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オーラスの彼方へ|創作大賞応募作

※脚本形式での応募となります
※麻雀を題材にしております
※ファイルは縦書き版となります


梗概

名も無き麻雀プロの大石晴彦(38)は株に手を出して多額の借金を背負ってしまう。

実家に帰省する晴彦だったが、折り合いの悪い母親へ借金の相談を切り出せずにいた。

ブルームーンが浮かぶ夜だった。

晴彦は33年前に死んだ父が使っていた古い携帯電話を見つける。使えるはずのない携帯電話に電波が入ったことで晴彦は不審に思う。

晴彦は冗談半分で父の電話番号へかけると、電話口から聞こえてきたのは死んだはずの武雄(31)の声だった。

33年前の今日もブルームーンが出ていた。

武雄が幼い晴彦(5)に優勝の約束をして出場した麻雀大会。その決勝戦のオーラス。

武雄はゲンが悪いとの理由でブルームーンに似たイーピンを切ったことで優勝を逃し、その帰り道、やけ酒が原因で車に轢かれて命を落とす。

ブルームーンの不思議な力が自分たちを繋げたのだと確信した晴彦は、武雄に正体を明かし、「オーラスはイーピンで待て」と忠告する。

晴彦の言葉を信じた武雄は大会に優勝し、生きて幼い晴彦のもとへ帰ってくる。

時空を超えた親子の交流が続く中、桜庭翔一郎(59)による立てこもり事件が発生する。

桜庭は33年前の大会の優勝者であり、現在はカリスマ投資家だったが、武雄が優勝したことで未来が変わってしまったのだ。

晴彦と武雄は優勝賞金を33年前の桜庭に渡すことで事態の収拾を図ろうとするが、勝負師の矜持から桜庭は金を受け取らない。

困った武雄は人生が破滅するのは自分が原因だと桜庭へ明かした上で、因縁に決着をつけたいのなら自分の息子が相手になると告げる。

武雄は結局大会の一年後に病死してしまう運命にあり、33年後には生きていなかった。

武雄の一言によって再び未来が変化し、桜庭は晴彦に大金を賭けた麻雀対決を要求する。

息子の勝利を疑わない武雄に晴彦は苛立ちを募らせ、自分は借金まみれの負け犬であり、父が望んだ息子にはなれなかったと明かす。

ブルームーンの光が弱まり、親子の別れを予感させる中、親子のわだかまりを拭えぬまま晴彦と桜庭の勝負が始まる。

死闘の最中、突如として桜庭は本来の姿に戻ったことで、晴彦は困惑しつつも未来が変わったことを知る。

実は33年前の同時刻、晴彦のために武雄もまた桜庭と麻雀勝負をしていた。

桜庭に勝った武雄は優勝賞金を桜庭に貸し、33年後に息子に返すよう頼んだのだった。

33年の時を超えて優勝賞金が父から子へ受け渡され、晴彦は借金を清算する。

晴彦と武雄は親子の絆を取り戻し、ブルームーンの薄れゆく光を見上げながら、確かな愛情の中で別れを告げるのだった。


《登場人物》

大石晴彦(5)(38) 麻雀プロ
大石武雄(31)    晴彦の父

桜庭翔一郎(26)(59) 投資家
大石優子(28)(61)  晴彦の母
大石あけみ(33)    晴彦の妹
大石陸(5)      晴彦の甥
奈良原(33)(66)  武雄の友人
垣内 (33)(66)  武雄の友人


脚本

○雑居ビル・外(夜)
  夜空に浮かぶ満月が青白い光を放っている。

○同・雀荘・店内
  カーテンで閉ざされた室内。
  大石晴彦(38)が客1、2らと卓を囲んで麻雀をしている。
  晴彦の足下に雀荘客にしては不釣り合いな大きなボストンバックが置かれている。
  テレビからニュースが流れる。
アナウンサーの声「日経平均今日の終値は21120円。2015年に発生したギリシャショック以来の下げ幅を記録しています。連日続く厳しい下げ相場。ダウは本日も大きくマイナスからスタートしており…」
晴彦「…」
  客1、ちらとカーテンを覗き、
客1「不気味な夜っすね」
客2「ブルームーンだよ。33年ぶりだとさ」
客1「俺まだ生まれてないすよ。チー」
客2「ちょうどバブル全盛期の頃だ」
客1「マンション麻雀の時代すか? ポン」
客2「さっきからよく鳴く人だね」
客1「鳴かないと勝てないすから。ポン」
客2「(煙草をふかす)マンション麻雀か。俺も昔はドでかいレートでやったよ。それに比べると今の若者は大人しいよねえ…リーチ」
  晴彦、イーピンをツモる。
晴彦「…(考える)」
  手牌はこうだ。
  11336688万33筒55索北 ツモ1筒(イーピン)
  晴彦、イーピンをツモ切りする。
客2「ロン。12000」
晴彦「(唇を噛む)」
  晴彦、点棒を支払う。  
  晴彦、青い月のようなデザインのイーピンをじっと見つめる。
  そのイーピンと重なるように…

○夜空に浮かぶブルームーン

○大石家・玄関(翌日)
  晴彦、ボストンバッグを手に立っている。
  母優子(61)、呆気にとられて立っている。
優子「何よ。お盆でもないのに」
晴彦「…(ばつが悪い)」

○同・リビング
  晴彦の甥の陸(5)、プラレールで遊んでいる。
  晴彦、陸の遊ぶ姿を何となく見ている。
  その晴彦をキッチンで優子が不機嫌そうに見ている。
  玄関のドアの開く音がする。
声「ただいまー」
  妹あけみ(33)、買い物袋を両手にやってくる。
あけみ「お母さん、ネピアのトイレットペーパー間違えてシングル買っちゃ…」 
  あけみ、晴彦に気づく。
晴彦「(あけみへ)…よぅ」
あけみ「お兄ちゃん…」
晴彦「(何となく気まずい)」
あけみ「(優子へ)え? なんでいるの?」
晴彦「…」
優子「急に帰ってきたのよ、ずっと連絡もよこさないで」
晴彦「…」
あけみ「(陸へ)おやつにするからそれ片付けちゃいな」
陸「やだ!」
あけみ「やだじゃないでしょ。じゃおやつ抜きだよ」
陸「やだ!」
晴彦「(やりとりを見ながら)…」

○同・廊下(夜)
  陸、物置と化した押し入れをごそごそ漁っている。
陸「(何かを見つける)」

○同・リビング
  晴彦、あけみ、優子、テーブルを見下ろしている。
  視線の先に一台の古い携帯電話。

○大石家・リビング(夜)
  あけみ、古めかしい携帯電話に充電器を差し込んでいる。
  優子、携帯電話を見て、
優子「またずいぶんと懐かしいものを引っ張り出してきて。とっくに処分したと思ってたけど…」
  晴彦、携帯電話の白茶けた説明書を何となしに読んでいる。
あけみ「(優子へ)何年前の携帯?」
優子「いつだったかしら」
あけみ「使えるの?」
優子「まさか使えないでしょ」
あけみ「(携帯の裏を見て)げ。1990年製じゃん。33年前?」
  陸、隠れていたテーブルの下から顔を出す。
陸「(じれったい)まだ?!」
あけみ「もう使えないってよ」
  あけみ、適当にいじくるが、電源すらつかない。
あけみ「(あきらめる)」
優子「(晴彦へ)あんた見てあげれば。説明書読んでるんだから」
あけみ「ほい(と晴彦に携帯を渡す)」
晴彦「…」
  晴彦、携帯を適当にいじくる。
  陸、そばでその様子を見ている。
あけみ「てか誰の携帯なわけ?」
優子「お父さんのよ。あんたたちの」
あけみ「あーでも古い割には綺麗だけど」
優子「そうねえ。買ったはいいけどほとんど使わないまま死んじゃったから」
  晴彦、携帯を色々いじるが、だめ。
晴彦「やっぱ無理だ(と陸へ携帯を渡す)」
  陸、携帯をいじくる。
陸「(飽きる)つまんない!」
  陸、古い携帯を放り投げる。
  携帯電話が晴彦の足下に落ちる。
  陸、リビングを飛び出す。
あけみ「(陸へ)寝る前に歯磨きしちゃいな!」  

○夜空に浮かぶブルームーン

○大石家・リビング
  優子、台所で皿を洗っている。
  つけっぱなしのテレビからニュースが流れる。
アナウンサー「…連日夜空を賑わすブルームーン。一方で株式市場は大きな混乱に見舞われています。日経平均の終値は20800。本日も大幅マイナス。ブルームーンショックと名付けられた世界同時株安はアメリカ市場でも…」

○同・晴彦の部屋
  晴彦、スマホ片手に勉強机に座っている。
  机の上に父の携帯。
  晴彦、スマホ画面を見いっている。
晴彦「…」
  スマホ画面に証券会社のサイト。
  以下の文字。
  「評価損益額-3958000円」
  「3営業日以内に追加保証金が振り込まれない場合は強制決算となります」
晴彦「(顔が歪む)」
  晴彦、サイトを閉じると、電話をかける。
  相手、出る。
晴彦「俺だけど…」
声「おう晴彦。悪い今忙しいんだけど…」
晴彦「…例の株のことだけど」
声「あー。あれか」
晴彦「聞いてた話と全然違うんだけど」
声「え? いや大丈夫だって」
晴彦「大丈夫っていうか」
声「笑っちゃうよ。買った途端にブルームーンショックで大暴落。俺もお前もツイてねえよな」
晴彦「俺はお前が間違いないっていうから」
声「そんなガチなトーンになるなって。俺だって損してんだから」
晴彦「…」
声「晴彦。俺たちは仮にも麻雀プロだろ? 麻雀打ちが損得のことでとやかくいうなよ。最後はお前が得だと思ったから俺の話に乗ったんだろ?」
晴彦「…」
声「もうちょいしたら暴落も終わるよ。そしたら一気だよ。昇竜拳だよ」
晴彦「…今日証券会社から追加保証金の連絡がきた。3日後までに30万払えなきゃロスカットだ」
声「だからここは我慢のし時だ。あとは握力勝負だ」
晴彦「(キレる)我慢する金がもうないんだよ。レバレッジで信用買いしろっていったのは誰だよ」
声「…あ、悪い…知り合いきたから切るわ」
晴彦「おい。待てって」
  電話、切れる。
晴彦「…」

  ×   ×   ×

  晴彦、眠っている。
  勉強机の上に父の携帯電話。
  カーテンの隙間から差し込むブルームーンの青白い光に照らされる携帯電話。
  突然、携帯電話の画面が明るくなる。
  画面に電波マークが表示される。

○同・同(翌日)
  晴彦、勉強机に座っている。
  握りしめたスマホの画面に以下の文字。
  「評価損益額-4238000円」
  さらに膨らんだ株の損失額。
晴彦「(ため息)」
  晴彦、父の携帯電話が目に入る。
  いつの間にか電源が入っている。
晴彦「…?」
  晴彦、父の携帯をいじる。
  キーを押すとちゃんと音がする。
  電波アイコンも出ている。
晴彦「…」
  試しに「090××××」と自分のスマホの電話番号を入力し、発信キーを押してみる。
  晴彦、父の携帯に耳をあてる。
「(ノイズ音)…は現在…使われ…おり…」
晴彦「(驚く)」
  背後から声がする。
優子「帰らなくていいの?」
晴彦「(振り返る)」
  ドアの前に不機嫌な顔の優子が立っている。
晴彦「びっくりした。ノックくらいしろよ」
優子「したわよ」
晴彦「(父の携帯を見せ)…なんかこれ使えるみたいだけど」
優子「何いってんのよ」
晴彦「今自分のスマホにかけてみたら…」
優子「(聞いていない)あんた今日もここに泊まる気なの? 仕事は?」
晴彦「(やや逡巡して)…あのさ」
優子「…」
晴彦「ちょっと頼みがあるんだけど」
優子「いやよ。お金のことなら」
晴彦「…」
優子「何があったかしらないけど急に帰ってこられてもね。ろくに連絡もよこさないで」
晴彦「…別に金のことじゃないよ」
優子「(疑う)そう?」
晴彦「(黙り込む)」
優子「あけみもそうだけど。このご時世だからってニートみたいに二人して家に居つかれてごらんなさいよ。たまったもんじゃないんだから(と愚痴る)」
晴彦「…」

○同・リビング
  テレビから昼のワイドショーが流れている。
  あけみと優子、見ている。 
  晴彦、やってくる。
晴彦「(父の携帯を見せ)これの電話番号って知らない?」
優子「何?」
晴彦「この携帯の電話番号」
優子「そんなの知ってどうすんのよ」
晴彦「いや別に」
優子「どっかに書いてないの?」
晴彦「書いてないから聞いてるんだけど」
  晴彦、テーブルの脇に置かれた携帯の説明書を手に取る。
  よく見ると、説明書の裏面に数字の走り書きがある。
  040 12 89112ーー
晴彦「…」
優子「あの人なら知ってるかもね。お父さんの知り合いだった奈良原さん。ラーメン屋の」
晴彦「ああ…」
優子「今どこのラーメン屋も物価高で大変みたいだし。顔見せにいってあげたら喜ぶんじゃない?」
晴彦「…ねえ。昔の電話番号って10桁?」
優子「え? そうかもね」
晴彦「…」

○同・晴彦の部屋
  晴彦、自分のスマホを使い、父の携帯番号を入力していく。
晴彦「040 12 89 112…ペンチャン地獄だな」
  晴彦、発信ボタンを押す。
  スマホから以下の音声。
「こちらはNTTです。お客様がおかけになった電話番号は現在お取り扱いしておりません。番号をお確かめになって…」
晴彦「(馬鹿馬鹿しくなる)」
  晴彦、スマホを机に置く。
  晴彦、父の携帯を机の引き出しにしまおうとするが、手がとまる。
晴彦「(考える)」
  晴彦、今度は父の携帯を使って「040」と父の電話番号を入力していき、発信ボタンを押す。
  呼び出し音が鳴る。
晴彦「…?」
幼い声「(電話口から)もしもし」
晴彦「(絶句する)」
幼い声「もしもし」
晴彦「…もしもし」
幼い声「お父さんに用ですか?」
晴彦「…えっと…君は?」
幼い声「大石晴彦。5才です。好きな食べものはシュークリームです」
晴彦「…」
幼い声「…」
晴彦「もしもし?」
幼い声「もしもし」
  晴彦、動揺する。
  電話口から男の声がする。
男の声「(代わって出る)もしもし」
晴彦「…」
男の声「もしもーし。どちらさんですか?」
晴彦「…」
  晴彦、思わず電話を切る。
晴彦「…」
  晴彦、呆然とする。
  その手に握られた携帯電話と重なって…

○大石家・リビング(33年前)
  携帯電話を握る男のいかつい手。
  武雄(31)、携帯をテーブルに置く。
武雄「(首をかしげる)」
  晴彦(5)、武雄を見上げて、
晴彦「だれ?」
武雄「イダズラ電話だ」

○ラーメン屋・外(現在)
  『發王軒』の看板。

○ラーメン屋・中
  がらりとした店内。
  主人の奈良原(66)が厨房で暇そうに雑誌を読んでいる。
  カウンター席で垣内(66)がラーメンをすすっている。
  入口のドアが開く。
  晴彦、やってくる。
奈良原「…らっしゃい」
  と晴彦を見る。
奈良原「(意外な顔になる)」
晴彦「(頭を下げる)」

     ×    ×    ×

  カウンターに垣内と晴彦。
垣内「リーグ戦ダメだったか。まァまた次があるよ。麻雀なんて運試しみたいなもんだ。いくら腕があっても負けるときは負けるんだ。大事なのはメンタルだよ。俺が若い頃は現担ぎで毎朝…」
奈良原「お待ちどうさん。ネギ大盛りサービス」
  カウンターにラーメンが出される。
晴彦「(どうも)」
奈良原「垣内さん。素人のあんたが現役麻雀プロに能書き垂れてどうすんのさ」
垣内「いや、こりゃ失敬(と笑う)」
晴彦「(気弱に笑う)」
奈良原「(晴彦へ)それで? 突然どうしたんだい?」
晴彦「…」

○大石家・晴彦の部屋(フラッシュバック)
  晴彦、父の携帯で電話している。
男の声「もしもーし。どちらさんですか?」

○(戻って)店内
晴彦「…父のことで」

    ×     ×     ×

  カウンターの上に一枚の古い写真。
  33年前の武雄と晴彦が映っている。
  写真の隅に日付が書かれている。
奈良原「1990年4月2日。ちょうど33年前の今日だった」
垣内「(しんみり)もうそんなに経つのか」
晴彦「…」
奈良原「よく覚えてるよ。あの日もブルームーンが空に出てたんだ」

○ホテル・外観(33年前・夜)
  建物の上空に浮かぶブルームーン。

○ホテル・ロビー
  入口に『梅書房主催第3回麻雀大会最強選手権』の看板。

○ホテル・フロア
  『麻雀大会最強選手権』の横断幕。
  室内に全自動麻雀卓がずらりと並んでおり、出場選手とギャラリーで溢れかえっている。
  奈良原(33)、カメラを構えている。
  レンズの中に武雄と晴彦の姿。
奈良原「はいチーズ!」
  シャッターが切られる。
  それを垣内(33)と赤ん坊のあけみを抱いた優子(28)が見ている。
優子「さ。晴彦、帰るよ」
晴彦「えー」
優子「お父さん見ていったら遅くなっちゃうから」
垣内「(晴彦へ)大丈夫。奴さんは必ず優勝する」
晴彦「(武雄へ)シュークリーム!」
武雄「(笑う)シュークリームか。優勝賞金で山ほど買ってきてやるから家でお利口さんにしてろ」
晴彦「約束だよ」
武雄「男の約束だ」
  晴彦と武雄、指切りげんまんする。

    ×     ×     ×

  静まり返った室内。
  武雄、卓についている。
  それぞれの卓に審判役の運営スタッフが配置されている。
  司会、マイクを手にし、
司会「それでは只今より一回戦をはじめます!」
  武雄、山から牌を取り始める。

    ×     ×     × 

武雄「ツモ!」  
  武雄、手牌を倒す。
スタッフ「大石武雄選手! 一回戦勝ちあがり!」
  観戦していた奈良原と垣内、笑顔になる。

    ×     ×     ×

武雄「ツモ!」
  武雄、手牌を倒す。
スタッフ「大石武雄選手! 準決勝勝ち上がり!」

    ×     ×     ×

武雄「ロン!」
  武雄、手牌を倒す。
スタッフ「大石武雄選手! 決勝勝ち上がり!」
武雄「(大きく深呼吸)」

○ラーメン屋・店内(現在)
奈良原「そして決勝。迎えたオーラスだった」
垣内「奴さんはチートイツの聴牌だ。上がれば優勝の局面。待ち選択は1筒か北…」
奈良原「2筒が序盤で4枚見ていたことから1筒は絶好の待ち牌だった。残り3山はほぼ確実。一方、字牌の北は2枚切れの地獄待ちだ」
晴彦「…」
奈良原「タケちゃんが選んだのは…」

○ホテル・フロア(33年前・夜)
  武雄、大きく息を吸う。
  対面には桜庭翔一郎(26)。
  奈良原と垣内、固唾を飲んで見守っている。
  武雄、手牌を睨んで考えている。
武雄「リーチ!」
  武雄、1筒を捨てる。
  選択したのは北の地獄待ちだった。
  が、次巡、1筒をツモる。
奈良原、垣内「(あっ)」
  武雄、1筒をツモ切る。
  桜庭、手牌を倒す。
  1筒でマンガンの上がりだ。
  瞬間、ギャラリーから拍手が起こる。 
司会者「優勝は桜庭翔一郎選手!」
  武雄、うなだれる。
奈良原の声「1筒で待っていれば一発ツモで優勝。それが運命の分かれ道だった」

○夜道
  武雄、泥酔して歩く。
  武雄、シュークリームが並ぶケーキ屋の前を通り過ぎる。
  武雄、赤信号の横断歩道をわたる。
  猛スピードでやってくるトラック。
  大きなクラクションが鳴り響く。
武雄「!!」

○ラーメン屋・店内(現在)
  三人、沈黙する。
垣内「…馬鹿だよな。地獄待ちで地獄にいっちまったんだから」
奈良原「(諫める)垣内さん」
垣内「おっと。すまねえ」
晴彦「…」
奈良原「皮肉なもんじゃないか。負けたタケちゃんは死に、優勝した桜庭は今じゃ株の投資で大金持ちだ」
  奈良原、雑誌を広げて見せる。
  雑誌の記事には桜庭の顔写真と共に、『空売り王桜庭翔一郎 ブルームーンショックで資産倍増!!』の文字が踊る。
晴彦「でも、何で父は1筒で待たなかったんですか?」
奈良原「ああ」
垣内「ブルームーンだよ。ブルームーンにそっくりの1筒で待つのはゲンが悪いって。それであのザマだ…(寂しく微笑む)」
晴彦「…」

○大石家・晴彦の部屋
  勉強机に父の携帯。
晴彦「(じっと見つめる)」
  晴彦、父の携帯を手にとる。
  晴彦、電話をかける。
武雄の声「もしもーし」
晴彦「…もしもし」

○大石家・リビング(33年前)
  武雄、煙草をふかしながら電話している。
武雄「おい。さっきの奴だろ? 俺の携帯番号からかかってきたぜ。どんなイカサマ使ってる?」
晴彦の声「…何年?」
武雄「あ?」
晴彦の声「何年の何月何日?」
武雄「(怪訝そうに)お宅、何いってんだ?」
晴彦の声「2023年4月2日」
武雄「?」
晴彦の声「2023年4月2日から今そっちに電話をかけてる」
武雄「…そうか。ご苦労なこった。悪いがお前のような奴の相手をしてるヒマはない。じゃあな(と電話を切る)」

○大石家・晴彦の部屋(現在)
晴彦「…」
  晴彦、父の携帯でまた電話をかける。
武雄の声「(出る)おい、いい加減に」
晴彦「(ぽつりと)1990年4月2日」
武雄の声「日付の当てっこか? 聞こえなかったのか? 俺はヒマじゃない。これから大一番が」
晴彦「(遮って)俺はあんたの息子だ。2023年から電話をかけてる」
武雄の声「…さっきから何をわけのわからねえことを。うちは病院じゃねえぞ」
晴彦「こっちだって信じられない。だけど、俺は大石晴彦だ。あんたの息子の」
武雄の声「…」
晴彦「そして電話の相手、つまりあんたは33年前に死んだ俺の父親だ」
武雄の声「…ちょっと待て。俺が死んだって?」
晴彦「…あんたは1990年4月2日に死ぬ」

○大石家・リビング(33年前)
武雄「死ぬ? 俺が死ぬって? それも今日だと?(と笑い出す)」
晴彦の声「事実だ」
武雄「イタズラ電話もここまでくると清々しいぜ」
  晴彦、やってくる。
晴彦「誰から?」
  晴彦、電話を代わりたがる。
武雄「(そんな晴彦を制し)よし。お前が俺の息子で、しかも未来人だとする。だったら教えてくれ。1990年4月2日現在時刻14時。これから世の中で何が起こるか。俺にもわかるようにな」

○大石家・晴彦の部屋(現在)
  晴彦、スマホで検索。
  「1990年 出来事」
武雄の声「どうした?」 
晴彦「(記事を見て)ちびまる子ちゃんがアニメ化される」
武雄の声「ちびまる子ちゃんだと?」
晴彦「千代の富士が1000勝達成する」
武雄の声「そりゃ先月のことだ」
  晴彦、記事を漁るがめぼしい出来事が見つからない。
武雄の声「おい。もう切るぞ」
晴彦の声「(焦って)じゃあ、これならどうだ。1990年4月2日の日経平均株価。今から1時間後、前日から1978円下げた2万8002円が終値になる」

○大石家・リビング(33年前)
武雄「…それは未来人の証明にはならないな。デタラメで当たることもある」
晴彦の声「デタラメじゃ当たりっこない…よく聞いて。今日の麻雀大会であんたは負ける。オーラスでゲンが悪いからと1筒を切ったせいで。その帰り道やけ酒を飲んだあんたはトラックにひかれて死ぬ! そのせいで息子は約束したシュークリームを食べられなかった!」
武雄「とにかく切るぞ。イタズラならべつの相手を探すこった」
晴彦の声「1筒だ! オーラスは1筒で待て!」
武雄「(電話を切る)」

○大石家・晴彦の部屋(現在)
晴彦「…」

○大石家・リビング(33年前)
武雄「(舌打ち)ったく何なんだ…」
  武雄、携帯の電源を切る。
  優子、あけみを抱えてやってくる。
優子「どうしたの?」
武雄「たちの悪いイタズラ電話だよ」
優子「何時に出るの?」
武雄「ああ。早めに出るつもりだ」
優子「じゃあ私もそろそろ支度しようかしら」
武雄「会場まで遠いんだぜ。勝ち残れば帰りも遅くなる。お前までくることァねえだろ」
優子「私だって家にいたいわよ。でも晴彦が見にいきたいっていうんだもん」
晴彦「いきたい!」
武雄「(無邪気な晴彦を見て)そうか、俺の麻雀打ってるとこ見たいのか」
晴彦「うん!」
武雄「(微笑む)」

○ホテル・外観(33年前・夜)
  夜空に浮かぶブルームーン。

○同・ロビー
  入口に『梅書房主催第3回麻雀大会最強選手権』の看板。

○同・フロア
  『麻雀大会最強選手権』の横断幕。
  ずらりと並ぶ全自動麻雀卓。
  出場選手とギャラリーで賑わっている。
  その中に、武雄、晴彦、あけみを抱いた優子の姿。
優子「さ。帰るよ晴彦」
晴彦「(武雄へ)シュークリーム!」
武雄「(笑顔で)シュークリームか。優勝賞金で山ほど買ってきてやるから家でお利口さんにしてろ」
晴彦「約束だよ」
武雄「男の約束だ」
  晴彦と武雄、指切りげんまんする。
  優子、晴彦らを連れて帰っていく。
  武雄、晴彦の小さな後ろ姿を見送る。

○大石家・晴彦の部屋(現在・夜)
  晴彦、祈るように父の携帯を握りしめている。

○ホテル・フロア(33年前・夜)
  静まり返った室内。
  武雄、卓についている。
  それぞれの卓に審判役の運営スタッフが配置されている。
  司会、マイクを手にし、
司会「それでは只今より一回戦をはじめます!」
  武雄、山から牌を取り始める。

    ×     ×     × 

武雄「ツモ!」
  武雄、手牌を倒す。 
スタッフ「大石武雄選手! 一回戦勝ちあがり!」
  観戦していた奈良原と垣内、笑顔になる。

    ×     ×     ×

武雄「ツモ!」
  武雄、手牌を倒す。
スタッフ「大石武雄選手! 準決勝勝ち上がり!」
  別の卓で、
桜庭「ツモ!」
スタッフ「桜庭翔一郎選手! 準決勝勝ち上がり!」

    ×     ×     ×

武雄「ロン!」
  武雄、手牌を倒す。
スタッフ「大石武雄選手! 決勝勝ち上がり!」
武雄「(大きく深呼吸)」
  別の卓で、
桜庭「ツモ!」
スタッフ「桜庭翔一郎選手! 決勝勝ち上がり!」
司会「(マイクで)決勝進出者が決定しました。決勝戦は15分後に行います」

○同・ロビー
  武雄、煙草を吸っている。
  窓の外にブルームーンが浮かんでいる。
  武雄、ブルームーンを見上げる。
武雄「…」
  桜庭、やってくる。
桜庭「(外を見る)妙な月ですね」
武雄「…ああ、気味が悪いな」
桜庭「僕は綺麗だと思います」
武雄「…」
  着信が鳴る。
  桜庭、携帯を取り出す。
桜庭「失礼」
  と電話に出る。
桜庭「もしもし…出来る限り売ってくれ…いや、売りで継続だ。日経平均がマイナス1978円。この下げだ、今夜のダウも下がり続けるだろう」
武雄「(はっとして)」

○大石家・リビング(フラッシュバック)
  晴彦との電話。
晴彦の声「1990年4月2日の日経平均株価。今から1時間後、前日から1978円下げた2万8002円が終値になる」

○(戻って)ロビー
  桜庭、電話を切る。
桜庭「(武雄へ)決勝戦、お手柔らかにお願いします」
武雄「…ああ」

○ホテル・フロア
  決勝卓に座る武雄と桜庭。
司会「優勝賞金500万は誰の手に! 決勝戦の開始です!」
  銅鑼の音が響く。

    ×     ×     ×

桜庭「ロン。3900」
  桜庭、手牌を倒す。

    ×     ×     ×

武雄「ロン。8000」
  武雄、負けじとあがり返す。
  奈良原と垣内、息を呑んで見守る。

     ×     ×     ×

奈良原「…いよいよオーラスだ」
  武雄、山から牌をとる。
垣内「テンパった!…」
  武雄、チートイツの聴牌。
  武雄、手牌をじっと見つめて…

○(フラッシュバック)
  電話口に響きわたる声。
晴彦の声「1筒を切ったせいで。その帰り道やけ酒を飲んだあんたはトラックにひかれて死ぬ! そのせいで息子は約束したシュークリームを食べられなかった!」
晴彦の声「1筒だ! オーラスは1筒で待て!」

○(戻って)ホテル・フロア
武雄「…」
  1筒か、北か…
  武雄、大きく息を吸う。
  武雄、1筒を手にとるが、捨てきれずにいる。

○大石家・晴彦の部屋(現在・夜)
  晴彦、じっと目を閉じている。

○ホテル・フロア(33年前・夜)
  武雄、手牌を睨んで考えている。 
桜庭「…」
  武雄、覚悟を決めたように牌を一つ掴む。
  その牌を場に捨て、
武雄「(叫ぶ)リーチ!」

○タイトル

○大石家・晴彦の部屋(現在・夜)
  晴彦、脳裏に衝撃が走る。
晴彦「!!」

○ホテル・フロア(33年前・夜)
  捨て牌から武雄の指が離れる。
  見えたのは北だ。
  武雄が選んだ待ちは1筒。
  手牌にブルームーンのような1筒が残っている。
  そしてツモ番。
  武雄、山に手を伸ばす。
  武雄が手繰り寄せた牌は…

○大石家・晴彦の部屋(現在・夜)
  晴彦、電流を浴びたように全身を震わせる。

  以下フラッシュバックが続く

○大石家・晴彦の部屋(33年前・夜)
  明かりの消えた室内。
  晴彦、布団で寝ている。
  階下からバカでかい声が響く。
声「晴彦! 晴彦っ!」
  晴彦、目を覚ます。

○同・玄関
  晴彦、寝ぼけ眼をこすって階段からおりてくる。
  玄関に武雄が立っている。
武雄「(晴彦を見て)晴彦!」
  晴彦、優勝トロフィーを手にしている。
  やってきた晴彦を抱きかかえ、
武雄「会いたかったぜ! 俺の天使!」
晴彦「?」

○同・リビング
  パジャマの晴彦、皿に山盛りにされたシュークリームを食べている。
  優子、台所からやってきて、
優子「(晴彦へ)いい加減おしまいにしなさい。虫歯になってもしらないよ」
  武雄、晴彦の隣でビールを飲んでいる。
武雄「(機嫌よく)今日は特別な日だ。晴彦。虫歯になるまで食え」
晴彦「(頷く)」
  男二人、シュークリームをむさぼる。
優子「(呆れる)」

○同・リビング(別の日)
  室内に優勝トロフィーが飾られている。
  武雄、晴彦、奈良原、垣内、麻雀を打っている。
  奈良原、牌を捨てる。
晴彦「ロン」
  晴彦、ぎこちなく手牌を倒す。
奈良原「参ったね。この調子じゃ点棒全部もってかれちゃうよ」
武雄「麻雀が強いのは俺に似たな(と自慢げ)」
  晴彦、渡された点棒を数えている。
  そんな晴彦を見て、
武雄「(微笑む)」

  フラッシュバック終わり

○大石家・晴彦の部屋(現在・夜)
  晴彦、天を仰いている。
晴彦「勝った…父は勝った」
  机の上の父の携帯が鳴る。
  晴彦、電話に出る。
武雄の声「…俺だ」

○ホテルの外(33年前・夜)
  武雄、携帯で話している。
武雄「(戸惑いつつ)不思議だよ。俺の携帯番号にかけてみたら」
晴彦の声「いっただろ。イタズラじゃないって」
武雄「…ほんとに晴彦なのか?」
晴彦の声「…うん」
武雄「(噛みしめる)そうか」
晴彦の声「…勝ったんだよね」
武雄「お前のいった通りだった。1筒一発ツモで優勝だ。お前のおかげだ」
晴彦の声「じゃ、道草くってないで早く家に帰ってくれ。酒を飲まずにね」
武雄「(笑う)」
晴彦の声「シュークリームを買うのも忘れずに」
武雄「…せっかく繋がったんだ。もっと話そう。電話を切ってもし繋がらなくなっちまったら」
晴彦の声「大丈夫。きっとブルームーンのおかげだよ」
武雄「ブルームーン?」
晴彦の声「ブルームーンの光が僕らを導いたんだ」

○大石家・晴彦の部屋(現在・夜)
  晴彦、窓からブルームーンを見上げる。

○外(33年前・夜)
  武雄、ブルームーンを見上げる。

○大石家・リビング(33年前・深夜)
  寝静まった家の中。
  武雄、煙草を吸いながら電話している。
武雄「38か。俺が31だからお前のほうが先輩ってわけだ」
晴彦の声「何か妙な気分だよ」
武雄「子供は?」
晴彦の声「(何となく後ろめたい)いないよ」
武雄「(意外そうに)そうか…結婚は? どんな嫁さんだ?」
晴彦の声「…結婚もしてない」
武雄「すると独身貴族ってわけか」
晴彦の声「…まあ、そんなとこかな」
武雄「仕事は何やってる? 待て。当ててやる」
  武雄、考える。
武雄「サッカー選手。お前の将来の夢だ」
晴彦の声「違う」
武雄「ケーキ職人だろ」
晴彦の声「違うよ」
武雄「降参だ」
晴彦の声「…麻雀プロだよ」
武雄「(大声で)麻雀プロ?!」
  武雄、笑い出す。
武雄「俺の息子は麻雀プロか。こりゃ傑作だ。そうか。麻雀プロか」

     ×    ×    ×

  灰皿が煙草の吸い殻で満ちる。

  以下カットバック

武雄「よくわかんねえが、そのインターネットって奴で顔を合わせずに麻雀が打てるってわけか。イカサマし放題じゃねえのか」
晴彦の声「できないようになってるんだ」

○大石家・晴彦の部屋(現在・深夜)
晴彦「麻雀は変わったよ。今じゃ老若男女がMリーグで盛り上がってる」
武雄の声「お前もそのMリーガーとかいう奴なのか?」
晴彦「俺は違うよ。Mリーガーになれるのは一握りのプロだけなんだ」

○大石家・リビング(33年前・深夜)
武雄「ふうん。そのコロナってのが世界中で大暴れしてるのか。名前の割にずいぶんと凶暴じゃねえか」

○大石家・晴彦の部屋(現在・深夜)
晴彦「陸って名前だ。5歳になる」
武雄の声「(喜ぶ)そうか。あけみは男の子を産んだか」

○大石家・リビング(33年前・深夜)
武雄「そっちの俺はどうしてる?」
  晴彦から返事がない。
武雄「(察して)おい。まさか」
晴彦の声「…父さんはここにはいない。肺ガンで…」
武雄「肺ガンだと? いつだ?」
晴彦の声「(ためらいつつ)…32年前、つまり大会から1年後に…」

○大石家・晴彦の部屋(現在・深夜)
晴彦「だから、もうタバコを吸うのはやめたほうがいい」
武雄の声「(あっけらかんと)何だ。結局生き延びても1年ぽっちの命ってわけか」
  晴彦、壁時計を見る。
  深夜2時を指している。
晴彦「こんな時間だ。疲れてない?」
武雄の声「お前に会えないとわかったんだ。もっと話していたい」
晴彦「(微笑む)」

  カットバック終わり

○大石家・外観(現在・翌朝)
  朝日が差し込む。

○同・晴彦の部屋
晴彦「うん。また今夜…」
  晴彦、電話を切る。
  父の携帯を勉強机におく。
  晴彦、疲れているが、どこか満足感がある。
  晴彦、思い出したようにスマホを見る。
  スマホ画面に証券会社のサイトが表示される。
  以下の文言。
  "評価損益額-4208000"
  株の負けはそのままだ。  
晴彦「(笑う)そううまくはいかないか…」
  晴彦、ベッドにもたれる。
  やがて深い眠りにつく。

○同・リビング(夕)
  晴彦、やってくる。
  優子、あけみ、テレビを見ている。
  陸がミニカーで遊んでいる。
優子「(晴彦へ)あんた、今起きたの?」
  晴彦、テレビを見る。
あけみ「不景気だから最近こういう事件多いよね」
  テレビにニュース映像が流れている。
アナウンサー「逮捕されたのは無職の桜庭翔一郎容疑者59歳。近隣では同様の被害が数件発生しており、警察は余罪を…」
  カメラ、警察官に連行される桜庭翔一郎(59)の姿を捉えている。
晴彦「(あ然とする)」

○雀荘(33年前・夕)
  武雄、奈良原と垣内らと卓を囲んでいる。
  晴彦、武雄のそばで麻雀を見ている。
  奈良原、3萬を捨てる。  
武雄「それだ」
  武雄、手牌を倒す。
武雄「純チャン三色ドラドラ」
垣内「タケちゃん、バカヅキだな」
  奈良原、点棒を武雄に渡す。
奈良原「イカサマしてるんじゃないだろうな」
武雄「(笑う)」
  武雄、牌を自動卓の穴に落とす。
  携帯電話の音が鳴る。
  武雄、ポケットから携帯電話を取り出す。
  武雄、立つ。
武雄「晴彦、代わりに打つか?」
晴彦「(頷く)」
  晴彦、椅子に座る。
  武雄、その場を離れる。
  武雄、電話に出る。
武雄「晴彦か?」

○大石家・晴彦の部屋(現在)
  晴彦、スマホ画面で桜庭のニュース記事を見ながら、
晴彦「大変なことになった」

○雀荘(33年前)
  武雄、電話している。
  武雄の視線の先、晴彦が小さな手で山から牌を取っている。
武雄「未来が変わっただ?」
晴彦の声「うん。おそらく父さんが大会で優勝したのが原因だ」
武雄「つまり、俺が勝ったことで大金持ちの桜庭がケチな犯罪者に落ちぶれちまった。そういうことか」
晴彦の声「そうだ」
武雄「まあ、しかたねえだろう」
晴彦の声「は?」
武雄「勝負事ってのはそういうものだ。強ければ生き残り弱ければ死ぬ。弱肉強食だよ」
晴彦の声「でも、ズルだ」
武雄「ズルだって?」
晴彦の声「本当なら負けてた」
武雄「…」
  卓に座る幼い晴彦、はしゃぎながら武雄を手招きしている。
  武雄、手で合図する。
武雄「…じゃあ、俺にどうしろってんだ」

○競輪場・コース(33年前・夜)
  ナイター競輪が行われている。
  競輪選手ら、次々とゴールしてゆく。

○同・スタンド
  桜庭、座っている。
  桜庭、握っていた車券を破いて捨てる。
声「あんた、探したぜ」
  桜庭、振り返る。
  武雄が立っている。
桜庭「(怪訝そうに)あなたは…」
武雄「ちょいと話がある。今いいか?」

○屋台
  武雄と桜庭、飲んでいる。
  武雄、懐から分厚い封筒を取り出す。
  武雄、桜庭の前に封筒を置く。
桜庭「…?」
武雄「コイツを受け取ってくれ」
  桜庭、封筒を手にする。
  桜庭、封筒の中身を確かめる。
  分厚い札束が入っている。
  桜庭、封筒をテーブルに戻す。
桜庭「(武雄を見て)何のつもりです?」
武雄「大会の優勝賞金だ。説明がややこしいんだが、あの賞金はあんたのもんなんだ」
桜庭「…?」
武雄「つまり、信じてくれとはいわねえが、俺はちょっとしたイカサマをやった」
桜庭「イカサマ?」
武雄「そうだ」
桜庭「どんなイカサマです?」
  武雄、困ったように頭をかき、
武雄「それは、あれだよ。教えられねえ」
桜庭「…」
武雄「とにかくコイツを渡すように息子から頼まれてるんだ。受け取ってもらわなきゃ俺の立場がねえ」
  桜庭、立ち上がる。
武雄「(見て)おい」
桜庭「(鼻で笑う)馬鹿馬鹿しい」
武雄「…」
桜庭「優勝を競った相手としてあなたには敬意を表していましたが、こんなことをされては気分が悪い。これ以上一緒にいてはあなたを嫌いになりそうだ」
  桜庭、飯代をテーブルにおく。
  桜庭、歩き出す。
  武雄、封筒を手にして立ち上がる。
武雄「おい。待て」
  桜庭、構わず歩き続ける。
武雄「よし。わかった。じゃ、こうしようじゃねえか。この金を賭けて再勝負するってのはどうだ?」
  桜庭、立ち止まる。
  桜庭、振り返り、武雄を冷たく見据える。
桜庭「それで、私は何を賭けるんです?」

○大石家・晴彦の部屋(現在・深夜)
  晴彦、机でスマホを眺めている。
  スマホ画面に証券会社からの通知文。
  以下の文言。
  「ロスカット執行通知」
  「証拠金維持率がロスカット基準値を下回ったため全ての建玉を決済致しました」
  「詳しくは取引画面にてご確認ください」
  晴彦、力なくスマホを置く。
  晴彦、ため息をつく。

○同・リビング(翌日・朝)
  晴彦、あ然とした顔でテレビを見ている。
  テレビにニュース映像が流れている。
レポーター「府中市で発生した立てこもり事件から丸一日が経ちました。犯人による立てこもりは続いており、人質の安否が気遣われます」
  ビルの前に報道陣と多くの野次馬。
  現場のカメラがビルを映す。
  桜庭、窓から顔を覗かせている。
晴彦「…」

○同・晴彦の部屋
  晴彦、慌ててやってくる。
  晴彦、父の携帯で武雄に電話する。
晴彦「父さん、何をしたんだ?!」

○同・リビング(33年前)
  武雄、電話で話している。
武雄「また未来が変わっただ?」
晴彦の声「しかも悪いほうにだ」
武雄「すると、あの勝負がいけなかったか」
晴彦の声「…?」

○桜庭の家・室内(回想)
  雀卓の上に株券が散らばっている。
  桜庭、腕時計を外し、卓上に放る。
桜庭「おけらだ」
武雄「…(気まずい)」
  桜庭、ライターでタバコに火をつける。
桜庭「…あんたもやるか?」
  とタバコを差し出す。
武雄「いや、俺ァいい」
  桜庭、タバコをくゆらす。
  桜庭、立ち上る煙を見上げて、
桜庭「(ぼやく)もともと落ち目だったんだ。大会で優勝して流れを掴んでやろうと思ったが、うまくはいかないな。どこまでも転げ落ち続けやがる」

○(戻って)大石家・リビング(33年前)
晴彦の声「(呆れる)逆に金を奪ってどうするんだ?!」
武雄「いや、俺だって返そうとしたんだ。でも、奴さん、頑固でな。一向に受け取ろうとしねえ。それで勝負したはいいが、つい熱くなっちまって…」
晴彦の声「…」
武雄「晴彦、何かいい手はねえのか」
晴彦の声「…もう一度桜庭に会って、今度こそ金を渡すんだ」
武雄「そうか。まァ、やってみるよ」

○同・晴彦の部屋(現在)
晴彦「…それと」
武雄の声「なんだ?」
晴彦「…病院にいきなよ」
武雄の声「病院?」
晴彦「昨日、話したろ? 父さんは1年後に肺ガンで死ぬ。でも、もしかしたら助かるかもしれない」
武雄の声「…そうだな。お前に助けられた命だ。一年ぽっちじゃ父親の格好がつかないわな」
晴彦「うん。そうだよ」
武雄の声「よし。だが、まずは桜庭の件の片をつけねえと」

○競馬場・スタンド(33年前・夕)
  コース上でレースが行われている。
  桜庭、やつれた表情で座っている。
声「鉄火場が住処か」
  桜庭、声を聞き、眉をひそめる。
声「(笑う)あんたは俺と同じってわけだ」
  桜庭、ようやく振り向く。
  武雄が立っている。
桜庭「(睨み)何の用だ?」
  武雄、桜庭の隣に腰をおろす。
  武雄、分厚さを増した封筒を上着のポケットから取り出す。
  武雄、封筒を桜庭の横にそっと置く。
武雄「悪いことはいわねえ。黙って受け取ってくれ」
桜庭「…」  
武雄「この金で株を続けろ。あんたなら大金持ちになれる。絶対に確かな話だ」
  武雄、封筒を桜庭へ押しつける。
桜庭「くどいッ」
  と封筒をはねのける。
武雄「…」
  桜庭、手にしていた馬券を破り捨て、立ち上がる。
  桜庭、歩き出そうとする。
武雄「待て」
  武雄、地面に落ちた封筒を拾うと立ち上がる。
  桜庭の背中を見て、
武雄「それならしょうがねえ。俺に一つだけ考えがある」

○大石家・リビング(現在・夕)
  晴彦、テレビの前に座っている。
  晴彦、リモコンでザッピンクをしている。
  テレビ画面の映像が目まぐるしく切り替わる。
  優子、テーブルでお茶を飲みながら、
優子「(テレビを見て)さっきから何なの?」
晴彦「…ねえ。立てこもり事件ってどうなった?」
優子「立てこもり?」
  晴彦、テレビに目をやるが、桜庭の立てこもり事件のニュースは流れていない。
  晴彦、ほっとする。
  と家の電話、鳴る。
優子「はいはい(と立つ)」
  優子、電話に出る。
優子「もしもし…はあ…おりますが」
  優子、受話器を置き、
優子「(晴彦へ)あんたに。桜庭って男の人から」
晴彦「え?」
  晴彦、胸騒ぎを覚えつつ、電話のもとへといく。
  晴彦、電話に出る。
晴彦「…はい」
桜庭「大石武雄の息子か?」
晴彦「はあ」
桜庭「父親の言葉を守ってもらうぞ。今夜、有り金すべて持って俺のもとにこい」

○同・リビング(33年前)
  武雄、電話している。
武雄「そうか。俺の言葉が通じたか」
晴彦の声「今度は何をしたんだ(と不安)」
武雄「なに。こう話をつけたまでよ」

○競馬場・スタンド(回想)
  武雄、背を向けて立っている桜庭へ、
武雄「今から33年後、あんたは立てこもり事件を起こす。原因はあの大会だ。実のところ、優勝するのはあんただが、俺が未来を変えちまったんだ」
桜庭「…くどいといっている」
  桜庭、歩き出そうとする。
武雄「(止めて)まァ待て。だから何とかしてえが、この様子を見ると望めそうにねえ。だが33年後、自分の運命を知ったとき、あんたは嫌でも俺の言葉を信じることになる」
  桜庭、背を向けたまま聞いている。
武雄「その時は、麻雀打ちなら麻雀でケリをつけたらどうだ。俺とあんたの因縁だ。殺すか殺されるかの勝負を存分にしようじゃねえか…といいてえところだが、その時には俺は死んでる」
桜庭「…」
武雄「だが俺には息子がいる。己の腕一本で食ってる麻雀プロよ。俺の血がちゃんと流れてるんだ。いいか。33年後、俺の息子が相手になってやるからそう思え」

○(戻って)大石家・リビング(33年前)
  武雄、電話している。
武雄「というわけだ。すまねえが、それしか手がなかった」

○同・晴彦の部屋(現在)
武雄の声「ドでけえ勝負を託すことになっちまったが、お前なら大丈夫。落ち目の野郎くれえ簡単にひねり倒せる(と豪快に笑う)」
晴彦「…」
武雄の声「それでな、勝負の片がついたら、お前のいうとおり病院にいって診てもらおうと思う」
晴彦「(すげなく)…そう」
武雄の声「タバコもな、吸ってない。お前に会うために我慢してるよ」
晴彦「…」
武雄の声「晴彦、お前なら勝てる。なんたってお前は俺の息子だからな」
  晴彦、うつむく。
武雄の声「晴彦? どうした?」
晴彦「(声を震わせ)…いい加減にしてくれ」
武雄の声「晴彦?」
晴彦「…父さんは誤解してるよ…俺は桜庭に勝てるような人間じゃない」
武雄の声「どういうこった。晴彦、お前は立派な麻雀プロじゃねえか」
晴彦「(声を荒げる)末端のプロだよ! プロなんて形ばかりで、会費払って下位リーグ戦に参加してるだけ。普段は雀荘の店員だ!」
武雄の声「…」
晴彦「独身貴族? 笑わせないでよ。結婚も子供も作れない。株に手を出して借金作って、母親にすがるために実家に帰ってくるような、そんな負け犬なんだ! 俺は父さんが思ってるような息子じゃない!」
武雄の声「おいッ、落ち着け」
晴彦「麻雀をするたびに思い知るよ。競争には勝つためのセオリーがあって、学校でも社会でも、周りはそれを知ってる奴ばかりだった。そういう奴らを相手にして、俺はもがいてただけだったって。お前なら勝てる? 父さんがいつ俺に勝つことを教えてくれたんだ? 何も教えてくれないまま死んでいったクセに!」
武雄の声「おい! 晴彦!」
  晴彦、電話を切る。

○同・リビング(33年前)
武雄「…」

○同・晴彦の部屋(現在・夜)
  晴彦、机に座ってふさぎ込んでいる。

○同・晴彦の部屋の前(33年前・夜)
  外着の格好をした武雄、そっとドアを開ける。
  晴彦、布団で眠っている。
  武雄、晴彦の寝顔を見て微笑む。
  武雄、ドアをしめようとする。
晴彦「お父さん?」
  晴彦、起きあがる。
武雄「すまん。起こしちまったか」
晴彦「(上着を見て)どこいくの?」
武雄「ああ。やらなくちゃいけねえ用事ができてな」
  晴彦、寝ぼけ眼をこする。
武雄「さ。風邪引かないようにちゃんと布団をかけて寝るんだ」
  晴彦、布団に横になる。
  武雄、晴彦をじっと見つめる。

○同・外(現在・夜)
  夜空にブルームーンが浮かんでいる。
  青白い光が弱まっている。

○同・晴彦の部屋
  晴彦、机で考え込んでいる。
  父の携帯電話が鳴る。
晴彦「…」
  晴彦、携帯を見つめたまま動かない。
  鳴り続ける電話。

○タクシーの車内
  晴彦、後部座席に座っている。

○雑居ビル・外(現在)
  晴彦、タクシーから降りる。
  晴彦、雑居ビルを見上げる。

○(フラッシュバック)
桜庭の声「場所は八坂って名の雀荘だ」

○(戻って)同・雀荘の入口(現在)
  ドアに「八坂」と書かれた古ぼけた看板プレート。
  晴彦、不安げな面持ちで立っている。
  晴彦、深呼吸をし、ドアを開ける。
  
○同・店の中(33年前)
  武雄、入ってくる。
  武雄、店内を眺める。
  客たちが卓を囲んでいる。
  客の中に桜庭の姿。
  桜庭の正面にいる客の一人、席を立つ。
  武雄、空いた席に座る。
  桜庭、武雄に気づき、忌々しげに見る。
武雄「もうつけ回さねえから安心しろ。今回で最後だ」
  桜庭、無言で牌をかき混ぜている。
武雄「…少し事情が変わっちまってな。もう一度あんたと勝負しにきた」
桜庭「そうか。ここは雀荘だ。勝手にやればいい」
  武雄、牌をかき混ぜながら、
武雄「差し馬をしねえか?」
  桜庭の手の動きが一瞬とまる。
  桜庭、器用に山を作ると、
桜庭「レートは?」
武雄「持ち物全部だ」
  桜庭、冷たく笑い、
桜庭「あいにくだが、賭けるものなどない」
武雄「賭けるものならあるさ」
桜庭「どういう意味だ?」
武雄「あんたは未来を賭ければいい」
桜庭「未来?」
武雄「俺が勝ったらあんたの人生をいただく。そういうことだ」
  桜庭、武雄を睨みつけ、
桜庭「(凄む)ようし! いいだろう!」

○同・同(現在)
  人相の悪い桜庭、雀卓に座っている。
  晴彦、桜庭の前に立っている。
桜庭「大石武雄の息子か?」
晴彦「…そうだ」
桜庭「座れ」
  晴彦、桜庭の正面にすわる。
桜庭「金は?」
  晴彦、黙っている。
桜庭「どうした?」
晴彦「…金はない」
桜庭「話が違うな」
晴彦「…」
  桜庭、煙草に火をつける。
桜庭「33年前、お前の親父は俺に奇妙なことを口走った。俺は信じなかった。だが33年後の今、奴の言葉通りの運命を辿り、奴のいっていたことがすべて事実だと知った」
晴彦「…」
桜庭「お前を地獄へ道連れにする」
  桜庭、立ち上がる。
  桜庭、窓の外を眺める。
  弱々しい光を放つブルームーンが夜空に浮かんでいる。
桜庭「最期の景色としては悪くない」
晴彦「…」
桜庭「光が消えるまでを期限と定めて麻雀勝負と洒落込もうじゃねえか」
  桜庭、晴彦を見下ろす。
桜庭「お前が勝てば、俺はおとなしく引き下がろう。小僧、どうだ?」
晴彦「…それでいい」
  桜庭、カウンターへ、
桜庭「おい。卓にボーイをよこせ」  

○同・同(33年前)
  武雄と桜庭ら、卓を囲んでいる。
  武雄の手牌はこうだ。
  123万4578筒5889索東東 ツモ1筒
  武雄、1筒をツモ切ろうとし、手がとまる。
  武雄、1筒を手牌に入れ、5索を捨てる。
  武雄、煙草を取り出す。
  武雄、煙草に火をつける。

○同・同(現在)
  晴彦と桜庭ら、卓を囲んでいる。
  桜庭、山から牌を取り、ツモ切りをする。
  晴彦の番になり、晴彦、牌を取る。
  晴彦の手牌はバラバラ。
  晴彦、河を眺める。
  一巡前の下家の捨て牌に4万がある。
  晴彦、手牌から4万を抜き出して捨てる。
桜庭「ロン!」
晴彦「(はっとする)」
  桜庭、手牌を倒す。
  万子の清一色。
  桜庭、不敵に笑う。

     ×     ×     ×
  
  晴彦、牌を捨てる。
桜庭「ロン!」
  桜庭、手牌を倒す。

     ×     ×     ×

  桜庭、牌を捨て、
桜庭「リーチ」
  晴彦の上家、牌をめくり、一枚捨てる。
  晴彦、牌をめくり、安全牌を捨てる。
  下家、牌をめくり、一枚捨てる。
  桜庭、牌をめくり、
桜庭「ツモ!」
  と牌を卓に叩きつける。

     ×     ×     ×

  桜庭、白を鳴いている。
  晴彦、中を捨てる。
桜庭「ロン!」
  桜庭、手牌を倒す。
  大三元のアガリだ。
  晴彦、呆然とする。
桜庭「きやがる。どでかいツキが。命を捨てたときに限って」

○同・洗面所
  晴彦、顔を洗っている。
  晴彦、ペーパータオルで顔を拭く。
  晴彦、鏡に映る冴えない顔を見つめる。
 
○同・店内(33年前・深夜)
  武雄の手元に置かれた灰皿に大量の煙草の吸い殻。
  武雄、煙草をくわえ、手牌を見つめている。
  武雄、長考し、9筒を捨てる。
桜庭「ロン」
  桜庭、手牌を倒す。
  ピンフ純チャン三色。
  武雄、桜庭に点棒を払う。
武雄「ハコだ」
桜庭「差が開いてきたな(とにやりと笑う)」

○同・同(現在)
  晴彦の以下の手牌が映し出される。
  112345678万東東白白
  晴彦、牌をめくる。
  ツモった牌は東。
  晴彦、1万を捨て、
晴彦「リーチ」
  晴彦、リーチ棒を出す。
  下家、牌をめくり、一枚捨てる。
  桜庭、牌をめくる。
桜庭「これだろう。お前がほしかったのは」
  桜庭、ツモ牌の9万をちらりと見せ、
桜庭「ツモ」
  と手牌を倒す。
  發のみのアガリだ。
  晴彦、うなだれる。
桜庭「麻雀って奴は残酷だな。一牌の後先で運命を変えちまう」
晴彦「…」
桜庭「あの時の決勝もそうだった。あれからお前の親父との因縁が生まれ、奴とは都合三度戦った。一度目は大会で、二度目は有り金すべてを賭け、そして三度目は未来を賭けろと抜かしやがった」
晴彦「…未来を?」
桜庭「一度目と二度目は負けたが、三度目こそは…いや、三度目は…なぜだ…なぜ思い出せん」
  桜庭、こめかみを抑える。
晴彦「(はっとして)まさか…父さんは…」
  晴彦、窓の外を見る。

○夜空(33年前)
  ブルームーンが今にも消え入りそうな光を放っている。

○同・同
  武雄の手牌が映し出される。
  555万111筒777索東東南北北
  武雄、南を捨て、
武雄「リーチ」
  とリーチ棒を出す。
  桜庭の手牌が映し出される。
  112244779万東東南南西西北
  桜庭、9万を捨て、
桜庭「リーチ」
  とリーチ棒を出す。
  武雄、力を込めて牌をめくる。
  ツモ牌は6筒。
  桜庭、力を込めて牌をめくる。
  ツモ牌は中。
  
     ×    ×    ×

  山には残り一枚。
  武雄、ゆっくりと牌をめくる。
  武雄、舐めるように指で盲牌をし、
武雄「(にやり)こんなところにいたぜ」 
  武雄、ツモ牌を卓に叩きつける。 
  武雄、手牌を開く。
  スーアンコウだ。
桜庭「(見て)畜生…」
  桜庭、点棒を放る。
武雄「負け分は取り返したぜ」  
  武雄、煙草に火をつける。
  灰皿には吸い殻の山。
武雄「これでトータルは互角。こんな時間だ。次の半チャンで最後にしねえか」
桜庭「…いいだろう」

○同・同(現在)
  晴彦の手牌が映し出される。
  1189万29筒59索東南南西白發
  晴彦、少し考え、南を捨てる。

     ×    ×    ×

  晴彦、牌をめくる。
  ツモ牌は北。
  晴彦、思わず息が漏れる。
  手牌はこうだ。
  119万9筒159索東東南西白發 ツモ北
  晴彦、5索を捨てる。
  
    ×    ×    ×

  晴彦、力を込めて牌をめくる。
  晴彦、2筒をツモ切り。

  ×   ×    ×

  晴彦、力を込めて牌をめくる。
  晴彦、北をツモ切り。

  ×   ×    ×

  晴彦、力を込めて牌をめくる。
  晴彦、目を見開く。
  ツモった牌に赤色が見えて…

○同・同(33年前)
  武雄、赤く染まった中をツモる。
  武雄、中を手牌に入れる。
  手牌はこうだ。
  19万9筒19索東南西西北白發發中
  武雄、手牌を見下ろしながらタバコをふかす。
  武雄、西を手に取ると、
武雄「(ためらわず)リーチ!」

○同・同(現在)
  晴彦の手牌が映し出される。
  119万9筒19索東東南西白發中
  晴彦、じっと手牌を見つめている。
  晴彦、東を手に取る。
  晴彦、東を捨てようとする。
  瞬間、晴彦の手がとまる。

○(フラッシュバック)晴彦の部屋(33年前)
  寝ぼけ眼の晴彦、上着姿の武雄を見て、
晴彦「どこいくの?」
武雄「ああ。やらなくちゃいけねえ用事ができてな」
  晴彦、布団に横になる。
  武雄、晴彦をじっと見つめ、
武雄「いいか、晴彦」
晴彦「…?」
武雄「勝つためにはリーチだ。リーチをかけちまうんだ」

○(戻って)雀荘・中(現在)
晴彦「(呟く)父さん…」
  晴彦、目をつぶり、大きく息を吸う。
晴彦「(叫ぶ)リーチ!」
  晴彦、東を捨てる。
  下家、牌をめくり、一枚捨てる。
  桜庭、牌をめくる。
  ツモ牌は晴彦の当たり牌である1筒。
  桜庭、乾いた目つきで晴彦の捨て牌に視線を走らせる。
  晴彦の捨て牌はこうだ。
  南西2筒南8万南白5万2万北東
  桜庭、次に河全体を眺める。
  晴彦の捨て牌に2筒が2枚。
  上家の捨て牌にも2筒が2枚。
  2筒はすでに4枚捨てられている。
  桜庭、自分の手牌を見下ろす。
  333444万111筒白白中中 ツモ1筒
  桜庭の手牌に1筒が4枚。
  桜庭、考える。
  桜庭、手牌を一枚手にする。
  桜庭、それを河に捨てる。
  捨てられたのは1筒。
  晴彦、叫んで…

○同・同(33年前)
  武雄、ツモった1筒を卓に叩きつける。
武雄「ツモ!」
  武雄、手牌を開く。
  19万9筒19索東南西西北白發中 ツモ1筒
  桜庭、やつれた顔で天を仰ぐ。  
桜庭「(弱々しく)…よかったな。あんたの勝ちだ」
武雄「…」
  桜庭の目の前に分厚い封筒が投げられる。
桜庭「(見て)…?」
武雄「大会の賞金だ。受け取れ。あんたは負けたんだ。文句はいわせねえ。その金を元手に本来の自分を取り戻すんだ」
桜庭「…」
武雄「だが、くれてやるわけじゃない。お前に貸してやるんだ。期間は33年。33年後の今日、俺の息子にその金を返してくれ」
桜庭「…」
武雄「おい。聞いてるのか?」
桜庭「馬鹿馬鹿しい(と吐き捨てる)」
  桜庭、封筒に手を伸ばし、
桜庭「だが、俺も勝負師だ。約束は守ろう」

○同・同(現在)
  晴彦、電流を浴びたように全身を震わせる。

  以下、フラッシュバック

○大石家・リビング(現在・数時間前)
  優子、受話器を手にし、
優子「(晴彦へ)あんたに。桜庭って男の人から」
  晴彦、電話に出る。
晴彦「…はい」
桜庭「大石武雄さんの息子か?」
晴彦「はあ」
桜庭「君の親父さんから預かっているものがある。今夜、受け取りにきてほしい」

○桜庭の家・門の前
  一等地に構えた豪邸。
  晴彦、屋敷を見上げて息をのむ。

○同・リビング
  晴彦と桜庭、ソファーに座っている。
桜庭「君の親父さんのことを思い出したら、麻雀が打ちたくなってきたよ。これからどうだ?」

  フラッシュバック、おわり

○(戻って)桜庭の家・リビング
  桜庭、本来の凛とした姿に戻っている。
  晴彦、雀卓を挟んで桜庭と向かい合っている。
桜庭「楽しませてもらったよ。親父さんそっくりのいい麻雀だった」
  桜庭、分厚い封筒を取り出して、
桜庭「33年前に親父さんから預かっていたものだ。受け取ってくれ(と渡す)」
  晴彦、受け取る。
  晴彦、封筒を覗く。
  何百万という金が入っている。
晴彦「(驚く)なんで…」 
桜庭「親父さんが君のために残した金だ」
晴彦「…」
  桜庭、立ち上がる。
  桜庭、窓の外を見る。
  失われてゆくブルームーンの光。
桜庭「…光が消える。暴落も終わりか」
  晴彦、はっとする。
  晴彦、父の携帯電話を取り出し、急いで武雄に電話する。
  が、電波が入らない。

○道
  ブルームーンの光が消えてゆく。
  晴彦、携帯電話を空にかざしながら必死に走っている。
  晴彦、携帯電話を見る。
  微かに電波が入る。
晴彦「もしもし!」
武雄の声「(激しい雑音と共に)晴彦…そこに…いるのか?」
晴彦「父さん!」
武雄の声「(雑音)…あんな形のまま…お前と別れるのは寂しい」
晴彦「俺の声が聞こえる?! 父さん!」
武雄の声「(雑音)晴彦…お前は負け犬なんかじゃない…」
晴彦「父さん!」
武雄の声「(雑音)お前は俺の息子であり…俺そのもの…」
晴彦「(涙をにじませ)父さん…」
武雄の声「(雑音)晴彦…お前を愛してる…」
  雑音がやみ、電話、切れる。
晴彦「父さん?! 父さんッ!!」
  晴彦、携帯電話を握りしめ、地面にうずくまる。
  晴彦、溢れ出る涙をこらえながら、
晴彦「…俺もだよ。俺も大好きだよ」

○雀荘・店内(数日後・昼)
  晴彦、客1らと卓を囲んでいる。
  晴彦の足下にボストンバッグ。
  晴彦、手牌を見て考え込んでいる。
  晴彦、4索を場に捨て、
晴彦「リーチ」
  晴彦、リーチ棒を出す。
  客1、1筒を捨てる。
晴彦「ロン」
  晴彦、手牌を倒す。
  123567萬1筒123456索
客1「(あ然として)ソーズの三面チャンを捨ててイーピン単騎だって?」
  晴彦、微笑む。
  窓から差し込む日の光。      
  その光が卓上の1筒を淡く照らして…

(おわり)


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