きっとね!」
私は思わず立ち上がる。オルソワルの次に私をなじろうとしていた男子たちは私の剣幕に引いた。
「あんたみたいに食ってかかる男どもがいなかったら人生もっと最高だったわよ!」
「他人のせいにするのか」
「実際そうなんだよ! 何なのウザいんだけど! 向こう行ってよ!」
「さっきの君の態度は最悪だと言っているんだ!」
「あらそうごめんなさいね! ガリ勉くん!」
「おいおいどうしたんだ君たち?」
 オルソワルと共に教室前方を見るとライオンヘアーの先生がこちらを見ていた。
「ベルフェスが急に喧嘩売ってきたんです」
「いいえ、前の授業で彼女の態度が悪かったんです」
「わかった、まずは落ち着きたまえよ二人とも」
先生に促され私たち二人は教壇の前に立つ。
「何にしても声を荒げることは良くない。私の前で落ち着いて互いの言い分を言ってみなさい」
「彼女は太陽をウザいだの最悪だと言ったんです。精霊と神々に対する敬いがありません」
ちくしょう、私より先にオルソワルが口を開いた。
「太陽属性に生まれた女ってだけで私はこれまで苦労して来たんです。お坊ちゃんが思うよりずっとね! だからそれをそのまま言っただけです。過去が変えられるなら私だってそうしたい。変えられないものをネチネチ言ってくる周囲が嫌いなだけです!」
「なるほど、わかった。バレットくんの怒りは最もだし、ベルフェスくんは彼女の過去に干渉する権利はないよ。しかしね」
ライオンヘアーの先生は腕を組んで私を見た。
「太陽属性で女性に生まれたと言う意味ではソル・フレール女史も大変苦労した。けど精霊と神々に唾を吐くような発言は確かに頂けない」
なんだ、結局私が悪者か。嫌気が差して私は先生の制止も聞かず教室を飛び出した。

 授業に戻る気もなく中庭で寝転んでいると誰かの使い魔だろう背の黒いサラマンダーの子供がチョロチョロと走ってきた。まだ私の手の平に収まるくらいの火蜥蜴は遠慮なく私の体を登り始める。
「おーい、私は山じゃないぞー」
サラマンダーは気にも留めない。まあ精霊も使い魔も嫌いじゃないしいいけど。
「チムー! チムー! どこに行ったのー!?」
赤毛の女生徒が中庭近くの廊下を歩いている。私は火蜥蜴を体に付けたまま起き上がり女の子の元へ向かう。
「あのー」
「あっ! あのっこの辺りでサラマンダーの小さい子見かけませんでしたか!?」
「うん、この子?」
制服の襟に隠れていたサラマンダーを見せると女生徒はぱっと顔を明るくした。
「チム!」
「チムって言うんだ?」
「本当はチーマって言うの! ありがとう! 捕まえてくれたのね」
「いや、勝手に体に登られただけ」
「本当? この子が私以外に懐くなんて珍しい……」
「あー、気難しい子なんだね。わたし昔から精霊とか妖精と仲良くてさ。多分そのせい」
「わあ! 精霊に愛されてるのね! いいなぁ羨ましい。わたし調教師目指してるんだ」
「へー、すごいね。わたし将来の夢とかまだないな」
「精霊に愛されてるなら調教師目指してみたら?」
「うーん、選択肢の一つに加えておくよ」
「そうして! あっ授業戻らないと。またね。わたし火属性の一年生だよ。チェリー・ブラムっていうの」
「私は太陽属性の……」
「噂のサシャ・バレットさん!」
「もう噂になってんの!?」
「うん! あれでしょ、月の男の子といい感じだったって!」
「うひぃ! そう言うのじゃないからっ!」
「えーっ甘酸っぱいお話は女の子の栄養でしょー」
「私はそう言うの苦手なの! ほら授業遅れるよ!」
「あっそうだった! またねバレットさん!」
「うん、またね……」
 チェリーを見送り溜め息をつく。私も教室戻るか……でもやだなー。そう思いながら踵を返すと至近距離に誰か立っていて驚く。その人は私より頭二つ背が高く、髪も肌も真っ白で宝石が散りばめられた繊細なレースのヴェールを被り、オーロラのように輝く長いドレスを着ていた。
明らかに人じゃない。私は口を押さえ叫びそうになったのを堪えた。
神か精霊か、彼女は長い白い睫毛の下で輝く水面のような瞳で私をじっと見つめると細長い指で私の両頬を触る。
(く、くすぐったい……!)
何度か私の頬を撫でると女性は満足したのか輝く砂となって風に吹かれて消えてしまった。
あっという間の出来事でポカンとしていると中庭の向こうからライオンヘアーの先生がやって来た。
「バレットくん」
「あっ、い、今戻ります。すみません」
先生は辺りを見回す。もしかしてさっきの白い人とのやり取り見られてたのかな……。先生は誰もいないのを確認するとライオンヘアーをぽりぽりと掻く。
「バレットくん、私の言い方が悪かった。何も皆が皆きみを責めてる訳ではない」
「いえ、先生の言う通りです。精霊に失礼なことを言ったのはその通りで……でもそれ以上にあいつがムカついて……」
「うむ。クラスに女子一人なのは厳しいと思うが……。この後は月属性との合同授業だしそれまで頑張って欲しい」
「はい、わかりました……」
そっか、太陽と月だから合同授業あるんだ。
困ったらティアラ姉妹を頼ろうと、私は先生と共に教室に戻った。

 ライオンヘアーことアルリーゴ・デルカ先生に連れられ月属性クラスと大演習場で合流する。学園の敷地内にもかかわらず広い森となっている大演習場は戦闘訓練に使われる場所であり、一部には精霊たちの住処も存在し魔力の供給量が多い場所だ。
月属性クラスを率いてきたのはオーレリア・ミューア先生。ミューア先生は月属性らしい、白銀の髪に白い肌。そして美しい金の瞳だった。
(女神様って感じ)
女神という単語でさっきの白い人を思い出す。もしかしてあの人、月の女神だったんじゃ……。
本物に会ったとしたらヤバいなーと思っていると先生たちの話が始まる。
「太陽と月属性はその特性上、連携して進める授業も多い。しかし月の方には特に難しい部分もあろう。既に己の太陽と契りを交わした方もいらっしゃると思う。なので事前にこちらで組み合わせを考えておいた」
デルカ先生の言葉に月の子たちはひそひそとお喋りを始める。
「嫌だわわたくしの太陽以外に体を触らせるなんて」
「本当に」
月と太陽の契約。それは一生をかけてその人と連れ添うという契りであり、結婚や婚約よりも意味合いは重い。私の月は貴女だけ、私の太陽は貴方だけ。そう言ってお互いを想い合い支え合う仲。もちろん契約を交わした太陽と月属性は夫婦になることが多い。しかし結婚相手はお互い別で契約を交わす者もいる。契りの重さは当人たちが決めるのだ。
太陽属性とわかっていた私もいつかこういう話に巻き込まれるとは思っていたが、いやはや……。
 月属性の子たちが先生が決めた相手のネームプレートを取り、太陽属性たちは等間隔で並んで相手を待つ。これからするのは簡単に言えばダンス。ステップを踏みながら同じ詠唱をし、協力して魔法を使う訓練だ。
待っている間マシューを探す。グレーの髪で普通の男の子より背が高いから目立つはずと思って見渡すと案の定すぐ見つかった。マシューはオルソワルと組まされるようだ。
マシューを気の毒に思っていると私の前に月の子が来る。その子は薄い色が特徴的な月の子にしては珍しく、茶髪で目の色は濃い緑だった。
「初めまして」
「は、初めまして。はうぅ……」
ふーむ、人見知りするタイプだから私と組まされたようだ。
「そんなに構えないで。私ダンス初めてなの」
「ほ、本当?」
「うん。教えてくれると嬉しい」
「わ、わかりました……!」
何故か彼女の妙なスイッチを入れてしまったらしい。
「では手を取り合って」
先生の合図でお互いの手を取る。
「ワン、トゥー、スリー、フォー」
先生たちの動きを見ながらステップを覚える。私の相手になったコニー・メリルはダンス経験者らしく綺麗な動きで私をリードしてくれた。
「コニー、ダンス上手いね」
「そんなことないよ。お姉様よりお作法もダンスもダメで……」
「でも、未経験の私よりずっと色々出来るでしょ?」
「そ、そうかも?」
「そうだよ。自信持って」
 ステップと詠唱の練習をしているとあっという間に昼になってしまった。さて昼食だぁと、とっとと食堂へ向かおうとすると何故か月の子たちに取り囲まれてしまった。
「ねえ、ティアラお姉様たちと同室なんですって!?」
「え? ええ、まあ」
「羨ましい! お姉様たちどんなお召し物をなさるの?」
「お優しい!?」
「えっ? うん」
月の子たちの黄色い声に囲まれているとティアラ姉妹がスイと腕を絡めて私を挟みにくる。
「わたくしたちへの質問なら直接なさいな?」
「サシャが困ってらしてよ?」
「あっ、ご、ごめんなさい」
「うふふ。さ、ランチへ行きましょうサシャ」
「あ、う、うん」
マシューと話したかったなと首を動かすとマシューはとっくにアリスに捕まっていてすぐそばに立っていた。彼は私の顔を見ると今朝のように微笑んだ。
(気に入られたのかな、私)
私はマシューと契りを交わすんだろうか。ぼんやりそんなことを考える間にティアラ姉妹は私とマシューを食堂へ引っ張っていった。

「美味しい……」
 一部の生活レベルが非常に高いからか、プロメテウス学園は質のいい物が揃っている。食事もその一つだ。ルームメイトのティアラ姉妹とマシューで同じテーブルを挟んでいると周りの生徒から視線がビシバシ飛んでくる。
「あの、ティアラ姉妹って……」
「やぁよそんな余所余所しい」
「ご、ごめん。ええとアガサとアリスってもしかして有名人……?」
「ふふ、それなりに」
「そうなんだ……」
貴族の皆には当たり前のご一家なのかもしれない。そう思っているとオルソワルが歩いてやってきて私は思わず苦虫を噛み潰した気分になる。
「あらオルソワル」
「レディ・アガサ、レディ・アリス。お久しゅうございます」
「ええ、本当に久しぶりですこと。その後はどう?」
「つつがなく」
「それはよかった。サシャはオルソワルを知っていて?」
「……まあ、そこそこ」
「あら、ふふふ」
「御母堂様のお加減はいかがですか?」
「ええ、お母様ならすっかり良くなって」
「もう薔薇の手入れをご自分でなさるほどに」
「それはそれは。……では挨拶のみですが失礼いたします。レディ・アガサ、レディ・アリス」
「ええ」
「またね」
オルソワルは私を一睨みすると踵を返して遠くのテーブルに向かった。
「うう、くそ〜王子フェイスめ」
「もうオルソワルの洗礼を受けたの?」
「洗礼って言うか人に食ってかかるからムカついて〜うが〜」
「あらあら、わたくしのケーキを一口あげるから気を鎮めて」
あーん、と言われたので大人しく栗のケーキを貰う。
「美味しい……」
「ふふ」
「オルソワルは真面目なのだけれど、周りと合わずに空回りしがちなのよね」
「オルソワルに文句があるなら正面から言っておやり。それかわたくしたちに」
「ありがとう……」
王子顔め、と思いそう言えばと口にする。育ちのいい、魔法使いとして名高い一族ならとっくに太陽と月の契約を交わしているのではないだろうか?
「ベルフェスはもう契約……ううん、お相手がいるの?」
「いらっしゃるわ」
「そう。まあ当然か……」
それでマシューと組まされたんだなと納得する。私もだがマシューも太陽属性の子で女の子に簡単に触る訳にはいかない相手と組まされるんだな。余り物扱い、と思うとちょっとモヤモヤする。
そう言えばマシューがずっと静かだなと思って視線を上げると彼と目が合う。マシューは恥ずかしそうに視線を落とし紅茶に口をつけた。
私たちのやり取りを見たティアラ姉妹はニンマリとしてマシューをつつく。
「マシュー、黙って見つめていても気付いてはくださらなくてよ」
「そうなんですけど……」
「ん? 何?」
「彼ね、先程の組み合わせに不満があるらしくて」
「え? そうなの?」
まあオルソワルじゃなあと思っているとマシューは頬を染めて紅茶をちまちま飲み進める。意を決したようにティーカップを置くと彼は口を開いた。
「あの、俺、サシャさんと組みたくて……」
「ぶっ」
危うく紅茶を吹き出しそうになった。まさか指名されるとは思ってなかった。
「え? 私?」
「そう。レディたちに相談したら、その……こう言うことはお相手と一緒に先生に相談すると良いと」
「へ……まあ、いいけど?」
「本当っ?」
「うっうん」
マシューなら嫌じゃないしと付け加えると彼は頬をより赤くした。
「良かったわねマシュー」
「はいっ」
「あらあら」
「まあまあ」

 次の授業の前に報告に行こうとマシューと共にミューア先生、デルカ先生の元へ向かった。
「ふむ、組みたい相手がいるなら優先しよう。しかし授業でも言ったが契約相手以外の異性に指先すら触らせたくない者はそれなりにいてね」
「……何度か相手を交換するのは如何でしょう、デルカ先生」
「ミューア先生もそう考えるか。どうだろう二人とも? 他の子の調子も見ながらになるが……」
「私は構いません」
「俺は彼女との組み合わせをなるべく優先して頂ければ構わないので」
「そうか。わかった。次の授業から反映するよ。伝えてくれてありがとう。こう言うことはどんどん言ってくれ! ハッハッハ」

「よかったね」
「うん」
 先生への相談が難なく終わったので私たちはそれぞれの教室に戻るべく廊下を歩く。
「サシャさん」
「ん?」
マシューはもじもじと両手をいじっている。
「あの……これからよろしくね」
「え? ああ、うん。よろしく」
改めて右手を差し出すとマシューはふんわりと笑った。
「ありがとう。よろしく」

 午後、入学日最後の授業。いよいよ魔法使いらしく新入生は己の使い魔を選ぶ。基本は先生が見繕った中から。育ちのいい子は既に使い魔を所持しているので授業はなく早々に寮へ帰っている。
「使い魔かぁ」
つい言葉として漏れていたのを知らずに獣学の専門家、そして調教師であるモーガン先生の説明をぼんやり聞いていると近くの太陽男子がこちらに顔を向けてくる。
「楽しみだよねっ」
「え? 別に」
相変わらず私がつれない態度でいるからか男子は肩を落とした。
「ではーこちらへー」
のんびりした先生の声で一クラス分くらい、四、五十人の塊がぞろぞろと校舎を出て魔法使いの街へ繰り出す。今年は珍しくモーガン先生のお勧めの店へ行くらしい。月属性の子を見かけ、話しかける。
「今年は珍しく?」
「うん。例年は先生がたくさん購入してきてそこから選んでいたのだけれど、ほら、使い魔を所持せずにこの年まで育つ子は年々減っているでしょう? だから今年から直接お店へ行くんだって」
「なるほど」

 魔法使いたちの街、オールドローズ通り。所狭しと魔法の道具や材料が並び道ゆく人々を引き留めている。
「わあ、巨人アイス!」
「おーいはぐれちゃうよー」
はしゃぐ月の子を制御しながら一際大きな店に入る。とんがり帽子の屋根、漆黒の壁と柱は威圧感があったが中に入ると広々としたホールが明るく照らされている。
「わあっ」
思わず月の子と声を揃えて感嘆の声を上げる。元の建物より中は相当広いようだ。
「こちらですよー、はぐれないでねー」
モーガン先生の背中を慌てて追いかけると背が小さくずんぐりと丸っこい調教師が片眼鏡越しに生徒の顔をじっくり見て行く。
彼は何も言わず生徒を一人一人小さな部屋に連れて行き、生徒たちは各々の気に入った使い魔と共に出てきた。
「わあっ可愛い〜」
「すげードラゴンの子供だぜ!」
みんながワイワイ使い魔とはしゃぐ中、私は一番最後。そして調教師のおじさんは私の顔をいつまでも睨んでいて部屋に連れて行ってくれない。
「あの……」
「やっぱりーバレットさんはー難しいですかー? せんせいー」
「えっ先生の先生?」
大先生じゃんと思いつつ、やっぱりという言葉が引っかかり二人の顔を見渡す。
「あの、やっぱりってどう言う……?」
「うーんとー、先生ー別室でお話を〜」
「フゥム……」
モーガン先生とそのお師匠のヴァーノンさんに連れられたくさんの使い魔たち、フクロウやワシやネコ、オオカミその他が一堂に集う部屋に入れられる。使い魔たちはよく訓練されているのか非常に静かでまったりとしていた。
「やっぱり〜?」
「え?」
「静かすぎるねェ。君ィ、今まで精霊や妖精に会ったことは?」
「あります」
「危害を加えられたことは?」
「え? いいえ?」
「全く?」
「はい」
「フゥム……」
「えーと……」
先生たちの反応に困っていると腕を組んでいたモーガン先生がふぅと溜め息をつく。
「バレットさんはーいわゆる精霊の花嫁なのー」
「精霊の花嫁……あの、精霊全てに愛されるって言う?」
「そう、多分ねー」
精霊の花嫁、もしくは神の花嫁。月の属性に多い特性で魔法使いには有利な性質。精霊たちと通訳なしで話すことが出来、歌えばその声は神々に届くと言われる。
「そう言えば、今日月の子にやたらと好かれるんです」
「月のお嬢様たちはー、人より神霊に近いからねー性質がー。なるほどー納得〜」
「フゥム……」
「あの、でもそれなら困ることはないのでは? 大体の精霊や妖精と仲良く出来るんですよね?」
「それがねぇ君ィ……逆なのだよ。精霊の花嫁たる者にはそれ相応の使い魔が必要になってくる。儂の手元にはそこまでの使い魔がおらんのだよ」
「えっ」
「バレットさんの使い魔はー、保留ということでー。私と先生で探しておきますからー」
「ええっ」
結局、私の使い魔は見つからないまま寮へ戻ることとなった。

「まあ、やっぱり」
 部屋に戻るとティアラ姉妹とルームメイトたちは私の話に頷いた。
「そんな気はしたの。とても声をかけやすいから」
「月の子によく話しかけられるなとは思ったけど、まさか自分がそうとは……」
使い魔欲しかったなぁと思いつつ私は月のお嬢様たちに好きなように体を触らせている。いつの間にか指先の手入れが始まっており私の爪はピカピカに仕上がっていく。
「みんなも精霊の花嫁でしょう? 使い魔はどんな子がいるの?」
「“神の花嫁には精霊の騎士を”」
「騎士?」
「ええ。あらゆる神と精霊に愛されるからこそ、強い者でなくてはいけないの」
「“ペットショップ”に売ってる獣たちじゃとても務まらないのよ。だから出逢うまで待たなければ」
「ええ、そんなに大変なの……」
爪先はほんのりオレンジ色の透明なコーティングがかけられ輝いている。爪はそのままにと言われ立ち上がると今度は何故か採寸が始まる。
「あの、次は何を」
「ドレスの一つや二つあった方がよろしくてよ?」
「え?」
「わたくしたちのお小遣いがあるからこれから買いに行きましょう。ね、わたくしたちの騎士も見たいでしょう?」
「そ、それはまあ」
上手く話に乗せられた気がする。
 私はルームメイトに連れられ先生に外出の許可を申し出、オールドローズ通りに再び向かった。

 お嬢様たちは部屋着、とは言っても私とは大違いでほとんどドレスだけど、着の身着のまま通りを進む。お小遣い本当に持ってるの? と、思いながら手を引かれついて行くと分厚い壁に豪華な漆黒のドアだけが付いている変なところに着いた。
「ここは?」
「お店よ」
アガサは黒い鍵をどこからともなく取り出すと鍵穴に差し込む。
ガチリ、と固い音がしたのを確認し彼女はドアノブを捻る。
「さあさ」
「さあさあ」
「ま、待って」
お嬢様たちに押され漏れ出す光に身を投じる。目が慣れる頃には私はどこかの広々とした森にぽつんと立っていた。
「えっいや……えっ?」
お嬢様たちは!? 慌てて見渡すと森の樹々から大きな獣の瞳が見えている。あの大きさだと何? 熊? 獣がぬうっと頭を出す。それはとうに大人のドラゴンたち。それも体が非常に大きな古竜と呼ばれる竜の原生種だった。
「ひぃっ」
振り返れば四方八方を竜に囲まれていた。気絶したくなるのを我慢して私はなんとか立っている。
「あ、アガサぁアリスぅ……」
「まあまあ、神の花嫁なら堂々となさいな」
高い位置から声がして顔を向けるとアガサやアリスは古竜の首に跨っている。そして彼女たちの背後にはそれぞれ甲冑を着た人型の精霊がいて、私の恐怖は吹き飛んだ。
「おおっ! 本当に騎士なんだね!」
「そうよ。さ、どの子でもいいからお乗りなさいな」
「えっでもわたし竜の乗り方分からない……ひっ!?」
私の言葉がわかったのだろうか? 古竜の一頭が私の首根っこを噛み持ち上げる。そのままスポーンと投げられ、私は竜の首元に着地した。
「ぎゃーっ! ……あれ」
「強い風が吹くからきちんと捕まっているのよー」
「えっ手綱とかナシ!? ちょっ、ぎゃー!?」
私の叫びなどお構いなし。竜たちは飛び立ち遠くに見える建物へ向かった。

 ホウキで飛ぶのと勝手が違ったせいで目的地に着く頃には私はだいぶグロッキーになっていた。
「まだグラグラする……」
「まあ大丈夫?」
月の子たちに手を引かれ立派なお屋敷の門を潜る。まるで映画の世界のような豪華な装飾。赤い絨毯。メイドさんがずらーり。
「わぁ」
「ようこそお越しくださいました。レディ・アガサ、レディ・アリス」
メイドさんの一人が私たちの前へ歩いてきてお辞儀をする。
「今日はお友達を連れて参りましたの」
「お初にお目にかかります。どうぞこちらへ」
促されるままついて行くと客間に通される。お店っぽくないなと考えていると紅茶が出てくる。
「あのー……」
「なあに?」
「お店なんだよね?」
「そうよ。わたくしたちお気に入りの仕立て屋」
「その割にはドレスが並んでたりしないけど……」
「全部一点物だもの」
「え?」
「フルオーダーメイドよ。今日は採寸をしに来ただけ」
「え!?」
そんな手間のかかったドレス子供のお小遣いで買える!? と言いかけるもその前に屋敷の主人らしき人が現れる。
ピシッとしたシャツと深い藍色のスーツ。背筋もピンとした白髪のお爺さんはまずティアラ姉妹の手を取り深々とお辞儀をする。最後に私の手を取ると軽くお辞儀をしてじっと顔を見られる。
「あ、えっと初めまして……」
「わたくしたちのルームメイトです」
「太陽の御子よ」
「左様でございますか。本日は何をお求めに?」
「私室で気軽に着られるドレスをお願いしますわ」
「わたくしたちからの贈り物です」
「畏まりました」
「い、いや自分で払うよ?」
とは言ったものの……貯金全部崩さないとダメかな?
「それは今後彼のドレスが気に入ってからに」
「ええ、けれどきっと気に入りますわ」
「でも」
「では採寸を。こちらへどうぞ」
「ああ、はい……」
断るのも悪い気がしてひとまず大人しく隣の部屋へ向かった。仕立て屋のお爺さんは慣れた手つきでさっさっと私の腕や首の太さ、足の長さなどを測り始める。
「……すみません」
「はい」
「いえ、あの。友だちに連れてこられちゃっただけなので採寸はいいです」
「ドレスはお嫌いで?」
「着たことなくて。そう言う家柄じゃないし……」
「プロメテウス学園の方なら舞踏会で必要になります。成長期ですしドレスが必要なら都度採寸にお越しください」
「え、いや……舞踏会は多分出ませんし、いいです。申し訳ないけど」
「……気乗り致しませんか?」
仕立て屋さんは採寸の手を止める。
「気後れです。こんな高級なお店、私は入る資格ないので」
「当店にいらっしゃる方に資格は必要ございません。ご入店なさったならお客様ですし、その方がご贔屓になさってくださる常連様のお連れ様なら尚のこと」
お爺さんの言うことはわかる。普段ちゃんとしたお客さんであるティアラ姉妹が連れてきたんだから問題はないって。わかるけど。
「……ごめんなさい。貴方のドレスきっと綺麗だろうけど、私じゃもったいないと思います」
お爺さんは巻尺を持ったまま何か考えて、奥の部屋に一度引っ込んだ。
溜め息と共にソファに腰掛ける。このソファだって高級品だ。自分のお尻を置くのがもったいなく感じる。
仕立て屋さんが奥から戻ってくる。手には何故か映写機の道具。首を傾げているとお爺さんはあっという間に映写機を設置し、フィルムをセットすると壁に何かを映し出す。
「わぁ」
それはこれまでこの店にやってきた人たちの、ドレスを試着した時の短い映像の連続だった。
堂々と着こなす人、初めてドレスを着たのか緊張気味の人。女性も男性も映り、様々な衣装が私の目を奪う。
「綺麗」
「当店のお客様の中で、私の仕事を外部に紹介する際の資料にと快く記録にご協力くださった方々です」
「じゃあこれ全部お爺さんが?」
「はい」
「すごーい……」
ドレスって何もお姫様みたいな物に限らないんだな。男性たちも華やかな衣装に身を包んでいたのが印象的で、スーツやドレスって言っても色々あるんだなと頷く。
「ティアラ姉妹がお勧めするのも分かります」
「ありがとうございます。私は皆さまそれぞれの美しさを引き立てるお手伝いをしていると、自負しております」
「美しさ……」
私にはない物だ。フィルムの向こうに映る世界はやっぱり別世界で溜め息が漏れる。
「みんな自信に満ちててカッコいい」
そうだ、私には自信がない。こんなに素敵な服を貰っても、堂々と着ていられる自信がないんだ。断る勇気が出た私は立ち上がる。
「すみません、やっぱり貴方のドレスを着るには未熟な部分が多すぎます。作ってもらってもきっとドレスが重荷になっちゃう。だからあの……ごめんなさい」
「……畏まりました。服がお必要な際は是非私にご相談ください。お力になります」
「……ありがとうございます」
仕立て屋さんは納得してくれたようだ。私は胸を撫で下ろしティアラ姉妹の元へ戻る。
「あら、早かったのね」
「採寸はやめたの」
「まあどうして?」
「ここのドレスを着るには覚悟が足りないや。ごめん。せっかくの贈り物だけど」
「まあ……」
姉妹は顔を見合わせてから頷いた。
「でしたら、次の機会にまた来ましょう」
「ええ、そうしましょう」
「ほんとごめんね」
「いいえ。わたくしたちこそ急に連れてきてごめんなさいね」
綺麗なドレスを惜しみながら、私たちは学園へ戻るため店をあとにした。


「ぐぅ」
 翌朝。己のいびきで意識が上がり眩しい光に目を瞬かせる。誰かが枕元にいてまだ実家にいると勘違いした私は「ごめんママあと五分」と呟き一度意識を手放した。
再び目を覚ますとようやくプロメテウス学園だと言うことを思い出し、枕元にいる誰かを確認する。枕元の椅子に腰掛けるその人は昨日、中庭で見かけた全身真っ白の女神だった。
まだ重い体を引きずりなんとか上体を起こす。寝ぼけ眼のまま女神さまの前に座るものの瞼は思うように上がってくれない。
「おはようございます……」
真っ白な女神はぼやぼやの私の頬を冷たい指先で撫でると、昨日とは違い額にもその指を滑らせる。
ああ、知ってる。これおまじないだ。
お母さんや乳母さんが子供にするやつ。子供が怪我をしないように、とか病気にかかりにくくなりますように、とか。魔法にも満たないおまじない。
「貴女も母親なの……?」
目を開く頃には女神はいなくて、夢でも見てたのかもしれないと冷えた額をさすった。

「おはよう」
「おはようございますー」
「おはようございます」
 朝から月の子に囲まれながら食堂を目指す。
「おっはよーサシャ! すっかりモテモテだね!」
「おはよーリル」
「おはよ! 混ぜて混ぜてー」
リルは持ち味である人懐っこさを発揮して月の子にも難なく受け入れられた。
「今日から本格的に授業なんだってさーうちのクラス。一週間サボれると思ったのに残念」
「え、そうなの?」
「太陽クラスはどう?」
「んー、特に連絡ないし変更はないんじゃないかな」
て言うか孤立してるし連絡来ないかも。自分で情報取りに行かないと……。
プロメテウス学園は人里離れた位置にあることもあり、今まで暮らしてきた気候と全く違う生活を強いられる子もいる。そのため一週間は体を慣らすため本格的な授業は組まず時短授業な上、午前二枠午後一枠とかなりゆるいスケジュールを組まれる。初週の土日を越え、次の週からいよいよ本始動となるのだが水属性のリルのクラスは早々に本授業らしい。
「水属性って三クラスだっけ」
「今年はそう。去年は四クラスいたって」
「今年も一番多いクラスは火属性だそうよ」
「そうなんだ」
「五クラスとか捌くの大変だよねー。火属性毎年多いよね」
「四大元素の中でも特に顕性ですからね」
四大元素。火、風、水、土の四つ。魔法学の基礎とされ火は特にありふれた属性として有名。その次に光と闇属性が来て、最後に太陽と月。太陽属性と月属性は詳しく言うと光と火、闇と土のいいとこ取りをしたような属性だ。
初等教育でも軽く触れたが太陽と月の属性の方が由来は古いとされ、光や闇、四大元素はその後に生まれたとされる。それゆえ太陽と月は魔法の中でも古い形式を覚えることが多く、学問としての難しさと性質の稀有さから進学の道を選ばず魔法を諦める人も少なくない。
私の場合は、力が暴走しないよう基本操作くらいは覚えたかったと言うのが一つ。あとは親元から離れたかったのが理由としては大きい。

 太陽のクラスに着き月属性の子たちからお別れのハグや頬へのキスをたくさん貰い彼女らを手を振って見送る。女の子は嫌いじゃないけどこれから毎朝これだと思うとなかなか大変だな。
「いいなー」
「お月さま〜俺にもキスして〜」
からかう男子を丸無視して窓際最後方の席を取る。本当にオスって面倒くさいわ。
「おはようっ!」
「おはよ」
近くの男子から声をかけられるものの顔は見ない。太陽属性の男子は声もうるさいし余計好きじゃない。先生が来るまで暇なので教科書をパラパラと読み出す。勉強してる風、暇潰し。
 男子どものガヤガヤがより増え席に着く音が連続する。先生が来たんだなと顔を上げると私たちの教室に来たのは月属性の専任、オーレリア・ミューア先生だった。
学園屈指の美人教師が来たため男子たちは落ち着きがなくざわざわしたままで思わず溜め息。それは先生も同じようで首を軽く振ると私を見つけ、前の席へ来るよう手招きをする。
指名されたようなもので仕方ないと腰を上げ、私は窓際の空いている最前席に座り直す。私たちのやり取りを見ていた何人かが静かになり、つられて他の男子もようやく静かになる。ミューア先生は腰まである白枝の杖をトンと鳴らすと生徒を見渡した。
「太陽の諸君、おはようございます」
「おはようございます」
私以外ぽそぽそっとした声しか返ってこないのでミューア先生は眉間に皺を寄せる。
「返事がろくに聞こえませんね。おはようございます」
「おはようございます!」
「よろしい」
先生はまたトンと教壇を鳴らす。
「昨日も名乗りましたが、オーレリア・ミューアです。わたくしはデルカ先生ほど甘くはございませんので態度が悪いと容赦なくこの杖が君たちの股間に飛びます」
美女をからかう男というのは年齢に関係なく一定数いる。それを長年の経験で分かってかミューア先生の視線は冷たい。
「わたくしの授業は君たちが月の女性たちを相手にする際、失礼がないよう上流のマナーを教えるものとなります。しかし一般男性が学ぶものとは違い、つまりは騎士としての立ち回りを学ぶこととなります。早速見本を。バレットさん、前へ」
「はい」
性別のまま女役か、と思い教壇の前へ向かう。
「わたくしの動きが男役、バレットさんは女役です。バレットさん、上流の女性の振る舞いはどの程度ご存知で?」
「ええと、月の子たちがやってるのを昨日一日見てるのでそれなりには……」
「ではわかる範囲でお願いします。まず、挨拶から。男性は右手を胸に当て、この時指先は揃えて。左足を半歩後ろに。そして頭を下げます。この時背筋が丸くならないように」
私はお嬢様たちの真似をしてスカートの裾を軽くつまむ。同じく左足を半歩下げて先生と共に膝を落とす。
「本来は挨拶と共にします。バレットさん相手なら、ミス・バレット、ご機嫌麗しゅう。と言った形に」
上体を起こしお上品に立ったまま先生の指示を待つ。
「女性側は家によって挨拶を返してくださる場合と返してくださらない場合両方がございます。男子諸君はもし返事がなくてもムッとしないように。未成年のうちは結婚相手以外の男性と話してはいけないと言うかなり厳しい躾で育っている方もいらっしゃいますから。失礼して家名を出すならばティアラ家、フローラ家。ジュノン家、ミナーヴァ家は特に由来も古く躾が厳しいお家柄です。お高く止まっている、のではなく本来ならば一般市民と話してはいけないと躾けられている方々でいらっしゃいますからそのぐらいの覚悟はするように」
男子たちはあまりの別世界にざわつく。はい、と誰かが挙手をしたので先生が指名すると。
「話しかけても全く口を利いてくれない場合はどうしたら!?」
「失礼のないよう潔く立ち去りましょう」
「喋っちゃダメなんすか!?」
「相手が口を利くだけの資格が己にないと思ってください」
「ひえー」
「では続きを。ありがとうバレットさん。席へ戻って。ミスター・ベルフェス、こちらへ。手本をお願いします」
「はい」
私と交代でオルソワルが教壇前へ出てくる。
「今度は私が女役、ミスター・ベルフェスが男役です。挨拶が出来ないことにはその後のマナーなど覚えるも無意味。と言うことでこの後呼ばれる方々はミスター・ベルフェスの動きをしっかり真似るように。ではミスター、どうぞ」
「はい」
オルソワルは見事な所作を見せ先生にお辞儀をする。
「ミズ・ミューア、ご機嫌麗しく」
「ご機嫌ようミスター・ベルフェス。……見事です。このように、背筋は伸ばし、美しくお辞儀を。ありがとうミスター・ベルフェス。席へ戻って。バレットさんもう一度お願い出来ますか?」
「はい」
オルソワルと交代でまた私が教壇の前に立つ。
「全員名前順に呼びますのでミス・バレット相手にお辞儀をしてください。バレットさんはお辞儀のみでいいです。さて、ではアーロンさんから」
お辞儀するだけなら簡単だと私も男子も思っていた。しかし、
「角度が甘い」
「背中が丸い」
「左足を忘れていますよ」
「挨拶の声が小さい。もっと大きくはっきりと」
ミューア先生は男子生徒をビシバシしごいていく。それも杖で容赦なく。一周終える頃には先生の冷たい視線はさらに冷たくなっており最早氷の女王と呼ぶべきだ。
「諸君に期待しすぎていました。これでは舞踏会どころか合同授業すら恥ずかしくて出来ません。もう一周、いえ、二周します」
「先生、これ以上叩かれると痣に……」
「叩かれぬようにしなさい」
「ひえ……」
「あの」
「はい、何でしょうバレットさん」
「私も男役をやってみたいです」
おや、と先生は意外そうな顔をする。
「貴女は女性ですから男役の所作を覚える必要はございませんよ?」
「やってみたいんです」
「ふむ……まあいいでしょう。では私相手に、どうぞ」
許可がもらえて嬉しい私は火照る頬のまま先生の前に立つ。背は伸ばして、角度は深すぎず浅すぎず。左胸に手を添えて。
「ミズ・ミューア。ご機嫌麗しゅう」
「ご機嫌よう“ミスター”・バレット。その姿勢のまま止まって」
先生は私のお辞儀をチェックする。
「ふむ、浅すぎず深すぎず。左足の位置よし、首は真っ直ぐですね。合格です。ミスター・ベルフェスの次に綺麗ですよ“ミスター”・バレット」
「やったっ」
「諸君は“彼”のことも見習うように。ではミス・バレット、席へお戻りください。アーロンさん、来なさい」
「はい……」

 その後も男子生徒はみっちりしごかれ、肩や腰をさすりながら次の授業となった。サンデル先生の授業では抜き打ちで小テストがあり、みんな頭を掻きむしりながら机に張り付くこととなった。

 お昼時、私は教室を一番に飛び出すと自らティアラ姉妹を迎えに行った。
「いらしたわ」
「こちらよ」
彼女たちに駆け寄ると恥ずかしさを抑えながら私は左胸に手を添えて左足を半歩下げた。
「レディ・アガサ、レディ・アリス。ご機嫌麗しゅう」
男側の所作をすると二人は自然な動きでスカートの裾をつまみお辞儀を返してくれた。
「ご機嫌よう“ミスター”・バレット」
「ご機嫌よう」
「えへへ、さっきマナーの授業だったの」
「まあ、それで」
「ふふ、綺麗なお辞儀でしたよサシャ」
「本当?」
「ええ。でも貴女、騎士になるつもりがないのなら姫の所作を覚えた方が宜しくてよ」
「あらいいところに。マシュー、ミス・バレットにご挨拶を」
振り向くとマシューが歩いてくるところだった。彼は自然な流れで私の右手を取るとその手を胸に引き寄せ顔をぐっと近づける。
「ご機嫌麗しゅう、ミス・バレット」
「ひょええっ」
綺麗な顔が近づいてびっくりしてしまい、私はお辞儀を返せなかった。ティアラ姉妹はクスクスと笑う。
「あらあら、そんな初心を男性に見せたらいけないのよサシャ」
「手を握るのもアリなの!?」
「挨拶にも色々流派があるんだよ」
「そっそうなんだねっ!」
マシューから手を離し火照った顔を両手で扇ぎ気を落ち着かせる。
「貴族の世界ってすごいね」
「そう?」
「うん、だって持ち物も高価でしょ? 壊したら大変、とか思っちゃうと怖くて触れないし」
「そうねえ。でも壺の一つや二つ、ねえ?」
「わたくし、小さい頃お婆様が大切にしてた異国の茶器を割ってしまって」
「わたくしはお母様のティーカップを」
「ええっ」
「きっちり怒られたわ。世話役にね」
「ありゃあ」
「マシューもそう言うことはあったでしょう?」
「ありましたよ。馬車一台分の父の壺とか……」
「うひゃあ」
「でも、子供だから許して貰えました。何とかね」
「怖い世界だ……」
「そんなことありませんよ?」
「うふふふ」

 食堂に着くと何やら騒がしく、出来ている人だかりに私たちは加わった。
「何の騒ぎ?」
「ああ、火属性の男子がデザートのことで喧嘩になってさ」
「えっ、ダサ」
「だよね」
「初等生じゃあるまいし」
二人の男子が掴み合いの喧嘩になっているところにバシャアと水がかけられる。周りの生徒たちがきゃあと声を上げ、水をかけたであろう先生がツカツカと歩いてくる。
「洗濯物と一緒に干されたいですか!?」
先生のお説教を全て聞く前に私はティアラ姉妹とマシューに手を引かれ騒ぎから遠ざかり席に座った。
「放っておきましょう」
「あー、うん。そうだね。お腹ぺこぺこ」
注文を取り水を口にしながら待っている間、先程受けたマナーの話になる。
「まだ挨拶の所作しかしてないけど、食事のマナーとかも習うよね?」
「そのはずよ。テーブルマナーは特にきちんと覚えないと」
「でもサシャは基本的なティーマナーはもう覚えたでしょう?」
「確かに!」
何気なく教わったことが今後活きてくると思うと驚きだ。
「わたくしたちで良ければ少しずつお教えします」
「ティーマナーもですけど、食事のマナーも他の所作も家によって違うから基本的なところだけね」
「ありがとう! 助かるよ」
届いた食事を切り分けながら私はあっと声を出す。
「オルソワルもマナーはいっぱい覚えたんだよね?」
「そうね」
「ベルフェス家はわたくしたちと同じく古い家柄の一つですから。オルソワルは特に後継ぎですし」
「そっかぁ、あいつも苦労してるんだ」
ガリ勉と揶揄したけど格式高い家に生まれて色々背負うとなるとああもなるのか、と納得する。
「でも真面目を周りに押し付けるのは良くないと思う」
「そうねえ、オルソワルの唯一の欠点ね」
「マシューもそう言う難しいこと覚えた?」
話を振るとマシューは困った表情をして肩を竦める。
「俺の家はティアラ家やベルフェス家ほど格式高くないから、そんなには」
「でもさっきお辞儀は完璧だったよ?」
「それはね、いざと言う時レディたちに失礼がないようにするため」
「ってことは頑張って覚えたんだね」
「それなりにね」
「それなり……」
頑張ったと言わないのが貴族なんだろうか? 奥ゆかしいとは思うけど、頑張ったなら頑張ったって言えばいいのに。
「家柄のことですけれど……」
「ん? うん」
耳を傾けるとアガサは声を落とす。
「オルソワルには特にですが、話を振られない限り親戚の話は聞かぬようになさってください」
「どうして?」
アリスも声を落として私に顔を寄せる。
「この後の歴史の授業で触れるとは思いますが、先の大戦で名のある太陽の御子の一族は男子を多く失い家が絶えてしまったんです。そのことに触れる話なので、あまり聞かぬように」
「えっそうなんだ。わかった、ありがとう」
「サシャは素直に聞いてくださるから安心します」
「ええ本当に」
「そう?」
まあ子供の時はそれなりに素直だったな、と思いながらハンバーグを咀嚼した。

 午後になり私は何故か一人ハブられ図書室で自習していた。なんだろ、男だけの授業って。情操教育とか? でも午前に続いてサンデル先生の授業なのに。
ペンをくるくる回しながら予習をしていたものの、すぐに飽きてしまい教科書片手に中庭へ飛び出した。
 中庭の芝生がすっかり気に入った私は教科書を枕に昼寝をする。
「ふわーあ」
欠伸をするとどこからともなく黒猫が寄ってきて私の視界いっぱいに顔を見せる。
「おや、今度は黒猫か。一緒にお昼寝する?」
猫はフニャアと欠伸をすると私の頭に顔を擦り付け、満足すると脇腹のあたりで丸くなった。人慣れしているので誰かの使い魔だろうと思いそのまま放っておく。猫も私も放って置かれる方が好きなのだ。
「お日様気持ちいいね、黒猫くん」
「そうだな」
「……ん?」
猫が喋った? と、私は首を持ち上げた。辺りを見回しても人気はなくやはり猫が喋ったのか、と納得してまた教科書に頭を置く。
「黒猫くんは誰かの使い魔?」
「俺はリジーの猫よ」
「リジー?」
「校長の次に偉い女魔法使い」
「ああ、副校長先生の! なんでこんなところに?」
「おめえの見張りよ」
「どして?」
「太陽の女なのに神の花嫁で使い魔を早々に当てられねえのに一人でいたがるから危なっかしいとよ」
「あら」
先生が心配して使い魔を宛てがってくれたらしい。
「お気遣いありがとうって先生に伝えておいて」
「気が向いたらな」
「気まぐれだなぁ」
「猫だからな」
「そっか、猫なら仕方ないか」
太陽の女なのにと言う言い回しが気になり私は黒猫を突く。
「黒猫くん」
「なんだよ。猫らしいサービスならしねえぞ」
「違う違う、太陽の女なのにってどう言う意味?」
「ああ? そりゃあ……」
起き上がると黒猫は私の正面で手足を揃えてきちんと座る。
「太陽の御子ってのは使い魔を力で屈服させるのが普通よ。元々腕っ節は強えし気性も荒いからな。でもおめえどっちかっつーと神の花嫁の性質が強えだろ?」
「ああ、精霊の花嫁?」
「神の花嫁だっつの」
「んーと、月のお嬢様たちと同じ?」
「おうよ。つまり使い魔を力で屈服させたりしねえ。懐かせる方が得意さ。そうだろ?」
「まあねじ伏せようとはまず考えないかな」
「そうだろ。太陽の女ってのはただでさえ狙われやすいんだからもうちょい緊張感持っとけって話だよ」
「どして?」
「何でも聞くな。自分で学べ」
こう言う時こそ図書室だろうか? 私は教科書と黒猫くんを持ち上げて来た道を戻る。
「なんでえ急に」
「せっかくだから太陽と月の歴史調べようかなと」
「そいつぁいい。手間が省ける」
 再び図書室。歴史の棚を見て回るものの月と太陽に絞った話は神話か、家同士がどう触れ合ってきたのかみたいなものが多くてピンポイントでこれという物は見当たらない。
「どれだろ」
「表の棚にはないかもな」
「ん?」
「エグい話だからよ」
お前を男に産んでいればという親の話。大戦で消えた太陽の系譜。月の女神らしき人の、お守りのおまじない。サンデル先生が気を遣うほどの歴史の内容。バラバラだった情報が頭の中でまとまる。太陽の御子の女性たちはもしかして。
「……虐殺されたの?」
「そう聞いてる」
「そう……」
そうか、だから少ないのか。
「俺も大戦後の世代だから見ちゃいねえが、太陽の血筋ってのは気が荒くて内紛もよくやってた。戦士を生む可能性が高い女どもはみーんな、捕まっちまったんだとよ。リジーが言ってた」
「そっか」
「だからおめえ、月のお姫たちがチヤホヤするのも無理ねえのさ。みんな消えちまった自分の親戚だと思ってんだよ」
「そっか。神の花嫁だからってのもあるけどそっちもあったんだ」
「多分な」
 司書さんにしーっと言われてしまったので大戦に関する書籍を二冊借り中庭へ戻る。太陽の御子が虐殺された話は明確には記載されていないが、そう思わせる文章はところどころ見られる。
「でも私みたいなのもいるよ?」
「全滅はしなかったんだろ。それこそおめえ、親御に聞いたらどうだ?」
「うーん。実はうち、お父さんもお母さんも元の家と絶縁してて親戚の話一切聞かないんだよね」
「そりゃ肯定してるようなもんだ。太陽と月の属性は血筋以外じゃ滅多に出てこねえ。争いに乗じて逃げた一族の末裔じゃねえか?」
「あー、ありそうな話ではあるけど……。でもふつーの家だよ? うち」
「一般人に紛れて暮らせば目立たねーし、そうしたんだろ」
「うーん……」
帰省する気はなかったけど、長期休暇中に帰ったら聞いてみてもいいかも。
「男に生んでればって、そういう意味かぁ」
リジーことエリザベス副校長の黒猫が急に肩から飛び降りたのでどうしたのと聞こうとすると、目の前にまた白い女神が立っていた。
「あ」
腰掛けていた噴水のふちに本を置き腰を上げる。
「こんにちは」
女神は物憂げな表情を変えず私の頬を触りにくる。もしこの女性が月の女神たちの母親、月の女王なら親戚筋の私を心配してくれるのも分かる。
彼女の気の済むように触らせ、やがて解放される。また消えてしまうんだろうと思ったけど彼女はすぐに砂にはならなかった。
「あの」
初めて私から触れる。冷たい指先。生き物のように血が流れない体。
「私、大丈夫だから。心配しないで」
月の女王は私の言葉で一筋の涙を流すと、ふわりと消え去った。
月の女王に腹を見せて転がっていた黒猫がそのまま固まっているので彼を覗き込む。
「おうい、もう動いて平気だぞ」
「びびびビビった。誰でえ今の!? 高位の神だろ!?」
「うん、あんまり地上じゃ見ない神様?」
「百年生きてるが初めて見たわ!」
「あら」
やっぱり月の女王なのかな。そう思ったものの口には出さず彼女が消えた方を見る。
「すぐどこか行っちゃうの。いつも悲しそうだし」
「あのなバレット!」
「ん?」
「地上の神ならともかく遠いとこの神はやめとけ! 何で機嫌損ねるかわかんねえだろ!?」
「まあね。でも触りたがってるのを断るのも失礼じゃない?」
「そっそりゃあ……」
黒猫は頭を抱えている。猫も頭抱えるんだ……。
「まあほら、危害を加えにきてる訳じゃないし。むしろお守りくれたんだよ、おでこに」
「くぅ〜俺の頭じゃ無理だ。おい! リジーに報告するからな! 部屋さっさと戻れよ!」
「あっ、ちょっと」
黒猫は目にも止まらぬ速さで駆けるとあっという間に姿を消してしまった。

 一度教室に戻ったもののそのまま寮へ帰っていいと言われ、素直に部屋を目指す。
「ん?」
寮近くの敷地内で太陽属性の男子たちが四、五人集まっていたので柱の影からこそりと覗く。
「じゃあ夕方、透明マント持って集合な」
「おうっ」
何あれ、なんか企んでる?
男子たちは私に気付かないまま寮へ戻っていった。日暮れに何をするのか分からないが、もし騒ぎの原因になるなら止めないと。

 そう思い、私は夕飯早々に食堂を抜け出す男の子たちについて行こうと思った。
「何してるの?」
「ひょわあっ」
そこを運悪く、いや運良くマシューに見つかってしまった。
「日暮れに森に行ったら危ないよ?」
「あのねっ」
私はマシューに状況の説明をした。
「なるほど、クラスメイトが何か企んでると」
「先生の知らないところで怪我したら困るじゃん」
「確かにね。でもサシャさん一人でついて行ったら危ないし、俺も行くよ」
「えっ! ダメだよ、月クラスの子に迷惑かけられない」
「頼ってほしいんだ」
マシューは薄金の瞳で真っ直ぐ私を見つめた。
「それに、女性を守るのは騎士の仕事だよ。ね?」
「……うん、わかった」
「じゃあ行こうか。と、その前に……オウル」
「ここに」
マシューが暗がりに向かって声をかけると人型の精霊が姿を現す。鎧の隙間からは立派な羽根が覗いていてまるで天使だ。
「おおっ」
「俺はサシャさんを手伝うから誰か先生を呼んできて」
「御意に」
フクロウらしき使い魔はものすごいスピードで去った。
「カッコいい! 今のマシューの使い魔!?」
「うん。生まれた時から俺を守ってくれてる」
「すっご〜!!」
「行こう。撒かれるよ」
「はっ、そうだった」
 二人で男子を追うと彼らは大演習場の森の、さらに奥を目指して突き進んでいる。
「夜の森とかめちゃくちゃ怖いじゃん何してんのあいつら〜っ」
見つからないよう音をなるべく立てずについて行くものの足元はよく見えないし私は暗いところが苦手だしで最悪だ。
「うう、ランタン持ってくればよかった。それか都合よくピカーって光る魔法でもあればっ」
「あれ? 太陽属性なら光魔法は習うでしょう?」
「歴史の授業が立て続けだし詠唱の実践は月クラスとの合同しかまだやってないの」
「そうだったの。でも太陽属性なら簡単だよ。“光あれ”って言ってごらん?」
「え? ……ひ、光あれ〜」
私の全身がぼんやり光ったかと思うとどこからともなく光が差し、私の周りだけほんのり明るくなる。
「何これっ! 便利!」
「サシャさんなら余裕だと思ったよ。足元見やすいね、進もう」
「うっうん!」
男子たちはまだ森をズンズン進んでいる。この迷いのなさ、地図でも持ってるな?
「マシュー。あの、この魔法って」
「ん?」
「なんか、神話か聖書に載ってなかった?」
「ああ、うん。古い神々の魔法だよ。世界が作られてすぐの……世界に光が灯った時の原初魔法」
「そんな魔法のお爺ちゃんのお爺ちゃんみたいなやつなのにこんな簡単なの!?」
「太陽属性なら簡単だよ。だって……あ」
「ん!?」
クラスメイトは大演習場を何とか突っ切ると朽ちた古城の石壁を登り始める。
「……ほんと何やってんだろ、あれ」
「うーん、肝試しかと思ったけど違うみたい」
「何だろうね。お宝でもあるのかな?」
「あり得るね」
「……ただの思いつきだったんだけど」
私はマシューに促され石壁ではなく階段の名残りを地道に登り始める。
「本当にあるかはともかく、宝の地図を見つけた誰かが友達を誘ったとしたら納得じゃない?」
「ああ、ありそう〜」
男子ってそう言うの好きだよね、と言いつつ壁同士の隙間が狭い場所に辿り着く。本来ならこの壁に階段がついていたらしい。
「ぐぬぬ、どうやって登るか……」
「ここで待ってて」
「マシュー!?」
彼は走って勢いをつけると壁を蹴って反対側の壁に飛び付き、さらに壁を蹴りトントンと登ってしまう。
「ロープ探してくる。そこで待ってて……」
「私もやる!」
「えっ危ないよ。サシャさん!」
マシューの真似をして走って壁に飛びつく。
「ほっやっ」
勢いだけで真似をしてみると案外上手くいき、最後はマシューに引き上げてもらう。
「おっ意外と登れた」
「すごい。でも危ないから、次はちゃんと待っててね?」
「はーい」
 ようやくクラスメイトに追いつき何をする気か問い正そうと思ったが、マシューに引き留められる。
「先生が来るまで待とう」
「でももし本当に宝箱でも見つけたら」
「おっ何か当たったぞ!」
「マジで!?」
男子たちは掘り返した穴から宝箱を引き上げている。宝箱から緑色の液体がジョロッと流れたのを私は見逃さなかった。
「あのバカ……!」
「サシャさん!」
マシューの制止も聞かず飛び出す。
「バカ男子ーっ!!」
「うわぁバレットだ!」
「ヤベえさっさと開けてトンズラしようぜ!」
「開けるなーっ! それミミックー!」
地元のバカ男子たちがうっかりミミックを見つけてしまい、危うく死ぬところだった記憶が蘇る。あの時私は同じように男の子とミミックの間に飛び込んだけど、どうやって助かったのか覚えていない。
「ええいままよっ! ノリ! 勢い! 気合いーッ!」
バカたちと鍛え上げた脚力を発揮しクラスメイトとミミックの間に滑り込む。この後どうしよう!?
「ふんっ」
とりあえず箱を先に掴んだ! あとは……。周りを見渡すとマシューの使い魔がすごい速さで飛んでくるのが見える。
「オウルさんパーーースッッッ」
めちゃくちゃ重いはずのミミックを火事場の馬鹿力で投げ飛ばす。オウルさんは素早く剣を引き抜くと宙を舞うミミックを一閃。ミミックは真っ二つになりながら石の床に叩きつけられた。
そこへ先生たちが追いつき私は足の力が抜ける。ついでに恐怖心も今更追いついて完全に腰が抜けた。
「ひぃいいい怖かったぁ!」
「バレットさん! みんな!」
「ええぇ〜ん! うわぁ〜ん! 先生ー!」
私は初等生のように泣きじゃくった。

「全く、知らせがなかったら今頃死んでいましたよ君たち!」
「すんません……」
 学校に戻った私たちは全員一緒にこってりと絞られる。外出時間外に外へ出たのは私も一緒なので仕方ないが、マシューは親切にしてくれただけだし何とか免除してもらえないだろうか?
「バレットさんもあんな無茶をして!」
「あのっ」
「言い訳なら聞きませんよ!」
「いえ! 私は自分が悪いと分かってます! でもマシューは親切心から私を手伝ってくれただけですし、彼の使い魔のおかげで先生にも知らせることが出来たので……何とか彼だけは許して頂けませんか!?」
お願いします! と手を合わせると副校長先生は意外そうな顔をする。
「私は何でもしますので! 廊下磨き百周でもいいしテスト百ページ追加でも何でも!」
校長先生と副校長先生、それに調教師のモーガン先生。月属性のミューア先生に太陽属性のデルカ先生たちは顔を見合わせる。
「たしかにー、マシューくんの働きは大きいですー」
「ですが……」
「ふむ」
校長先生は人差し指を立てる。
「ではバレットくんには一つお使いを頼もう。代わりにレインくんのことは不問に。どうかな?」
「ありがとうございます!」
「いいえ先生」
マシューは凛とした表情で私の肩に手を置く。
「私は自ら彼女について行きました。ですから彼らと果たすべき責任は同じです」
「マシューは悪くないんですっ!」
「いいえ同じです」
どちらも譲らないので先生は困ったように両眉を持ち上げたが、何かを思いつきポンと手を打つ。
「では二人にお使いを頼もう。どうかな?」
「え、うーん……」
「はい、それが罰の代わりならきちんと受けます」
「……わかりました。二人で受けます」
「宜しい。ではこの騒動の原因となった男子諸君には……課外授業じゃな?」
校長先生の視線を受けてミューア先生とデルカ先生は頷く。
「きっちり、しごきますよ?」
「ミミックに追われるより苦しいトレーニングだな!」
「そんなー!」
こうして入学早々起きた事件は決着した。


「まあ、そんなことが」
 翌朝。ぼやぼやの頭で遅刻寸前に起きた私は間に合わないからとティアラ姉妹に髪を整えてもらっていた。
「おかげでちょっと寝不足で……」
「髪、出来ましたよ」
「さ、朝食に行きましょう」
「ありがとう……」
半分寝ているような私を食堂へ連れて行くと月の子たちは甲斐甲斐しく面倒を見てくれる。そのついでに事件の詳細はあっという間に伝わってしまい食堂のあちこちで噂になった。
「ほら、言っただろ? 太陽属性ってやるバカのレベルが桁違いなんだよ」
「冒険心ありすぎるのも困るよねー」
「ミミックと宝箱くらい判別つけろっての」
「でもバレットさんのおかげで怪我しなくてすんだのよね、みんな」
月の子たちに何故か朝食を食べさせてもらいながらまだちゃんと開かない目をこする。
「あーん。……結果的にはね。でも私も危なかったよ。……って、自分で食べられるからっ」
「あら、甘えてくださっていいのに」
「ねえ?」
「そうよ。うふふ」
食べさせてくれた子にあーんのお返しをしながら己も食を進める。
「今日のバレットさん、普段以上に素敵ね」
「え? ああ、アガサとアリスに髪を整えてもらったから……。そう言えば自分で鏡見てないや」
「教室に向かう際、姿見を確認するといいわ」
「ええ」
「ああ、そっか。そうする」

 朝食を終え廊下の姿見の前を通る。なんだか三つ編みをたくさん作られているなと思ったけどよく編み込まれた後ろ髪はいつものように垂れ下がるのではなく後頭部から頭頂部に持ち上げられすっきりとまとまっている。
「あれまぁ」
「ふふ。サシャさん、いつも髪を構わないでしょう?」
「いつか貴女の髪を整えようと二人で髪型を考えていましたの。よく似合っていますわ」
「ありがとう。……でも二人とも私ばっかり構わないでいいんだからね?」
「あら、好きでやっていますよ?」
「それならいいけど……」

 うなじをスッキリとさせた私が登場するとクラスメイトは何故かどよめいた。
「は? 何?」
私が冷たい視線を送るとどよめきはひそひそ程度に収まる。また窓際一番後ろの席を取ろうとするとオルソワルがやって来て進路を塞がれる。
「何よ」
「君に謝罪をと」
「は?」
話を聞くとオルソワルは昨日宝箱の地図を見つけたクラスメイトたちと同じ場に遭遇していたらしい。宝の地図などおおよそ紛い物だし、やるだけ無駄だから帰って勉強をしろと勧めたそうだ。
「だが決行してしまったらしい。君が彼らを助けてくれなければ……」
「あーはいはい。結果あんたの尻拭いになったのね。でもあんたの為にやってないからお詫びもお礼も要りません。わかったら退いて」
オルソワルは何か言いたげだったが道を空けてくれた。
「どうも」
窓際の席にようやく辿り着くと教科書、ではなく図書室で借りた大戦の本を開く。今日から少しずつ読み始めて来週一度返却するつもりだ。
(まだ水曜日か……)
お叱りの代わりのお使いは土曜日。マシューと出かけるとなると制服でもいいが、多少綺麗な私服を考えた方がいいかもしれない。
(今までお洒落とか一切考えずにきたな……)
ティアラ姉妹に相談するか、と考えてしまうが頼り過ぎも良くない気がする。
(でもお洒落一切わかんないんだよな)
そんなことを考えていると先生が来る。初めて会う先生なのでどんな人だろうと思っていると、
「ワァーオ、パーフェクトな姿勢の美しさ! 太陽の皆さまおっはようございマ〜す!」
ものすごくテンションの高い先生が来た。
「ワタクシ、ホウキのプロフェッショナ〜ル! カッサンドラ・バルベリーニと申しマァーす!」
茶髪に近い金髪は豪華にうねりたっぷりとした毛量でゴージャス! と呼びたくなる。女性にしては身長が高く胸もお尻も大きい。しかし引き締まったウエストと長い脚のおかげで非常にスレンダーな容姿だった。
一同ポカンとしていたが、誰かが拍手をしたのでみんな何となくパラパラと拍手でバルベリーニ先生を迎える。
「ありがとうございまース! 先生とってもウレシイ! はい、ではまず空を飛ぶ理論から参りマーす!」

「と言うことで二限目は飛行場で実践デース!」
 バルベリーニ先生のテンションの高さは終始続き、質問に正解すれば大袈裟なほど褒められるのでクラスメイトはなんだか機嫌がいい。
(私とオルソワル以外は!)
オルソワルはこの手のタイプが苦手なのか目が死んでいて、普段も無表情なのにさらに表情が固くなっている。私はポカンとしたままほとんどついていけてなくて目の前の光景と意識が遠い。
「ではでは〜パ〜〜〜フェクトなベルフェスくんに是非お手本を見せて頂こうと思い」
「先生」
「はいっ! 素敵な最高のバレットさん!」
「あー、私ホウキ二、三回しか乗ったことなくて。自信がないので敢えて最初にやっていいですか?」
「もちろんっ! チャレンジ精神、先生大好きデース!」
「ハハハありがとうございます」
オルソワルに助け舟を出したつもりはないけどあの目の死に方だとちょっと可哀想だ。
ホウキに跨り先生の号令で地面を蹴る。まだ小さい頃近所の子供たちとホウキを取り合っていた後ろくに乗ったことがないので自信がなかったが、ホウキはすんなり私の言うことを聞いてくれた。
「パーフェクト! パーーーフェクトですよバレットさん! 美しい! なんて美しさ! ウッ」
先生は感激してボロボロ泣いている。静かに着地すると彼女は再び私を褒めちぎった。
「ブラヴァーッ! 素晴らしい! インターバルを感じさせないパーフェクトな着地! まるで天から降りてきた女神のよう!」
「あはは……ありがとうございます」
「ではではっ! 次! どなたが挑戦なさいますかっ!?」
「あ、じゃあ俺やります」
「どうぞどうぞ!」
「……先生」
「はいっ! 何でしょうベルフェスくんっ!?」
「気分が優れないので、保健室に行っても宜しいでしょうか」
「オオウッわかりました! では、付き添いをッ」
「私が」
「パーーーフェクツッ! バレットさん! お願いします!」
「はい……」
 オルソワルを連れて飛行場こと学校そばの林から離れて行く。バルベリーニ先生の声は遠く離れてもよく聞こえる。
「しかし、あんたが仮病とはねー」
ニヤニヤとオルソワルの顔を覗き込むと彼の顔は真っ白で、私は驚く。
「仮病じゃない!?」
「黙ってくれ。頭痛持ちなんだ。ああ言う……声を張り上げる人間がそばにいると……」
「ああっごめん。そこに切り株あるから一旦座る?」
「いや、いい。勝手に行くから君は授業に戻れ」
「いやいや顔真っ白の人ほっとけないし、一緒に行くって」
 何とかオルソワルを保健室に連れて行くとあんまり清潔じゃない白衣に身を包んだ瓶底メガネのお爺ちゃん先生が薬缶で沸かしたコーヒーを啜っている。
「アチッ」
「あのー」
「ムムッ!?」
「すみません、ベルフェスくん頭が痛いみたいで……休ませてもらえますか?」
「ムムッ」
瓶底メガネお爺ちゃんはオルソワルを手招きすると聴診器を取り出す。
「では、よろしくお願いします」
「グッ」
お爺ちゃん先生は親指を立てて任せろと伝えてきた。

「このままサボろうかなぁ」
 なんて言いながら校舎横を歩く。今日は絶好の飛行日和。風がなく暖かく穏やかなので昼寝には最高なのだ。
「いいんじゃない? サボっちゃえば?」
「え?」
声がする方を見ると逆さまの……。赤い長髪に赤いロングコート、銀の鎖がジャラジャラついた派手な男性が天地逆さまに立っていた。
「あの、天地逆では?」
「今日は地に足を付けたくない気分! そしてな、な、なんと今なら! アルデバラン商店にてあらゆるヤる気五百パーセント大決算閉店セール中! 大盛り! いや特盛りだッ!」
「は、え……?」
人と変わらない姿だけどこのノリと逆さまのまま悠々としているのを見ると人間じゃない気がする。
「ええと、初めまして」
「おうっ初めまして! 初めまして? そうだっけ?」
「はい、初めてお会いしました」
「えーほんと〜? 実は百億年前会ってますとか言わない? 人類生まれる前に出会ってました的な」
人じゃないなこりゃ。
「すみません、百億年前の記憶はないので……」
「なに? ……それもそうか」
にっこにこの彼は天地逆さまのまま足を組む。赤い長髪が地面につきそうで汚れないかなと頭の片隅で心配している。
「ねーねー遊びに行こうよ」
「今からですか?」
「そう! 赤井くんと太陽百周の旅! どう?」
アカイと言うのが名前のようだ。
「うーん、気晴らしには行きたいけど太陽百周はちょっと時間かかりすぎかなと」
「大丈夫! 体感的には五分だから!」
「目が回りそうなので遠慮します」
「そんなー!」
アカイクンは残念そうだ。面白い人なので私はクスッとする。
「私以外の太陽の子なら行きたいって言うかもしれませんよ」
「いやぁ光ってもいない星以下の粒々とかどうでもいいよ」
直前までの声色と雰囲気が変わり驚いて彼を見る。爽やかな笑顔は引っ込み挑発的な笑みが見える。直後、また彼は爽やかな笑顔になる。
「学校はどう? 楽しい?」
「え、っと。はい、楽しいです。何だかんだ友達も増えたので」
「そっかーよかったよかった。じゃあ俺はこれで」
アカイクンは逆さまの状態からやっと地面に降りてきたが、ん? と首を傾げる。
「あれ? 君に何か言いにきた気がする」
「私に?」
「うん。……まあいいか、じゃあ二百年後会いに来るね!」
「二百年後だと生きてるかわかりませんっ!」
「えっ? なんで?」
「人間なので!」
「……ああ、そうだそれを言いにきたんだ」
「へ?」
アカイクンはニタリと笑う。
「人間生活、今のうちに堪能しておけ〜。じゃ!」
「へ、はい?」
ブワッと強い風が吹いて思わず目を瞑る。赤井くんの声はどの方角からもした。

「思ったほど男になじられるばかりの生活じゃねえだろ? ばいば〜い」

それが入学試験のあの日、太陽を呼んだ時に聞こえた声だと気付いた時には赤井くんはすっかり消えていた。
残酷で圧倒的で面倒見の良さそうな“何か”にゾッとし、足早にバルベリーニ先生とクラスメイトの元へ戻った。

「はぁ」
「先程から溜め息ばかり。どうなさったの?」
「ん? んー……」
 昼時。恒例になってきたティアラ姉妹とマシューの食事に、偶々とは言え保健室から退出したオルソワルを加えているので思うようにフォークが進まない。それにさっきの赤い何かの声が頭にこびりついて離れず、恐怖も居残っていた。
「何でもないよ」
「わたくしたちには相談してください」
「ええ。せめて話を聞くだけでも」
「うーん、もう少し自分の頭で整理してからね」
整理しようのないものに言い訳をして、気分を切り替える為マシューを見る。
「あ、そうだ。あの後先生から詳しい話来た? 土曜の」
「ううん、まだ何も」
「そっか」
「土曜日お出掛けになるんですよね?」
「そう」
オルソワルはえ? という顔をして私たちを見る。
「昨日の騒ぎ。時間外に外に出たのは私たちも一緒でしょ? だから罰の代わりに先生の手伝いするの」
「初耳だが」
「そらあんたに一から十まで言わないわよ」
私のツンとした態度にマシューはオルソワルと私を見比べる。
「あれ、まだ喧嘩中?」
「え? 喧嘩も何も親しくないけど」
「えっ、だって」
「マシュー」
オルソワルは彼に首を振る。何その慣れたやり取り……。
「えっ知り合い……?」
「わたくしたちみんな近い親戚なんです」
「え? ……えっ!?」
アガサは手短に私に説明をしてくれる。
「つ、つまりオルソワルのひいお爺さんの代で全員血が繋がるの?」
「はい」
「そりゃ親戚だわ……」
部外者は私だけだったのか、と呆然とする。
「あまりこう言ったことは改めて話さないものですから」
「いやぁまあ普通そうでしょ。……なんだ、私だけか外の人間は」
私のボソリとした呟きに全員顔を見合わせる。
「え? なに?」
「不躾でごめんなさいサシャさん。お母様からご親戚の話は?」
「いやうち両親とも実家と絶縁してるしそう言う話ないよ」
「全く?」
「全く」
「そうですか……」
「……え、何この間?」
四人はお互いの顔を見比べていて言葉に困っている。
「ねえやっぱりお話しした方が……」
「えっちょっと何? 私の知らない私のことをみんなが知ってるとかナシだよ!?」
「ええと……」
「いいから! マジで! 私フツーの! 家の子だから! ねっ、そうでしょ!?」
「それがそうも」
「イヤーッやだ! やめてそう言うの! そう言うのナシッ!」
「サシャさん」
マシューの真剣な声で強く瞑った目を開く。
「大事なことだから」
「う……」

 食事の後、四人に連れられ図書室へ向かう。アガサとアリスは本棚からティアラ家の歴史(!?)と言う本を取り出しページをめくる。
「家の出来事が本になってる……!」
「略歴ですけれど。……ああ、ここです」
アガサは一枚の白黒写真が載ったページを見せてくれる。写っていたのは白い古風なドレスに右手には百合の花、左肩にはマフラーのような長細い布を垂らした女性の姿。
「わ……私!?」
女性はずっと大人で髪の色が薄いものの私と瓜二つで、凛とした表情でカメラから顔を背けて立っていた。
「実はわたくしたち、サシャさんにお会いした時どこかで会っていたような気がしましたの」
「けれどよく思い出せなくて……。気になってマシューやオルソワルと相談したあと本日歴史の授業を受けてやっと分かりました」
「家にあるアルバムで見たことあったんだ、君の顔を」
白黒写真の女性は動かずじっと明るさから顔を背けている。
「ティアラ家のみならずベルフェス家、そしてレイン家に共通して同じ写真の女性がいらっしゃるのですが、このお方の名前は削られてしまっていて分からないのです」
「だが三つの家に共通して写真を残しているなら何か大事な写真のはず。白黒でわかりにくいが肩から垂らしている布は金色だ。金色は太陽の証。我が家でも金の装飾は式典用の服に用いられる。この方が太陽の系譜なのは間違いない」
「本日サシャさんの髪を整える時にわたくしたち、無意識にこの方を真似ていて本当に驚いたんです」
「そっくりだものね」
開いた口が塞がらないとはこのこと。私はもう何をどうしていいのか分からなくなってしまった。
「……いや、いやっ! 他人の空似かも!」
「似た顔の人間が世に三人いるとは言うが、ここまで似ていると生まれ変わりか子孫だろう」
「ひーっ! 求めてない! 実は良家のお嬢様でしたとか求めてませんから! 他人の空似! ねっ!」
本を無理矢理閉じ図書室から飛び出す。入り口で頭を抱えていると四人が追いついて私の肩に手を添える。
「ご両親から話を聞くべきだよ」
「そう思います。もしかしたらご実家に同じ写真があるかもしれませんわ」
「うう〜そう言うのやだ……」
太陽と月は神の系譜。その重荷がずしりとのしかかり、私は上手く息が出来なかった。

 授業どころではなくなってしまった私は校長先生に許可をもらい空間転移魔法で実家の扉に繋ぐ。
「サシャ!? あんた学校は!?」
「お母さん! 私お母さんの子供だよね!? 実は橋の下で拾ったとか言わないよね!?」
校長先生と副校長先生も共に顔を出したことで母は何かあったのだろうと胸を押さえた。

「……私もよく分かってないのよ」
 私は先生たちと母で狭い食卓を囲んでいた。
「母に連れられて親戚を転々として、最終的にほぼ血の繋がりがないようなところに預けられたの。それで亡くなる前の母から女の子が生まれたら必ず男の名を付けるように言いつけられたわ。それから……」
母は薄っぺらい一枚だけのアルバムを持ち出す。開かれた写真を見た私は絶望した。ベルフェスやティアラ、レインに伝わる写真と全く同じ女性が佇んでいた。
「これだけ持ってお嫁に行きなさいと言われて、何か大事なものだろうとは思ったの。でも名前も何もない女(ひと)の写真だし、捨てようと考えてた。でも……あんたが日に日にこの人に似てきて、ああと思ったの。母やその母、私とあんたを繋ぐ誰かだってことを」
アルバムを畳むと母は私の顔を見る。
「あんたは私がお腹を痛めて生んだ子だし、普通の家の子よ」
「うん……」
でもベルフェス家を始めとする貴族たちと親戚関係か、大事な間柄にあるのは確実だった。太陽という言葉がこれまで以上に重くのしかかる。そして、白い月の女王と赤い長髪の暴風のような男がよぎる。
考えたくない、この写真の女性が太陽に連なる女神だったらと。
「……先生」
溜め息すら重い中、私は言葉を紡ぐ。
「先生たちは百年前の大戦のこと、何か知ってますか」
「……私たちも戦争中は子供でね。詳しいことはほとんど知らないのだよ」
「そう、ですか」
「でも調べることは出来ますよ。もし何か……」
「知りたくない! 私なにも知りたくない!」
「サシャ」
「やだ! 何も知らないままでいたい! 私ただの子供だもん! 使命も運命もいらない! わかりたくない!」
「サシャ」
母の腕に誘われ、私はうんと小さい子供のように泣き出す。
結局泣き止まなかった私は一時的に実家で過ごし、翌朝を迎えた。


 きっとひどい顔をしている。夜遅くまで泣いていたから。校長先生自ら迎えに来てくれて母にいってらっしゃいと言われる。無理に学校に戻らなくてもいいと言われても首を横に振った。だって、体に流れる血からは逃げられない。いつかどこかで真実が目の前に横たわるはずだから。

 私が顔を出すと月の子たちのみならずオルソワルを始めとするクラスメイトも心配して顔を覗きに来てくれた。
「大丈夫ですの?」
「お休みした方がよいのではなくて?」
「ううん、みんなの顔見た方が気が紛れるから」
「そうですか……」
「おっバレットだ。おはよう」
「おはよう……」
「なあ! 昼、俺のプリンやるよ!」
「……ありがとう。でも自分で食べなよ」

 その日は何の授業を受けたのかよく覚えていない。気付いたら夕方寮のベットにいて、月の子たちが髪や爪、肌を整えてくれていた。
「……みんな、私のこと好きだよね」
「ええ、もちろん」
「……何で好かれるかよく分かってないんだけど、どこがそんなにいいの? 私の」
「どこでしょう?」
「うーん?」
「あれ、自分たちでも分かってないタイプ?」
「わたくしたち、近い親戚同士だと感覚的にはほとんど兄弟や姉妹なんです」
「ええ、小さい頃からよく顔を合わせるし。サシャは……いえ、サシャも何だか昔からずっと一緒にいたような気がして」
「遠慮しなくていい、とどこかで思うんです。ですから貴女もわたくしたちを本物の姉妹だと思ってくださっていいのよ?」
「んー、姉妹か。私一人っ子だからちょっと憧れてたよ。兄弟とか姉妹とか」
「ふふ、よかった」
気分を切り替えるように首を振る。
「ね、相談に乗ってくれない?」
「ええもちろん」
「何か悩みでも?」
「いやぁお洒落とか全く気にしないで来ちゃったからさ、男の子に喜んでもらえる服とか分からなくて……」
「まあ!」
月の子たちはこれまでにないほど目を輝かせる。
「ではどんなお召し物を目指していて!?」
「えっえっと、土曜の……先生の手伝いもするから動きやすい服装でとは言われたんだけど……」
「それならお勧めがございます!」
「あ! あと! 私のお小遣いで実現出来そうな範囲で! 自分で買うから!」
「ええわかりました! それなら早速明日、授業のあと参りましょう!」
私を着飾らせると言う使命感に燃える月の子たちとファッション雑誌を読み漁り、その日は就寝した。

 翌日。やっと魔法の実践授業となり太陽クラスは落ち着きがない。最初から校庭に集合と言うことで男子たちは走って行ってしまった。
「バレット」
「あ、おはようベルフェス」
起きたてのオルソワルの顔をじっと覗き込むと怪訝な顔をされる。
「何か?」
「顔色どうかなーって」
「顔色であれば君が心配される側ではないか?」
「私はまあ、何とかなってるから」
「……そうか」
同じ場所に向かうので連れ立って歩き出す。色々あったおかげでオルソワルに対する偏見というか変な構えは消えていた。
「あのー……ごめんね?」
「何が?」
「ほら、ガリ勉くんとか言っちゃったじゃん。ベルフェスが勉強頑張るのは当然だし人一倍頑張らなきゃいけないのはお家のことがあるからだし……大変なのにそう言うところ想像出来なかったから」
「謝罪は必要ない。私も女性一人で孤立しがちな君を追い詰めてしまった。紳士としてあるまじきことだ」
「あー、じゃあおあいこ?」
「そうだな」
「そっか、ありがとう」
無理に仲良くなる必要はなくてもわざわざ仲を悪くする必要もない。わだかまりが解けて居心地は多少良くなった。
このまま平和な日が続くといいのに、と私はこの時既に嫌な予感がしていた。

「太陽の諸君、おはよう!」
「おはようございまーす!」
「うむ! いい返事だ!」
 本格的なアルリーゴ・デルカ先生の授業とあって男子たちはワクワクしている。私は昨日一日ぼうっとしたこともあり平常心に戻っていたので、気分はそこそこ。
デルカ先生も心配なのか視線が一度飛んできて、私はニマリとした顔を返す。先生は笑顔で頷くと、さてと話を切り出した。
「太陽属性は光魔法と炎魔法の両方を扱うことが出来る。最初に行うのは一般的な炎魔法。その後慣れてきたら光魔法、その次に太陽属性でしか出来ない魔法と段階を踏む。基礎である炎魔法が出来なければ次には進めない! 火を扱うから怪我にはよくよく注意するように!」
 二、三人でグループを作るように言われ、私はオルソワルと組まされる。まあ今なら悪い気はしない。
「手の平に炎を出すところから始めよう。組んだ相手が全員炎を出せたら次に、相手の炎を消さずに自分の手に移すという訓練をする。これは基礎的な技術力を高める訓練だ。集中するように!」
杖の先ではなく手の平に炎を出すと言うのは案外難しいことで、しかし太陽属性なら難なく出来てしまうそうだ。全員時間差はあれど炎は出せたのでコンビやトリオで炎を渡し始める。
「アッチ!?」
「ああっ消える!」
周りが苦戦する中、私とオルソワルは……。
「はい」
「うん。……次」
「ほいほい」
特に難なく課題をこなしていた。私は周りを見渡し、何故みんなそんなに苦戦しているのか分からず首を傾げる。
「これそんなに難しい?」
「お? ベルフェスとバレットは上手く出来ているな」
「はい」
「二人とも上手いのか、片方だけ上手いのか気になるな。先生ともやってみよう」
「はーい」
デルカ先生相手にオルソワルはもちろん、私も難なく課題をこなすと先生は感心する。
「素晴らしい! では上手く出来ない者と交代して手本になってやりなさい」
「わかりました」
 相手を交換して私はジンデルと言うクラスメイトと炎の移し合いを始める。
「炎を手の平から離して出すんだよ」
「こうか?」
「そうそう。それで受け取る方は相手の手の平と炎の間に手を滑り込ませてー」
ジンデルの手を握ると彼は硬直してしまい炎が消える。
「ちょっと、集中して」
「わっ悪いっ」
「炎出して。そう。で、こうして受け取って」
ジンデルの炎を受け取ると彼はおおと感心する。
「相手が出してる魔力を自分が維持すると思うといいよ」
「わかんねえけどやってみる!」
「いや分かってよ」
 ジンデルは私相手に多少上手くなり、しばらくして小休憩が入る。
「先生」
「なんだ?」
「この訓練が上手くいくと次は何が出来ますか?」
「うむ、もっと大きい炎を維持したまま両手で出す訓練に変わる」
想像より地味だ。
「先生! もっと派手でカッコいい技ないんすか!?」
「そういうのはもっとずっと先だ。お前たち、この前無茶をしたばかりだろう?」
「見るだけ!」
「頼むよ先生! カッコいいの見たい! いやカッコいい先生が見たい!」
「……仕方ない」
おだてが効いたのか先生は常に左肩に掛けている赤いマントを外し近くの岩に置く。
「炎と言うのは決まった形がない。故に魔力のコントロールが重要になってくる。お前たちが無事基礎訓練を終えた暁には……」
デルカ先生はワンドを握ったまま体の横に突き出す。地面に刺すような動作をすると炎の槍が現れ男子たちは大喜び。
「すげえ!!」
「すげー! 俺もやりたい!」
「このようなことも……。だからお前たち! 基礎訓練を疎かにしてはこれすら出来ないんだぞ!」
先生の槍を見て私は自分の手の平の感覚に集中している。
(出来そうな気がする)
己が槍を投げるイメージが湧いている。ただ……。
(炎じゃなくてあれは)
ポンと肩を叩かれ意識が現実に戻ってくる。振り向けばオルソワルがいた。
「なっなに?」
「考え事を?」
「あー、まあね……。ベルフェスは炎の槍作れる?」
「当然にな」
「そっか、すごいね」
溜め息をついて手の平を揉む。ピリピリした感覚が残ったまま次の訓練になった。

 その日の授業を何とか終えると私は急いでルームメイトの月クラスへ急ぐ。
「授業終わったよっ」
「では参りましょう!」
 急いで私服に着替えて街に繰り出す。
「どう言うところ行けばいいかな!?」
「ティーンズ向けもいいですが少し背伸びをしませんか?」
「婦人服店に行くの!?」
「はい!」
「ひえー入れるかなぁ!」
 婦人服専門店が並ぶ通りに向かい、まずウインドウ越しに服を探す。
「ううっセクシーなのが多い……」
「他のお店も見ましょう」
大人しすぎる服だと気付いてもらえないし、かと言って大胆だと手伝いに響くしと言うことで私たちは大いに悩んだ。
「ううん……」
「サシャさんのお小遣いの範囲もありますし、難しいですねぇ」
「そうねぇ」
「あのー」
声をかけられたので振り向くと婦人服店の店員さんが入り口から身を出して私たちを見ている。
「何かお探し?」
「あ、ええと」
遠慮がちに手を掲げた私と対照的にティアラ姉妹は笑顔を見せる。
「お友達のデート服を探していて」
「相談に乗りましょうか?」
「是非お願いします!」
「ええっ」
 お店に入ると清潔感のある婦人服が並んでいる。年齢が比較的若い婦人服ではあるものの、モノトーンの服が多く目指すものとは違うかなと一度通り過ぎたお店だ。あとお値段が高い。
(買えないのに入っても〜)
店員さんは奥にある試着室まで私たちを連れてくると予算やデートの目的地を聞いてくる。
「あっえっと、予算はこのくらいで……」
私は包み隠さず店員さんに話していく。大人が同伴すること。あくまで動きやすい服装で、けれどTシャツで適当な普段の私とは雰囲気を変えたいことなど。
詳しい話を聞いた店員さんは待っててくださいねと言い、店の奥の倉庫に入っていった。
「親切な方で良かったですね」
「そうだね。ちょっと身構えたけど平気だったみたい……」
「お待たせしました。こちらはいかが?」
戻ってきた店員さんの手には婦人用の白いシャツがあったが、動きを邪魔しない程度に袖にフリルがついていて内側にはグレーのタンクトップも付いていた。これならセクシーになりすぎない!
「可愛い! 想像通りのやつ!」
「気に入りましたか? 値段はこちらなんですが……」
「お小遣いで買える! こっこれにします!」
「お色は白で大丈夫ですか? グレーと薄いピンクもございますが」
「白で!」
「かしこまりました。試着も是非」
 試着がいい感じだったのでそのまま購入し私はウキウキで帰路につく。
「いやープロってすごいねー」
「そうですね」
「明日が楽しみです。髪はお任せください」
「ううっありがとうみんな……」


 先生やマシューと合流する関係上、場所は校門となったので朝食早々にルームメイトに服をチェックしてもらい小さいバッグを斜めにかけ小走りで学校を出て行く。
「おっ……」
マシューは先に着いていて自分の使い魔と何か話し合っていた。彼的には特に構わない服装なのかもしれないが、高い背のおかげでただのシャツとジーンズでも似合っていた。
「おはようっ」
「おはようサシャさん」
ジーンズにスニーカーなのは普段と変わらないが、昨日買ったフリル袖の上に髪はしっかりまとめてもらいうなじを見せている。
(あああ何か言って! いや言わないで〜!)
照れ臭さが最高潮な私はマシューから視線を逸らしている。
「い、いい天気だね!」
「そうだね。手伝いもしやすくて助かるよ。あ、先生」
(えっもう!?)
校舎の方を見ると校長先生がとことこと歩いて来ている。
「おお、バレットくん。似合っているよ」
「あっありがとうございます!」
(うえーんマシューに言われたかったー!)
悔し涙を飲みながら私は二人と共にプロメテウス学園を後にした。

 目的地をよくわかってない私たちは校長先生が鉄道の切符を購入したところでだいぶ遠くへ行くのだなと気付く。
「魔法使い用の汽車だからあっという間じゃよ」
「おおー」
 マシューとアグトリア先生の使い魔はボックス席の入り口に立っていて、通り過ぎるお客さんへの圧がすごい。アグトリア校長の使い魔は初めて見たが、顔には銀の仮面で紫のマントを左側にかけた劇団員のような人だ。いや、人じゃないんだけども。
「あの、先生」
「ん?」
「私まだ使い魔がいないんですが、選ぶコツとかありますか?」
アグトリア先生は首を捻りながら自分の顎髭を撫でる。
「フィーリングだの」
「えっそんな感覚的!?」
「使い魔との相性は法則があったり計測できるものじゃないんだ。そうですよね、先生?」
「うむ。赤が好きだから必ずしも赤が似合うとは限らんのと同じでな」
「ええ〜そうなんだ〜」
意外……。外に立っている使い魔たちをチラリと見るものの二人とも相当静かな部類なのか使い魔同士で戯れ合う様子もない。
しばらくすると車内販売のワゴンがやって来て私たちのボックスの前に止まる。
「飲み物お菓子、暇つぶしのボードゲーム。どんなものでもお求めに」
「買おう。二人とも好きなものを選びなさい」
「やったぁ。私はお茶とビスケットがあると嬉しいな。マシューは?」
「飲み物だけ頂きます」
「儂は子供ビールとゴブリンナッツをもらおうかの」
飲み物とお菓子を少量買う。ワゴンは隣のボックスに着くと同じ文句を言っている。
「先生、ゴブリンナッツ好きなんですか?」
「子供の頃からずっと好きでな」
「ゴブリンナッツって何ですか?」
「サシャさんは馴染みがない?」
「うちの近く、こう言う魔法の仕掛けがあるお菓子あんまり売ってなくて」
「ゴブリンナッツと言うのはナッツの形がどことなくゴブリンの頭に似ていてな。お一つどうかな?」
「え、いいんですか? やったー頂きます」
手の平でナッツをよく観察するとボコボコ加減が確かにゴブリンに似ている。口に入れてポリポリと言う音を期待したら、ギェエ〜と言うゴブリンの叫びに似た音がして驚く。
「あっこう言う仕掛け……え!?」
そして自分の声までゴブリンっぽくなってしまった。しゃがれた自分の声に驚いていると校長先生もナッツを口に入れる。
「ホッホッホ」
「あははゴブリンの声! 私もだけど!」
マシューも袋から一つもらって口に入れる。ギエエーという音のあとマシューはアーとしわがれた声を出す。
「ふふふ!」
「アッハッハ」
ナッツを飲み込むと声は元に戻った。
「ひゃー、楽しい。こんな感じなんだ」
「あんまり一度に食べすぎるとすぐに声が戻らないから注意だよ」
「えっ」
「儂はゴブリンナッツが好きすぎて三日間声が元に戻らなくて親に叱られてな」
「先生にもそんな思い出が!?」
「決して優等生ではなかったからな〜」
「ええー意外です」

 電車を降りる前にゴブリンナッツを一袋購入し、鞄に潜ませて先生たちの後について行く。
 着いた先は街の喧騒から程遠い険しい森と山。スニーカーで来て良かったと思いながら斜面を登っていくと目的地に着く前にマシューの息が上がってしまった。
「すみません……」
「はて、山登りは初めてだったかな?」
「自分で歩くのは初めてで……」
「大丈夫マシュー?」
「うん、大丈夫……」
「急ぐ用事でもなし、ゆっくり向かおう」
「坊っちゃま、私の背に」
「いや、いい。歩くよ」
「バレットくんは平気かね?」
「私は何だか山の空気が合ってると言うか……」
「ほほ、逞しいの」
 マシューの体調を気にしながら山を登って行くと大きな山小屋が見えてくる。アグトリア先生がトントンと戸を叩くとしばらくして年老いた婦人が顔を出す。
「オルバス〜元気にしてた?」
「パメラ、久しぶり」
旧友とハグを交わすと老婦人は私たちに気付く。
「あら可愛い子たちね!」
「こんにちは」
「こんにちは。さあ中へどうぞ」
 室内はいくつもの間接照明で彩られ、オレンジの優しい明かりが私たちを迎えてくれた。
「月の子なんだが山登りが初めてで参ってしまってね。アレをお願い出来るかな?」
「あらあら可哀想に。ちょっと待っててね」
パメラさんはキッチンに引っ込むと何か作り始める。彼女の後を追ってキッチンを覗くとたくさんのハーブが鉢のまま窓辺に置かれている。
「あのー」
「あらっお茶ならすぐ出すからね!」
「いえ、何かお手伝い出来ますか? マシューが心配なので……」
「あらありがとう! そしたらそこの二番目の鉢からミント取ってくれる〜?」
「はい」
「ハサミでバサーっと切っちゃって大丈夫だからね! グワッと」
「え、ミントってそんなにザックリ切っちゃって大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ! 生命力強くてすぐ生えるから!」
言われた通りミントをチョキチョキ切って渡しに行くともっとバッサリ! と言われ追加でハサミを入れに行く。
「あの、ほとんどハゲちゃったんですが……」
「大丈夫大丈夫! 葉っぱが残ってれば生えるから!」
「そ、そうですか……」
切ったミントのツルから葉をぷちぷちと切り離し、ボウルに入れていく。その葉をたっぷりの山の水で洗い、ザルで濾して水気を取る。
「あらあら上手ねえ」
「え、いや。洗っただけですし」
「普段からキッチンでお手伝いしてるのね。手付きでわかるわ〜」
「手伝わないとお小遣い出なかったので……」
「えらいわ!」
「あ、ありがとうございます……」
その後も褒められ続けながら二人でお茶を作り上げ、リビングで横になっているマシューとアグトリア先生の元へ向かう。
「お茶、出来たわよ〜」
「ありがとうございます……」
「マシュー大丈夫? はい、ミントティーだって」
「ありがとう……。あれ」
「ん?」
「俺が知ってるのと違う……」
マシューはグラスに入った半透明の白いミントティーをしげしげと眺める。
「うちのはヤギのミルク入りよ!」
「ヤギのミルク。へえ」
グラスに口を付けると、とても喉が渇いていたのか彼はきゅーっとお茶を飲み干した。
「はぁ、美味しい」
「お代わりもあるよ」
「うん。頂くよ」
私も自分のグラスに口を付ける。
「わー、美味しい」
「良かったわー」
「ここに来たらまずこれを飲まないと山の気分にならんの」
「もうっオルバスったら!」
校長先生は景気良く肩を叩かれていた。

「さて、それでは手伝いの内容なんだがね」
 私とマシューは先生の言葉に耳を傾ける。
「まずこの山には古くから竜が住んでいてね。最近何十年か振りに卵を産んだのだが密猟者が狙っている」
竜は肉も骨も卵も様々な使われ方をする。昔は共存出来ていたのに人間が増えて竜は狩られる一方。近年は絶滅寸前と言うことで竜たちは自然のより奥に潜み魔法使いたちは竜の保護活動に回っていた。
「密猟者との争いは常にいたちごっこでね。キリがないのは承知で我々魔法協会の者も動いているんだが、パメラが保護しているこの山にもいよいよ密猟の手が伸びてしまっている」
「パメラさんって……」
「こう見えて魔法協会の者よ!」
「おお」
魔法協会とは魔法使いたちが作った組織で、プロメテウス学園や他の国の魔法学校など魔法使い見習いの育成やその他難しいことを色々している。私も詳しくは知らない。
「君たちには竜たちにどのくらい卵が増えたのか、巣をどこに構えたのか聞き取りをして欲しいのだよ」
「竜から話を?」
「えっ、竜語はさすがにまだ習ってません」
校長先生はフフと微笑む。
「二人とも神の花嫁なら竜語は要らぬよ」
「あら! すごい子連れてきたのねぇオルバス!」
「マシューも神の花嫁なんだ?」
「サシャさんもそうなんだね」
「あの、神の花嫁って精霊の花嫁とは違うんですか?」
「む、それはな」
先生はミントティーで口を湿らせてからまた口を開く。
「精霊の花嫁も神の花嫁も、昔はまとめて神霊の花嫁と呼ばれたのだよ。しかし戦後協会で区分けがされてな」
アグトリア先生曰く、精霊の花嫁というのが比較的精霊と交流しやすい者のことで、神の花嫁とはその中でもさらに稀少な者のこと。
「神霊の花嫁の伝説に“歌えばその声は天に届く”と記されたものがあってな。どうも神々を呼び寄せられるだけの資質がある者がいるそうなのだよ。そしてその者が祈れば神々は必ず願いを叶えるとも聞く」
「私たちがそうなんですか?」
「精霊がそう呼ぶからね。そうなのだろう」
「なるほど……」
「精霊たちは竜とも親しい。まず精霊たちに接触を図ってほしいのだよ。もちろん私の近くでな」
「わかりました!」

 と、山小屋を出たのが三十分前。私は何故か山の中でもかなり上の森にいる。
「どうしよう……」
ミントティーをいただき、いざ精霊に話を聞きに行こうと玄関を出た瞬間。この辺りにはいないはずの古竜が現れ私の胴を優しく噛むとひとっ飛び。校長先生もパメラさんもマシューもいない状況で竜たちに囲まれていた。
「古き花嫁!」
「我らの花嫁!」
「尊き花嫁!」
「わかった、わかったから落ち着いて」
竜たちは何故かさっきから私を花嫁と讃え大合唱。宥めるのに苦労しながらなんとか静かになるのを待つとこの状況の説明を求めた。
「神の花嫁ならマシューも同じでしょ? なんで私だけ攫われたの?」
「月の男姫は花嫁にあらず」
私を攫った一際大きな白い古竜が喉を震わせる。竜を前にし初めて会うのにそんな気がしない、不思議な気持ちになる。
(月の子たちが言ってたのもこう言う気持ちかな)
竜に囲まれた状況に恐怖を感じる暇もなく溜め息をつく。
「花嫁じゃない? 男だからってこと?」
「左様。そして月故に、月だからこそ我らの花嫁にあらず」
「どうして?」
古竜の横にいる小さな火竜も声を出す。
「我ら嵐に連なるもの、我ら炎に連なるもの!」
火竜の声に古竜が胸を膨らませ頷くような仕草を見せる。
「そして我ら雷に連なるもの。太陽こそ我らが父。そして母ゆえに」
「そう」
言いたいことはわかった。竜たちは太陽に属するものだから私は身内、マシューは違うらしい。
「それで? 太陽の子孫たる私に何かご用?」
「是。太陽の周りを星が回ること三度、この近くで我らの小さな命が生まれた」
「三年前ってことね。知ってるわ、密猟者に狙われてるのよね。アグトリア先生に聞いたの。それで?」
「尊き花嫁に我らの子らを託したい」
話が唐突すぎて私は唖然としてしまった。竜たちはうん? という表情をした。
「如何にした?」
「……何で私が貴方たちの大事な卵を?」
「尊き花嫁ゆえに」
「えーと、貴方たちには当然の感覚なんだろうけど私まだ太陽の子孫として自覚がないからその感覚共有出来てないの。もっと詳しく教えて」
「太陽は太陽たる故に」
「然り、然り! 我ら太陽の子、同胞たる故に!」
「……親戚だから預けたいってこと?」
「左様」
「然り」
「うーん、なるほど……」
信頼する親戚筋に子供を預けたいと言うことならまあわかる。人間も自分の街で人攫いが横行してたら同じこと考えるだろうし。
「やめとけ」
竜と違い、若い声がして振り返る。
樹の上、太い枝に足を置きしゃがんでいる男性が見える。黒い革のコートを着て背中には黒い翼。同じく黒い三角帽を被った彼はカラスと呼ぶには人に近すぎる容姿だった。
「うわっカラスの精霊だ。初めて見た」
「無礼者! 花嫁の前ぞ! 地に降りろ!」
「然り! 然り!」
「うるせえ爺ども。おい花嫁、その老害どもの言うことなんぞ聞かんでいい。どうせ卵なんて食われて終わりだ」
白い古竜がガアッと大声を出すと強い風になる。カラスは吠えられるのを分かっていたのか風を受けても枝に足を引っ掛け、逆さ吊りになる。
「無礼者!」
「花嫁の前ででけえ声出す方がよっぽど無礼じゃねえのか? アァ?」
古竜相手に態度を改めるつもりがないカラスの精霊を見て、先生に生意気な態度を取るプロメテウス学園の生徒を思い浮かべる。
(いわゆる不良ね)
「何で貴方は反対するの?」
「は?」
「理由があるでしょ?」
「んなもん、こんな若い魔法使いが竜の子なんて育てられる訳ねーからよ。卵を失うのには変わりねえわ」
「んー、まあ確かに育てられるとは思ってないよ。でもそれならそれで竜の飼育のプロに任せるし」
「そんなコネあんのかよ」
「ないわ。だから先生にまず相談するの」
「へえ」
「尊き花嫁、此奴の話なぞ耳に入れる必要は無い」
「然り!」
「然りしか言えねえのかよその取り巻きはよ」
「手前、無礼が過ぎると消し炭にするぞ!」
「してみろよ爺」
「あーもう、はいはい。喧嘩しないの。とりあえず竜たちは卵をよそに預けたいのね?」
「然り」
「わかった。先生たちと相談してみるから元の山小屋に私を帰して」
私が言い終わるかどうかと言うその時、バァン! と銃身が唸る。竜たちは慌てて逃げ出し私は銃声がした方に振り向く。
ギラギラとした銃口が再び竜を狙う。男が三、四人。森の茂みに紛れていた彼らは立ち上がる。
密猟者!
「危ない……!」
反射的に背後にいた竜を狙う銃弾から彼らを庇う。だが私が動くよりも先に動いた影があった。
「ううっ!」
カラスの精霊は私を庇って槍のような弾を浴びる。時間が遅く感じる中、飛び散った血に衝撃を受けていると精霊は身を翻して私を抱き上げた。
「あのくそ爺、真っ先に逃げやがって!」
だから嫌いなんだとカラスは転移魔法を使いながら反吐をはいた。

 銃声は山の麓にも聞こえただろう。カラスの機転により山の上から中腹までは戻って来れたため私は難を逃れたが……。
「ン……」
「ああ、動かないで」
抜けそうな槍弾は取り払い持っていたハンカチで精霊の傷を拭くものの、これでは応急処置にもならない。
(どうしよう、私まだ大した魔法使えない……)
回復魔法なんてもちろん知らないし、精霊の傷の治し方なんて更にわからない。
「……ボサっとしてないで山降りろ」
「え、でも貴方が」
「精霊なんてのはちょっとやそっとじゃ死なねえよ。爺どもも早々簡単に……う……」
「ああ、無理して喋るから」
カラスは強がるものの出血はかなり酷い。私が山を自力で降りてすぐ戻って来れたとしてもそれまで彼が持つか分からないし、密猟者たちが精霊たる彼を狙わないとは限らない。
「ねえ」
「……んだよ」
「私、まだ新入生で魔法なんてほとんど使えないの」
「そんなこったろうと思った……」
「でも貴方は魔法を知ってるよね! 動物が精霊になるには長い年月がかかるでしょ!?」
「……何が言いたい」
「私と契約して!」
使い魔と主人の契りを結べば精霊は魔法使いの魔力を使い肉体の回復が出来る。そして使い魔は魔法使いの相棒であり師として魔法を教えてくれる。調教師モーガン先生の授業を思い出しながらカラスに食い入る。
「お願い! あいつらを野放しにしたくない、竜たちを助けたい! でもいま貴方を放っておけない!」
カラスは私を睨んでいて頷いてくれない。こうしている間にも彼の命はじりじりと削られているのに。
「私の魔力を使えば貴方はすぐに傷が治るでしょ!?」
「回復は早まるだろうな」
「それなら!」
「分かってねえな……魔法使いと使い魔の契約はそんなに簡単じゃない。寿命から解放された俺たちはまた魔法使いの寿命に引っ張られるし、魔法使いの魔力を炉にするったって使い魔が傷付けば主人も無事じゃ済まない」
「傷の肩代わりは出来るでしょ!?」
「それが馬鹿だって言ってんだよ! お前は花嫁だろ!? 俺らが真っ先に護るべきもんなんだよ! こんな森の端で朽ちかけてる精霊の傷なんか負わせられるか!」
「貴方は私のために傷を負ったでしょう!?」
彼の肩を掴んで揺さぶる。顔を食い入るように見る。
「私のせい! それなら私の責任、私が貴方の命を負う!」
もう彼にも余裕はない。
「お願い、このままお別れにしないで」
「……お前馬鹿だろ」
「だって……!」
「分かったよ!」
彼は強く強く私を睨みつける。
「俺の存在を背負うと言ったのが嘘なら、その心臓食い破ってやる」
「それでいいわ」
精霊を真正面から抱き締める。血まみれだなんて気にしない。
「……俺に続いて詠唱を」
「わかった」
「古き血潮に出会いし我ら、その命は二つで一つ」
カラスの言葉を繰り返す。言葉を重ねる度、私たちは一体となっていく。
「古き友よ、魂の根に刻まれし運命よ。その尾を我が腕に絡めたもう。その枝を我が羽に絡めたもう。太陽から祝福を、嵐から祝福を。踏み締める星の息が潰える時まで」
互いの魔力が体に染みていく。自分と彼の境目が曖昧になる。
「俺に新しい名を」
名前という強い鎖。私がそれを口にすると、森の樹々は祝福するようにざわめいた。

 少し前。山の麓では先生たちが私を探すために使い魔を向かわせたり、さらに麓の街から人を呼ぼうとしていた。
「どうしてサシャさんだけ攫われたのでしょう?」
「どうやら神の花嫁にも違いがあるようだな」
「彼女が心配です」
「うむ、しかし竜たちは花嫁に危害は加えぬ。その内に戻ってくるとは思うが……」
銃声を聞いた先生たちは焦ったことだろう。麓から人がやって来て人数が揃い、さあ捜索だと山を見た時。
「あ、あれ!」
「ありゃ何だ?」
大人たちが何かを指差す。その方向から精霊の腕に捕まり滑空してくる私が現れた。
「うひょー! これ楽しい!」
「暢気かよ!」
「だってホウキ以外で空飛ぶなんて……あっいた! 先生! 先生ー!」
出来立てほやほやの使い魔に降ろしてもらい大人たちに駆け寄る。
「バレットくん! 無事かね!?」
「はい! 私は大丈夫です! でも竜たちが!」
急いで事情を説明すると校長先生は強く頷いて杖を取り出す。
「緊急事態なら仕方あるまいな? パメラ」
「そうね!」
二人は長い呪文のあと空間転移魔法を発動させ魔法協会の人々を呼びに行く。
私に駆け寄るマシューは顔色が良くなっていた。
「サシャさん平気!?」
「うん! 元気!」
「後ろの彼は?」
「この森の精霊。カラスなの。名前はアミーカ」
マシューは私の後ろで膝をつくアミーカをじっと見つめた。
「……使い魔にしたの?」
「うん」
「そう」
何故か残念そうにする彼を不思議に思っていると熟練の魔法使いたちが大勢やって来る。
「あとは大人に任せなさい」
「あの、竜たちの卵なんですけど、私に預けたいって言ってくれたんです!」
「ふむ」
「それで出来たら太陽の血筋の人に預けて欲しくて……それなら竜たちも安心……」
話す間に私の体は力が抜けていく。
「あれ? あらら……?」
「くそ、だから言ったんだ!」
私を支えて焦るアミーカの顔を見たのを最後に、意識は途絶えた。


 目が覚めたら日はまだ低かった。馴染み始めた寮のベッドだとわかり、起き上がろうとするものの全身が痛い。
「うう〜なにこれ……」
「馬鹿だろお前」
「アミーカ……?」
窓の方を辛うじて見るとアミーカが後ろ手を組み立っている。眠ってるあいだ見張っていてくれたようだ。
「私どのくらい寝てた……?」
「丸三日」
「みっ……え?」
目覚まし時計を掴む。まだ六時だけど三日過ぎたとなると……。
「火曜日」
「うっそ……」
月曜日から本格的な授業だったのにサボっちゃった……。そう思っているとアミーカが舌打ちをする。彼の心は悲しみと憤りでぐしゃぐしゃだ。
(ああ、使い魔と主人って感情も共有するんだ……)
痛む体を抱えつつそんなことを感じているとアミーカの強い視線を感じる。
「傷の肩代わりにも程がある」
「ん? うん……。アミーカ傷治った?」
「俺より自分の心配しろよ!」
「なに怒ってんの……」
枕元に立ったアミーカは泣き出しそうな顔をしている。
「てめえ、俺の傷ほとんどしょい込みやがって! せめて半々だろうが!」
「いやぁその辺の加減分かんないし……」
「知らなくても加減くらい出来んだろ!?」
「わかりませーん。へへ」
心配する彼をよそにへらへらする私を見てアミーカは更に心を痛める。変なの、無事なんだからそんなに悲しまなくていいのに。
「それより、大声出したら月の子たちが起きちゃうから静かにね……」
アミーカは舌打ちと共に視線を逸らすと部屋を出ようとする。
「どこ行くのー」
「てめえが目覚めたから医者呼ぶんだよ」
「まだいいよ。それより側にいて」
あまり目が開かないまま、ん、と腕を広げる。アミーカはその場で佇んでいたがぐしゃぐしゃの感情を少し抑えると私の枕元に戻って来て跪いた。起き上がれないままもぞもぞとベッドを這い、アミーカを抱きしめに行く。
「そんな泣かなくていいのに」
「泣いてねえ」
「よしよし……」
強がる彼をほっといて勝手に宥めていると幾らかアミーカの気は落ち着いた。
「……何か欲しいものは」
「んー、お腹空いたけどそのうちご飯だから……」
「その状態で動けると思ってんのか」
「まだ寝てないとダメかなぁ……」
「寝床抜け出したら殺す」
「はい……」
欲しいものと言われてもな。そう思いつつぼんやり風邪を引いた時のことを思い出す。
「寝込んでるとお母さんがよくジュース作ってくれたの。高いからってあんまり買わないフルーツを珍しくいっぱい買って来てね……。全部混ぜこぜにするの。出来は不恰好だけど美味しくてさ」
アミーカは私の体に布団をかけ直してくれる。
「欲しい物そのくらいかなー……」
あとはもう、アミーカが無事ならそれでいいやと思いながら私の意識はまた闇に沈んだ。


 地平に太陽が輝いている。金の穂が揺れる景色を満足げに見ている。これだけの麦が揃うには時間がかかった、大変だった。街の人々が一度は飲み込んだ涙は報われた。
(これ私の記憶じゃないな)
視線がやや高い。白いドレスを着ている“私”は麦を愛でながら振り向く。愛しい人が待っているから。彼が振る手に応えそちらへ足を向けた。


「ん……」
「サシャ!」
「んお」
 再び目が覚めるとアガサとアリスが枕元にいた。
「……何曜日?」
「水曜日です」
「更に一日気を失ってたのか私……」
「瀕死の重傷だってわかってねえだろお前」
「アミーカどこ……」
指先をツンツンと突かれたので首を動かすとカラスの体のアミーカが頭の上にいた。精霊なので普通のカラスより二回り、いや三回りくらい大きい。鷹とそう変わらない大きさだ。
「アミーカおいで」
「やだね」
「素直じゃないなぁ」
引き寄せて抱きしめるとアミーカは私に大人しく捕まる。悲しみでぐしゃぐしゃにはなってないようだ。よかった。
「サシャ、体調はいかがですか?」
「んー、昨日よりはいいかな……」
「医師を呼んで参ります」
「いいよ。二人とも授業行っといで……」
私の制止など聞かず二人は部屋を出て行ってしまった。
「いいのに……」
「同室だから気になるんだろ」
「まあ、仲はいいけど」
アミーカから腕を離し仰向けになる。可愛い天蓋を眺めているとアミーカは一度煙になりまたあの革のコートと三角帽の姿になる。
「どこ行くの?」
「行かねえよ」
「じゃあ添い寝して」
「しねえよ!」
「まあまあそう照れずに」
「照れてねえ!」
ニマニマしてから真面目に寝床に誘うとアミーカはまたカラスの体になって胸元に来てくれる。
「今日も寝てないとダメかなぁ」
「まだ無理だろ」
「うーん、そろそろ体にキノコ生えちゃいそう」
「生えるんなら竜切草の方だろ」
「どして?」
「キノコは水、竜切草は火だろ」
「ああ、属性違うんだ」
じゃあ竜切草だね、と呟く頃ティアラ姉妹と女性のお医者さんが現れる。保健室の先生とはまた別の人のようだ。
「おはようバレットさん。気分はどう?」
「おはようございます。気分的には元気なんですけど体が言うこと聞いてくれない、みたいな……」
「わかりました。寝たままでいいわ、聴診器当てるわね」
「はぁい」
月の子たちが心配そうに覗いているので私は笑顔を見せる。
「大丈夫だから授業行っといで」
「安静にしてくださいまし」
「うん、わかってる」
不安げながらもティアラ姉妹は部屋を出て行った。
「まだ寝てないとダメね」
「えー、背中に竜切草生えちゃう」
女医さんはクスッとすると椅子から立ち上がる。
「食事を運んでもらうよう食堂に頼んでくるわ」
「えー!」
「ダメよ。まだ歩けないんだから」
「アミーカ運んで、食堂に!」
アミーカは呆れたと言う顔をすると再び三角帽の姿になる。
「仕方ないわね。食堂に行くなら十分暖かくして行くのよ?」
「はぁい」

 何とかパジャマから私服に着替えてお姫様抱っこ状態で運ばれる。みんな授業に行ってしまったから廊下は静かだ。
食堂に着くと厨房に近い位置に降ろしてもらえる。アミーカはすぐ厨房へ行ってしまって私は広い食堂を見渡した。
(生徒も先生もいないの新鮮だな)
「おい」
「ん?」
「食いたい物言えとよ」
「うーん……」
正直何でも食べられる気がする。お腹ぺこぺこだし。ハンバーグやトマトソースのスパゲッティや色々を思い浮かべているとアミーカは厨房へ行ってしまった。
(考えも筒抜けなのかな、これ)
そう思うとちょっと恥ずかしいなと思っているとアミーカ自ら食事を運んで来てくれる。お皿にはハンバーグが四つにスパゲッティが山盛り。
「やっぱり考えも筒抜けなんだ……」
「さっさと食え」
「うっす……」
実質五日振りのご飯を口にすると体が喜びで満たされる。
「んん、美味しい」
「あっそ」
授業どこまで進んだのかなとか借りた本読まないとなとか、思いながら食べ物を味わっているといつの間にかハンバーグもスパゲッティも消えていた。
「全然足りない……」
こんなに食べたのに……。アミーカは水を注いでくれてお皿を回収する。戻ってきた彼の手にはアイスクリームが。
「アイス!」
「食い過ぎも良くねえから甘い物で誤魔化せとよ」
「やったぁアイスー」
「ガキか」
「ガキでーす」
甘い甘いバニラアイスで満たされ、最後にお水をたっぷり飲む。
「美味しかった……」
「あっそ」
言葉の後ろに良かったなと付くのがわかっているので私はニンマリする。
「授業行っちゃダメかなぁ……」
「医者がダメだっつったろうが」
「反抗したい……」
「不良か真面目かどっちかにしろ」
「だってさー」
アミーカが怪我をした時何も出来なかったのが悔しい。魔法の一つでも覚えていればもっと何かあの場で動けたのに。
「勉強しないと」
「難しいことなんか考えるな」
「だってぇ」
「だってもばってもねえ。戻るぞ」
「うぇん」
 再び抱えられ廊下を戻る。アミーカの首に腕を回しながら外をぼんやり眺める。中庭では上級生が自分の使い魔と一緒に訓練をしている。あの授業もいつかやるんだなと思えはしても、今は呆然と見るだけだ。
「座学ぐらいならいける気がするんだけどな」
「寝落ちして終わりだろ」
「うーん」
何とか勉強したいとは思いながらも、ベッドに転がされたら結局寝てしまった。


 うだうだしながらアミーカ特製フルーツジュースをたっぷり飲んで、体がまともに動くようになったのは次の月曜日だった。肝心な最初の一週間全て授業に出られなかったため気持ちは重い。
「やっぱり座学は出ればよかった……」
「サシャ、怪我も同等だったのですから立派な病欠ですよ」
「そうです。先生たちも皆さまわかっていますわ」
「でも悔しい……。もっとズバーッて回復してシャキシャキ動きたかった!」
「無理だろ。瀕死だぞ」
「無理を何とかしたかったー!」
「はぁ」
肩にいるカラスのアミーカに溜め息をつかれながら女子寮を出る。やっと生徒がいる時間に顔を出せたのでみんないるのが嬉しい。
(大して仲良くねえのに?)
(そう言うこと言わない!)
男子寮と繋がる広間に着くとマシューが重たい表情で私たちを待っていた。
「サシャさん……!」
「マシューおは……よう!?」
マシューは人目も気にせず駆け寄ると私をぎゅうっと抱き締めた。
「あわわわ」
気になってる男の子に抱き締められたので私はパニック、アミーカはそんな私を察してニヤニヤ。ややあってマシューは体を離す。
「……ごめん」
「い、いやっ! あのっ、あはは!」
「サシャさんを守りたくてついて行ったのに全然役に立たなかった」
「えっ!?」
想像以上にマシューが落ち込んでいて慌てる。
(マシューは太陽クラスの馬鹿より全然カッコいいし役に立ってるのに!?)
(馬鹿?)
(お金持ちのボンボンたちだけど頭の中身はないのっ!)
(フゥン)
「そ、そんなこと」
「……これじゃ全然騎士じゃないね」
「マシュー……」
彼の寂しそうな顔を見たら私まで沈んでしまいそうだ。だってせっかく……。
(そうだ!)
「あ、あのさマシュー! わたし先々週ほら、ええと。い、いつもと違う格好して行ったでしょ? ええとあの、どうだったかなーって」
突然話題を変えたのでマシューはポカンとしている。
「お、男の子が喜ぶ格好にしたつもりだったんだけど……マシューに喜んで欲しくて……」
励ます言葉がないのが悔しいけど、あの時感想を聞けなかったのも心残りだったので聞くタイミングとしては丁度いい、はず。マシューを見上げると彼は普段の笑顔を見せてくれた。
「……綺麗だったよ」
「ほんと!?」
「とっても」
「よ、よかった〜」
胸を撫で下ろすといつの間にかギャラリーが出来ていて、男の子も女の子も上級生も新入生も関係なく私たちをキラキラと、そしてニマニマと見ていた。
「ご、ご飯行こうマシュー! ねっ!」
「えっ? うん」
マシューといつの間にか取り巻きの一部になっていたニッコニコのティアラ姉妹を引きずり、何とか食堂へ向かった。

 正直マシューの前でガツガツ食べたくなかったけど、まだ万全ではないからか胃が底なし沼だった。学園の朝食セット、カリカリの食パンに目玉焼きにベーコンに焼きトマト。煮豆とその他もろもろを三倍にして盛ってもらったのにまだ余裕でハンバーグも食べられそうだった。
「よく食べるね」
「食べても食べても足りないの……」
「肉体の修復でガンガン魔力使ってりゃそうなる」
「まだ治り切ってないのか……」
一週間以上寝てたのに。
「このままだと太る……」
「太るかよ。細すぎるぐらいだ」
「私だって体重くらい気にしますー」
「まあまあサシャ、わたくしのマロンケーキを一口差し上げますから」
「わたくしのいちごタルトもありますよ」
「ケーキ!?」
「目の色変わったぞ」
「甘い物は別腹だもん!」
 アガサとアリスにケーキを一口ずつもらっていると久しぶりのオルソワルが顔を出す。
「レディ・アガサ、レディ・アリス。ご機嫌麗しゅう」
「ご機嫌ようオルソワル」
「ご機嫌よう。今朝の調子はいかが?」
「万全です」
「ん?」
紅茶で口をさっぱりさせているとマシューがこちらに視線を送る。
「オルソワルくんちょっと頭痛がね」
「あれ、そうだったの。大丈夫? 無理しない方がいいよ」
「私はむしろ君を気遣いに来たんだがね」
オルソワルはノートを五、六冊渡してくる。
「これ何?」
「先週分だ。科目ごとに分けてある」
「え!? ノート取ってくれたの!? うわー! ありがとう! 助かる!」
パラパラと目を通すとオルソワルらしく綺麗な字できっちりまとまっている。しかも見やすい。
「ノートって性格出るよね……」
「あらオルソワル、頭痛はそのせい?」
「えっ」
「……頭痛は元々です」
体調を押してまでまとめてくれたらしい。私はジーンとする胸を押さえる。
「ありがとう! あの、大事に使うね!」
「全体の学習が遅れると私にも影響が出るからな。では、失礼」
オルソワルはツンと顔を背けて食堂を後にした。
「なんだぁ、いい奴じゃん」
盛大に彼を勘違いしていたようだ。
「オルソワルは真面目なところがね」
アガサはくすりと笑う。ティアラ姉妹の言う真面目すぎて、の意味がわかり私はポンと手を打つ。
「ああ〜気難しいって勘違いされやすいんだあいつ!?」
「そうなの」
「困ったものよね」
「ありゃ、悪いことしちゃったな……」
私の第一印象最悪だったろうな。
「いいのよ。サシャも彼を理解してくれたでしょうし」
「ありがとうサシャ」
「いや、お礼を言われる立場では……」
むしろお礼を言う側。
「それがね、本当なんだよ」
「え?」
「オルソワルくん昔からあんな感じで、友だち作るの下手でさ。久しぶりだよね、自分から俺やレディたちに同い年の子の話したの」
「え? いつ?」
「入学より前よ。ほら、試験の日に……」
擬似太陽を召喚する試験で私は太陽を召喚出来なかった。周りは笑っていたがオルソワルは私のローブが密室ではためいたのを見ていたらしい。
「きっと太陽の吐息だろうって、彼言ったのよ」
「神に愛されててすごいって。手放しで褒めてたの」
「えっマジ?」
彼の見立てが本当なら私は神に顔を覚えられた可能性がある。
(神……あっ!)
月の女王と赤井くんが目の前に現れたのはそのせいか! とやっと合点がいく。
「えっわたし擬似太陽呼ばずに本物の太陽に声かけちゃった……?」
「サシャなら出来そうね」
「うひゃあ」
嬉しいような怖いような。そう言えば太陽が最悪とか口走っているので赤井くんに謝らなくちゃ。
(髪真っ赤だし、多分赤井くんが直接のご先祖さまだよね……)
「サシャ?」
「え? ああごめん、考え事」
「悩みなら……」
「ああ違う違う。ほんとちょっとしたことだから」
私は心配する周りを誤魔化すように、追加でデザートを頼んだ。

「油断してたぁ……!」
 入学初週の時短授業だった感覚のままサンデル先生の歴史学に突入したら進んでるのなんの。オルソワルのノートがなかったら全くついていけなかっただろう。
授業が終わると早々にオルソワルに声をかける。
「ほんと、ほんっとノートありがとう」
オルソワルはじっと私を見ると立ち上がる。
「君は覚えが悪い訳でもないし、勉強意欲もなくはない。無駄にしてはもったいないと言うだけだ」
「今度お礼させて……」
「礼?」
オルソワルはふむ、としばし考える。
「思いついたらその時に」
「うん、うんっ」
「レディたちを待たせてはいけない。早く向かおう」
「ああっうん」
次の月属性との合同授業のため演習場へ歩き出す。
「一週間分の座学ぜんぶはしんどいわ……」
「実技もだが」
「あああ……」
落ち込んでいるとオルソワルがまたじっと見る。
「実技だが、火属性や光属性との合同授業も本格的に始まっているぞ」
「えっ!? あっちとも合同授業するの!?」
「うん」
「ひえー」
「そう身構えることはない。月と違って火属性と光属性は基本こちらの授業にあちらを呼ぶだけだ。デルカ先生の授業についていけていれば問題はない」
「そうなの?」
「うん、我々は光と火の先祖。学ぶものはこちらの授業の方が難度は高い」
「それ聞いてちょっと安心した……」
「そうか」

 久々の月との合同授業。やっとマシューとペアになったのに色々あったせいで彼の気は重そうに見える。
気になる男の子と手を取り合うというのは非常に神経を使うというか、とにかく緊張する。心臓のバクバクと戦っているうちに授業は終わっており、いつものようにマシューやティアラ姉妹、そしてオルソワルと食事へ向かった。

 午後。モーガン先生の獣学では動物たちと触れ合うだけから使い魔との本格的な授業に切り替わっていた。事故的とは言え私もアミーカと出会えたし授業頑張るぞーと気合を入れた。
の、だけど。
「はーい、ではー次は足のマッサージー」
私はカラスの体のアミーカの首や足を揉むと言う、果たして授業なのか怪しいことをしている。
「使い魔ちゃんの気持ちのいい場所を見つけて、よーく揉んであげてくださいねー」
(これが授業とかふざけんなよ)
(アミーカもそう思う?)
最初アミーカはドン引きしていたが授業だからと仕方なく揉まれている感じ。他のクラスメイトを見ても進んでやっている感じはしない。
(でも小難しい授業よりはよくない?)
(良くねえよ! 雰囲気に飲まれてんじゃねえ!)
「足が終わったらまた頭から〜」
「だああっ無理!」
「あっこらアミーカ!」
「んだぁこの授業! 使い魔の飛行訓練とかなんかあるだろもっと!」
「あらー、アミーカくんはご不満ですか〜? カァカァ言ってますが〜。ごめんねー、先生、カラス語は習得がまだでー」
「すみません、ちょっと退屈に感じるらしくて」
「あらーまあー」
「そのもったりした話し方もムカつくんだよ!」
「こら、失礼よアミーカ」
首の付け根をギュムギュム揉むとアミーカは一瞬誤魔化された。
「あ、そこそこ。……って、おい!」
「あらー、バレットさん上手ですねー。そうそう、使い魔たちのご機嫌を操作するのも、大事な訓練なんですよー」
「機嫌を操作?」
「はいー。使い魔がパニックを起こしたり、落ち着かない時にこの地道な訓練が役に立つんですー。だからアミーカくんも、頑張ってくださいねー」
「だってさ? わかった?」
「ぐああ〜うおお〜」
「頑張れー、将来私を助けると思って」

 獣学が何とか終わり、私たちは学園の敷地の中でも“荒野”なんて呼ばれているだだっ広い場所に来ていた。正式には第三演習場と言う。
火属性は生徒が多すぎるので半分ずつ、二クラスと三クラスに分かれて私たちと合同授業となる。授業内容としては非常にゆっくりだが太陽クラスは火属性魔法をデルカ先生の授業でどんどん進めているので彼ら的にはハードになるらしい。
授業が始まるまでぼんやりしていようと思っていたら誰かにポンと肩を叩かれる。首元で揃えた赤毛のショートヘア。いつぞや顔を見たサラマンダーの主人、チェリー・ブラムだった。今日はクラスの仲良しも一緒のようだ。
「サシャ、久しぶり!」
「チェリー! あ、こんにちは」
「初めましてー、バレットさん。レーナ・ラーニョです」
「初めまして、お噂はかねがねー。マヌエーラ・ドレイです」
レーナもマヌエーラもチェリーと同じく赤毛だ。火属性ってほんと赤毛率高いよね。
「一方的に名前を知られてる……」
「そりゃあねー」
「ミミックに食べられそうな男子助けたり密猟者とバトってたら噂にはなるでしょ」
「密猟者からは逃げただけだから!」
「いやいや、助けを呼びに戻ったんでしょ? 度胸あるよー」
「ほんとほんと」
「バレット」
女子同士で話していると今度はオルソワルに声をかけられる。彼の横にはオレンジゴールドの髪のいかにも王子様な背の高いカッコいい男子が。瞳は金色、目つきはタレ目。
(おっと、オルソワルと毛色の違うイケメンだ)
「紹介する。私の親類のコルネリオ・ロマーニ」
新たな王子フェイスは左胸に手を添えお辞儀をしてくる。オルソワルと同じく普段からこう言う仕草に慣れている人だと気付き私もお上品に立つ。
「初めまして、ミス・バレット。ネオとお呼びください」
「初めまして、サシャ・バレットです。呼び方はお好きなように」
スカートの裾、は体操服でないので腕を少し広げてお辞儀。するとチェリーたちがおおと声を出す。
「す、すごい!」
「お辞儀完璧! ていうかお嬢様のお辞儀の仕方初めて見た!」
「いや、太陽クラスはマナー講座あるからさ」
「マナー講座!? すごー!」
「あれ? 火属性はマナー講座ないの?」
「ないない!」
「ある訳ないじゃん!」
「そ、そう。……ああ、ごめん。えっと、よろしくねネオ」
「よろしく! いやはやオルソワルが褒め称えるだけあるねー」
「は? 褒め……?」
オルソワルの顔を見ると彼は視線を逸らす。
「バレットさんは覚えがよくて初週は完璧だったそうだし、期待してるよー」
「マジで!? わからなかったら私たちも聞いていいかな!?」
「えっ、いや……えっ?」
何でそんなことになってるのか全くわからないんですが。

 そんなこんなで火属性との授業が始まった。先週休んでいたのもありデルカ先生は最初つきっきりで教えてくれるそうだ。よかった。
火属性の先生にはマルシア・アラゴ先生、あとマーカス・ホッパー先生が来ている。見事な赤毛と赤茶髪の先生たちなのでまた赤毛かぁと彼らを見つめる。
「先週行ったのは炎の交換と維持、それから両手で炎を維持することと、炎の槍を少しだ」
「あれ、思ったより進んでないですね」
「おっと、余裕だなバレットくん。みんなほぼ完璧にこなしてるからそろそろ本格的に炎の槍に移る頃だぞ」
覚えがよくないクラスメイトもいたので、彼らが全員習得手前と思うとかなり練習してるんだろうな。
「なるほど、頑張ります」
「炎の維持は出来ていたな。まず両手をやってみよう」
「はい」
両手それぞれに炎を出し、維持。最初は一分も出来ればいい方だそうだが。
デルカ先生が懐中時計で時間を見てくれているので私はひたすらじっと炎を出したまま立っている。一分って結構長いよねと思っているとアラゴ先生とホッパー先生も時計を覗きに来る。
「いま何分ですか?」
「そろそろ五分になる」
(え、そんなに経ってた?)
「ほうほう」
ホッパー先生は流れるようにまた別の生徒を見に行った。五分経ったのでやめるよう言われ、デルカ先生はうんと唸る。
「想像以上だったな。バレットくん、そのまま槍の訓練に移ろう」
「お、やった」
「頑張ってくださいねー」
マルシア・アラゴ先生のウインクを受け取りデルカ先生の手元に集中する。
「今度は杖を使う。魔力を縦長になるよう形を想像しながら槍を出現させよう。最初は炎の棒になれば上々だ」
「はい!」
よしと気合を入れる。槍の形、槍の形……。その時ふと、アミーカの記憶が混ざり込む。アミーカはどこかで槍を振り回したことがあるらしい。本物の槍の重さ、大きさが伝わってくる。
(槍って重いんだ)
深いことはほとんど考えていなかった。アミーカの記憶をなぞったと言うか、体が勝手に動いたと言うか。ワンドを体の前で立てじっとする。周りがどよめいたことで私は目を開いた。
果たしてこれは炎で出来ているのかと自分でも疑うくらい、手の中にあったのは槍だった。穂先があり、柄はどっしりとしている。杖の両端から噴き出している炎を見るものの実感は薄い。
「おー……」
「アラゴ先生、ホッパー先生!」
デルカ先生が他の先生を呼んだので生徒たちの視線もこっちに向く。
「なんじゃありゃ」
「すげー」
「あれ誰?」
「噂のほら!」
「ああ」
先生たちが集合して私の姿を観察する。
「ほうほうほう、これは想定以上でしょうお二方?」
「久しぶりに飛び級あるんじゃないかしら?」
私はポカンとしている。自分でやった感覚が薄いせいだと思うけど。
「あのー、解いていいですか?」
「おお、すまんすまん!」
魔力の放出を抑えふうと息をする。先生たちは三人で何か話し合っている。
「バレット」
「ん? なに?」
オルソワルが話しかけてきたが何だか表情がキラキラとしている。
「すごい」
「え?」
「君はすごいと思う」
「ええと、ありがとう……」
「バレットくん」
「はいっ」
先生たちに呼ばれ振り返る。真剣な表情なのでどうしたのだろうとドキドキする。
「杖なしで今の槍を作れるか試してみて欲しい」
「あっはい! わかりました!」
ワンドを腰のホルダーにしまい槍を握る手の形で前に突き出す。
(まあ多分出来る……)
またアミーカの記憶に頼る。槍の重さ、大きさ、形状……。
ふわっと炎が舞った気配がして目を開くとやはり成功していた。自分でもよく真似出来るなーとしげしげ眺める。
「二年生に突っ込んでみますか?」
「いやぁさすがに早いのでは」
「でも完璧ですよ。むしろ二年生が彼女を見習うレベルかと」
「私的には三年生でもいけると思いますが」
「三年生は流石に……」
「あのー先生」
「おお、もう解いていいぞ!」
「いえ、あの。アミーカが……使い魔が本物の槍を持ったことがあるらしくて私は真似してるだけなんですが」
「真似?」
「感覚的な真似です。重さと大きさはわかってるので……」
なるほどと頷くと先生たちはまた何か話す。オルソワルが近くですごい、と呟いたのが耳に届いた。
(真似してるだけなのに)
(そこらのガキどもには真似すら出来ねえんだろ)
(そう言うもん?)
(お前は花嫁だしな)
花嫁。神に見染められるだけの才能を持つ人。実感が湧かない。どことなく夢を見ているようにふわふわしている。
「バレットくん」
「はいっ!?」
「ベルフェスくんとこっちへ」
「はいっ」

 オルソワルとデルカ先生の元へ向かうと演習場の端に置いてある的を指差される。
「君たちは的に向かって槍を投げる訓練に移ろう」
「投げる!?」
「槍だからね。さ、準備して」
「先生、その前に一つ宜しいでしょうか」
「何だね?」
「ミス・バレットの槍を観察したいのです」
「ああ、構わんよ」
オルソワルは体ごと私の方に向いてじっと見るのでああと慌てて槍を出す。
「触っても?」
「どうぞ」
私が持っているままの炎の槍をオルソワルは掴んだり撫でたりして質感を確かめている。
「本物に近い……」
「アミーカが本物の槍を触ったことあったから」
「再現か」
「まあね」
「ふむ……。先生」
「ん?」
「彼女のような槍を作るにはどうしたら?」
「私にもわからん」
「えっ」
「ハッハッハ、この学園に勤務して二十年になるがこんな魔法の槍は初めて見た! 本人に聞きたまえ!」
「君は、本当にすごいな」
「ええっ?」
「どうすればいい?」
「え、ええと……」
他人に自分の感覚を教えると言うのは難しいことなのだとこの時初めて分かった。言葉に出来ないのでもどかしく思っていると炎の維持と交換の授業を思い出す。
「も、持ってみて!」
オルソワルに槍をしっかり持たせて私はそうっと体の距離を離す。
「離すよ。いい? 維持して」
「なるほど、わかった」
私がそっと手を離すとオルソワルは何とか槍を維持しようとする。しかし、槍はすぐ霧散してしまう。オルソワルは驚いた顔をして先生の顔を見る。
「何だね?」
「彼女の槍、使用している魔力量が私たちの比ではありません」
「ふむ。安定して高出力の魔力を出せれば炎の乱れは落ち着くだろうな。炎魔法の基本だ」
「バレット、もう一度頼んでいいだろうか」
「うん」
槍を作り再び手渡す。
「離すよ?」
「うん」
オルソワルは今度こそ私の槍を維持して持ち続ける。二秒、三秒……。十秒に届くかと言うころ槍は乱れ始める。
「もうちょっと……!」
オルソワルの奮闘も虚しく槍はまた霧散する。彼は肩で息をしながら先生に振り向いた。
「先生、分かったことがあります」
「何だい?」
「彼女、集中力と魔力量が桁違いです」
「ほう。……私も個人的に気になってきたんだが、バレットくん。持ってみていいかい?」
「どうぞどうぞ」
「ありがとう」
先生の手にしっかり槍が握られたのを確認してそっと手を離す。
「おおっこれは」
デルカ先生も想像以上だったのか顔色が変わる。彼は的の方へ槍を構える仕草をするが首を捻る。
「これはちょっと私でも“重たい”な」
「重たい、ですか?」
「うむ」
先生は槍の形を解いてふうと息をつく。
「槍に限らずだが、魔力で生成した武器と言うのはそのあと使わなければ意味がない。ほとんどは連投、連射する。高出力の魔力は安定はするが連続して使うには不向きだ」
「なるほど……」
「バレットくん、実際に使ってみてくれるか? ベルフェスくんは己の槍を投げてもいいし彼女の方式を真似てもいい」
「私はミス・バレットの槍の模倣に集中します」
「わかった。ではバレットくんは槍を出して」
「はい」
槍を出し先生の号令を待つ。影の中にいたアミーカが出てきて私の肩にとまる。
「構え!」
(あまり本気で投げるなよ)
(何で?)
(地面抉れるぞ)
「投擲!」
「じゃあ軽めに」
ヒュンといい音がして槍が二十メートル先の的に飛んでいく。槍は着弾した瞬間炎を撒き散らして爆発する。その衝撃と音で投げた私自身もびっくり、周りもびっくり。的は丸焦げになってしまった。
「……しまった消火!」
デルカ先生は慌ててバケツを持って走り出す。
「……軽めに投げろって言ったろ」
「軽く投げたよ!」
「程よく力抜けてるのと軽めは別だろ」
「そんなふんわり投げたら当たらないでしょ!?」
「じゃあ槍を軽くするんだな」
「槍を軽く……?」
槍の重さが決まったものと思っている私にはかえって難しいような……。
「軽く……ええと」
「芯抜いて外側だけにすりゃいいだろ」
「ん? んっと」
悩んでいるとアミーカが感覚で教えてくれる。
「なるほど?」
「軽くなるだろ?」
「そうだね」
新しく炎の槍を作り出す。魔力で太い芯を作ってそこに炎を注いでいたので、次は魔力で薄い膜を作り炎を行き渡らせる。
「こう?」
「そう」
「軽いね。これなら三、四本同時に作れそう」
「もっといけんだろお前なら」
先生が戻ってきたので軽めにした槍を作り手渡す。デルカ先生はほうと言い槍をくるくる操っている。
「アミーカにもっと軽くしてみろって言われたんです」
「うむ、これなら私でも扱いやすい」
「バレット、私にも」
「お、いいよ」
槍を受け取るとオルソワルはうんと頷く。
「さっきより維持できる時間が伸びそうだ」
「そっか」
「しかしこの感じ……ふむ」
デルカ先生は私たちにここで待つよう言いつけ槍を持ったまま他の先生たちに駆け寄る。遠目に見ていると槍を交換して何か話し合っている。
オルソワルが静かだなと思って隣を見ると彼は私が作った軽い槍を立てたままじっと目を瞑っている。
(集中してる……)
(お前が最初槍を作る時に近いな)
(もう真似できてるってこと? さすが)
槍を解くとオルソワルは深呼吸をして、次に自分で一から槍を作り出す。
「膜を作ってそこに炎を……」
「坊っちゃま」
オルソワルの背中からするりと大きなトカゲが出てくる。彼の使い魔だろう。
「あくまで花嫁のやり方です。坊っちゃまのやり方に変えねば身にはつきません」
「わかってる」
トカゲは頭も体もゴツゴツしていてだいぶ年老いている。大トカゲは私を見ると一度目を伏せた。人で言うお辞儀の姿勢だ。
「ご機嫌よう尊き花嫁」
「ご機嫌よう使い魔さん」
挨拶を終えると大トカゲは主人のサポートに集中する。
「……私ももうちょっと練習しよっかな」
「やめとけ」
アミーカは人型になると私の体を掬う。
「うぇ?」
「あのライオン野郎、己の興味が先でお前が病み上がりなこと忘れてやがる。負担かかりすぎだ。倒れるぞ」
「えっまだ大丈夫だよ?」
と、言いかけて私の意識はころっと落ちた。

 目が覚めたら寮で寝ていた。ぼんやりしながら周りを見るとぬいぐるみやその他諸々、お見舞いの品らしきものがベッドを埋めている。時計を引き寄せて見るとまだ夕方。時間的には授業中だけど……。
ノックの音がしてアミーカが入ってくる。彼はお盆を持っていてその上にはフルーツジュース。
「私寝てた?」
「三時間くらいな。すぐ夕食だぞ」
「うーん、本調子じゃないのか……」
体を起こしてグラスを受け取る。お母さんのドロドロジュースとは違ってアミーカのは口当たりが良くて飲みやすい。
(どっちも好き)
「美味しい」
「あっそ」
ぬいぐるみの一つを拾い上げる。耳の糸はほつれ、目は取れかけている小さな熊のぬいぐるみ。大事にしてきたであろう何度も修復した後。
(最近買ったものじゃないな)
「炎使いはそういう燃えやすい物を燃やさないよう子供の頃から訓練するんだとよ」
「ふうん?」
「長く所持した物には持ち主の魔力が移ることがある。炎使いは太陽の近親」
「ああー」
ぬいぐるみに染み込んだ魔力を私の回復のために貸してくれたらしい。
「みんな優しい……」
「誰が思い付いたんだか知らねえが、使い魔どもが忙しそうに出入りしてた」
「そう」
誰かの親友たちをぎゅっと抱きしめる。
「嬉しいなー」
「あっそ」
嬉しいと同時にお腹空いたなと思っていると、廊下が賑やかになる。バタバタと駆けてくる音もして……ガヤガヤは大きくなり私の寝室の扉が盛大に開かれる。
「サシャ!?」
「ああっ起きてる! よかった!」
ティアラ姉妹に限らずチェリーやレーナ、マヌエーラまで顔を出し寝室は途端に狭くなった。邪魔だろうからと煙になろうとしたアミーカの袖を引いて引き留める。まだそこにいて欲しい。
「おはよー」
「また倒れたと聞いて心配しましたよ!?」
「うん、ごめん」
「サシャ大丈夫? 具合どう?」
「すっかりいいよ。みんなの親友や兄弟のおかげ」
ぬいぐるみたちを抱き上げて笑顔を見せると女子たちはほっと胸を撫で下ろす。
「良かった。さすがネオくん……」
「ネオの案だったの?」
「うん、彼こう言うちょっとした……みんなが意識してないようなこと色々知ってるの」
「運ばれるサシャさん見て何か出来ないかなーって言ってたら教えてくれて」
「へー」
さすがベルフェス家の親戚。
「博識だね」
「そう博識! それ!」
「とっさに言葉が出ない時、あるよねー」
「あるある」
笑い合ってから私はぬいぐるみを差し出す。
「ごめん、誰がどの子だか分かんないんだけどお返しするね」
「もういいの?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
「そしたら私のルームメイトの分返しておくよ」
「他のぬいぐるみも返せそうな子は返すね!」
「ありがとう。他の子はどうしよう?」
「迎えに行くよう連絡回しておくよ」
「お邪魔しました。夕食にまた!」
「うん、ありがとう」
ぬいぐるみの一部と共に炎の子たちは戻って行った。彼女たちが去ってからティアラ姉妹はふうと息をつく。
「休憩時間、わたくしたちに連絡をくれたのは彼女たちなの」
「おやっそうだったのか」
「ええ、おかげですぐ帰って来れました」
「他の月の子たちも心配してましたよ?」
「ううん、そっか。なんか悪いねいつも」
アミーカが黙ってジュースを差し出してくるのでお喋りを途中にして喉を潤す。
「おいし」
「フン」
姉妹はアミーカの様子を見ると微笑んで腰を上げる。
「私服に着替えて参ります」
「あ、私も着替えなきゃ」
「お手伝いしますか?」
「ううん、自分で出来る」
「わかりました。気軽に声をかけてくださいね」
「うん」
姉妹が寝室から離れたのを確認してからアミーカの膝に転がる。
「無駄に気ィ張るな」
「だって心配させたくないし」
実は起き上がるには少し早かったので力を抜いてぐだっとする。アミーカも心配そうに私を見ているので腕を伸ばして頬を撫でる。
「平気だよ」
「どうだか」
「ほんとですー」
「……食堂には抱えて運ぶからな」
「大袈裟になるからやめて」

 ギリギリまでうとうとして食堂には自力で向かう。アミーカが心配して後ろから黙って視線を向けてくるので圧がすごい。
(ご飯食べれば大丈夫だもん!)
(どうだか)
知らない顔なのに火属性の子たちは会うたびに体調を聞いてきた。お礼を言いつつ進むとマシューの姿を見かける。私を待っていたらしい彼は若干むくれた顔で寄ってきた。
「……倒れたって」
「もう平気!」
「本当?」
「ほんとほんと!」
「……そう」
また寂しげな表情にさせてしまったことを悔いつつ共に食堂に向かった。

 生徒も先生も関係なく食卓を共にする夕飯時。食堂はオレンジの灯りで照らされ一日の終わりを感じさせる。
「お腹ぺこぺこ」
「たくさん食べてくださいまし」
「デザートも遠慮せずにね」
「そうするー」
テーブルを選ぼうとするとオルソワルがネオと取っていた席からこちらに手を振る。マシューも含めて四人、丁度座れるので同席することにした。
「やあバレットさん、体調どう?」
「平気ー」
「その割に使い魔が後ろで常に構えてるね。あんまりよく眠れなかった?」
(しまったこのイケメン聡いぞ!)
「眠れたよ!?」
「寝足りなかったのかな? 無理しないでね」
「まあ、サシャったら」
「無理は禁物ですよ?」
「大丈夫だってば! みんな大袈裟!」
全員席に着いたところで給仕が来てくれる。生徒も先生も人数がとにかく多いので、全員待って食事と言うのは不可能に近い。なので各テーブルで食べたい物を注文していきそれぞれ食べるスタイルだ。
「何にする」
アミーカが後ろから覗いてくるので腕を組む。
「来たもの片っ端から食べ尽くしそうだから何でも」
「またハンバーグか? 好きだな」
「この食堂のデミグラスソース美味しいんだもん……」
アミーカは頭を上げると給仕の人に注文を伝えてくれる。
「ハンバーグ四つ。パスタの種類は何でもいい、とにかく山盛りに。焼きトマト丸ごと二つ。野菜のスープも」
ああ、私の腹具合がだだ漏れに……。横でアガサがふっと笑った気配がしたので見ると目が合う。
「サシャの使い魔が良き兄のようでよかった、と」
「なるほど?」
お兄さんと妹の関係ってこんな感じなのか。アガサの言葉にネオが相槌を打つ。
「使い魔と魔法使いの関係って個人差はあるけどおおよそ二通りに分かれるんだよ」
「そうなの?」
「うん。一つは徹底して主従と割り切ってるタイプ。あくまで魔法使いは主人、使い魔はしもべの関係だね。個人的感情のやり取りはしないで最低限の交流しかしない」
「ドライだね……」
「その方がお互い都合がいいんだろうね。もう一つは家族のように振る舞うタイプ。ほとんどはこっちだよね。俺もだしオルソワルもだし。でもどちらが良い悪いとかではないよ。向き不向きだね」
「なるほど」
 食事が揃ったのでお祈りをして食べ進める。アミーカに労いのハンバーグを一口差し出すと大きな口で頬張る。
「美味しいでしょ?」
「まあまあ」
「素直じゃないなぁ」
部屋に戻ったら先週分の勉強したいけど早々に寝落ちしそう……。
「バレット」
「ん?」
「今朝言っていたノートの礼なんだが」
「うん、思いついた?」
「君が回復したら、私に槍を教えて欲しい」
オルソワルの言葉でポカンとする。
「えっ私が?」
オルソワルは静かに頷く。
「君は魔力操作に関して天才的な能力を見せている。是非教えを乞いたい」
「私はあの、構わないけど」
貴族のプライドとかそう言うのはいいの……?
「まあ、サシャはそんなにも素晴らしいの?」
「レディたちにもお見せしたい程に」
「あらまあ。オルソワルが面と向かって褒めるなんて余程よ?」
「見学に行くわ。楽しみ」
「えっ」
アガサとアリスも来るならと思いマシューに視線を向ける。
「マシューも、来る?」
「うん、行きたい」
「わかった……」
「私も私も」
「えっうん。どうぞ」

 食事を終えるころ猛烈な眠気に襲われた私は抵抗する余裕もなくアミーカに抱えられる。
「サシャ、やっぱり無理を?」
「違うもん……」
「魔力垂れ流しだからそもそも操作なんか出来ねえんだよ。戻ったらそのまま寝るぞ」
「ん。……ネオいる?」
「いるよ。何だい?」
「ぬいぐるみ、ありがとう」
「私はみんなに雑学を教えただけさ。おやすみバレットさん」
「おやすみ……」
アミーカに運ばれる間、ちらちらと周りの景色が見えたが眠気のせいで状況は掴めなかった。アミーカとデルカ先生が話し合っていた気もするし、夜空に浮かぶ三日月のような美しい人を見た気もする。
眠りの妖精たちに囁かれた私は迎えが来なかったぬいぐるみたちと布団の沼に沈んだ。


 結局体調が万全ではないと言うことで実技は半分以上見学、調子が悪ければ寮へ戻される前提のもと授業を受けた。火曜は魔法薬学という新授業で薬品の扱いに苦戦して、水曜はベルバリーニ先生の授業で振り回されるオルソワルを庇い、魔法数学はちんぷんかんぷんのままで。その午後、光属性との合同授業を迎えた。

「光属性との合同授業だが」
「ぬわぁ」
 視界に割って入ってきたオルソワルにびっくりしつつ耳を傾ける。
「君は月のレディたち同様、声を掛けられるまでは相手方のことは無視していい」
「どして?」
「光属性の者も太陽にとって子孫に当たるんだが、あちらも貴族社会でね。家の格で上下が決まるが太陽を見下すことは原則禁止されている」
「……私ふつうの家の子……」
「それでも、太陽なら無条件で敬うべきだと昔から厳格に躾けられている」
「うわ、窮屈そう」
光の子たちに同情しつつ廊下を進む。光魔法の時は試験の時のように魔法使いのローブ姿と決められているので着替えてから移動している。
「ねえ、雷の授業ってどこで習うの? やっぱり光魔法の枠かな?」
古竜たちが雷は太陽の系譜と言っていたので気になる。それが本当なら太陽属性は雷も使えるはずだ。
「雷は風魔法と光魔法の上位混合技術だから我々は習わないはずだ」
「えっ」
「何故そんなことを?」
オルソワルに古竜たちの話を聞かせると頷いている。
「本当なのかイゥス?」
「古くは確かに」
オルソワルの使い魔、大トカゲのイゥスが顔を出す。
「ご機嫌よう、尊き花嫁」
「ご機嫌よう。イゥスさんって言うのね」
「イゥスも古竜でね。だけど普段から大きな姿だと色々と不便だからこの仮の姿でいる」
「へえ!」
対抗心なのかアミーカも影から姿を現し私の肩に留まる。そのままイゥスを睨み付けるので首の辺りに指を突っ込んで気を逸らす。
「尊き花嫁の仰る通り、太陽とは天なるもの。天を舞う我らには嵐たる雷、熱風たる炎が与えられております。太陽の御子たちはかつて、天そのものとして振る舞いましたがそれは遠く離れた日のこと。現代で雷を振るえる御子はそうおりません」
「ああ、扱える人が少ないから学校ではやらなくなっちゃったのね」
「左様」
「ケッ」
「アミーカ?」
「お前がどんだけ命令したって古竜の爺は好かねえんだよ!」
「はいはい鳥ちゃんふわふわもふもふ」
「だああっ! 誤魔化すな!」

 光魔法の教室は独特の薄暗さがある。それは光を扱うためにわかりやすく暗くするためだが、この静謐さは太陽よりも月に近い。
オルソワルに倣って静かに踏み入ると光の子たちの視線がちらちらと飛んでくる。基本無視しろとのことで私はツンとした態度を維持する。
(オルソワルがちょっとツンツンして見えるのこう言うことだよねー)
(そう言やぁよ、お前頭の中と呼ぶ時であの坊主の名前変えてるの何でだ?)
(うーん、個人名で呼ぶの馴れ馴れしいかなって……)
(そろそろ名前で呼んでいいだろ、多分)
(きっかけがあったらそうする)
光使いは金髪が多い。柔らかい幼子の髪のような人々。だが他者への視線は鋭い。デルカ先生と共に入ってきた光魔法の使い手はまさにそんな容姿で、太陽を受けて輝く満月のようだった。
「改めて、フィリス・フレールです。以後お見知りおきを」
(ソル・フレールと名字が一緒!)
(誰だそれ)
(憧れの魔法使い! 太陽属性の女の人なの!)
(ほーん)
親戚だろうか。後で話が聞けると良いけど。
「では先週に続いて光魔法の授業だが、太陽の諸君はうっかり炎を使わんように」
「……先週この部屋のカーテンが焼けたんだ」
「えっ」
小声で教えてくれたオルソワルに礼を言いつつ次はフレール先生に注意を向ける。
「太陽の皆様ご機嫌よう。先週に引き続き、光球を作り出し頭上に掲げる内容となります。光属性の者は光とは太陽からこそ受け継いだと言うことを再び理解するように」
(先生からして徹底してる……)
(そりゃまあ輝く星がなきゃこいつら生まれてねえからな)
(いやそれにしたって)
 前方中央に置かれた祭壇の前で魔法を使うのも試験と変わらない。生徒たちは半円状になり自分の番を待つ。こう言うとき大概はクラスごとにまとめられるんだけどこの合同授業では男女で分けられた。そして驚いたのが男女比がほぼ半々と言うこと。もちろん太陽クラスには私しか女子がいないので……。
(光属性女子多くない!?)
(教師も女だしな。女の方が生まれやすいのか?)
最初に祭壇に立ったのはもちろんのようにオルソワル。右手を掲げて呪文を唱え、当然と言わんばかりに光球を作り出す。
(さすがー)
次に光クラスのパールと言う生徒が呼ばれる。立ち位置的にはオルソワルと変わらないだろうから彼女が光属性の成績優秀者なのだろう。彼女も当然のごとく魔法を成功させ戻っていく。
そして太陽クラスの男子たちが呼ばれ始めたのだがまあ結果はボロボロ。光のみを出現させるのが難しいのか炎が混ざってしまい失敗が続く。太陽は光の先祖と言われていたのは何だったのか。
「光だけとか逆にムズくない!?」
「っ!!」
突然視界に赤井くんが現れたので悲鳴を上げそうになった。
(よく我慢した私!)
「太陽と言えば光! 光と言えば太陽! そもそも燃え滾る火の玉だし炎を出すなとか無茶言うよねー」
周りの子や先生を見るものの赤井くんには気付いてないらしい。
(何で!? 私にしか見えてないの!?)
「お供のカラスにも見えてるよー」
(あっそうなんだ。いやこれ思考読まれてますか!?)
「赤井くんは何でもできるからねー。実を言うと他の子は見えてない訳じゃないよ。赤井くんはそもそも星を生んだ爆風そのものなのでそこにいるのが当然の存在なんだよね。みんなわざわざ確認しないわけ。認識の外なんだよねー」
星生みの嵐。それは恒星の王と月の女王の婚姻。思わぬ情報に私は唖然とする。
(えっあの、赤井くんて恒星の王……さま……?)
「そう言う呼び方もあるね!」
(神々のご先祖さまこんな親しげなの!?)
「やだなーそんなに褒めないでよーでへへ」
……今ちょっと可愛いとか思っちゃった。
(神話に書かれてる恒星の王ってもっとお爺ちゃんですよね!?)
「あれさーほんと酷くない? そんなに歳取ってねーっつーのマジで。髭生やそうか?」
(赤井くんに髭は似合わないと思います)
「だよねー」
「次、バレットくん」
「あっはい!」
(前失礼しますっ)
「おっ魔法使うの? 見ててあげる」
(どうも……)
祭壇の前で右手を掲げる。間違えないよう開かれている教科書を見ながら呪文を唱えようとすると赤井くんがガシッと肩を掴んでくる。
「そうそう“我を太陽の子とし、この声を聞きたもう”は、なしね」
「!?」
「呪文なんて個体によって変わって当然なのに均一にしようとすっから失敗すんだよ。他の粒々はともかくサシャは既に太陽の子なんだから“私を太陽の子に見立ててお聞きください”は変でしょ。“我を太陽とし”、ならわかるよ? まだ太陽じゃないから」
(呪文変えたら先生に何か言われそうな……)
「言われませーん赤井くんがここにいるから。ほら唱えて」
「……我、奇跡を扱う者。天なるものよ、神たるものよ。我を太陽としこの声を聞きたもう……」
「そそ、それでいい」
詠唱が終わると光の玉が手の上に現れる。安堵して振り返ると、赤井くんは既にいなかった。

 赤井くんのおかげですっかりソル・フレール女史のことを聞き損ねた私は座学を挟んで太陽クラスの実技に。でもアミーカがこの時間に力を使うのはやめろと言うので体操服には着替えたけど見学。
「見てるだけってつまんない……」
「参加したらはっ倒す」
「ぶぅ」
倒れて心配かけるのも嫌なのでアミーカの横で大人しく見ているが、クラスメイトは段々魔力の扱いが上手くなっていて表面がゴウゴウ燃えていながらも槍の形にはなっている。オルソワルもそうなんだけど……。
と、考えていると本人が寄ってきた。
「練習したんだ。見て欲しい」
「うん」
オルソワルは杖をホルダーにしまってから腕を突き出して目を閉じる。
(集中してる……)
ボボッ、と小さな音がして彼の手の中から炎が立ち上がる。炎は薄い膜を這い上がり棒状になっていく。まだ途中なのに彼は目を開いた。
「……ここから先が分からなくて」
「ん、先っちょはね」
立ち上がって軽い方の槍を作る。オルソワルが見やすいようゆっくりゆっくり炎を行き渡らせる。
「上下両方同時は難しいから、下はただの棒でいいと思う。肝心なの穂先だから」
「うん」
「槍ってさ、剣に長い枝を入れたような構造なんだよね。本物の槍を観察するのが良いかも。でも炎の場合形は自分の自由でいいと思う。私はアミーカの記憶にある、一般的な穂先にしてる」
「そうか」
「先を作ったら魔力の流れを抑える。先へ先へ延ばしていたのを今度は膜の中で循環させる感じ。じゃないと魔力垂れ流しになって疲れちゃうから」
「なるほど、やってみる」
「頑張って」
再び倒木に腰掛けアミーカに作った槍を差し出す。彼は私の意図を感じ取ると槍を持ってやや離れた位置に立った。くるりくるり。アミーカは昔のように槍を扱う。それが非常に優雅で流れるような仕草なので見ていて楽しい。
「上手だね」
「このくらい誰にでも出来る」
「そんなことないよ」
「な、なぁっ!」
全体は休憩になったのか皆まばらに動く中、クラスメイトの一人が近くに来ていた。えーと、まだ全員名前と顔が一致してない。ミミック見つけに行ったバカの一人なんだけど……。
(やべえ信じらんねえ! みたいな名前だったような)
(アラン・ビリー・バレル)
(そうそれっ!)
「何よ」
「俺にもそれ教えてくんねーかな!」
「えー」
「頼む! 俺もカッコいいの作りたい!」
私とオルソワルは顔を見合わせる。教えられなくはないけど……。
「多分あんたが想像してるよりムズイ」
「頼む! なんかカッチョいい技でも覚えねーと父さんに退学させられる! マジ頼む!」
「え」
なにそれ深刻。私はつい何か知ってそうなオルソワルを手招きする。
「どゆこと?」
「ふむ、この手の話題は本人も混ぜた方が話しやすい」
 倒木の周りで私たちは顔を突き合わせる。
「退学ってどゆこと?」
「俺んち借金まみれでさ……」
「もっと前の段階から話そう。大戦後、太陽の一族は戦死もしたが怪我のせいで祖国に戻れなかった場合がほとんどで、各地に散り散りになった。そう言う怪我をした太陽の一族たちを金持ちたちはこぞって引き取ってね」
「俺が言うのも何だけどいわゆる成金だよ」
「ふんふん?」
「で、金はあるが地位はない彼らは太陽に恩を売ることで何とか貴族界に取り入ろうとした。もちろん我がベルフェスなど由緒ある一族が盾になり阻んだが、全て防げたとは言えない」
「それで?」
「貴族になりたいから色んなもの買ったり揃えたりして、一代じゃ返せない借金こさえたバカの子孫が俺なんですー」
「バレル家は一度爵位を得たがその後続かなくてね。放棄したんだろう。バレル家のような者は多いんだ。一代だけ爵位を得てその後続かなかった者たち。大体は借金に苦しめられている」
「ウチ爵位あったん!?」
「本人が知らないってどういうこと……」
「爵位を持っていると取られる税金も高くてね。爵位持ちなのに屋敷はボロボロという家庭もある」
「生活破綻してない?」
「飯より地位を優先するとそーなるんだよ。ウチそっちに近い。雨漏りとか自分で直すんだぜ。天井やけに高いのによ」
「なんか大変だね……」
「だからすげー技でも覚えて、それかお宝でも見つけて親父に突きつけてやんねーと金の無駄だからって退学させられんの!」
「ああ〜それで宝箱探しに行ったのあんた」
無茶も本人なりに考えた結果らしい。私は腕を組みうーんと唸る。
「つまりさ、バレルはこの学園に通ってるのがちゃんと意味あるってお父さんに伝えられればいいんだよね?」
「そっそう!」
「……炎の槍覚えるよりいい方法あるかも」
「ほんとか!?」
「うん。オルソワルに協力してもらえると手っ取り早いんだけど……」
ちらっと見ると彼はキョトンとしていた。

「孫に衣装って絶対これだろ!」
「馬子にも衣装、ね。てか自分で言っちゃダメでしょそれ」
 放課後。夕食も終わって私たちはそれなりに綺麗な服装で男女の寮が繋がるロビーに集まった。メンバーは私、オルソワル、バレル。それからティアラ姉妹とマシューにチェリーたち、ネオ。
「派手な技より教養、つまりダンスやお茶会のマナーを身につけた方が本人の為にもなるし将来役に立つ可能性が高い……考えたねバレットさん」
「私たちもいいの!?」
「だってお嬢様に憧れてるでしょ?」
「そうなんだけど、まさか入れてもらえるなんて!」
チェリーたちは思い返せばマシューと私のやり取りをよく遠巻きに見ていたのでこの手の界隈が好きなのだろう。
「じゃ、お手本ね」
「わー! 楽しみ!」
「俺社交ダンス苦手なんだけど……」
「まあまあ見てて」
レコードをかけ音楽が鳴り出す。アガサ、アリス、私。オルソワル、ネオ、マシューが並ぶ。流れてきたのは厳かな音楽……ではなく。
「ん? なんか明るい曲だな?」
お辞儀はきちんと。男性たちの間を女性が回る。女性たちの間を男性が回る。そのままテンポアップした音楽に合わせて私たちは手を叩いたり足を踏み鳴らしたりする。
「わあっ楽しそう!」
「こう言うのもあるのか……」
キリのいいところで曲を止めに行き、二曲目をかけ再び戻る。
「お? ゆっくりした曲だな」
「舞踏会っていうとこんな感じだよね! 映画とか!」
今度はゆっくり回ったり立ち位置を交換したり揺れたりするだけ。また曲が終わりレコードを止める。
「ね、難しくないでしょ?」
「俺が習ったんと違う……」
「屋敷で行う舞踏会は一対一もあるが複数でまとまって踊るものが多い。こちらはステップも難しくないし覚え始めには丁度いいと、レディたちの提案だ」
「さ、みんなで並んで踊りましょう」
「もう入っていいの!?」
「やったぁ!」
「でも男女比が揃ってないんだよね。どうするの?」
「私が男役に回るよ」
「おっミスター・バレットだね!」
それでも人数は合わないのでメンバーを交代しつつ何度か踊っているとギャラリーが出来始める。
「なんだ?」
「楽しそう〜」
 踊りに合わせて拍手が起こるようになった時だった。
「何ですかこの騒ぎ!」
「早めに眠ろうと思ったのにこれじゃ眠れやしない!」
光属性の上級生が三人怒鳴り込んできた。階段で立ち塞がる彼女らに気圧されてしまい私たちは顔を見合わせる。
「えっど、どうする?」
「バレットは悪くねえから俺が出張る!」
「いやいや待ちなよっ」
危うく口論になりかけた時、
「やあ、楽しそうだね」
肩まである白銀の髪に金の瞳、満月をそのまま地上に降ろしたような美しい男子が現れる。
「まあ、お兄様」
「ご機嫌よう」
「えっ」
アガサとアリスの言葉に驚く下級生の私たち、後ろから声がして慌ててお辞儀をする光属性のお嬢様たち。麗しい男子生徒は階段を数段降り妹たちに声をかける。
「懐かしいことをしているじゃないか。誘ってくれてもよかったのに」
「お兄様は学業でお忙しいと思いまして」
「ハハ、自室でゆっくりする時間はあるよ。隣の子がミス・バレットかな?」
「ええ、そうです」
「は、初めまして」
その場でちょちょっと膝を落とす。白銀の王子様は左胸に手を添える。
「ルイス・ティアラです。お見知り置きを。よければダンスに混ぜて欲しいんだけど、いいかな?」
「是非是非!」
ルイスさんは踵を返し数段登ると私たちを睨みつけていたお嬢様の一人に手を差し出す。その手を見て彼女は顔を上げた。
「踊っていただけますか?」
お嬢様たちは顔真っ赤、私やチェリーたちも顔真っ赤!
(ヤバい! あれはヤバい!)
(キャーッキャーッ)
小声で叫ぶ私たちの向こうでお嬢様たちは我に返る。
「す、すぐ着替えて参ります!」
「お待ちしております」
ルイスさんは私たちに振り向くと片目をパチリ。
「友人を呼んできます。レディたちも加わると男性が足りませんから」
「ああっありがとうございます!」
「いえいえ、こちらこそ」
ルイスさんが去って残された生徒たちはどよめく。
「見た!? 本物の王子様のあの破壊力!」
「あれは自分がイケメンって分かってないと出来ないよね……」
「ふむ、レディたちの機嫌も損なわず事態を収束させる……素晴らしい手腕だ」
「うーんさすがティアラ家……」
「まあ、うふふ」
「お兄様ったらまたファンを増やしてしまって、お母様になんと言われるか」
「あれはファンにもなるでしょ〜」
 ルイスさんは上級生の男子を何人か呼んでくれて、光のお嬢様たちも一緒に降りてくる。エスコートまでしてもらっていて完全に主役だ。あれなら悪い気もしないだろう。
一人、体格のいい上級生がいるなと見ていると彼は降りてきて真っ直ぐ私を目指す。そしてそのままじーっと顔を見て……。
「……何か?」
「いやぁ本当にそっくりだと思って」
「え?」
もしかしてあの写真知ってる人? 上級生は左胸に手を当てお辞儀をする。
「オスカー・ベルフェスです。以後お見知り置きを」
「サシャ・バレットです。……ベルフェス!?」
「オルソワルの従兄弟」
「ああ!」
親戚だらけだな……と思っているとマシューが後ろから腕を組んでくる。マシューを見るとちょっとむくれた顔。オスカーは彼の顔を見ると両手を広げる。
「君のお姫様を横取りはしないよ」
「おひ、え?」
「でも親戚には変わりない。よろしくなサシャ。うちの母もサシャだよ、女性だけどね」
「えっ」
「さて、今夜限りの俺のハニーは!? 誰かな!?」
オスカーはナンパに向かってしまい私たちはその場に残される。
「……サシャさん」
組んでいた腕を解くとマシューは恭しく跪き右手を差し出した。
「私と踊っていただけますか?」
体感的には三十秒くらい固まっていたと思う。のぼせたみたいに熱い頭のまま膝を落とし、彼の手を取った。
「……喜んで」
マシューは今までで一番嬉しそうに、ふんわり笑った。

 舞踏会の練習にもなるしと言うことで上級生には多めに見てもらえた。目をつけられると思っていた光属性の上級生たちには何とその後ダンスの練習を手伝ってもらえるようになり、ルイスさんには感謝してもしきれない。


 土曜日、バレルの練習になればと思いお茶会を開催したらいつものメンバーに加えてネオとルイスさんやオスカーさんも来てくれて思ったより賑やかに。お茶会の女主人は私。ティアラ姉妹に教えてもらいながら準備を進め、お茶の道具は食堂から一式借りた。食堂から一番近いテラス席を取りサンドイッチやスコーンを並べる。
「どうぞ冷めないうちに」
女主人の一言でお茶会は始まった。食べ物をある程度口にして満足してくるとお喋りが始まる。
「お茶会で禁止の物とか事ってあるの?」
「お茶会は昼食という仕組みがなかった時に食事の代わりに立てられたものなの」
「昔お昼ご飯なかったの!?」
「かつては朝と夕方しか食べなかったのよ。だから途中でお腹が空いてしまうでしょう?」
「ある尊き御婦人が始めたのがきっかけなのよ。マナーも段々出来たの」
「へえ〜」
「だから食事時にしない話題はもちろんダメ。堅苦しい話題は基本はしないこと」
「レディたちはやんわり言うけどつまり、政治、スポーツ。汚い話はもちろんのこと頭に血が上りやすい討論になりそうな内容もダメだね」
「なるほどねー」
「お茶のお代わり、頂ける?」
「あっはい! どうぞ」
「ありがとう」
「私もいただけるかな〜?」
「どうぞ」
「ありがとう。バレルもいただけば?」
「おっ俺はあのまだお茶が残ってるから」
「緊張してガチガチだね〜。そんなに肩張ってると疲れちゃうよ? 揉む?」
「おおお気遣いなく」
「もー子供同士なんだから慣れなよー」
「ふふ、でもミスター・バレルは全く出来ない訳ではないから何度か開催すれば大人もいるお茶会に出られるわ」
「大人もいる……なんか凄そう」
「うちでやるかい?」
「ティアラ家で!?」
(ティアラ家本気のお茶会……! 美人しかいなさそう……)
(そんなところ行ったらお前帰ってこれねーだろ)
(モテモテで?)
(娘と息子がこんなんだぞ。母親も似てるだろ)
(ティアラ兄妹のお母さんとか美貌がヤバそう……)
「サシャ?」
「ごめん、ティアラ家を想像してたら圧倒されてしまって……」
「想像なのに?」
「まあ、うふふ」
他の生徒が食堂に集まって普段の昼食を食べる最中、私たちはのんびりお茶とお菓子をいただく。
「こうやってゆっくりお茶を飲むのもいいものだね」
「おや、ミス・バレットはお茶会の楽しみ方を身につけたようだな?」
「いやぁどうだろ」
「ハハハ、謙遜しなくていい」
「あんまり自信なくて」
静かにお茶を飲んでいたオルソワルが上体を動かして私の顔を見たので表情で「何?」と聞く。
「バレットの体調が良ければ午後、槍を教わりたいのだが」
「んっ、いいよ。やろっか。バレルも来る?」
「いいんか!? 行く行く!」
ルイスさんとオスカーさんは事情を知らないので周囲に視線を送る。
「実は」
私が入学してから慌ただしかった日々を説明すると二人は頷く。
「なるほど、精霊の傷の肩代わり」
「よく十日前後で動けるようになりましたね」
「お前だったら半年寝込みそうだな」
「一年寝込むかもしれないよ?」
「アハハ、そうかも」
「アミーカは心配してすぐ休めーって言うんです」
「それは無理もないよ。そもそも十日で動けるようになってるのが奇跡のようなものだから」
「そうなんですか?」
「太陽属性は心臓強いから自分で生んだ魔力で何とかしちまうんだよなー。俺も怪我のあとベッドから抜け出したら怒られた怒られた」
「オスカーさんも怪我を?」
「オスカーは結構酷い怪我をしたんだ。私も肝が冷えたよ」
太陽属性、やっぱり無茶しがちなのかしら。
「……みんなに心配かけたくないから今後は大人しくします」
「アハハ、耳が痛ぇや!」
「オスカー?」
「わーってるよ。んな顔すんなって」
二人のやり取りを見て、親友なんだなと感じ取る。バレルがそろそろっと席を立ったので数人の視線がそちらに向く。
「えっとお花を……いや、鹿を狩りに」
「おっ私も行こっかなー。兎も狩ってこよう」
ネオがバレルを連れてトイレへ向かったので残った人たちは私に視線を向ける。
「なに?」
「似てるよな……」
「似ていますね。こんなにそっくりとは思っていなくて……」
「ああ、例のあの方?」
名前のない太陽の御婦人。ベルフェス家と親類の家に写真だけ残ってる人。
「御母堂様にも会わせるべきかと思うのですが……」
「うちよりベルフェス本家が先でしょう。そうは思わないかい? 妹たち」
「ええ、もちろん」
「太陽の御子ですし太陽の方々へのご報告が先かと……」
「オルソワルのお家かぁ……鹿の剥製とかありそう」
「あるぞ」
「あるんだ……」
「……来るんだろう?」
「えっ!? 行く前提で話進んでる!?」
うん、と周りが一斉に頷いたのでビビる。
「大丈夫!? 私ふつーの家の子だよ!?」
「でもお辞儀はきちんと出来るでしょう? 大丈夫よ」
「もうちょっと自信ついてからがいいような……!」
「もうちょっとと言いつつ後回しには出来ねえぞ?」
「ひえー」
「無理にとは言わない。しかし父と母に顔を合わせて欲しいと言うのも正直な気持ちだ」
「ううっ、オルソワルにそう言われると断れない……」
「お、いいぞオル。押せ押せ」
「オスカー」
「そうなるともうちょっとマシな服装必要な気が……ドレスまでいかないにしても……」
「そうよサシャ、ドレスよ」
「えっ?」
「今度こそ作りに行きましょう」
「あのお店に!?」
「ええ、今度こそ必要になりましたわ。そうしましょう」
「うっ……いや、確かに。必要、必要だね!」
「ええ! 普段着として扱うドレスを仕立てに参りましょう!」
「よ、よし。そしたらドレス出来てから……オルソワルんちに?」
「来てくれるんだな?」
「い、行く。行きます……」
「なら、母に茶会を開いて頂こう。それならいいだろう?」
「うんっ」
「おー、よく言った」
「わたくしたちも呼んでいただけます?」
「サシャの補佐として参りますわ」
「もちろん」
「二人とも……!」
友人って素晴らしい。と、感激しているとバレルたちが戻ってきたので私たちはお茶を再開した。

 ルイスさんとオスカーさんは勉強があるので寮へ戻った。ネオとバレルを含めたいつものメンバーは体操服に着替え第三演習場の端に集合。
柔軟をして準備をしているとアミーカが人型になってそばに待機する。まだ心配なようで私をジトッと見てくる。
「平気ですぅー」
「どうだか」
「おー、すげ。バレットの使い魔実は初めて近くで見るんだよな」
「ん? そう?」
「人の使い魔ってあんまりじっくり見ないよねえ」
私は手の平で後ろのアミーカを示すとちょっと胸を張る。
「アミーカよ」
「じゃあ俺のも! ダーン? ダン? あれ?」
「いないの?」
「おっかしーな。いつも袖か裾にいんのに……ダーン?」
アミーカがひょいと何かを私の背中からつまみ上げる。
「こいつか?」
「あっ! ダンお前また女子の体に!」
アミーカの手の中を見るとオレンジ色のサラマンダーの子供がチョロチョロと動いている。主人の手に戻るとダンはまた袖に引っ込んでしまった。
「明るい色のサラマンダー? 珍しいね」
「おう。普通サラマンダーって黒と赤なんだけど、こいつ太陽色でさ!」
「なるほどそれで。爬虫類の小さい子って可愛いよねー」
「おお、バレットは分かってくれるんだな! いやーこいつ女好きでさ既に。大体の女子は悲鳴上げるからよ……」
「ありゃ、どんまい」
十分体をほぐしたところで槍の生成に取り掛かる。軽い槍なので気軽に取り出すとおおと声が上がる。
「見事です!」
「いやぁ遠目に見てたけど本当に見事だよね」
「だってさ?」
「……何故俺に振る」
「半分以上アミーカの功績なので」
「へっ」
「今のは“どうもありがとうございます。嬉しいですがちょっと照れくさいです”っていうへっ、ね」
「解説すんな!」
私たちが戯れ合う横でオルソワルは集中して槍を作り始めている。
「おおっすげー」
だが彼は穂先を作り終える前に集中を乱してしまう。
「……うーん」
「上手くいかない?」
「ある程度バレットのやり方を真似することは出来るんだが完成直前になるとしっくり来なくて……」
「うーん、上手くオルソワル風に落とし込めるといいんだけどね」
「バレット、俺も作る! どうやんだ!?」
「そしたらまず私の槍持って維持してみて。口先で教えるより絶対早いから」
「わかった!」

「わがんない!」
 バレルは数分で音を上げた。
「なんだよぉおおこれぇええ〜魔力ってもっとドバーッてバサーッてしてねぇのぉおお〜?」
「そんな泣くほど……」
バレルだけではなくネオにも持たせてみたが、私の炎の槍は魔力操作は繊細なのに出力は豪快だから難しいそうだ。
「いやーこんなめちゃくちゃな作り初めて触ったよ」
「めちゃくちゃかなぁ……」
「強火にかけたフライパンの上でミディアムレアのステーキを焼く、ただし食べ切るまで火は一度も止めずに! とか、無理でしょ」
「その例えだと火は止めてるよ? 私」
「え?」
「槍作り終わったら放出止めてるもん」
全員無言になってしまったので思わずアミーカの顔を見る。
「……自分で説明しろ」
「えっだってなんか通じてない……」
「……魔力の放出完全に止めたら魔法止まるだろ」
「えっいや、えっ? こう、チョロ火っていうかほら……ね?」
「……なるほど」
「何故かオルだけ納得してるね」
「わかった気がする」
「本当になぜか納得してるね。私はぜんぜん分かんないぞー」
オルソワルはまた集中する。苦手だった穂先を作り終えると彼はぎゅっと目を瞑って硬直する。
「オルー? おーい」
「……ぐっ、ぶはっ」
数秒維持した槍は最初の頃のように霧散してしまった。
「ふー。……バレット」
「なに?」
「君のやり方が分かった。以前君が言っていた膜の中で魔力を循環させるというのは魔力の供給を止めた状態で行うんだな?」
「そうだよ?」
「普通、我々は魔法が終わるまで一定量魔力を流し込み続けている。しかしバレットの場合、腸詰肉を作るように魔法に変換したその後は魔力の供給を止めている。そして魔法の維持は既に変換が終わった魔力のみで行っている。そういう訳だな」
「……ごめん、つまり?」
「彼女の場合、魔法の維持に使っているのは魔力操作をする精神力のみで魔力自体は新しく要らないんだ」
「それって……真似できる?」
「全く同じには出来ないと思う。と言うか、やはりこれはバレットの魔力が豊富だから出来るのではと思う」
「……ん? ごめん私自身がついていけてない。どゆこと?」
「君、槍を軽くした時に“これなら三、四本同時に作れそう”と言っていたよな? いま出来るか?」
「うん」
軽い槍に慣れてきた私は片手でひょいひょいと槍を作り出す。
「いち、にー、さん、しー。アミーカ、もう二本作っていい?」
「駄目」
「はぁい。とりあえず四本作ったけどどう?」
オルソワルは私が左腕に抱えた槍を指差す。
「そちらはどうやって維持している?」
「ん?」
どうって……。
「……特に何も考えてない」
「ここが違いだ。我々は呼吸と同様無意識でも魔力の吸収と放出を繰り返している。バレットにとって魔法は維持するだけなら呼吸程度で済むんだろう」
「結局ムチャクチャじゃない?」
「うむ」
オルソワルの説明にぽへっとしているとアミーカが私から槍を取り上げる。
「そろそろ解け」
「あ、ごめん」
「バレット、やはり火属性の魔法に関しては飛び級をして先の授業を習った方がいいと思う。周りが君に追いつくには一年以上かかる。時間は無駄にしない方がいい」
「うーん、オルソワルがそう言うなら先生に相談してみる」
「そうしてくれ。さて……バレットのやり方では私は恐らく成功しないから考えないと」
「そこから自分流に落とし込もうとするのがオルの強いところだよねえ。私もう諦めちゃったよ」
「俺もなんか出来る気しねー……」
「彼女のように先を行く者に食い付いていかねば待つのは堕落だ。ベルフェスの名の恥だ」
「ストイック〜」

「やぁ充実した土曜日だった」
 部屋に戻り開け放った寝室の窓から涼しい風が吹いている。アミーカの膝でゴロゴロしていると彼は何か言いたげに私を見る。
「んー?」
「体は良さそうだな」
「まあね」
「……なあ」
「なに?」
「やはり雷は習うべきだ」
ああ、やっぱり伝わっていたのか。私は己の手の平を見つめる。
「雷の槍を放つ想像が頭から離れないの」
「恐らくそっちがお前の得物だ」
「でも雷使える太陽の子最近はいないんでしょ?」
「だからって埋もれる必要はないだろ」
「そうかな……」
「ベルフェスのガキがまた勿体ないって言うぞ」
「言いそう……」
指先をもてあそぶ。魔力が骨の髄から作られ筋肉に伝わり雷として外に放たれるイメージ。当然のごとく槍を構える私。
あの私は誰なんだろう。
そう考えていたらいつの間にかうとうとしていて、アミーカがおやすみと囁いてくれた。


「チクショウ古竜の上に乗るなんぞぜってー嫌だぞ!!」
「あーんもう言うこと聞いて〜!」
 仕立て屋の庭先で散々騒いだアミーカを何とか宥めて入店する。
「いらっしゃいませ。……おや」
「こんにちは」
仕立て屋さんに顔を見せると彼は笑顔を見せてくれた。
「本日はいかが致しますか?」
「お茶会に来て行けるドレスをお願いします。お友達に呼ばれたの」
「畏まりました。すぐに採寸いたします」
採寸をしてドレスの生地を選んでいると仕立て屋さんは「よい表情になりましたね」と言ってくれた。


 お茶会はそう遠くない日に決まった。思ったよりずっと派手になってしまったオレンジの生地に金色を散らした長袖のドレスを着てベルフェス家に馬車で向かう。
「ききき緊張してきた」
「サシャ、深呼吸して」
「ふひぃ」
(やっぱり来るんじゃなかった……!)
(今更だろ)
(ひぃいん)
「うううマシューたしけて」
今回マシューも来るはずだったが直前で都合がつかなくなり、彼は来ていない。
(私のときめきと癒しスポット〜!)
(癒やしスポット……)
 太陽の一族として気高く、その名は国外にも知られるベルフェス家。その屋敷はやはり豪華絢爛で、古城を改築した名残りをビシバシ感じさせた。
「玄関までが遠い……」
まさか庭を馬車で突っ切らないといけないとは。どんだけ広いのだろうか。
「相変わらず素敵なお庭」
「ええ、薔薇も緑も美しくて」
「オレンジ色の薔薇とかあるんだね……」
「お一つ差し上げたら? オルソワル」
「庭師に聞いてみよう」
「えっそんな悪いよ」
「いや、彼も喜ぶと思う」
「う、うんまあ帰る時忘れてなかったらね……」

 やっと着いた玄関。この屋敷に入る時は使い魔が必ず姿を見せていなければならないと言うことでアミーカに人型を取ってもらい、招待側であるオルソワルにエスコートされる。
「ひゃあ」
屋敷の外も豪華だったが中も同様で、白と金、オレンジや赤を基調とした大きなホールが私たちを出迎える。
(これが家とかヤバいわ……)
(よく住めるな)
(正直そう思う)
「いらっしゃいませレディ」
「お帰りなさいませオルソワル様」
沢山の召使いたちが未来の主人とその友人を出迎える。お辞儀の角度も決まっているらしい。きっちりかっちり、オルソワルを育てた環境なだけある。
(ひゃえ〜)
(帰りてえ……)
(まだ玄関入っただけだよ!?)
(寮のある静かな森に帰りてえ……)
(頑張って! 挨拶終わったら影に引っ込んでいいから!)
「まあまあ、いらっしゃい」
艶のある声がして顔を上げると緩やかな螺旋階段からこの屋敷の女主人、オルソワルの母親が降りてくる。
(お月様だ〜〜〜!!)
太陽の一族なら妻が月の一族だろうと予想はしていた。しかしプラチナブロンドの髪のまんまる満月のような女神の如き人が降りてきたので思わず感動してしまった。白く長いドレスには金と銀の装飾が混ざっている。太陽と月の意匠だ。
(美の化身だ……)
(うへえ、気ィ強そうな女)
(どこが!?)
(どう見ても笑顔の下に太い神経つけてるタイプだろこいつ)
「紹介します母上、学友のミス・バレットです。ミス・バレット、こちら母のシンディー・ベルフェス。タラクサクム伯爵夫人です」
オルソワルの紹介でお互いに膝を落とす。
「は、初めまして。ご機嫌麗しゅう」
「お初にお目にかかります」
彼女は後ろのティアラ姉妹にも膝を落とす。
「お久しゅうございますタラクサクム伯爵夫人」
「お久しぶりね。ティアラのレディたち」
シンディーさんはアミーカに近付くと顎をチョイと上げて彼の顔を見る。アミーカは嫌そう〜に目を背けた。
「ああっすみません人見知りなんですうちの子」
シンディーさんはにっこり微笑むと私に振り返る。
「夫の使い魔もカラスなの」
「そうなんですね!」
「ええ。さ、こちらへ」

 客間も白地に金と銀の装飾で豪華なので眩しさに目を細めた。
(早く影に入れろ。精神的に死ぬ)
(椅子座ってからね!)
(早く座れ)
(もー、わかったよ〜!)
「さあお掛けになって」
オルソワルがそれとなく座る位置を示してくれたのでそそっと移動する。シンディーさんが座るのと同時にお尻を落ち着けるとアミーカは早々に引っ込んでしまった。
「あら……」
シンディーさんは意味深に微笑むので私は焦る。
「ご、ごめんなさい人見知りで……」
「うふふ、いいのよ」
オルソワルのお母様は召使いたちに部屋を出るよう指示して室内は私たちと使い魔だけになる。まだ人の姿のまま姉妹のそばにいた使い魔たちが猫の姿に戻り伸び伸びと体を伸ばしたのでおやっと姉妹の顔を見る。ティアラ姉妹はにっこり微笑んだ。
「さて、いらっしゃーい猫ちゃんたち〜」
シンディーさんは姉妹の使い魔を見るとメロメロの声を出し顔も綻ぶ。使い魔たちは遠慮なく伯爵夫人の膝に乗るとゴロゴロと喉を鳴らす。
(なんかさっきと違う!)
「あら〜今日も可愛いわね〜。うふふふ」
「ご機嫌麗しゅう夫人」
「麗しゅう……フニャア」
「あらあらまあまあ〜」
「ミス・バレット」
「ぴゃい!?」
「母は動物の使い魔に目がなくてね。普段はこんな感じなんだ」
「あっそうなんだね!」
「君が良ければ使い魔を触らせてあげて欲しい。犬も猫も鳥も関係なく好きなんだ」
アミーカは影から出て来たものの私の背もたれに陣取って動こうとしない。
「ケッやなこった」
「ま〜ほんとイケメンのカラスさんよね! 触りた〜い、撫でさせて〜!」
「やだね!」
「あーんもうアミーカ!」
「ま〜ご主人様以外にはツンツンなのね。そこも素敵〜」
カァカァ言ってるアミーカと普通に喋っているのでやはり神霊の花嫁らしい。シンディーさんは猫の精霊たちをたっぷり撫でるとお茶を注ぎ始める。
「はぁ〜猫ちゃん……」
「本当に動物好きなんですね」
「そうなの〜。でもね、わたくし本物の毛の動物はアレルギーがあって触れなくて……うっうっ」
「あらら」
それは可哀想。
「だから精霊しか触れないの。可能なら猫ちゃんもわんちゃんも鳥ちゃんたちも百匹ずつ飼いたいのに……!」
よかった、ベルフェス家が動物園になってなくて。
「さ、冷めないうちにどうぞ」
「ありがとうございます」
紅茶の香りを楽しんでから口に含む。爽やかな香りがふわーっと喉を抜けていったのでびっくり。
「わあ、美味しい」
「あら本当ー? よかったわ、うふふ」
格式高いおうちだから構えちゃったけど思ったよりお話ししやすい人でよかった。お砂糖とミルクを入れて続きを楽しんでいるとシンディーさんは熱い視線を向けてくる。
「……本当に似ているわね」
「似ていますよね、ミス・バレット」
「ん? ああ、お写真の方?」
「まあ、知っていらっしゃるの?」
「わたくしたちがお教えしましたの」
「本当? お聞きしにくいのだけど、その、似ているだけかしら?」
「それがうち、同じ写真が何故かあって……」
「あらまあ!」
夫人は紅茶で喉を湿らせると肘掛けに肘を立ててうーんと唸る。
「ご親戚かしら?」
「その可能性は高いかと」
「そう。よかった、それなら散り散りにはなれどご無事だったのね。ご兄弟はいらっしゃるの?」
「えと、私は一人っ子なので兄弟は……」
「あらまあ、そうなの。ふふ、オルを兄弟と思ってくださっていいのよ?」
「えっ」
「母上、少々突っ込みすぎかと」
「あらごめんなさい」
お茶をいくらか飲み進めたオルソワルは話を切り出す。
「ミス・バレット」
「ん?」
「我が家の話だが、母はフローラ家のご出身で本来ならフローラ家当主となられるところをベルフェス家に嫁いだ方なんだ」
「えっそうなの」
「家督は妹に譲ったの〜」
「ほへえ。……あの、今更だけどやっぱりお月様のお家って女性当主?」
「ええ、そうです」
「男子で月属性はほとんどいませんから」
「ああ、そっか。やっぱりマシューみたいな子は貴重なんだね」
「マシューちゃん今日は都合付かなかったのよね〜、残念」
「そうなんです。ドレス見せたかったなー……」
「あらっ!」
若者の甘酸っぱい話を嗅ぎ取ったのか夫人は目を輝かせる。
「母上」
「……おほん、ごめんなさい」
「不躾に兄弟の話を聞いてしまったお詫びにはならないが、私の話を。私は姉が五人いて」
「五人も!?」
「うん」
「オルはやっと生まれた男の子なの〜」
「ありゃまあ」
「姉はみな成人していて、それから妹がいる」
「妹さんも!?」
オルソワルは静かに頷く。
「妹はまだ五歳なんだが、通学の都合上親類に預けている」
「ええっ」
五歳で親元離れるの可哀想……!
「妹は叔母に似てしまって、暴走気味でね」
「今度お詫びとお礼をたくさんしないといけないの……」
「げ、元気なんですね」
かなりパワフルな妹さんらしい。サンドイッチを手に取り端っこを千切ってアミーカに差し出す。彼は嘴で器用にハムだけ抜き取ってぺろりと平らげた。
「レタスもお食べ」
「いらねえ、苦ぇし」
「全くもう」
アミーカが残したサンドイッチの残りを口に含む。シンディーさんは私たちのやり取りをニンマリした顔で眺めている。
「いいわねえ、美少女に懐くイケメンの使い魔……♡」
「母上」
「だってぇ」
「あの、オルソワルのお父さん……伯爵の使い魔もカラスなんですよね?」
「ええ、そうよ。二人ともすごい美女なの」
「女性なんだ……。えっ二人?」
「父は使い魔を複数使役しているタイプだ」
「えっ使い魔って複数契約していいの……?」
「魔法使い側に余力があるなら何体でも可能だ。だが大概は一対一だよ。これは授業で……ああ、そうだ。君は伏せていた時だった」
「うへ、後でノートよく見ないと。ありがとう」
「いや」
「ん? 伏せていらした?」
「彼女、少々怪我を」
「あら! 大丈夫でしたの?」
「もう治りました!」
「あらぁ、そう。無茶はなさらないでね」
「はい、ありがとうございます」

 歓談も進みお茶菓子が追加で出て来た頃、高らかに鳴るヒールの音が廊下に響き渡る。客間の扉を召使いさんが開くとオレンジゴールドの髪の美女が入ってきた。
「お母様ーっ! 貴女の可愛いラモーナが帰って参りましたわぁーっ!」
「まあラモーナちゃんお帰りなさ〜い。オルちゃんとお友達もいるのよ〜」
(すごい元気)
(太陽系にありがちなテンション高え奴だな)
美女はもこもこの白い上着の下に水色の薄手のドレスで、巨乳と引き締まったウエストをこれでもかと魅せている。
「オルちゃんのお友だち!? あら! あらあらあら!」
美女はツカツカとヒールを鳴らして寄ってくると膝を落として私を見上げた。
「あらこの子……」
「は、初めまして」
「ミス・バレットです姉上。ミス・バレット、彼女は三番目の姉でラモーナ・ベルフェスです」
ラモーナさんは私の頬をもにゅっと両手でつまむ。そのまま揉み揉み……。
「あの……」
「美少女ねえ!!」
ラモーナさんは母親と弟に満面の笑みを見せる。
「そうなのよ〜」
「寛いでいらして〜! わたくし着替えて参ります! おーっほっほっほ!」
ラモーナさんは突風のごとく部屋から出て行った。
「げ、元気だね……」
オルソワルは静かに頷く。
「姉たちは父に似たんだ」
「お父さんも元気なんだ……」
(この元気の塊のなか比較的大人しいオルソワルちょっと可哀想)
(そうだな)
 私室に向かったラモーナさんはあっという間に着替えて再び登場する。また別の淡い色のドレスを着ているので衣装持ちなんだなぁと見つめる。
「わたくしもお茶会に参加いたしますわ〜!」
「お母さんの隣にいらっしゃいラモーナちゃん」
「はぁ〜い!」
「元気だね……」
「うん」
元気いっぱいでもさすがご令嬢。お茶のマナーは完璧で口に食べ物飲み物が入っている時は徹底して喋らないし酷く声も張り上げない。
(お嬢様だ……)
「似てるとは思いましたわ〜。でもあのお方お写真以外何も分からないのよね」
「ミス・バレットは親戚の可能性が高いのです」
「うちにも同じ写真があって……」
「あらまあ!」
今日はベルフェス家に顔を見せに来た事情を話し、話題は次へ。
「ラモーナちゃんお仕事はどう?」
「順調ですわ、ほぼ!」
「あらー、お母さんにお話ししてくださっていいのよ?」
(そっか、大人だもん。仕事はしてるよね)
「お仕事は何をされているんですか?」
「わたくし、服のデザインをしているの。そして自分でモデルをして、会社も作りましたのよ! おほほほほ」
「へえ〜すごい。社長さんなんですね」
「ええ! 魔法使いも魔法使わない方も袖を通せる素敵な服を目指してますの!」
「ラモーナお姉様、次はどんなドレスをお作りになるの?」
「今は若い子向けのブランドを立ち上げようと思って色々準備中なの。でも肝心のモデルが見つからなくて……」
「……あの、レディたちでは?」
ティアラ姉妹も含め声をかけられる美しいご令嬢なら沢山いそうなのだが。
「声を掛けたいのは山々なんだけど、月の一族は肖像権とかその他もろもろを通すのがちょっっっと難しいのね!」
「な、なるほど」
ちょっとどころではなさそう。
「それに残念ながら求めてるモデルさんのイメージとも違うの。月の方々は本当に本当に美しいけれど、これから作るブランドは街中の女の子たちのもの。だから可愛い子でもあくまでクラスで憧れの……」
ラモーナさんはそこまで言うとじっと私を見る。
「……何ですか?」
「……ここにいらっしゃるじゃない?」
「えっ」
「ミス・バレット、貴女モデルやってみない!?」
「ええっ私!?」
「姉上!?」
「そう! 貴女背も高いしなかなかスレンダーだわ! ぴったりよ!」
「姉上!」
「いいじゃな〜い! ちょっと立ってみて、ちょっと!」
「え、ええと」
ティーカップを置いて立ち上がるとラモーナさんは巻尺を取り出す。
「こちらに来てくださる?」
「巻尺いつでも持ってるんですか?」
「ええ、仕事柄ね」
ラモーナさんはテキパキと採寸していく。
「あら、背も含めて理想的……。服はもうあるの。着てみてくださらない?」
「えっ!? 今ですか!?」
「是非!」
「ラモーナお姉様のドレスを着たサシャきっと素敵ですわ」
「ええ、きっとお似合いよ」
「……袖通すだけなら……」
「そうこなくちゃ!」
「姉上!」
「いいじゃない可愛いんだから〜!」
と、そのままラモーナさんのお部屋に連れ去られる。本物のご令嬢のお部屋は初めて見たが、天蓋付きベッドは大きいしクッションから何から可愛いものと美しいものでいっぱいだった。
「これとこれと……いやこっちの方が似合うかしら。いえこっちね!」
「あの、学園の門限までに帰れればいいのでお好きなように……」
「本当!? 全部着てくださる!?」
「えっ全部?」
「七着あるの!」
「そんなに! だ、大丈夫です着れます」
「ありがとう! それならまずは」

「ラブ・ラモーナのファッションショー! 本日のモデルはサシャ・バレットさん! 一着目はこちら!」
 お茶会は程よいところで終了。テンション爆上がりのラモーナさんにより客間でファッションショーが始まってしまった。ラモーナさんは私の髪も服のサイズ調整も自分でしてしまうので助手いらずだ。
(お金持ちで社長で美女……何でも出来てすごいな)
(騒がしいのが欠点だな)
(こらっ)
「東洋で見た素晴らしい秋の紅葉をモチーフにしたモミジがポイント。赤とオレンジのグラデーションが売りよ!」
「まあ、サシャよく似合うわ」
「あら〜可愛いわねえ」
「ミス・バレット、疲れたらはっきり言わないと姉上はいつまでも巻き込むぞ」
「う、うんわかった」
「写真撮るわね!」
「撮影もご自分で!?」
本気で何でもやるなこの人。
「会社作ったばかりの頃は何でも出来ないと仕事が進まなかったの〜。はーいこっち見て〜。そう〜可愛いわよ〜。ちょっとポーズ取ってくれる? 好きなように。……いいわね〜素晴らしいわ!」
「割と楽しいかも……」
「あら本当!? 次着ましょうか!」
「えっもう?」
人魚をモチーフにしたドレス、スカートに妖精を閉じ込めたようなデザイン。月と太陽をモチーフにしたドレスなど次々に袖を通す。
(色々着られて楽しい……)
「次はウエディングドレスがモチーフなの」
髪型のせいか私が彼女に似ているからか、あの写真を彷彿とさせる姿になってしまい私自身も含めて一同は驚く。
「まあサシャ……」
「こうして見ると改めて似てるわね……」
「あれはウエディングドレスだったのかしら?」
「でも殿方がいなかったわ?」
「そうなのよね。サシャちゃん、綺麗よ〜」
「さあ、こっち向いて」
パチリと写真に収まる。ラモーナさんは改めて綺麗よ、と褒めてくれた。

 プチファッションショーを終えて飲み物をいただく。現像は時間がかかるからとラモーナさんは同時に撮影していた魔法の立体映像を見せてくれる。
「おおっ、私じゃないみたい」
思ったより綺麗に映っているので、へえと感心する。
「サシャちゃん今日はありがとう♡ それで本格的に採用したいのだけど頼めるかしら?」
「え?」
「モデルのお仕事♡ 月に二、三日。学業を優先するから休日だけお呼びするわ。あとご両親にももちろん連絡して、お給料は日給固定でボーナスは撮影回数と衣装の数に左右されるんだけど〜」
「お給料出るんですか!?」
「もちろん! お仕事だもの!」
「やります!」
「バレット!?」
「即答すんな!」
「自分でお小遣い稼げたら家の負担になんないもん!」
「だからってお前な」
「ご両親に聞いてからね♡」
「もし反対しても説得します!」
「何だお前そのやる気」
「ラモーナ姉さんはこれだから……」


「それで仕事はいつから?」
「来週から早速だって」
「そう」
 お茶会から数日後、校舎近くのベンチでマシューに様々な話をする。
「ご両親もだけど、よく学園に話が通ったよね。学生の小遣い稼ぎは制限があるのに」
「ほんと。きっとラモーナさん交渉も上手いんだね」
「何でもやるお人だからね」
「すごいよねー」
今日はラモーナさんが調整し直してくれたモミジのドレスを着ている。お給料の代わりにとドレスを七着丸ごと、サイズを調整して送ってくれたのだ。社長かつ美女かつ太っ腹。もはや敵なしではないだろうか?
「そのドレスも似合うよ」
「ほんと? えへへ。学園内でも着て宣伝しておいて欲しいって言ってたから今日着てみたの」
「さすがレディ、抜かりないね……」
「ね、敏腕社長って感じ」
「……サシャさん」
「ん?」
「立って回ってみてくれる?」
「うん。……どう?」
くるりと一回転。スカートがふわりと持ち上がる。
「うん、綺麗だよ」
「えへへー……」
誰よりもマシューに褒められると嬉しい。ラモーナさんの服は女の子の心も男の子の心もくすぐる素晴らしいセンスがある。そして彼女の審美眼に自分が見合ったことが何よりも嬉しかった。
「そろそろお茶行く?」
「うん!」
今日はマシューに誘われて二人だけで出掛ける。つまり人生初デート! 可愛い服で街に出るのは恥ずかしいけど、ラモーナさんの為にちょっと我慢。

 マシューは東洋のお茶が飲める喫茶店に連れて行ってくれた。夜は食事とお酒も提供しているらしい。グリーンティーを飲んでいると東洋人らしき婦人に声をかけられる。
「あら、素敵なモミジねえ」
「んっ?」
「ありがとうございます。知り合いのデザイナーのものなんです」
東洋語わからない……と思っていたらマシューがすかさず助けてくれた。
(マシュー東洋語喋れるんだ……)
(このお坊ちゃん相当勉強してきてるな)
(さすが……)
「あらそうなの? 故郷が懐かしくなるドレスだわ。とってもお綺麗だって伝えてくださる?」
「はい。彼女もきっと喜びます」
「可愛いお嬢さんね。お友達?」
「はい、今のところ」
「あら、うふふふ」
「……ご婦人なんて?」
「ドレスを見て故郷を思い出したって」
「わあ、そうなんですね」
「あと君が可愛いって」
「えっ、いや、あははーどうもー」

 美味しいお茶を堪能してさて帰ろうと歩き出した時、年下の女の子たちが三人駆け寄ってくる。
「愛と美の伝道師、ラブ・ラモーナ!」
三人揃ってそんなことを言うので私とマシューはポカン。
「それラブ・ラモーナの服ですよね!?」
「え? どうしてわかったの?」
「やっぱりー!!」
女の子たちはきゃあきゃあと騒ぐ。
「ラブ・ラモーナの服は遠目に見るとハートが浮き上がるんです! だからすぐわかるの!」
「あの! それ新作ですか!? 若い子向け!?」
「え、ええと……」
(余計なこと言わねえ方がいいぞ)
(だよね……)
「まず、落ち着いてね」
「はっ」
女の子たちは何故か背筋をピンと伸ばす。
「貴女たちラブ・ラモーナのファンなの?」
「はい!」
「そっか。それなら……彼女の情報追ってればきっといいことあるわ」
「本当ですか!?」
「ええ、本当よ。だから待っててね」
「きゃー! やったー! ありがとうございます!」
「お邪魔しましたー!」
「う、うん……」
彼女のファンも竜巻のごとく去ってしまった。
「元気だね……」
「今の上手だったよサシャさん」
「ほんと!?」
「うん。さすが」
「いやーそんなことは……でへへ」

「愛と美の伝道師!」
「ラブ・ラモーナ!」
「学園内にもファンが……」
 休日だけでなく普段着としてちょこちょこ着ていたら私はすっかり有名に。こういうキャアキャアした女子が苦手だからこそお洒落には無頓着だったのだが、いつの間にか彼女らの話題の中心になっていた。
「本当に素敵ね!」
「次はいつ新作が出ますの!?」
「私もそれは知らないので……」
「新しい服も着てくださるのよね!?」
「それはラモーナさんに聞かないと……」
私があわあわ困っているとティアラ姉妹がどこからともなく出て来て私の両腕に絡む。
「これから個人的なマナー講座ですの」
「ご機嫌よう皆さま」
(前にもこんなことあったな……)
アガサとアリスに上手く連れ去られた私はやっと部屋で落ち着く。
「二人ともありがとう」
「いいのよ」
「サシャのためだもの」
「そろそろ普段の何でもない服に変えようかな……」
「そうねえ。宣伝は出来ましたしサシャのお好きになさったら?」
「うん、そうする……。あとあまりにしつこかったらアミーカに出張ってもらおうかな」
「チッ、命令すんのが遅ぇんだよ」
「ごめん……」


「あらまあそんなに〜!?」
「早く情報くれってせがまれて……」
 モデルのお仕事当日、私は迎えに来たラモーナさんの馬車で(ベルフェス家、一人一台持っててすごい)撮影所に移動する。
「それは嬉しいわね! 女の子たちが注目してくれて! ふーん……何か早めに発表出来ないかしら。サシャちゃんに注目が集中しちゃうの避けたいわよね〜」
「そうですね……」
やっぱりモデルやめようかなとか思ったり。
「モデル……あ」
「ん? 何か思いついた?」
「仲の良い子がいるんですけど……」
ラモーナさんの目がキラリと光った。
「いいわね!」
「まだ何も言ってませんが……」
「お友達にもモデルの仕事してもらいましょう!」
「通じてる……」
「それはそれとして、着いたわよ」
「えっもう?」
 撮影所は割と普通の工場で想像と違った。ラモーナさんの先導で屋内に入ると雰囲気は一変。照明も舞台もばっちりゴージャスに決まっていて魔法を使うスタッフも使わないスタッフも満遍なくいた。
「ご機嫌よう皆さま!」
「ご機嫌よう!」
「本日から来てくださるサシャ・バレットさんよ! よろしくお願い致しますわ!」
「よろしくお願いしまーす!」
スタッフたちは盛大な拍手で私を迎えてくれる。私は近い人に都度お辞儀をしながらメイクルームに進んだ。
「すごい人数ですね」
「今はだいぶ増えたけど、昔は十人もいなかったのよ〜」
「そうなんですね」
衣装に袖を通しラモーナさんの最終調整を受ける。アンダーバストの空間とか、脇のほんの少しの隙間とか、そういう位置を直すだけでうんと着やすくなる。そのちょっとしたことが魔法ではないのに魔法のように感じられて、仕立てが出来る人はすごいなと思った。
「さあ! 撮影よ! サシャちゃ〜んこっち向いて〜!」
ラブ・ラモーナのティーンズ向けブランド第一弾のドレスは彼女が得意とするオレンジ色を基調としたものになった。袖は透けていて金の蔦が腕を飾る。スカートの裾は花のようにふんわりと広がりそれでいて軽く。十六歳で着られるくどすぎない少女趣味。そのドレスでソファや椅子に座り、花を持ったり投げたりボールと戯れていたら半日なんてあっという間に終わってしまった。

 夢のような時間を終えた私は帰りの馬車でぐっすり、アミーカの膝で眠ってしまう。
「仲良いのね」
ラモーナさんが話しかけてもアミーカはチラリと見るだけで返事もしない。
「貴方が居てくれるならサシャちゃんは大丈夫ね」
「……当然だ」
「ふふ」
アミーカは優しい瞳で私を見つめて、髪をサラリと撫でた。


 次のモデルの仕事が入る前にラブ・ラモーナは新作ブランドを発表した。オレンジの花が人の姿を取り少女となったようなポスターと、花をモチーフにしたブランドロゴがスクリーンに表示され中継を見ている少女たちの目を奪う。
「愛と美の伝道師、ラブ・ラモーナでございます! 新しく発表するのはティーンズの女性たちが持つ美しさを全面に! 一瞬一瞬が美しい花のような時間を飾るお手伝いをする! そんなブランドですわ! 三つのデザインを先行予約販売致します! 是非ご覧になって〜!」

 予約注文は殺到。少女たちはドレスの方に夢中になってモデルが誰かなんてすっかりそっちのけ。
「予約取れたの!? いいなぁ〜!」
「わたくし三番目に予約取れましたのよ!」
「早く着たいな〜!」
注目がそれたことで私はゆっくり過ごすことが出来、休息もしっかり取れた。

「モデル!?」
「ラブ・ラモーナの!?」
「他にも着てくれる人が欲しいんだってさ」
 私は次のモデルにチェリーたちを選んだ。
「感激〜! まさかモデルになれる日が来るなんて!」
「スクールカーストじゃパッとしない私たちが!」
「それ自分で言っちゃう……?」
まあ喜んでくれてるからいいか、と食堂のジュースを口にする。
(自分はやめるのか?)
(結構疲れたからね〜モデルの仕事)
(ふーん……)
(あれ、意外。不満?)
(別に)
「別にじゃなくて」
肩に留まっていたアミーカを手首に移動させ正面から顔を見る。
「ちゃんとお言い」
「……勉強に支障ねえなら続けていいんじゃねえのか? 小遣い欲しいんだろ?」
「お小遣いはそりゃ欲しいけど、なんか満足しちゃって」
アミーカは不満そうに黙っている。
「何々? どうしたの?」
「うーん、一度はやったんだけどラモーナさんの手伝いが出来たから満足しちゃって。このままやめよっかなーって」
「ええ!?」
「どうして!? 勿体ないよー! 続けなよ!?」
「やめようかと思ったらアミーカも不満そうにするの。何でか分かんない」
「そりゃ……」
アミーカはまたじっと黙ってしまう。
「そんなの! サシャが綺麗だからだよ!」
私はきょとん、アミーカはチェリーの言葉にそっと頷く。
「わたし見たよ! サシャがブランドの一番を飾った大事な映像! 本当に花の女神かと思ったもん! すごく綺麗だった! 他の子じゃ絶対ダメだったと思う!」
両隣の二人も力強く頷く。
「ラモーナさんもサシャだからこそあのデザインにしたんじゃない!?」
「や、それは大袈裟なような……」
「大袈裟じゃないよ!」
「そ、そう……?」
三人、いや四人に説得され私は首を傾げた。
(他の子でもいいと思うんだけど)

「や、やめる……!?」
 次の仕事日、チェリーたちを紹介して次の新作ドレスを着た段階でラモーナさんに打ち明けると彼女はよろよろと椅子にしなだれかかった。
「そんな……わたくしサシャちゃんの美しさを引き立てるデザインを五つ……いえ七つは考えておりましたのに! こんなに早くやめると言う言葉が出るなんてぇ……! ゔっゔっ!」
「そ、そんな泣くほど……」
ラモーナさんを宥めようと肩に手をかけると突然振り向いた彼女にぐっと両手を握られる。
「わたくしっわたくしサシャちゃんの美しさでインスピレーション湧きまくりでしたのにィ……!!」
「えっあの」
「……こいつはよ」
カラスのアミーカが私の気持ちを代弁するべく口を開く。
「あんたの大事な仕事の手伝いが出来て、満足しちまったんだとよ」
「そんなぁ……! ゔっ、まだ沢山着て欲しいドレスございますのにィ……!」
「ええっ、そ、そんなに……?」
「そんなにですぅ!!」
「あ、ええと……」
ラモーナさんは号泣、アミーカは後ろでモヤモヤしたままで私は困惑する。アミーカは溜め息をつくと人型になり私の横で片膝をつく。
「我が主」
「へっ」
何その真面目モード。
「御身を引き立てるこの者の仕事振り、今後も腕を振るわせるべきかと存じます」
「その! 通りよ!!」
「ひえっ」
グワッと迫ってきたラモーナさんの迫力に押される。
「わたくし! まだ貴女を飾りたい! 貴女の美しさを世に伝えたいのッッッ!」
「わ、わかりました……もうしばらくお手伝いします……」
「本当ッッッ!?」
「は、はい」
「ゔゔゔ〜アミーカちゃんありがとう〜!!」
「やめろ触るな! てめえの為じゃねえ! おい聞いてんのか!」
「ゔおおお〜!!」
スタッフさんは泣きじゃくるラモーナさんと巻き込まれるアミーカを無視して私の準備を進めていった。

「はいっそれじゃ次のポーズね!」
 切り替えが早いラモーナさんは数分の号泣の後きっちりかっちり仕事をこなしている。
(さすがベルフェス家……)
一方アミーカはあれから私と感情のやり取りをしてくれず、静寂が心を支配する。
(拗ねてる訳ではなさそうなんだけど……)
次の新作ドレスは夏の日差しのなか咲く花のようなデザイン。水色のワンピースの裾を白いレースが縁取り、それがまるで花のように見える。髪はオレンジ色の小さな花で控えめに飾られている。
「綺麗よ〜サシャちゃん! どんっどん! 好きに動いてちょうだい!」
「わ〜やっぱりサシャすごく似合う!」
「うんうん!」
採寸を終えたチェリーたちもラモーナさんの横で私を見ている。私はそれどころじゃなくて、カメラの方を見ずにカラスの姿のアミーカを見ている。
「あら〜物憂げなサシャちゃんもいいわねえ〜」
意を決して私はスッと腕を上げる。アミーカは意図を察してくれるが腕に向かってはこない。
「おいで」
言葉にするとアミーカはやっと私の腕に止まった。
「あらっ。いいわね、いいわっ。撮って撮ってっ」
「どうしたの?」
「別にどうも」
「怒ってる?」
「怒ってねえよ」
「じゃあ何?」
喉を撫でるもアミーカはまた黙ってしまう。
「黙ってちゃわかんないよ」
「……お前はお前の美しさに気付いてない」
「ん?」
アミーカは私と出会った時のことを思い出す。自分の命を背負うと言った何もできない魔法使い。真っ直ぐ自分を見た年端もいかない少女。彼にとって初めてまともに己を扱ってくれた魔法使いだった。いや、魔法使いでなくても人間はカラスを邪険に扱った。石を投げない子供は初めてだった。
「アミーカ……」
「フン」
「ありがとう」
カラスの狭い額に頬を寄せる。礼を言うのは己の方だとアミーカは伝えながら私に頭を擦り付ける。
「うっ美しい……!」
「これいい画ですよー、ほら」
「……最高じゃない。次号の表紙にしてもらいましょう。いえ、ポスターよ。ポスターが先ね」
夏空の白い花とカラスが寄り添う美しい写真は大きく印刷され街中に飾られることになった。私たちは恥ずかしくて仕方がなかったのだが、ラブ・ラモーナのファンとファッション業界人は大絶賛した。


 各地に散り散りになった太陽の御子たち。まだ見ぬ月の御子たち。様々な考えの人々。彼らは通りに飾られた小さな太陽の少女を見て足を止めたり、止めなかったり。
誰か、星も月もない夜で作られたような漆黒の男がポスターの前に立つ。髪も瞳も着る服も、全てが漆黒のその人はポスターの少女に向かい手を伸ばす。広告を飾る魔法の灯りから漏れ出す光の粒を掴むとその壮年の男は、握りしめた光の粒に口付ける。
踵を返し男は立ち去る。くすりともしない硬い口元をさらに食い縛りながら。




──『太陽の女神、月の男神』第一章・完
次作へ続く。

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