そのさよなら、代行します|脚本

※原案付きコンクールの落選作となります
https://note.com/info/n/n2293e820722f

※縦書き版となります↓


あらすじ

まさる(40)は「さよなら代行業者」なる風変わりな稼業をしていた。

別れに関する事柄のみを扱う何でも屋であり、はした金と引き替えに依頼主の「さよなら」を引き受ける日々だ。

ある日、まさるは小林京子(30)から、「最愛の人から送られてきた一通のメールを消去して欲しい」と依頼される。

京子が示した謝礼は100万であり、つまり、ワンクリックで100万の報酬。

怪しさを感じつつも金に目がくらんだまさるは依頼を受けるが、よからぬ想像が働いてメールを消せぬまま時が過ぎてゆく。

悩み抜いた末、どうにかメールを消去するまさるだったが、何かが起こる気配はない。

以来、その一件が気になって仕方ないまさるは謝礼を受け取るさい、「なぜ大金をくれるのか?」と京子へ訊ねる。

一年前。京子は恋人からさよなら代行業者を介して一方的に別れを告げられていた。そして京子に別れを伝えたのが他ならぬまさるだった。

京子は理不尽な「さよなら」を突然突きつけたまさるを恨み、大金と引き換えにまさるを自分と同じ目に遭わそうと企んでいたのだった。

京子はまさるの質問に答えず、「さよなら」と一言だけ告げると、悠然と去ってゆく。

登場人物

まさる(40) さよなら代行業者社長
一馬(25)  従業員
さちか(24) 従業員

小林京子(30) 謎の依頼主

居酒屋店


脚本

○雑居ビル・外観
  個室ビデオやら雀荘やらの看板に混じって『さよなら代行』の看板。

○さよなら代行事務所・事務室
  まさる(40)、机に座り、電話をしている。
まさる「朝倉様に代わって私がしっかりと先方に別れの言葉を告げさせて頂きました。朝倉様と先方との関係は完全に解消されました…お気になさることはありません…こういうじゃありませんか。『さよならだけが人生だ』。長い人生『さよなら』の一つ一つをいちいち気にしてたら身が持ちません。依頼主様の負担を少しでも避けるために私共『さよなら代行』業者がいるのです」
  一馬(25)、入ってくる。
  何やら満身創痍だ。
まさる「…ええ、領収証は後日郵送させて頂きます。では、また何かございましたら(と電話切る)」
一馬「(不機嫌に)社長」
まさる「おう。ご苦労だったな」
一馬「ご苦労じゃないですよ。ゴキブリ退治のどこが『さよなら代行』なんですか?」
まさる「依頼主が部屋にいるゴキブリと『さよなら』するだろ? 俺たちの受け持ちじゃないか」
一馬「そんなムチャな…5時間ゴキブリ追い回して5000円ですよ。アルバイトの方が時給いいじゃないですか」
まさる「愚痴をいうな。うちも相当に厳しいんだ。仕事があるだけマシだと思え」
  さちか(24)、別室からやってくる。
さちか「(一馬の背中を見て)あ。ゴキブリ」
一馬「え?! どこ!!」
  とパニック。
さちか「社長。今月給料日が遅れたら、私、辞めますからね」
まさる「(困る)わかってるよ…とにかく仕事だ。はした金でも引き受けろ」

○タイトル

○さよなら代行事務所・エントランス(数日後)
  ドアが開く。
  幽霊のようにか細い女、小林京子(30)が入ってくる。
  さちか、気づいて、
さちか「(不気味さに呆気にとられるが)…いらっしゃいませ。ご用件は何でしょうか?」
京子「…依頼を頼みたくて」
さちか「かしこまりました。こちらへどうぞ」
  と京子を応接室に案内する。

○同・応接室
  まさる、京子と向き合っている。
  京子の手もとに1台の携帯電話(ガラケー)。
まさる「つまり、話を整理しますと、小林様がお使いになっていたそちらの携帯電話に残されている1通のメールを、小林様に代わって私共の方で消去して欲しい。そういうことでお間違いないでしょうか?」
京子「ええ…」
まさる「ちなみにそのメールとはどういったもので」
  京子、携帯電話を操作する。
  京子、まさるに携帯電話を差し出す。
  まさる、携帯電話の画面を見る。
  画面に以下のメール文。
  『君を愛している』
京子「最愛の人からもらったメールです」
まさる「…」
京子「自分ではどうしても消せなくて…」
  まさる、京子を見て、
まさる「(怪訝そう)弱りましたな。ボタンを押すだけという依頼は初めてでして」
  京子、カバンを漁り、封筒を取り出す。
京子「謝礼はこれで」
  と封筒を差し出す。
  まさる、封筒を取り、封筒の中を覗く。
まさる「(驚く)」
  封筒の中に万札の札束。50万はある。
京子「…足りませんか?」
まさる「(取り繕う)…まァこんなものでしょう」
京子「前金で50万あります。メールを消去して頂いた後、もう50万でどうでしょうか」
まさる「(息をのむ)ええ。充分かと」
京子「一つだけ条件があります」
まさる「といいますと」
京子「必ずあなた自身の手でメールを消去してくだい」
まさる「はぁ…」
  まさる、訝しげに京子を見る。
まさる「では、この場でご依頼を実行して差し上げることもできますが」
京子「いけません。私が帰ってからにしてください」
まさる「しかし、それだと小林様にお手間を取らせてしまうことに…」
京子「いいんです。メールが消されるのを見てしまうほど恐ろしいものはありません」
まさる「…」

○同・エントランス~事務室
  京子、去っていく。
  まさる、京子を見送ると、事務室へ向かう。
  まさる、机にすわり、例の携帯電話を手に取る。
  携帯電話をいじり、画面に以下の文字。
  『メールを消去しますか?』
まさる「…」
  まさる、ボタンを押せずにいる。
  と、一馬、別室から出てくる。
まさる「(一馬へ)おう。ちょっと銀行で金おろしにいってくる。今さっき依頼入ったから軽く済ませといてくれ」
一馬「…怪しい依頼、人に押し付けないでくださいよ」
まさる「聞こえてたのか」
一馬「丸聞こえですよ。ここの壁薄いんですから」
  さちか、湯飲みを手にやってくる。
まさる「さっちゃんはどう思う?」
さちか「シンプルに怪しすぎですね」
まさる「…」

○居酒屋・店内(夜)
  まさる、一馬、さちか、飲んでいる。
  まさる、例の携帯電話を手持ち無沙汰に眺めている。
一馬「社長。怖いからって僕たちを巻き込もうとしないでくださいよ。社長が直々に指名を受けた依頼なんですから」
まさる「部下を飲みに誘っただけだろ」
一馬「何か裏がありそうでメール消すのが怖いんでしょう」
まさる「怖くねえよ」
一馬「(携帯電話を見て)じゃボタン押してくださいよ」
まさる「別に怖くはねえんだよ」
一馬「わかったから押してください」
まさる「…どうだろう。3人でジャンケンして負けた奴が消すってのは」
一馬「やっぱ怖いんじゃないですか」
まさる「怖くはねえよ」
  店員、やってきて、
店員「焼き鳥の盛り合わせお待たせしました!」
  と皿をテーブルに置く。
一馬「(呆れる)イタズラですって」
まさる「イタズラってな、100万だぞ?」
一馬「YouTuberなんですよ、あの客。そのケータイにカメラが仕込んであって、社長の反応を楽しんでるんですよ」
まさる「…」
一馬「さちかちゃんも何かいってやれよ」
さちか「うーん(と考える)…あ!」
まさる「?」
さちか「ボタンを押すと爆発する。とか」
一馬「どういうこと?」
さちか「よくあるじゃないですか、アニメとかで。携帯電話が起爆スイッチになってて、ボタンを押すとーー」

○イメージ映像
  ビルが大爆発。

○(戻って)居酒屋・店内
まさる「それだ」
一馬「いやいや、ありえませんって」
まさる「あの客はテロリストなんだ。テロの片棒を俺に担がせようって腹だ」
一馬「ないですよ」
まさる「じゃあお前押せよ(と携帯電話を押し付ける)」
一馬「社長が指名を受けたんでしょ」
まさる「関係ねえよ」
一馬「全然ありますよ」
まさる「お前、怖いんだろ。若いくせに。何歳だ?」
一馬「年は関係ないでしょ」
まさる「(覚悟し)…わかった。押すぞ」
  まさる、携帯電話を見る。
  画面に以下の文字。
  『メールを消去しますか?』
  まさお、『はい』にカーソルを合わせ、ボタンに指先を伸ばす。
  指先が震える。
  と携帯電話からアラームが大音量で鳴る。
まさる「(仰天)うわつあっっっ!!!」
  まさる、思わず携帯電話を放り出す。
  床に転がる携帯電話。
  男2人、さちかの背後に隠れる。
さちか「(携帯電話を拾って)大丈夫。アラームが設定されただけみたいです」
  2人、ばつが悪い。
まさる「(一馬へ)お前も怖いんじゃねえか」
一馬「…」
  アラーム、止まる。
  まさる、携帯電話を手にする。
  まさる、再びボタンに指を構える。
さちか「…あ!!」
まさる「(ビビる)」
一馬「今度は何なの?」
さちか「ボタンを押すと1週間以内に死ぬ。とか」
まさる「…」
さちか「ホラーの定番じゃないですか」

○イメージ映像
  井戸から出てくる髪の長い女。
  絶叫するまさる。

○(戻って)居酒屋・店内
まさる「それだ」
一馬「そんなオカルトありえませんよ」
まさる「あの女、不気味だったし、それだよ」
一馬「違いますよ」
まさる「じゃあお前押せよ(と携帯電話を押し付ける)」
一馬「社長が指名を受けたんでしょ」
まさる「関係ねえよ」
一馬「全然あり…」
さちか「(叫ぶ)あっ!!」
一馬「…」
さちか「ボタンを押すと5億年生活がはじまる。とか」
まさる「なんだそれは?」
さちか「知りませんか? 『5億年ボタン』の話。ボタンを押すと100万円もらえる代わりに5億年を一人で過ごさなきゃいけないって話。有名じゃないですか」

○イメージ映像
  5億年の世界。
  5億歳のまさる。

○(戻って)居酒屋・店内
まさる「それだ」
一馬「ないですね」
まさる「謝礼が100万ってのもつじつまがあう」
一馬「バカバカしいですよ」
まさる「(一馬を睨む)」
  まさる、さちかを愛想良く見る。
まさる「さっちゃん、俺の代わりに押してって頼んだら押してくれる?」
さちか「(きっぱり)嫌です」
まさる「…」
  店員、やってきて、
店員「こちらお下げしますね」
  空のジョッキを片づける。
まさる「(腹を決める)よし! 押すぞ!」
一馬「押しちゃってください」
  まさる、携帯電話のボタンに指を構える。
  画面に『メールを消去しますか?』の文字。
まさる「気合いを入れろよ!」
一馬、さちか「(緊張)」
  まさる、ついに押す。
  携帯電話画面に次の文字。
  『メールを消去しました』 
  あっけなくメールが消える。
さちか「…何も起きませんね」
一馬「ほら。やっぱり何でもないんですよ」
まさる「…」

○さよなら代行事務所・応接室(後日)
  まさると京子、座っている。
  まさる、万札の束(50万)を数えている。
まさる「(数え終え)確かに拝受いたしました。こちら領収証となります」
  と領収証を差し出す。
京子「(受け取る)じゃこれで」
  京子、立ち上がる。
まさる「…」
  まさる、京子を事務所の出口まで案内する。
  京子、軽く黙礼し、ドアから出ていく。
まさる「あ、あの…」
京子「(立ち止まる)」
まさる「失礼かもしれませんが」
京子「…」
まさる「メール一つ消したくらいでなぜ大金を支払って頂けるのか。実のところ、私はそれが気になって仕方がない」
京子「理由はありません」
まさる「いやしかしそれでは」
京子「…じゃ、一言だけ、あなたに言わせてもらいます」
まさる「(身構える)…」
  京子、何か口を開いてーー
京子M「この男の『さよなら』は私を地獄に突き落とした」

○公園(回想)
  ベンチに座る京子、携帯電話を取り出す。
  新着メールはなく、ため息をつく。
京子M「最愛の恋人からの連絡が途絶えて2ヶ月。そんな時だった」
  携帯電話、鳴る。
京子「(はっとする)」
  携帯電話を見るが、知らない番号だ。
  京子、電話に出る。
まさるの声「小林京子様でしょうか」
京子「そうですけど…」
まさるの声「私『さよなら代行業者』の者です。平山様から小林京子様宛てに別れのメッセージを言付かっております。読み上げさせて頂きます。『君とはもう会えないし、メールもできない さよなら』。以上となります。ご確認頂けましたでしょうか」
京子「(戸惑う)ちょっと待ってください…何が何だか…」
まさるの声「申し訳ありませんが、平山様から頂いた料金の都合上、これ以上のお電話は控えさせて頂きます。では失礼します(と電話切れる)」
京子「…」
京子M「恋人のことも許せなかったが、あまりに不躾な、そして理不尽な『さよなら』を言い放ったこの男が許せなかった」
  京子、携帯電話の画面を見ている。
  画面には『君を愛している』との恋人からのメール。
  京子、メールを消そうとするが、消せない。
  京子、涙がこぼれる。
京子M「だから、この男にも、私がされたように、理不尽な『さよなら』を告げてやろうと決めた。理解不能で、いつまでもしこりとして残るような『さよなら』を」

○(戻って)エントランス
  対峙するまさると京子。
京子「(不気味に微笑み)さよなら」
まさる「(呆然)…」
  京子、悠然と去っていく。

              (おわり)

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