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「火垂るの墓」がいちばん好きだという理由がわからない

とある異国にて

「いちばん好きなのはファイヤフライだ、知ってるか」とドライバーの彼はいった。はじめはなんのことか分からなかったが「火垂るの墓」のことだとピンときて、スマホで画像を見せたら、はげしくうなづき「これだ」と声をあげた。

10年ぶりの訪問だった。現地で車両を借り上げ目的地へ向かう途中、おもむろに「いつも何度でも」が流れはじめておどろかされた。「この映画みたことあるの?」と聴いたら「イエス」というから二度びっくり。それから「トトロが好きなんだ」と彼はいった。

最近のアニメだと、インターネットで見られることは知っていた。徴兵を逃れていまは海外に出てしまったかつての同僚は「週末はいつもヒマで日本のアニメを見てる」と語っていたのを思い出した。
ジブリの映画を見たことがある人に会ったのは初めてだった。存在しないわけではないことは知っていた。駐在していた頃に海賊DVD屋で「千と千尋の神隠し」を見つけて感動し、すぐに購入して映画好きの同僚にプレゼントしたことがあった。「日本でいちばん有名な映画だよ」と説明したら、「千と千尋」はおろかジブリのことすら知らなかった。「トトロを見せられたらどんなにステキだろう」とワクワクしたけど、この地では出回っていないし、そのうち海賊DVD屋自体が潰れてしまった。

「おい、知ってるかい、火垂るの墓とトトロは同時上映だったんだ、ご存じの通りトトロはハッピーな映画だ、だけどホタルはとても悲しい映画だ、当時の観客の感情はこうだった!」

そういって手をジェットコースターのように動かしたら、ドライバーは「イェ~イ」といって親指を立てた。

そのうち車内では「君の名は」の主題歌が流れ始めた。「これも見たことあるの?」というと「イエス」と力強く答える。どうやらこの国の人にしか検索できないウェブサイトがあって、そこで古今東西の日本のコンテンツを楽しんでいるらしい。なんだかうれしかった。

それからゲーム「緋色の欠片」、TVアニメ「四月は君の嘘」などの歌が流れた。いちいちわたしが反応するものだから、たのしかっただろう。ドライバーをやる前は日本企業の研修を受けたことがあり、日本語も多少勉強したという。「漢字はムズすぎる」といって笑っていた。ひらがなとカタカナまでは簡単だという外国人は多い。だが漢字を勉強しはじめて挫折する。カンタン(簡単)からコントン(混沌)に叩き落される。

もし日本にきたら「ジブリの映画で何が好き?」という質問は、あらゆる世代でポピュラーな話題だから、あなたはすぐに人気者だよと伝えた。ある意味では残酷な情報かもしれなかった。だけど今はたのしく話したかった。社会も政治もほっとけばいい。「トトロ最高!マスターピース!」といって、いっしょに盛り上がれる時間がうれしかった。

紛争を抱えて、混迷を深める社会の息苦しい状況のなかで、「火垂るの墓」が彼にどのように響いたのだろうか。いちばん好きだという理由をわたしはずっと考えている。


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