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禍話リライト「明ケミちゃん」

 以下の話は、聞いたり読んだりした方に何らかの現象が起きる可能性が示唆されています。このまま読み進める際には、どうぞご承知おきください。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 Nさんが大学生のときの、ある夏のことだった。

 彼が住んでいた団地では、地区の子ども会が少年自然の家に泊まりに行く、夏休み恒例の行事があった。
 当然子どもたちは地区の大人が引率するのだが、その年は参加する保護者の人数が足りなかったらしい。
 そういう事情で、Nさんたち大学生くらいの奴ら4、5人も、その行事に駆り出されることになったという。

 仕事といえば子どもの面倒をみたり、荷物を運ぶ雑用をしたりするくらいで、それほど大変ではない。
 勿論滝や川なんかの自然も楽しめるし、夜はお酒も出してもらえる。しかもタダとあっては、Nさんはこりゃあいいバイトだな、と感じていた。
 
 1日目の夜に、子どもたちを施設の体育館に集めて怖い話大会が行われた。当時はまだ子どもたちが純朴だった時代で、どんな話をしても怖がってくれる。
 ありきたりな、鬼婆やらびしょ濡れの幽霊が出てくるような怪談でひとしきり盛り上がった後、怖い話大会はお開きとなった。

 怖がる子どもたちを寝かせた後、Nさんたちは自分たちの泊まる部屋に戻ってお酒を飲むことにした。

 夜になって他の部屋の電気が消えていくと、田舎のことであるから窓の外は真っ暗で結構雰囲気がある。自然とまた怖い話を続ける流れになった。

 Nさんたちは銘々に、本で読んだりテレビで聞いたりした話を披露する。それほど目新しいものはなかったが、皆酔っていたため話に乗ってリアクションを取ってくれ、場はそこそこ盛り上がったという。

 ところが、その場に1人あまり話さない奴がいることにNさんは気がついた。怖い話に興味がないのかとも思われたが、皆の話はニコニコして聞いている。

 まあ別にいっか、とNさんが思ったときだった。当の彼──名を仮にTくんとする──が口を開いた。

「皆さ、ちょっと俺……聞いてほしい話があるんだけど、いいかな? みんな結構リアクションとって、いいお客さんって感じで聞いてくれてるし」

「おう、Tなんかあんの?」

「いや、これ俺の実体験みたいな、怖くもないから笑われちゃうと思うんだけど……。今まで誰にも話したことないんだけどさ」

 おそらく、彼が話そうとしているのはちょっと不思議な体験をした、というくらいのエピソードで、今までは気恥ずかしくて言えなかったんだろうな、とNさんは考えた。
 
「いやいや、そんなことないよ。そういう生の体験っていうのは貴重だからさ……」
 と、皆で大仰に盛り上げて聞いてあげたのだという。

「俺ね、小学生のときに、決まって見る夢があってさ。その夢ってのが、2階建ての家の、2階の部屋に俺が逃げ込むところから始まるんだよ。階段の踊り場から、小学生の俺が女の子の手を握って、バーって必死に駆け上がってるんだ」

「なんでそんなに必死なんだよ?」

「それがさ、何が起きたのか詳しくは覚えてないんだけど、その家の1階でね、大虐殺が起きてるんだ」

「だ、大虐殺?」

「うん、まあ誰が死んでるのかは分からないんだけど、なんでか俺は1階にいる人間は全員死んでるっていうのが分かるんだ、夢だから。それもどうも1人の人間に殺されたらしい。要は映画のジェイソンとか、そういう感じだよ」

「お、おお。怖い夢だな」

「うん。で映画で言うとクライマックスみたいなシーンから始まって、俺がワーって女の子と一緒に逃げようと思うんだけど、逃げる場所なんかないからさ、2階の奥にある和室の押入れに隠れるんだ。
 で、その押入れってのが、開けたら上の段も下の段も布団でパンパンなんだよ。俺らは小学生でなんとかもぐり込めるから、2人で上の段の布団の中に隠れるんだ。
 それで押入れの襖を女の子と2人で押さえて頑張るんだけど、やがて階段を誰かが上がってくる。」

「ああ、そりゃ確かに怖いな」

「そんで、なんでか知らないけど、そんとき一緒に逃げてきた女の子が、『左側が開くから、右側にいれば大丈夫だよ』って言ってくるんだ。
 俺も(あっ、そうなんだろうな)って夢の中で納得して右側に隠れてると、結構勢いよく襖がスパァンって開いて、誰かが見てる気配がする。だけどそいつはすぐに苛立った感じで閉めてどっか行っちゃって、なんでか確かに右側を見ないんだ。
 俺があー助かった、って安心してると、横にいた女の子も『あーよかった~。アケミちゃんが~』って言うんだよ。
 俺がそれ聞いて、ん?“アケミちゃん”って誰のこと?って思ってると、そこで目が覚めるんだ。こういう夢をずっと見てたんだよ」

 Tくんの一連の話を聞いて、Nさんたちは彼がそんな夢を見た原因について、まずあり得そうなものを指摘した。

「それってさ、映画とかの影響でそういう夢見たってことじゃない? 『13日の金曜日』とか、『ハロウィン』とかさ」

「いや、俺小さいときはそういう映画とか全然見たことないんだよね。後でそういうの見て、俺の夢みたいな展開してるって思ったんだけど……。よく考えたら、たぶん幼稚園の年少くらいからこの夢見てるのかも」

「へえ、結構長く見てるじゃん」

「まあ、そんなに頻繁に見る夢でもないから、忘れた頃に……って感じなんだけどね。
 で、あるときね、小学校の6年生くらいだったと思うんだけど。」

 彼の話はまだ続くようだった。

「その年の秋口くらいに、なんか放課後に教室で残ることがあってさ。Aくんっていう、普段全く違うグループに所属してて、あんまり話したことがない奴にたまたまこの話をしたんだよ。
 そしたら、Aくんが『えっ? それ本当?』ってすごい乗ってくるんだ。なんでこんなただの夢の話に乗ってくるんだろう?って思ってたら、Aくんも同じような夢を見てるって言うんだよ」

「えっ? 話が変わってきたな」

「うん、そうなんだよ。そん時の俺も驚いて色々聞いてみたらさ、舞台が自分の家だったりホテルだったりで若干シチュエーションは違うんだけど、押入れに隠れるのとか、女の子に右側に隠れろ、って言われるのも一緒なんだ。
 ひょっとして、最後にその女の子が言う名前も同じなのかな?って思ってさ。
『その女の子さ、最後変な名前言うだろ?なんか“アケミちゃん”とかさ』って言ったら、急にAくんが黙って。
 真顔で『お前? お前何言ってんの!?』って俺に詰め寄ってくるわけ。
 俺が『何? なんかまずかった?』って聞いても、
『お前、おまっお前……、それヤバイよ……ヤバイよ!!』
って言ってそのまま出てっちゃったんだ」

「え……、“アケミちゃん”って言っただけで?」

「そう……。それからさ、Aくんはあんまり学校来なくなっちゃって。で、まあ同じ団地に住んでるから、スーパーとかで会うこともあるわけだよ。そしたら露骨に俺のこと避けるんだよね。
 しかも見かけるたびにそいつ具合悪くなってる感じがしてさ。いつもマスクして、手になんか湿布みたいなの貼ってて……。確か卒業式も出なかったんじゃなかったかな……」

「いや、この話、めちゃくちゃ気持ち悪いんだけど……。なにそれ……」

 ここまで聞いてきたNさんたちは、彼の語る話の異様さに既にかなり引いていた。

 だが、Tくんの話はまだ終わらなかった。

「で、俺中学んときにもたまたまそういう話をする機会があってさ、この夢の話をしたんだよ」

 Nさんは内心、(誰にも話したことないとか言ってたけど、まあまあ話してるじゃん……)と思いながら「おう……」と続きを促した。

「それで、皆が不思議だね、とかずっと同じ夢見るなんてあるんだね、って感じのリアクションで聞いてくれてたんだよね。
 そしたら職員室にいたはずの年配めな理科の先生がさ、普段温厚な人なのに急に、
『おまえら何“アケミちゃん”の話してんだ?!!』
って怒鳴り込んできてさ。
 俺と話してた奴ら全員往復ビンタされて、皆で(えっなになに?)って思ってる間に先生帰っちゃって。
 同じ教室に残ってた他の女子とかも、
『えっ? なんで今男子らビンタされたの? あの先生大丈夫?』
『いつもはニコニコして授業のときもギャグとか飛ばす人だったよね……? “アケミちゃん”とか言ってたの何?』
って感じで、その場がシュンとなっちゃって……。
 で、その先生同じ団地に住んでるから、ちょこちょこ会うことがあって。先生は具合悪くなるほどじゃなかったけど、俺のこと避けてる感じがしたんだよね。卒業までずっと避けられてて、でも詳しいことは言ってもらえなかったんだ」

「いや、あのね……。T、十分怖い話だわそれ……」

 話を聞いていたうちの誰かが重々しく口を開いてそう言っても、Tくんはあまり意に介さないふうだった。

「あっそう? そうなんだ。でさ、俺高校んときにも……」
とTくんが言いかけたところだった。

 聞いていた奴の1人がとうとう、
「お前さ、その話結構するよね。さっき自信なさげにしてた割には定期的に話しちゃうんだね」
と皆が思ってたことを突っ込んだ。

「うん、なんか話しちゃうんだよね……、そういう場が設けられるとさ。
 で、高校ん時はさ、俺新聞部にいたんだけど、」

 話の腰を折られたことにも気にせず、Tくんは話を続ける。

「そのときは部内で夏の怖い話特集の記事を書かないかって話になって、部員の女子が『仏壇に足を向けて寝たら、金縛りに遭って耳元でギャンギャン怒られた』みたいな話をするから、じゃあこのくらいの話ならいいかなって思って“アケミちゃん”の話したんだよね」

「おう、どうだった?」

「そしたら、不思議なトーンなのがいいねって言われて、この話が採用されて記事になったんだよ。
 ちゃんと書いて、学校全体に配るから100部は刷って部室に置いといてさ。でも次の日の朝来たら、顧問の先生が“アケミちゃん”の話のくだり、全部マジックで消してたんだよね。
 『なんで消してるんすか?』って聞いても何にも言ってくれないし……。結局顧問は辞めちゃって、別の人になってさ」

「えー、そうなの?」

「んー。それでその先生がさ、同じ団地に住んでたからさ……」

 3回も続いた「同じ団地」というワードに、さすがに皆もスルーできなくなっていた。

「え? ちょっと待て待て待て……、そ、そうなの?」

「え、うん」

「いや、なんかさっきから似たような話の繰り返しになってるけどさ、だ、大丈夫それ?」

「いやー、うん。まあその先生とはそれから接点なかったし、授業の担当でもなかったから分かんないんだけど、避けられてたのかもな……」

 重々しい雰囲気を紛らわそうと、誰かが冗談めかしてこう言った。

「えっ、俺らん中にさ、Tと同じ団地の奴とかいないよね?」

「ハハハ……、俺ら、みんな同じ団地やないかい……」
 また違う奴が、ひきつった笑いを浮かべながらそう答えた。

「そうだな、みんな同じ団地だったな……。同じ団地だから、今子ども会の付き添いに来てんだもんな……」

 皆、口に出しては言わないが、(なんで今このタイミングでそういうこと言うんだよ……)という思いが表情から伝わってくる。

 ただ唯一救いだったのは、その話を聞いた誰一人として、“アケミちゃん”という名に心当たりがなかったことだ。

 Nさんも、(だ、大丈夫だよな……。俺はTくんの話聞いても、不思議だなとしか思わなかったし……。でもひょっとして他の保護者の人が急に怒鳴り込んでくるとか?)と不安を拭いきれなかったが、自分たちの周りには誰かが来そうな気配はなかった。

「ま、まあ今ちょっとな、自分たちの立ち位置に気付いてゾッとしたけど、いやーとにかく怖かった、怖かった!」

 周りがそうやって話を締めようとしているのに、Tくんは性懲りもなく、「あのさ、俺大学でも……」と話を続けようとする。

「いやー、まあまあもういいよ!」

「俺たちもう怖すぎて聞けないよ!」

「もう遅い時間だしさ、お開きにしようお開きに。なっ?」

 皆でそう畳み掛け、大学の話ができず一人消化不良を起こしているような表情のTくんをよそに、怖い話大会はお開きとなった。


 一同は布団を敷いて寝る仕度に入った。たまたま、NさんはTくんの隣で寝ることになったという。

 布団に入って目を瞑っても、先程まで聞かされていた奇妙な話が頭をぐるぐると駆け巡り、なかなか眠りにつくことできない。

(俺たちの団地、そんなヤバそうな話今まで聞いたことないよな……。大量殺人なんて起きたこともないし、絶対本当の話じゃないよな。作り話にしちゃ、めっちゃ怖かったけど……。俺じいちゃんの代から今の団地に住んでるけど、そんなこと起きたこともないし……。いや、作りだよ作り。絶対。途中から何かうまいこと話を盛ってたんだよきっと)

 そんな風に自分に言い聞かせているうちに、Nさんは眠りに落ちた。
 

 ふと気がつくと、Nさんは知らない一軒家の、階段の踊り場に立っていた。

 ここはどこだ?と階下を振り向くと、窓という窓のカーテンが閉めきられていてよく見えないが、床に何らかの液体がビシャッと飛び散っている。
 辺りに充満している鉄錆のような匂いが、その液体が何なのかを容易く想像させた。

 途端に危機感を覚えたNさんは、残りの階段を駆け上がり、2階へ足を踏み入れた。

(え、どうしよどうしよ。下の人間、全員死んでる。どうしよ隠れなきゃ。でも隠れるって言ってもな……。あ、押入れに隠れるか)

 そこでNさんはようやく、これが夢であることに気がついた。

 彼が子どもではなく大人の姿をしていること、一緒に逃げる女の子がいないことを除けば、さっき聞いたTくんの夢の話とそっくりである。

 押入れを開けてみると、Tくんの話の通りに、中は上下段とも布団がパンパンに詰められている。
 夢の中のNさんは大人の姿をしていたため、かなり苦労して無理矢理布団の間に体をねじ込んだ。

 なんとか入り込んだところで、Tくんの夢では押入れの右側に逃げなければならなかったことを思い出した。またもや身を最大限に捻って、押入れの右側に移動する。

(え、もうなにこれ、怖い怖い……。なんで夢だって気づいてんのに覚めないわけ?)

 そう思っていると、階下から誰かが昇ってくる気配がする。一気に緊張が走るが、Nさんが耳を澄ませていると、ある違和感に気がついた。 

 足音が、異様に軽いのである。

 ちょうど小学生くらいの子どもが階段を昇っているとしか思えない。

(おかしいよな、子どもが1階にいる人間を皆殺しとかできんのかな? あー近づいてくる、怖い怖い)

 とうとう足音の主はNさんが隠れる部屋に入ってきた。

 押入れの襖がバァンッ!と乱暴に開けられる。

 Nさんが身を固くしていると、すぐにバァンッ!と襖が閉められた。確かにTくんの話と同じように、足音の主は左側の襖を開けただけで、Nさんがいる右側は確認せずに立ち去っていった。

 トントントン……と階段を降りていく軽い足音を聞いて、Nさんは(あー、よかった)と胸を撫で下ろした。

 しかし安心したのも束の間、彼は次第に、夢から全く覚めないことに不安を覚え始めた。普通、自分が夢の中にいると気づいているなら、そう長く経たず目覚めるものではないのか。

 確かTくんの話では、一緒に隠れている女の子が“アケミちゃん”という名前を口にすると目が覚めるはずだった。しかし、今のNさんは一人で隠れており、目覚めるきっかけを逸してしまっているのかもしれなかった。

 何か手はないかと苦し紛れにズボンのポケットを探ると、携帯電話が出てきた。普段Nさんが使っているのと同じものだ。携帯電話にはライトが付いている。彼はそれで真っ暗な押入れの中を確認しようと思い立った。

 携帯電話の明かりがパッと辺りを照らす。すると、Nさんが必死にへばりついている押入れの内側に、何か単語が書かれていることに気がついた。

 一番最初の字は「明」だ。その次は辛うじて片仮名の「ケミ」と読め、続いて「ちゃん」と書かれている。

(「明ケミちゃん」って、──“アケミちゃん”?)

 不自然な字の連なりと、Tくんの夢の話に出てきた名前とが頭の中で結び付いて、Nさんはゾッとした。

 するとその瞬間、
やっぱり限度があるよな
という声が、襖を隔てた向こうから聞こえてきた。

 それは明らかに、あの夢の話を語ったTくんの声だった。

やっぱり限度があるよな、なあ? いくら布団重ねてもさ、分かるよな?
 ──自分の下に何があるかなんてさ、子どもでも分かるよな


 Tくんの声はさらにそう言い募る。

(え……、こいつ何言ってんの……?)

 最初は戸惑うだけだったNさんだが、自分が押入れの中の、大量の布団の上に乗っている状態であることに思い至った。

 おそるおそる腕を伸ばして布団の塊の底の方を捲ってみると、赤黒いものが目に入る。

(え? ちょっ)

 その赤黒いものが何であるかに気づいた瞬間、それまでなかった血の匂いがブワッと押入れの中に充満してきた。

 それと同時に、Tくんの声はこう言った。

やっぱり分かるよな、うん……。
 それが、“明ケミちゃん”なんだよね


「うわッ!!」

 Nさんはそこでやっと目が覚めた。周りの連中が起こしてくれたようだった。

「大丈夫かお前? すごい絶叫上げて『ウワー!!』とか言ってたから起こしちゃったんだけど、だ、大丈夫……?」

 確かにずっと叫んでいたせいか、Nさんの喉はすっかり嗄れてしまっている。

「あー、ごめん今すっげえ怖い夢見てさ……。」

 しゃがれた声で絞り出すようにそう言いながら、NさんはTくんの姿を探していた。しかし、どこにも見当たらない。

「あれ? Tくんは?」

「えっ? あれTいないな……?」

 周りの奴らもそこで初めてTくんの不在に気づいたようだった。皆で確認すると、彼の荷物も無くなっている。

 代わりにノートをちぎったようなメモに、「用事を思い出したから先に帰ります」と書き置かれているのが見つかった。

 Nさんの絶叫で皆目覚めてしまったが、まだ早朝とも言えない時間で、外も真っ暗だ。

「帰ったって……、こんな時間に? え?」

 もう自分たちで抱え込んでいては良くないと判断して、Nさんたちは施設を管理している人と、子ども会を束ねている年長の人たちに事情を説明しに言った。


 その人たちも、Tくんがいなくなっていることは知らなかったようだった。

「帰ったって……? 俺が行きに皆を乗せてった車はまだそこにあるから、歩いて帰ったのか? まあ頑張れば歩いて帰れない距離じゃないけど……。
 ていうか君、顔色尋常じゃないけど、大丈夫?」

 Nさんが悪夢にうなされたと知らない人にも心配されるほど、彼の顔色はひどかったようだ。

「いやちょっと……、怖い夢見ちゃって……」

「え? ちょっとこっち来なさい。汗でビシャビシャだし、一回シャワー浴びた方がいいよ」

「いや、なんか……。俺が悪夢見たの、Tくんのこんな話を聞いたからかもしれないんですが……、」

 Nさんは、Tくんの話と自分が見た夢の内容をかいつまんで話した。

「なんか変な話ですよね……。俺も酒飲みすぎて悪酔いしちゃったからですかね、変な夢みたのも。でもまあTくん帰っちゃったから、それは気持ち悪いですけどね……」

 一通りの話を聞いて、施設の人は「へぇー」といった感じの反応だったが、子ども会の年長の人は、何かを考え込んでいた。

「あれ? えっでも違いますよ、うちの団地で、子どもが人をいっぱい殺したりとか、子どもが殺されたりとか、そんな事件なかったでしょ確か」

「うーん……。自殺だとあったかな……」

「自殺?」

 Nさんたちが聞き返すと、
「いや、あのね。昔うちの団地に、ちょっと学校行かない感じの女の子がいてね……」
と年長の人の一人が、すごく嫌そうな顔で話しはじめた。

「いや別に身体の具合が悪いとかじゃなくて、精神的な問題だったのかな? 地区が違ったからあんまりよく分からないけど……。
 で、確かその子、押入れで自殺してるねえ……。名前が“アケミちゃん”かどうかまでは分からないんだけど、押入れで自殺した女の子はいるねえ……」

「えー……、あ、そうなんですか……」

「うん、いる……。けど、その子俺の同級生くらいだから、もう随分前のことだよ。自殺したとは新聞にも載ってないし内々に済ませてたから、Tくんが知ってるはずないと思うんだよな……」

「で、でも大量殺人みたいなことは起きてないんすよね?」

「うーん、あのね……。その子がね、空想癖があったかなんかで、自由帳にあんまり良くない内容のお話を書いてたってのは聞いてる……。内容までは聞いてないんだけど、ね……?」

「うわ……。いや、もうやめましょやめましょ、この話は……」

 異様な空気になってしまった場をなんとかしようと、Nさんたちは施設の人も巻き込んで、朝までお酒を飲んでやりすごした。


 結局、運転手役だった年長の人もベロベロになってしまい、仕方なく、地元から奥さんを呼んで、帰りの車を運転してもらった、という。


※追記
この話の放送後、寄せられた後日談については、禍話リライト「明ケミちゃん・その後」をお読みください。


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著作権フリーの怖い話をするツイキャス、「禍話」さんの過去放送話から、加筆・再構成して文章化させていただきました。一部表現を改めた箇所があります。ご容赦ください。イニシャル表記などはすべて仮名です。

出典:シン・禍話 第六夜より「明ケミちゃん」 (1:27:30ごろから)

▼「禍話」さんのツイキャス 過去の放送回はこちら


(登録不要、無料で聞くことができます)

▼有志の方が過去配信分のタイトル等をまとめてくださっているページ
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★★後れ馳せながら、雑誌掲載・ドラマ化・有料ライブ開催おめでとうございます!★★

▼ドラマ版『禍話』は、YouTubeチャンネル「オカルト部」さんで全5回に分割配信されたものを視聴できます。



▼有料ライブ『生生生生禍話』(1,800円)
ライブはすでに配信されましたが、購入・アーカイブ視聴は8月18日(水)までできるそうです。
放送中盤に訪れる怪奇現象も怖いですが、個人的には最後のお話「姉が帰宅した写真」がとても気持ち悪くて印象的でした。興味のある方は是非ご一聴ください。

 今後も様々な形で禍が拡散されていくのを楽しみにしております。