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ルイス・バラガン|フォトジェニックな建築

「フォトジェニックな建築をつくる」と人に言われたら、設計者は「それって褒めてるの?」と戸惑ってしまうんじゃなかろうか。

なんとなく「チャラい」という意味にも聞こえるし、「建築としては今ひとつだけど写真としてはいいね」ということかと勝手な深読みをしてしまうからかもしれない。

私がルイス・バラガンの建築にあえて「フォトジェニック」という言葉を使ったのは、そのどちらでもない。最も敬愛する建築家バラガンに対して、そんな悪口を言うはずがないのだ。


ルイス・バラガンとは


ルイス・バラガンは、メキシコで多数の建築(その大部分が住宅)を設計した建築家だ。メキシコでは最も有名な建築家であり、近代建築における功績が大きく世界的にも人気がある。

代表作は自邸である「バラガン邸」のほか、「ヒラルディ邸」「トゥラルパンの礼拝堂」「サン・クリストバルの厩屋」など。ピンクや黄色などのカラフルな色彩、光の巧みな使い方、自然環境との調和、といった特徴がある。


バラガンの建築を訪れる観光客の中でも、日本人は多いらしい。地理的にも精神的にも(治安が悪いし)アクセスしづらい場所なので、これは意外だった。

バラガン建築と日本の建築は一見すると全然違うのだけれど、通ずるものがある。心底明るいのではなく、どこか闇がある印象だ。バラガンの空間には陽だけでなく陰の要素が大切に、そして慎重に生み出されていると感じる。


『ルイス・バラガン 空間の読解』

今回の記事はこの本を主に参考にさせていただいた。私の知る限り、日本で出版されているバラガン関連の本の中では最もわかりやすく、情報が豊富な本だった。バラガン建築の特徴を以下6つの大項目に分け、実例や(おそらく)描き下ろしの図とともに解説している。

1. 回遊性|2. スケールと素材|3. 内向性|4. 庭|5. 重層性|6. 色彩と光

建築家ごとにこれだけ親切な解説書があったら、建築を学ぶのはもっと楽しいだろうな……。そう思わせてくれる一冊。


ファインダー越しに見る空間


バラガンの作品集を見てみると、掲載された写真の美しさは単なる「建築写真」を超えて「芸術」に近く感じられる。日本や世界のさまざまな建築家の作品集を眺めてみても、“建築物として”でなく“写真として”素直に美しいと思える人は、バラガン以上にいないかもしれない。



その理由の一つだろうと思われる事実が、先ほど紹介した本に書かれていた。

バラガンは、主に「パース(透視図)」を用いて建築を考えていたようなのだ。

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パースというのは、私たちが実際に見ている三次元のものの見え方を再現する画法。消失点を決めてすべての線をそこに集めるように絵を描いていき、ものの見え方を矛盾なく紙の上に再現する。立体物のデザインには欠かせない。

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出典:【パース入門講座】遠近感のある絵が描きたい!【透視図法】


建築家で、パースを描けない人はいない。

けれども設計において用いるのは、どちらかといえば「平面図」「断面図」といった二次元で表現する図面だ。簡単に言うと、建物を水平/垂直に輪切りにした図。数字を用いて実際の建物を考える際にこうした図面は整合性が取りやすいし、施工者との意思疎通も正確にできるからだ。

しかしバラガンは、パースを用いて設計していた。設計する建物のパース(スケッチ)を自分の手で描いてイメージしたら、図面を引くのはスタッフにやらせて、バラガンは横から口を出すだけだったという。

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「巨匠ならそんなもんでしょ?」

と言う人がいるかもしれない。確かに、巨匠といわれる建築家は自分で手を動かすというより、アイデアやイメージだけスタッフに与えて図面を引かせることが多い。

でも、勝手なイメージだけど、住宅を主に手掛ける建築家(住宅作家ともいう)は自ら図面を引くことに喜びを感じる人が多いし、「朝食室」と「夕食室」をわざわざ分けてしまう(彼の自邸はそうなっている)ような性格のバラガンって、きっとこだわりが強くて全部自分でやりたい人なんだろうな……と思っていた。

だから意外な事実だった。

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なぜバラガンはパースを使って考えたのか。簡単なことで、ある場所に立ったときに、その視点で建築がどう見えるかが何より大事だったのだろう。

また、彼は趣味で写真を撮る人だったようで、自分の設計した建物の写真は綿密にアングルや構図を指示をし、写真家に撮影させていたという。

……という話を総合すると、彼の頭には設計段階から「この場所からこの方向を写すといい絵(写真)が撮れそうだ」という構想があって、それを比較的重要視していたのだろう。

バラガンの作品集に載る写真が芸術的に感じられる理由はここにある気がする。


バラガン建築の特徴


そう言われてみれば、バラガン建築の魅力としてわかりやすい「カラフルな色彩」や「光の巧みな使い方」は、どちらも写真における重要な要素である。(モノクロの場合は別として)美しい写真において、色彩と光のバランスはどちらも疎かにできない。

さらに、先ほどの本で解説されていたバラガン建築を読み解く6つの特徴をみてみると、

1. 回遊性|2. スケールと素材|3. 内向性|4. 庭|5. 重層性|6. 色彩と光

「スケールと素材」「庭」「重層性」もバラガン建築の“写真映え”に大きく貢献している。

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例えば「スケール(寸法)と素材」。

バラガンの名作といわれる住宅は大きいもの、つまり豪邸が多かった。バラガン自身は裕福な育ちだったので、大きなスケールの住宅を考えることにはそこまで苦労しなかったようだ。でも、ただ大きくつくってしまうと、スカスカで薄っぺらな空間になりがちだ。

そこでバラガンは、置く家具のデザインまで自ら手掛けた。分厚い木の板に、ごつすぎるほど太い角型の脚を生やしたテーブル。日本の住宅に置いたらたぶん不釣り合いだけれど、コンクリートの堅牢な構造でつくられた大きな空間にはその野暮ったさが映え、空白を補い、魅力を増した。

他にも、一見するとただの白い壁も下地が荒いモルタル仕上げだったり、外部用の石畳を室内に使っていたりと、重厚感を与える工夫がたくさん散りばめられている。


「庭」、つまり緑の存在が写真においてどれだけ大事かは、説明するまでもないと思う。

そして「重層性」。

バラガンは、遠くまで見通せるようにするのではなく、あえて何回か視線を止める障害物(アイストップ)を配置する手法をよく取っていた。(この話は本に詳しく解説してあったのでよかったらぜひ読んでみてください。)

実際につくられたバラガンの建築で見てみると、たくさんのレイヤーを重ねたような見え方(重層性)は、写真の奥行きを強調し、場面を印象的にする。

こうした情報は、平面図や断面図では得られない。紙の上の図形がどのくらい遠くにあるかはせいぜい線の濃淡でしか表現できないからだ(10cm先でも10m先でも、同じ大きさで描かれてしまう)。


写真映えは当然のことだった


バラガンは「写真に映える空間」というシンプルな思惑で設計していたのかもしれない(実際にやっている操作はシンプルではないけれど)。そう思うと心が揺さぶられた。

「写真映えを意識するなんて当たり前じゃん」と思う人がいるかもしれない。

考えてみれば、そうなのだ。

空間は五感で感じるもので、五感のうち使っているメインの機能は視覚だ。だから、目で見て一番よい状況を考えることは最も素直で、第一歩としてそれ以上も以下もないと思う。


でも私は、ずっと空間について考えていると、人間には空間をつかむ「第六感」のようなものがある気がしてしまっていた。

「空間の良さが複数の要素(明るさ、質感など)で決まっている」という事実を、「受け取る側の感覚が複雑である」という風に、読み違えてしまっていたのかもしれない。

あるいは、建築的に“面白い”とか“美しい”と言われる平面、断面を追い求めるクセがついてしまって、単純な視覚情報に空間の良さが左右されることを置いてけぼりにしてしまったかもしれない。

事実、バラガンの建築は個々のシーンの集積として秀逸な一方で……だからこそと言うべきか、全体のプラン(平面)はそこまで整っていない印象を受ける。

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「フォトジェニック」は、“写真映りだけ”という意味ではない。もちろん“チャラい”という意味でもない。バラガンが彼の視点で設計した空間の美しさを称賛して使った言葉だ。

バラガンだけでなく古いもの、新しいもの、いろんな建築や建築写真を見るときに感じる「いいな」とか「何かが違うな」という感覚を、もっと丁寧に解きほぐしてみれば、バラガンの良さがよりわかってくるかもしれない。

バラガンは、誰かに師事するというよりは実践を重ねて自らの建築を確立していった人だ。芸術的な興味も強かった。そのこともたぶん彼のスタイルに影響したのだろう。


メキシコシティで見られるバラガン建築


つたない言葉ばかりですが、バラガンの建築は見返すたびに感銘を受けるので、なんとか伝えたくて書いてみました。

最後にいくつか、私が実際にメキシコで訪れたバラガン建築の写真を貼っておきます。いずれも首都メキシコシティ内にあります。

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自邸「バラガン邸」。外観はひっそりとしていて、有名な建築家の作品とは気づかないかもしれない。

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世界遺産になっている個人邸。

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バラガン邸と合わせて、隣の「オルテガ邸」の庭も見学できました。強い日差しの中にブーゲンビリアの花が鮮やかで、いかにもメキシコらしい。

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室内にプールがあることで有名な「ヒラルディ邸」もメキシコシティにあって、比較的行きやすい。個人邸になっていて観覧料がけっこう高かった記憶があります。

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「トゥラルパンの礼拝堂(別名カプチーナス修道院)」の外観も、派手ではない。少し郊外にあって、しかもスペイン語で予約の電話をしなければいけないのでハードルが高いけれど、涙が出るほど感動する静謐な空間です。

「サンクリストバルの厩屋」は行けなかったけれど、いずれ絶対に行きたい場所の一つです。「プリエト・ロペス邸」も見れたら見てみたい。


私はグアテマラから陸路でメキシコに入国し、1ヶ月ほど一人でうろうろしました。メキシコは魅力ある国です。近いうちにメキシコの旅行記も載せたいと思っています。

カメラ:Nikon F3 HP
レンズ:Nikon Nikkor 35mm 1:2.8 / 50mm 1:1.4
フィルム:efiniti UXi ISO200

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