月がきれいですね|脚本

※原案付きコンクールの落選作となります
https://note.com/info/n/n2293e820722f

※縦書き版となります↓


梗概

2019年12月4日午前24時。神様のイタズラによって地球上から『すき』が消えた。

神様の命令に従って『すき』の代わりとなる言葉を採集すべく、一人の天使が人間世界に派遣された。 

天使が観察を始めたのは、とある高校の生徒田淵桃子(17)。桃子は一つ上の先輩の近藤剛(18)に密かに恋心を抱いていた。

近藤は変わり者の一匹狼で、毎日昼にランチパックを食べることから桃子のクラスメートの大井らに『ランチパック先輩』と揶揄されていた。

そこで桃子は近藤のために手作り弁当を作ることを思いつき、どうにか近藤に弁当を渡すことに成功する。

弁当をきっかけにして、次第に二人の距離が近づいてゆく。「なぜランチパックばかり食べるのか」と尋ねる桃子へ、近藤は「美しい四角形だから」とユニークな答えをする。

二人の関係は順調に見えたが、近藤のために桃子が毎日弁当を作っていることと知った大井から横槍を入れられる。

大井の標的となった桃子はイジメにも似た嫌がらせを受け、ある時、手作り弁当をゴミ箱に捨てられてしまう。

桃子が弁当を渡しにこないことを不審に想った近藤は桃子の教室へ向かう。そこで近藤が見たのは涙を浮かべる桃子の姿だった。

事情を知った近藤はイジメの犯人である大井らと喧嘩を繰り広げ、圧倒する。

一喧嘩を終えた近藤はゴミ箱に捨てられた四角い形をした弁当箱を拾うと、「美しい四角形だ」といい、平然と弁当を食べ始める。

近藤に告白することを決意した桃子は校舎裏に近藤を呼び出す。そして緊張の中、『すき』が消えた世界で、自分だけの『すき』を叫ぶ。
「先輩のために世界一おいしい四角形を作りたいっ!!」

一部始終を観察していた天使は、桃子の放った『すき』(言霊)を魔法の瓶に採取すると、次の『すき』を求めてその場を立ち去るのだった。

登場人物

田淵桃子(17) 高校生
近藤剛(18)  桃子の先輩

大井翔太郎  桃子のクラスメート
さやか    桃子のクラスメート
咲      桃子のクラスメート
田淵優子   桃子の母

店員
カップル男
カップル女
不良1、2、3

天使
撮影カメラマン(手だけ出演)

脚本

○雑居ビル・外観(夜)
  夜空に月が浮かんでいる。

○ネットカフェ・店内
  仕切りがついただけの狭い個室。
  大きなカバンを抱えて窮屈そうに座る中年男(天使)の後ろ姿をカメラが捉えている。
天使「(ボヤく)ったく、こんなとこで寝泊まりしろってか。あのじいさん、出張代ケチりやがってよぅ」
  天使、煙草を取り出す。
  しけた顔でぷかぷか吸う。
  天使、ふと視線を感じて振り返る。
天使、撮影カメラに気づく。
天使「(ばつが悪い)あっ。どうも」
  天使、急いでタバコの火を消す。
  カバンを床におくと、撮影カメラへ向かって名刺を差し出す。
天使「(微笑む)はじめまして。私こういう者です」
  撮影カメラマンの手が伸び、名刺を受け取る。
  名刺には『天使』と書かれている。
天使「もう撮ってますか?」
  撮影カメラ、頷くように上下する。
天使「えーでは早速」
  天使、撮影カメラへ一人語りを始める。
天使「(改まって)皆さん、時折神様は妙な気を起こすものです。2日前のことです。地球時間の2019年12月4日午前24時、つまり12月5日を迎えた瞬間、地球上から『すき』という言葉が消えました。ええ、その通り。アイシテルとか、アイラブユーの『すき』です。とはいっても、もちろん人の心の中にある好きという気持ちまでがなくなるわけではーー」
  隣の席からデカい咳払い。
天使「(小声になる)好きという気持ちは消えません。では皆さん、想像してください。地球上から『すき』という言葉が消えてしまうと一体どうなってしまうのか。ま、その時の瞬間を捉えた映像を実際に見ていただいた方が早いですね」 
  天使、個室のモニター画面に向かって両手を向ける。
  何やらハンドパワーのようだ。
天使「(念力を送る)ふんっ!」
  モニターがつく。
  モニター画面にベッドで寄り添う一組の若いカップルが映し出される。
天使「今から2日前の深夜0時ジャスト、『すき』という言葉が消えた瞬間に偶然にも立ち会ってしまったあるカップルの反応をご覧ください」

○ホテル・室内(二日前・深夜)
  ベットに若い男女。
  壁時計の針がまもなく深夜0時を指そうというところ。
女「ケンジ。好きって10回いって」
男「(指で数え)すきすきすきすきすきすきすきすきすきすき」
女「私のことは?」
男「大好き」
  二人、乳繰り合う。
男「しおり。好きって10回いって」
女「(指で数え)すきすきすきすきすきすきすきすきすきすき」
男「あと100回いって」
  この瞬間、時計の針が深夜0時を指す。
  『すき』が消える。
女「(頭ぽかーん)…うん」
男「え? 何だよそれ?」
女「ううん、違うの」
男「え、俺のこと…(頭ぽかーん)え?」
男女「(頭ぽかーん)…」

○ネットカフェ・店内
  モニターの映像、消える。
  個室に天使の姿はない。
  撮影カメラ、店内をうろつく。
  ドリンクコーナーに天使の姿を見つける。
天使「(カメラを見て)いかがでしたか。『すき』が消えると何かと不便するようですね」
  天使、メロンソーダを注ぐ。
天使「私はメロンソーダが好きです。これが言えない。好物です、好みです、これもダメ。もちろん愛してるもダメ。『すき』つまりアイラブユーが消えた世界で、あなた方は生きることになってしまった」
  天使、メロンソーダで喉を潤す。
天使「さて、それもこれも全て神様のじいさんのせいなんです。神様、つまり人間世界でいう会社の社長みたいなものですね。私の上司です。実は私、その上司からある命令を受けてこの人間世界に出張にーー」
  店員、やってくる。
店員「お客様、店内ではお静かに願いします」
天使「これは失礼」
  店員、去る。
天使「では場所を変えましょうか。(全身に念力を込めて)ふんっ!」
  天使、消える。
  撮影カメラ、左右を見渡すが天使の姿はない。

○ビルの屋上
  撮影カメラ、へとへとでやってくる。
  天使、佇んでいる。
  その手にガラスの瓶。
天使「(撮影カメラを振り返る)これは魔法の瓶でして、人間が発した、『すき』に代わる言葉を採取するための道具です。『すき』に代わる言葉を集める。それがずばり私が受けた命令なんです。一体何のためなのか。気まぐれな神様に付き合わされる下っ端天使も大変なんですよ」
  天使、魔法の瓶をポケットにしまう。
天使「では、私の話はこの辺にして、早速『すき』に代わる言葉を採取できそうな人間を探しましょうか。また後ほどお会いしましょう」
  天使、全身に念力を込め始める。
  が、途中でやめる。
天使「あ。最後に一つ。ご存知でしょうか。かの文豪夏目漱石はアイラブユーをアイシテルと訳さず、こんな言葉で表現したとされています」
  天使、夜空に浮かぶ月を見上げる。

○夜空にタイトルテロップが踊る。
  『月がきれいですね』

○高校・外観(数日後)
  校舎が映る。

○同・2年A組教室
  授業中。
  田淵桃子(17)、窓際の席から校庭を見下ろし、体育でサッカーをする近藤剛(18)の姿を一心に見つめている。
桃子「(乙女の眼差し)」   

     ×   ×   ×

  昼休み。
  桃子、友人のさやか、咲と席を囲んで弁当を食べている。
  教壇前が騒がしい。
  クラスメートの大井翔太郎が教卓の上に乗って博徒のような口上を打っている。
大井「張ったり! 張ったりー!」
  生徒らがガヤガヤ集まってくる。
大井「今週も始まった! 今日の先輩のランチパックの味はさァなんだ! 先週の出目だよー!」
  と大井、指揮棒で黒板をがんがん叩く。
  黒板に次の言葉が書かれたマグネットシートが貼られている。
  『月曜 卵』『火曜 ピーナッツ』『水曜 ハム&マヨネーズ』『木曜 メンチカツ』『金曜 ツナマヨネーズ』
男子1「卵に1000円!」
  と大井に千円札を渡す。
大井「はい卵! さァ他は! どんどん張った!」
女子1「私も卵! 500円!」
男子2「メンチカツ! 1万!」
  桃子ら、遠くから見ている。
咲「(呆れて)大井の奴、よくやるよね」
さやか「でもさ、月曜は卵が鉄板でしょ。うちも賭けてこよっかな」
  桃子、箸でご飯粒を摘みながら、
桃子「(ぼそりと)小倉&マーガリン…」
咲、さやか「え?」

○同・3年B組教室前
  大井と男子ら、教室内を覗く。
  生徒らが弁当を食べている。
  近藤の姿もある。
  近藤、読んでいた本をカバンにしまうと、ごそごそとカバンの漁りだす。
大井「さァ出てくるぞ。ランチパック先輩の昼飯。今日のランチパック」
男子1「(祈る)卵こい!」
男子3「ツナマヨ!」
男子2「メンチカツっ!!」
  近藤、水筒を取り出す。
  近藤、水筒の中身を注ぐと、飲む。
大井ら「(じれったい)」
  近藤、ごそごそカバンを漁る。
  ランチパックを取り出す。
  その種類を見て、
男子ら「(息を呑む)」
  近藤が出したランチパックは小倉&マーガリン。
男子ら「(あ然)小倉&マーガリン…だと?」
  近藤、むしゃむしゃ小倉&マーガリンを食べ始める。

○同・2年A組教室(放課後)
  桃子、咲、さやか、タピオカ片手に話し込んでいる。
咲「なるほどねー。朝のテレビの占いで、水瓶座のラッキーアイテムが『甘い食べ物』の日は、必ず小倉&マーガリンを持参してくるってことか」
さやか「でも桃、ランチパック先輩がテレビの占い観てることとか、水瓶座とか、なんで知ってるの」
桃子「ちょっと。呼び方」
さやか「あーごめん。近藤先輩だっけ? 先輩のこと知りすぎじゃない?」
桃子「それは…先輩の知り合いの人に聞いたりとか、色々して」
咲「(にやつく)桃、水臭いぞ。なんでうちらに隠してたの。そんな大事なこと」
桃子「別に隠してたわけじゃないけどさ」
さやか「いつから?」
桃子「去年の文化祭のときかな…」

○高校・廊下(回想・文化祭の日)
  桃子、怯えながら逃げている。
  桃子の後をつける不良1、2、3。
桃子の声「私、タチの悪い不良に絡まれちゃってて」
不良1「いいじゃんか、LINEくらい」
不良2「カカオでもいいんだよ」
不良3「両方教えちゃいなよ」
桃子「ついてこないで!」
  逃げる桃子。
  と廊下の曲がり角にさしかかった時ーー
  ランチパックを口にくわえた近藤と鉢合わせになり、ぶつかってしまう。
  桃子、尻餅をつく。
  近藤の口からランチパックが落ちる。
桃子「あ、ごめんなさい…」
  不良ら、すかさず桃子のそばにやってきて、
不良1「捕まえた」
不良2「さ、俺らとフルフルしようか」
  近藤、床に落ちたランチパックを見て、怒りでぶるぶる震えだす。
不良3「(気づいて)あ? 何だてめえ。何メンチ切ってんだよ?」
近藤「…」
桃子の声「一瞬の出来事だった」

     ×     ×     ×

  血まみれで床に倒れる不良ら。
近藤「(不良を冷たく見下ろす)…」
  桃子、起き上がる。
桃子「あ、あのっ…」
  近藤、無視して去っていってしまう。

○(戻って)2年A組教室
桃子「それからかな。先輩のことが…」
咲「そっか。でも、あんた趣味悪いよ」
桃子「えー」
さやか「顔は悪くないけど、何考えてるかわかんないよね」
桃子「そうかな?」
咲「周りからお昼ご飯をバカにされてるの気づいてないみたいだし」
さやか「せめてお弁当にしたらいいのにね」
咲「たしかにー」
桃子「(ふと何か考える)」
さやか「そろそろいこっか」
  咲、さやか、席を立つ。
咲「何ぼっとしてんの。桃、帰るよ」
桃子「あ、待って!」
  3人、教室を出る。
  入れ替わりで、モップを持った用務員(に扮した天使)が入ってくる。
  目深に被った帽子を取ると、天使の顔が現れる。
天使「(撮影カメラへ)どうも」
  撮影カメラ、上下に揺れて頷く。
天使「皆さん、既におわかりのように、私が『すき』に代わる言葉を採取すべく目を付けたのが、今し方ここで友人と恋バナに花を咲かせていた、一つ上の先輩に片思いをする可憐な乙女。田淵桃子、17歳」
  天使、窓を覗く。
  桃子の帰宅する姿が見える。  
天使「さて彼女の恋の行方はどうなるものか。もうしばらく観察を続けるとしましょう」

○桃子の家・外観(夜)
  一軒家。

○同・台所
  母優子、洗い物をしている。
  桃子、もじもじしながらやってくる。
優子「桃子、お弁当箱出して」
桃子「うん…」
優子「(桃子を見て)早く出しちゃって。一緒に洗うから」
桃子「…」
優子「何よ? さっきからもじもじしちゃって」
桃子「お母さん、あのさ…お願いがあるんだけど」
優子「…」
桃子「聞いてる?」
優子「聞いてるわよ。忙しいんだからさっさといいなさいよ」
桃子「…」

○同・リビング
  優子、布巾でテーブルを拭きながら、桃子へ、
優子「そりゃ、あんたが作りたいっていうんなら文句はいわないけど」
桃子「ほんと? じゃ明日からやるよ」
優子「でもあんた自分のお弁当箱だって洗わないじゃない」
桃子「洗うから」
優子「朝だって起きれないじゃない」
桃子「起きるから」
優子「お米だって研がなきゃいけないのよ。この寒い時期に冷たい水で」
桃子「研ぐから。これから全部やるから! 家事とかもできるだけ手伝うから。だからお弁当作り教えてください」
優子「それならまあいいけど」
桃子「(嬉しい)」

○高校・3年B組教室前(翌日・朝)
  桃子、緊張している。
  手作り弁当の入った紙袋を持っている。
  付き添いに咲とさやか。
桃子「だめだ。やっぱ渡すのやめる」
咲「自分からついてきてっていっといてさ」
さやか「寝ぼすけの桃が早起きして一生懸命作ったんでしょ」
桃子「うーん。やばい。どうしよう」
咲「あ、桃、きた!」
  近藤、廊下を歩いてくる。
  咲とさやか、そそくさと立ち去る。
桃子「咲、さや! ち、ちょっと…」
  近藤、桃子の前を通り過ぎ、教室へ入ろうとする。
桃子「(慌てる)あ、わ、あ、あ、あの…近藤先輩っ…」
  近藤、立ち止まる。
桃子「お、おはようございます」
近藤「(誰だ?)」
桃子「あ、2年の田淵といいます。覚えてないかもしれないけど、去年の文化祭の時に不良みたいな人たちから助けてもらった…」
近藤「…(うっすら思い出したような)」
桃子「これ!」
  弁当箱の入った袋を差し出す。
  近藤、何となく受け取る。
  中を確かめる。
近藤「…弁当箱」
桃子「は、はい」
近藤「…これが何だ?」
桃子「あ、あの…別に全然そういうんじゃなくて、ち、違うんです」
近藤「(違う?)」
桃子「あ、あの…迷惑なんです」
近藤「(迷惑?)」
桃子「せ、先輩のせいで、うちのクラスの教室内でギャンブルがはびこってて、風紀が乱れてて…正直迷惑してるんです。だから、お弁当…作ってきました…嫌なら捨てちゃってもらって大丈夫ですっ!」
近藤「(全然わからない)…?」
桃子「し、失礼します!」
  桃子、走り去る。
近藤「(桃子の後ろ姿を見て)…なんなんだ?」

○同・2年A組教室前
  咲とさやか、待っている。
  戻ってきた桃子に、
咲「桃、どうだった?」
桃子「(頭を抱える)最悪…」

○同・教室
  昼休み。
  桃子、しょんぼり弁当を食べている。
  今日も騒がしい教壇前。
  教卓に乗った大井の声が響く。
大井「張ったり! 張ったりー!」
  黒板に『月曜 小倉&マーガリン』
大井「昨日は意表をつくまさかまさかの小倉&マーガリン! 今日はさァどうだ!」
男子4「卵1000円!」
女子2「ピーナッツ500円!」
男子2「メンチカツ2万!!」

○同・3年B組教室前
  大井と男子ら、教室を覗く。
  近藤の姿。
  近藤、読んでいた本をカバンにしまうと、ごそごそとカバンの漁りだす。
男子1「(祈る)ハムマヨこい!」
男子4「卵こい!」
男子2「メンチカツっ!!」
  男子の後ろに桃子、咲、さやかの姿もある。
桃子「(ぐずる)戻ろうよ。ムリだよ」
  前を陣取る男子ら、ざわつく。
男子ら「(あ然)何…だと?」
  咲、さやかの2人、男子を押しのけて教室を覗く。
咲、さやか「(桃子へ)桃!」
桃子「…?」
  桃子、教室を見る。
  近藤が、桃子の手作り弁当をむしゃむしゃ食べている。
桃子「(目を奪われる)ウソ…」

  以下、カットバック

○桃子の家・台所(翌日・早朝)
  パジャマ姿の桃子、眠たそうな目をこすり、やかんで湯を沸かす。
  そして水を出し、米を研ぎ始める。
  優子、物音を聞いて起きてくる。
  熱心に米を研ぐ桃子の後ろ姿を見て、
優子「(微笑む)」

○高校・3年B組教室前(朝)
  桃子、手作り弁当の入った袋を手にして待っている。
  近藤、やってくる。
桃子「せ、先輩!」
近藤「…」
桃子「今日も作ってきたので。嫌なら全然捨てちゃって大丈夫です!」
  桃子、弁当箱を近藤の胸に押し付ける。
近藤「…(受け取るしかない)」

○同・2年A組教室(翌日)
  昼休み。
  黒板に今週の出目。
  『月曜 小倉&マーガリン』『火曜 弁当』『水曜 弁当』
  静かな教壇。
  大井、教卓に座り込み、ふてくされている。

○同・3年B組教室前(翌日)
  昼休み。
  桃子、そわそわして待っている。
  近藤、空の弁当箱の入った袋を持って教室から出てくる。
近藤「…(渡す)」
桃子「また明日も作ってきますね」
近藤「…」
  近藤、教室に戻る。
桃子「あ、先輩っ」
  近藤、立ち止まる。
桃子「先輩がおいしいと思う食べ物、よかったら教えてください」
近藤「…(考えている)」

○桃子の家・台所(翌日・早朝)
  桃子、フライパンで卵を焼いている。
  オムレツを作っているようだ。
  隣で優子が、
優子「桃子、早く裏返しにしないと焦げちゃうよ(と口出しする)」
桃子「自分でやるから」
優子「あんた失敗するでしょ。卵それしかないんだから」
桃子「大丈夫だもん」

○高校・3年B組教室
  近藤、桃子の手作り弁当を食べている。
  焦げたオムレツを口に入れる。
近藤「(満更でもない)…」

○同・2年A組教室(一週間後)
  昼休み。
  教卓に座り込む大井。
  黒板に今週の出目。
  『月曜 弁当』『火曜 弁当』『水曜 弁当』『木曜 弁当』『金曜 弁当』
大井「畜生、何が弁当だ…これじゃ商売あがったりだ」
  大井、持っていた指揮棒をボキッと折る。

  カットバック、終わり

○高校・2年A組教室(数日後)
  昼休み。
  弁当を食べ終え、弁当箱を片付ける桃子。
  咲とさやかへ、
桃子「(立つ)じゃあいってくるね」
咲「空っぽになったお弁当箱を取りにいく。青春だねえ」
桃子「(照れる)」
さやか「桃、そろそろ先輩にコクっちゃいなよ」
桃子「ちょっ、やめてよ…そんな告白なんて」
咲「告白は勢いが大事よ」
桃子「…」

○同・3年B組教室前
  桃子、待っている。
桃子「(ぼそりと)告白か…」
  近藤、弁当箱を持ってやってくる。
近藤「(渡す)」
桃子「今日のオムレツ、どうでしたか?」
近藤「あぁ」
桃子「前から聞きたかったんですけど、先輩はどうしてそんなにランチパックにこだわってるというか、何というか…」
近藤「…」
桃子「あ、やっぱ何でもないです」
近藤「…美しいから」
桃子「へ?」
近藤「あの洗練されたデザインは間違いなく日本で一番美しい四角形だ」
桃子「(戸惑う)そ、そうなんですね」
近藤「…」
桃子「先輩って意外にロマンチックなんですね。じゃ、私戻りますね!」
  桃子、立ち去ろうとする。
近藤「田淵」
桃子「(ドキっとする)は、はい」
近藤「…どうして毎日弁当なんかよこすんだ」
桃子「ダメですか?」
近藤「…どういうわけだ」
桃子「(どぎまぎして)そ、それは…前にも言ったとおり、迷惑だからです」
近藤「なるほど」
桃子「明日も作ってきていいですか?」
近藤「…頼む」
桃子「(嬉しい)」
  廊下の影から2人を見ている大井の姿。
大井「(悪い顔になる)そういうことか」
         
○桃子の家・桃子の部屋(夜)
  桃子、一人にやにやしている。
桃子「(自分と近藤の一人二役で)『明日も作ってきていいですか?』『…頼む』 きゃーー!」
  桃子、一人盛り上がっている。
桃子「(ぽつりと)告白か…でも、なんて伝えればいいんだろ…」

○高校・2年A組教室(翌日・朝)
  桃子、近藤への手作り弁当の入った袋を提げてやってくる。
  どこからか笑い声が漏れる。
  大井と取り巻きの男子らが、桃子を見て薄笑いを浮かべている。
桃子「…?」
  と、桃子、黒板を見て愕然とする。
  黒板に相合い傘のイタズラ書き。
 『田淵桃子』と『近藤剛』の名前が並んでいる。
大井「おーい田淵。先輩のハムマヨネーズはもう舐めたか?」
男子ら「(馬鹿笑い)ぎゃははは」
桃子「(顔を真っ赤にし)…馬っ鹿じゃないの」
  桃子、黒板消しで落書きを消す。
大井「味はどうだった? 感想きかせろよ」
桃子「(無視)」
  大井、桃子のそばへ寄る。
  大井、弁当の入った袋をちらと見て、
大井「(真顔になる)いいか。先輩は俺の商売道具なんだ。弁当なんか渡してジャマしてみろ。今度はもっとひどいぞ」
桃子「…」

○同・校門近く
  登校する生徒ら。
  用務員に扮した天使、ほうきで落ち葉を掃いている。
  天使、空を見上げる。
  どんよりとした曇り空。
天使「順調かと思いきや、どうやら雲行きが怪しくなってきましたよ」

○同・3年B組教室前
  桃子、手作り弁当の入った袋を手に、近藤がくるのを待っている。
  窓の外、雨が降り出している。
桃子「(浮かない顔)」
  と近藤、やってくる。
  桃子、無理に笑顔を作る。
桃子「(明るく)先輩! 今日もオムレツにしちゃいましたー!」

○同・2年A組教室
  昼休み。
  桃子、咲とさやかと弁当を食べている。
桃子「…(元気がない)」
さやか「(桃子、見て)気にすることないよ。大井のことなんか」
咲「そーそー」
桃子「…うん」
  と、背後にマヨネーズを持った大井。
  大井、そろりと桃子に近づくと、制服にマヨネーズをぶちまける。
大井「(わざとらしく)田淵! 先輩に何か出されてるぞ!」
  取り巻き男子ら、騒ぎ立てる。
男子1「うわっ。ほんとだ。汚ねえ!」
男子2「お前、ここ学校だぞ!」
  桃子、制服についたマヨネーズに気づく。
桃子「?!」
咲「(大井へ)あんた!」
大井「(咲とさやかに)あ? お前らも田淵と同じ目にあいたいか?」
  とマヨネーズで脅す。
桃子「…私なら平気だから」
  桃子、ティッシュを取り出すと、必死でマヨネーズをふきとる。
咲、さやか「…」

○同・3年B組教室
  近藤、桃子の作ったオムレツを悠然と食べている。
近藤「(舌鼓をうつ)」

○同・女子トイレ
  桃子、マヨネーズをふきとっている。
  が、汚れが落ちきらない。
  ふいに、涙がぽたぽたとこぼれおちる。
桃子「(ぽつりと)なんで…先輩にお弁当たべてほしいだけなのに…」

○桃子の家・外観(翌日・早朝)
  鳥のさえずりが聞こえる。

○同・階段前
  優子、2階を見上げる。
優子「(大声で)桃子ー! 起きないとお弁当間に合わないよ!」
  が、返事がない。
優子「(訝しがる)…」

○同・桃子の部屋
  桃子、ベッドで目を開けたまま布団に被さっている。
桃子「…」
  起き上がる気配はない。

○高校・2年A組教室
  授業中。  
  窓際の席。桃子の姿はない。
  咲とさやか、心配そうに桃子の席を見る。
  大井、桃子の席をちらと見て、
大井「(にやり)」
  と、教室のドアが開く。
  一同の視線の先に桃子。
桃子「(教師へ)遅刻してすみませんっ」
  桃子、教室へ入ってくる。
  桃子の手に、いつものように近藤への手作り弁当が入った手提げ袋。
  桃子、毅然とした態度で席に着く。
  そして手提げ袋を机の脇にかける。
桃子「(咲とさやかへ、にこり)」
咲、さやか「(微笑む)」
大井「(唇を噛む)」

     ×     ×     × 

  10分休憩の時間。
  桃子、おろおろと教室内を見回している。
  咲、さやか、桃子の異変に気づく。
咲「桃?」
桃子「…ないの」
さやか「え」
桃子「…先輩に渡すお弁当」
咲「うそでしょ?」
桃子「どうしよう。早く渡さないとお昼休みになっちゃう…」
さやか「ちゃんと探したの?」
桃子「(自分の机を見て)ここにかけといたのに…」
  咲、ピンときて、大井のいる方を睨みつける。
  大井、白々しくそっぽを向く。
咲「アイツ…」
  桃子も察し、大井のもとへいく。
桃子「返して」
大井「ん?」
桃子「先輩に渡すお弁当…今すぐ返して!」 
大井「おいおい何のことだ?」
  桃子、かっとなって大井ににじりよる。
  大井、すかさず桃子の体を跳ね飛ばす。
  桃子、床に転んでしまう。
大井「(桃子を見下ろして)田淵。これはあくまで仮の話だけど。仮にだよ? 俺が弁当を盗んだとすれば、そんなものはどっかのゴミ箱に捨てちまうだろうな」
桃子「そんな…」
大井「(にやり)」

○同・3年B組教室
  昼休み。
  生徒ら、弁当を食べている。
  近藤、何をするでもなく、じっと机に座っている。
近藤「…」
  近藤、おもむろに立つ。

○同・2年A組教室前
  近藤、やってくる。
  教室のドア付近にいる女子へ、
近藤「(ぼそり)…田淵はいるか?」
  女子、桃子を指さす。
  近藤、教室へ入っていく。
  近藤、桃子の前に立つ。
近藤「…田淵」
  桃子、声に気づいて顔をあげる。
  桃子の頬に一筋の涙。
  桃子、とっさに涙を拭い、
桃子「(笑顔を作る)あ、先輩!」
近藤「弁当を受け取ってない」
桃子「…ごめんなさい…今日は寝坊しちゃって…」
近藤「…そうか」
  と近藤、去る。
  見ていた咲とさやか、後を追う。
咲「(近藤へ)ちょっと! いくら何でも鈍感すぎやしませんか?!」
近藤「…(わからない)」

○同・職員室
  教師ら、昼食をとっている。
  近藤、入ってくる。
  入るなり近くのゴミ箱を漁り始める。
教師1「(驚く)何してる」

     ×     ×     ×
 
  フラッシュバック。
  廊下。
  近藤、咲とさやかに叱られている。
咲「先輩にお弁当を作ってるせいで桃はクラスで嫌がらせにあってる」
さやか「それでも桃がお弁当を作り続けるのは、桃はずっと先輩ことが…」

     ×     ×     ×

近藤「…」

○同・1階昇降口前
  用務員に扮した天使、ゴミ箱をのぞき込んでいる。  
天使「(顔をしかめる)しかし、ひどいことをするもんですね」
  天使、顔をあげる。
  撮影カメラを手招きする。
  撮影カメラ、天使の前にくる。
天使「見てください。ひどいですよ」
  撮影カメラ、ゴミ箱の中をアップで撮る。
  ゴミの中に弁当箱。
天使「中身は無事なんでしょうかね。だとしても、これを食べるのはちょっと…」
  と、近藤、やってくる。
天使「あ、きました」
  撮影カメラ、慌てて元の位置に戻る。
  天使、モップ掃除をしはじめる。
  近藤、うろうろする。
  が、肝心のゴミ箱に気づかず素通りする。
天使「(わざとらしく独り言)あれ、なんだこれ? ゴミ箱に弁当箱? ま、いいか」
近藤「(気づく)」
  近藤、ゴミ箱をのぞく。
  近藤、埃やゴミで汚れた弁当箱を拾い上げる。
近藤「(弁当箱を見て)…」

○同・2年A組教室
  桃子、うつむいている。
  教壇で男子らが話している。
男子1「先輩、今頃はコンビニでランチパック選びの最中か」
男子2「今日こそメンチカツだ」
  大井、教卓に飛び乗る。
大井「(上機嫌で)今日から賭けの再開だ! 今日の先輩のランチパックはさァなんだ! 張ったり! 張ったりー!」
  と、ドアががらりと開く。
大井「(見る)」
  近藤が立っている。
  その手には捨てられた弁当箱。
  近藤、入ってくる。
  教卓に乗っている大井、
大井「(近藤を見下ろし)誰かと思えばランチパック先輩じゃないですか」
近藤「…」
  桃子、近藤に気づく。
大井「ランチパック、コンビニで買ってきたんでしょう。まだ見せないでくださいね。オッズ決めなきゃいけないんで」
  近藤、突然、印籠よろしく四角い弁当箱をかざす。
桃子「…?」
近藤「誰だ? この日本一美しい四角形をあんなところに捨てたのは」
桃「(はっとする)」

     ×     ×     ×

  フラッシュバック。
  3年B組教室前。桃子と近藤。
桃子「その、先輩はどうしてランチパックを…」
近藤「あの洗練されたデザインは、日本一美しい四角形だ」

     ×     ×     ×

桃子「…」
大井「(吹き出す)ちょっと何いってるかわかんないです」
  近藤、大井に近づく。
近藤「…お前か」
  大井、教卓から飛び降りる。
大井「(豹変し)あ? やんのか、こらァ」
  男子ら、ぞろぞろやってきて、近藤を取り囲む。
桃子「(不安になる)」
近藤「…」
男子2「(近藤へ)おい。メンチカツ切ってんじゃねえぞ、こら」
男子1「なめてんじゃねえぞボケっ」
近藤「…望むところだ」
  男子ら、近藤に殴りかかる。
  近藤、ひらひらとかわす。
  近藤、反撃する。
男子3「ぐっ(倒れる)」
  男子ら、近藤一人にぼこぼこにやられる。てんで相手にならない。
  床に倒れる男子1、2、3、4。
近藤「(大井を見る)」
大井「こいつ…」
  大井、近藤に殴りかかる。
  近藤、カウンターで大井を力いっぱい蹴り飛ばす。
大井「(吹っ飛ぶ)ぐぺぇーーーー!!」
  大井、床に倒れたまま悶絶する。
  静まり返る教室内。
  近藤、のそのそ桃子へ近づく。
  桃子、呆然としている。
近藤「…田淵」
桃子「は、はい…」
近藤「これ(弁当箱)、もらっていくぞ」
桃子「…」
  近藤、弁当箱を手に悠然と去っていく。

○同・3年B組教室
  近藤、むしゃむしゃ弁当を食べている。

○同・2年A組教室(放課後)
  桃子、決意に満ちた顔をしている。
  咲とさやかへ、
桃子「私、先輩に告白する」
咲、さやか「(うんうん)」
桃子「(弱気になる)でも…この気持ち、どう伝えたらいいかわからないよ…」
咲「とにかく桃の想いをぶつけるの!」
さやか「そうだ! 頑張れ、桃!」
桃子「(不安)」

○同・屋上
  天使、タバコをぷかぷかふかしている。
  撮影カメラに気づく。
  天使、タバコを消す。
  携帯灰皿を取り出し、吸い殻を捨てる。
天使「どうですか? 告白の準備は整いましたか?」
  撮影カメラ、頷く。
天使「ふむふむ。校舎裏に呼び出したと」
  撮影カメラ、頷く。
天使「(ほっとする)一時はどうなることかと思いましたが、ここまで待った甲斐がありました。それにしても、ランチパックの話、少しクドくないですか?」
  撮影カメラ、困る。
天使「さて。何はともあれ、いよいよ告白タイムです」

○同・校舎裏
  桃子、緊張で体が震えている。
  少し離れたところ、校舎の死角に咲とさやかの姿。
  反対側の校舎の死角には天使の姿。
  と、近藤、やってくる。
桃子「(さらに緊張)」   
  桃子と近藤、向かい合う。
近藤「…何か用か?」
桃子「…」
咲、さやか「(頑張れ)」
桃子「その…先輩に伝えたいことがあって…」
近藤「…何だ?」
桃子「私、ずっと前から先輩のことが…何というか、先輩を見てると胸が苦しくなるというか…先輩にお弁当を作るのが楽しくて…嬉しくて…私、先輩のことが…」
近藤「…?」
桃子「ずっと前から…」
天使「(もどかしい)好きでした」
桃子「私、ずっと前から…」
近藤「…」
桃子「先輩のことが…」
  桃子、俯いてしまう。
天使「(もどかしい)好きでした。いっちゃっていいですよ、好きって」
撮影カメラ「(ダメです)」
  桃子、何もいえない。
  『すき』が消えた世界で、どうしても言葉が出ない。
  桃子、すっかり黙り込んでしまう。
近藤「…田淵」
桃子「…?」
近藤「よくわからないが、つまり、これからも弁当をくれるということか。日本一美しい四角形を」
  桃子、やけっぱちになる。
桃子「そ、そうなんです! これから毎日、ずーっと、ずーっと!! 先輩にお弁当を!! 私は…私は世界一おいしい四角形を作りたいっ!!!」
近藤「…頼む」
桃子「じ、じゃあ、私と付き合ってください」
近藤「(あっさり)ああ」
  桃子、嬉しさでへたれこむ。

○同・校門
  桃子と近藤、並んで帰っていく。
  満足げに見送る天使。
天使「さてとーー」

○同・校舎裏
  天使、先ほど桃子が告白した場所に立っている。
天使「では、できたてほやほやの『すき』を採取するとしますかね」
  天使、ポケットから魔法の瓶を取り出す。
  瓶へ念力を込める。
天使「ふんっ!」
  辺りの空気が揺らめき、瓶の中に『すき』(言霊)が吸い込まれていく。
  ピンク色の液体がみるみる瓶の中にたまっていく。
天使「(瓶を眺めて)これでよしと」
  天使、瓶にラベルを貼り付ける。
天使「(撮影カメラマンへ)マジックペン持ってますか?」
  撮影カメラマンの手が伸びて、天使にマジックペンを渡す。
天使「どうも」
  天使、マジックペンでラベルに以下の文字を書く。
  『おいしい四角形を作りたい』
天使「(改めて瓶を眺める)うーん。ずいぶんユニークな『すき』が採れました。やっぱり少しクドすぎませんかね、ランチパック」
  撮影カメラ、困る。
天使「一仕事終えたことですし、一杯やりませんか。トリキいきましょう、トリキ」
  頷く撮影カメラ。
  天使、撮影カメラを引き連れてその場から去る。
               (おわり)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?