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どうしていいか分からない話。

結局のところ、余裕が無いんだと思うんです。

タイトルにも書いたように、どうしていいか分からないんです。漠然としたこと。フワフワしたこと。柔らかくて決まっていないこと。先が見えなくて手探りになってしまうようなこと。

一言で表せば、「まだ見ぬ未来」のこと。

別に、差し迫って現在何かに困ったり悩んだりしているわけではないけれど、「これはいずれちゃんと考えないといけないよなぁ」といったような、まだ見ない先の未来に待ち受けているであろうことを、勝手に想像したりします。

そして、その未来があまりに曖昧で漠然としているもんだから、「まあその時が来たら考えればいいか」と後回しにしてしまう。それはそれで当面は合っている対応にも見えるけれど、手放しで100点とは言いにくい歯痒さもあるわけです。

たとえば。

子供に対してのあるべき教育方針だとか。

住んでいる町や地域の関わり方とか。

会社に貢献する取り組みとか。

組織の中で地位を確立するための姿勢や
具体的な仕事の進め方とか。

将来的に住むべき場所の検討とか。

日本という国自体の存続方法や
国民としての行動の在り方とか。

世界の中の国同士の関係性の理想形とか。

地球環境のために個々が採り得るアクションとか。

そういったことを、「いずれちゃんと考えなくてはならないよなあ」と思うだけで、本当に考えたりはしないわけです。というか、考えようとも思わない。そんなことに時間なんて割けない、と何処かで考えている自分が居ます。

つまり、余裕が無い。まだ見ぬ先を思い案じているヒマなど無い、と。

目の前のことで精一杯で、次はこれをこうして、その後はこっちをこうしなきゃいけなくて…といったことばかり思い浮かぶ。直近やらなくてはならないアクションは、考えれば考えるほど次々と見えてくるのに、いや、だからこそ、少し先の未来のことなんて全く思い浮かばないんです。

それは、上にも書きましたが、ある意味では正しい向き合い方で、他方では絶対的な正しさがあるとは限らないわけです。

きっと、少し余裕を持って、立ち止まって、先を見据えて準備して、「今後こういうことが起きそうだ」とか「過去のパターンからするときっとこうすれば上手くのだろう」というところを精度高く考えて実践できることこそが、今の時代に求められている優秀な人材なんだろうな、なんて思うのです。

それが、私にはできない。だからポンコツなんです。

目の前のことに取り組んで、そうして敢えて忙しくして、未来を見ないようにしている部分があるのかもしれません。脳のキャパシティを使わせないようにしているのかも。

うーん、毎度のことで、支離滅裂の尻切れトンボで恐縮ですけど、やっぱり少し先の未来だったり、そういう展望、ベストプラクティスを想定して当てはめるなんて、ちょっと今の自分にはできそうにないです。

まあでも、その流れに身を任せて、ひとまずは喰らいつくだけでいいかなぁという気もしています。必要に迫られたら取り込むくらいの、その程度の余裕があればいいかと。

「あれしなきゃ、これしなきゃ」「これこれはこうあるべき」そんな教科書的な道標を追い求めていくのも大事だけど、いっそそういう「べき論」は放り投げて、今は目の前のことだけ取り組むのでもいいような気もしてくるんです。愚か者なのは承知なんですけど。当面は、今の時点では。

ああ、すごく漠然とした話でした。すみません。おわり。

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