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禍話リライト「明ケミちゃん・その後」

はじめに

 以下は、ツイキャス禍話で「明ケミちゃん」の話が語られた後、緊急放送という形で明らかにされた関連話を紹介するものです。先にシン・禍話 第六夜の該当部分を聞くか、禍話リライト「明ケミちゃん」を読むことをお勧めします。
 なお以下を読むとお分かりいただけるように、「明ケミちゃん」やそれにまつわる話は、読んだり聞いたりすると何らかの現象が起きる可能性があります。予めご承知おきください。

第1話 Sさんの夢


 ツイキャス禍話で「明ケミちゃん」が語られる、2日か3日ほど前の日のこと。
 禍話の語り手であるCさんが、ツイキャスでこの話をしようかな、と思案していたときだった。禍話の聞き手のSさんが「怖い夢を見たんです」と話してきたのだという。
 Sさんによると、それはこんな夢だった。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 夢の中でSさんは、どこだか分からない家の中を、すごく怖いモノから女の子と手を繋いで逃げまどっていた。一緒に逃げている女の子はちょっと精神的に不安定な感じの、全然知らない子だったという。
 女の子と2階の押入れに隠れ、2人で息を殺していると、階下から何かが上がってくる気配がする。
 すると一緒に逃げてきた女の子が、恐怖が限界に達したためか自分の舌を噛み切ってしまった。
 口から血をダラダラ流す女の子を見てSさんが動揺しているうちに、2階に上がってきた怖いモノが、押入れの襖に手をかけて開けようとしてきた。
 Sさんは襖が開かないよう内側から精一杯押さえる。しかし、女の子の方は口から血を出していてそれどころではなく、Sさんに加勢してくれない。
 とうとう彼一人だけの力では外にいるモノに押し負けてしまい、襖がバァン!と開いた。
 そこで、Sさんは目が覚めたのだという。

 この段階では、Sさんは「明ケミちゃん」の話は聞いていない。

(ああこれは……この話、しておいた方がいいのかな)
 Cさんはここで、禍話で「明ケミちゃん」の話をすることを決心した、という。

第2話 話に呑まれたこと


 「明ケミちゃん」では、奇妙な夢の話をしてきたTくんが大学の時に何をしたのかは語られていない。それが、Cさんにはジグソーパズルの埋まっていないピースのように感じられていた。
 実は「明ケミちゃん」の話は九州F県で起きたものであった。CさんはF県で人脈を広く持っている知人女性のOさんに連絡を取り、Tくんの大学の時の話がないか集めてもらうことにした。

 ほどなくして、Oさんから「大学の話は分かった」という連絡が入った。
 しかし、Oさんは
「大学でどんなことがあったのかは分かったけど、私はこれで手を引くから」
と言葉を続ける。
「え? 手を引くもなにも……」
 困惑したCさんがそう言うと、
「いやー、ちょっとよくない……。とりあえず、大学の話は教えてやろう」
と前置いて、Oさんはこんな話をしてくれた。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 そもそもOさんは、それまでに知人から聞いた話の中に、「明ケミちゃん」と毛色の似たもの──大学で、よく知らない奴から夢の話をされるというもの──があったことを覚えていた。
 そのためすぐアタリをつけて、
「あのさ、大学で変な夢の話されて、影響受けた奴いたよね? あいつどこのサークルだっけ?」
と関係者を聞き出すことができたのだという。

 この体験をした人を、仮にDさんとする。
 Dさんはその日、大学で他学部の人たちとの交流会に参加していた。
 色々な学部の人たちと、グループに分かれて座り話に興じる。Dさんがふと気づくと、同じテーブルに座っているのが彼ともう一人、全然知らない奴だけになった瞬間があった。
 するとその見知らぬ奴が、Dさんに「僕、変な夢見ちゃって……」と話しかけてきたのだという。
 Dさんはその内容をほとんど忘れてしまったが、押入れに隠れる場面が出てきたことは記憶に残っているそうだ。
 それまで交流会の場では、怖い話の話題は全く出ていなかった。それだけにDさんは少々面食らってしまったが、他の人たちがテーブルに帰ってくると、そいつも普通の話に戻る。
(なんだったんだ? 今の話……)
 Dさんは戸惑ったが、交流会ではその後は何も起こらず、会がお開きになってからはそのまま帰宅したという。

 彼は実家暮らしだった。
 家に帰ってから、彼は普段通りに2階の自分の部屋に行って、部屋着に着替える。
 そこで彼は奇妙な感覚をおぼえて、2階の奥にある物置部屋に入り、その部屋の押入れの前に立った。
 その押入れを眺めていると、絶対にそんなはずはないのに、
(ああ、あいつが話してたの、俺んちのこの押入れの話かなあ。あいつから話聞いたときにイメージした押入れに似てるな……)
という考えが湧いてくる。
 しかも、最初は漠然としていたその不安感が、だんだんと確信に変わっていった。
(うわ、絶対そうだ。この押入れで起きた話なんだ。いやな話聞いちゃったな……)

 Dさんはしばらくの間、そのような考えに没頭してしまっていたらしい。
「ごはんよー! ちょっと○○ー?」
という母親の声に気づくまで、Dさんは帰宅してから30分以上は押入れの前で考え込んでいたという。
 Dさんを呼びにきた母親は、真っ暗な物置部屋の押入れの前で棒立ちになっている彼を不審に思ったようだった。
「ちょっとあんた何してんの? こんな所で……」
「あ、ごめんごめん」
 Dさんはすぐ階下に降りて夕食の席についたが、やはり不安は拭えない。
(やっぱ、あれうちの話なのかな……)
 気もそぞろにご飯を口に運んでいるDさんを見て、家族も
「あんた大丈夫? 今日交流会でなんかあったの?」
と心配そうに声をかけてくる。
「いや、ないない」
「本当? まあいいや、飯食い終わったら風呂入りな」
 食後、家族のすすめ通りにDさんが風呂に入っていると、今度は家の玄関の外に誰かが立っている気配が感じられてくる。
 急いで風呂から上がって確認しても、玄関ドアの曇りガラスからは誰の姿も見えない。
 しかしDさんには、
(絶対にさっき俺が風呂入ってるときは誰かいたって……。あー、これ、皆殺しにされるのかな)
といたって普通に、何の違和感もなくそう思えてきたのだという。
 別に、交流会で夢の話をしてきた奴から「この話を聞くと、その夜に皆殺しにされる」と脅されたわけではない。
 それなのに、
(皆殺しかなー。いやだな、今夜じゃないといいな……)
という考えが、ずっとぐるぐるDさんの頭の中を駆け巡る。
 しばらくすると、
(あー、あいつの夢の中でやべえことした奴が、今もうこの家の前で様子をうかがってる。多分、家の明かりが全部消えて、みんな寝静まるのを待ってるんだ。いやだなー、今夜なのかな……)
と完全に思考が乗っ取られたような状態になった。
 そんなDさんが居間でボーっと考え込んでいたときだった。

  プルルル、プルルル

 家の固定電話が鳴った。
 Dさんはたまたま電話の近くにいたので、すぐに受話器を取った。
「はい、もしもしDです」
『あ、あれさ、お前のうちの話じゃないから大丈夫だよ』

  プツッ トゥートゥー

 電話はそこで切れてしまった。
(え? ん? 誰?)
 ディスプレイの表示を見ると、「非通知」とある。
(ん? なんだ?)
 と、その瞬間、Dさんは今まで囚われていた思い込みからパッと解放されたという。
(皆殺しとか、んなわけないだろ。あれは夢の話だったろ、えっ怖!)
 あわてて握ったままだった受話器を置くと、ガッチャーンと大きな音が立ってしまい、驚いた家族が「えっなになに?」と聞いてくる。
「いやいや、今ちょっと変な奴が電話してきてさ」
「え、電話なんか鳴ってないよ」
「えっ? だって今非通知って……」
 改めて確認すると、さっきまで確かに表示されていたはずの、「非通知」という着信履歴がない。
(ええっ怖!)
 むしろ自分が怖くなってきたDさんは、その夜は兄弟と一緒に寝て自分の様子を見張ってもらうことにしたが、それからは特に何も起きなかったそうだ。
 けれども、あの奇妙な思い込みはなんだったのか、今でもよく分からない、という。

第3話 ビルの病院の夢


 おそらく、これがTくんが大学でやったことなんだろう、とOさんは言う。
 しかしこの話を収集したOさんは、ここまでで「明ケミちゃん」に関する話を集めるのをやめてしまったという。

「なんで? その調子で集めればよかったじゃん」
 Cさんがそう聞くと、彼女は「うーん」と口ごもる。
 普段ならば、Oさんは口にしづらいようなこともズバズバと指摘する人物で、何かを話したがらない様子を見せることは滅多にない。
 だが、決心したように「妹がさ、」と口を開いた。

 Oさんには、大学を卒業したくらいの年齢の妹さんがいる。妹さんはこういった不気味な話には一切興味を持っておらず、もちろんOさんも「明ケミちゃん」にまつわる話はしていない。
 しかしその日の朝、妹さんがやけにやつれて起きてきたのだという。
 しかも寝るときと別のパジャマを着ている。Oさんが「どうしたの?」と声をかけると、妹さんは「夜中ビシャビシャに汗かいたから着替えた」と答える。
 ゆうべは汗をかくほど暑くはなかったはずだった。不審に思って聞き返すと、妹さんは
「いや、変な夢見てさ。訳分かんないんだけどね……」
と話し出した。
 妹さんは見た夢をほとんど覚えていないたちの人だそうだが、その日見たという夢の話は仔細に及んでいた。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 夢の中で、妹さんはどこかの商店街を歩いていた。
 するとその並びに、普通のテナントビルのような建物に入っている病院があった。
 妹さんはその病院に足を踏み入れる。すぐに、なんでこんなところに入ったんだろう?と怪訝に思ったが、(あ、そうだった。ここに運び込まれた人のお見舞いに行くんだった)と思い出した。
 1階の受付まで進むと、窓口担当であろう女性が、3人並んで座っている。
「あの、すみません。面会に来たんですけど。○○がここに運ばれるって聞いたんですが……」
 妹さんはそう声をかけた。
「ああ、その方なら3階の部屋ですね。今ちょっとエレベーターが故障してるんで、すみませんけど階段使ってください」
「はーい」
 指示通りに階段まで足を進めかけたところで、受付に座っていた3人のうち一番年かさの人が、
「あのー、間違っても地下に行っちゃダメですよ」
と注意してきたという。
(えっ? 急になに? 行きたい場所は3階って言われてるし、地下なんか行かないけどなあ)
 そう思った妹さんの心の裡を読んだのかそうでないのか、その女性は
「3階ですからね。地下に行っちゃダメですよ、チルド室ですからね」
とさらに念を押してくる。
(チルド室?って冷蔵庫みたいなやつ? なんで病院に? スーパーじゃあるまいし……) 
 違和感はあったが、妹さんはとにかく階段で3階まで昇ることにした。

 夢の中だからなのか、実際の病院ではあり得ないほど薄暗い階段だったという。
 ほどなくして3階に到着する。ここで妹さんは、先程の受付の女性に、目的の病室が何号室なのかを確認し忘れたことに気づいた。が、幸いこの病院はかなり規模が小さいし、通りがかりの誰かに聞けば分かるだろう、と思い直した。
 3階のフロアに入ろうとすると、目の前に長机が置いてあった。そこには白衣を着た男性がこちらに背を向けて座っていて、ものすごい大声で机の反対側にいる人に指示を出している。
 妹さんには指示の内容まではよく分からなかったが、男性がとにかく高圧的な口ぶりで、「これこれが良くない」「だからダメなんだ」とパワハラじみた言葉を口にしているのが耳に入った。
 一方、叱責されている側の人の声は聞こえてこない。この男性に圧倒されて、何も言い返せないのだろう。
(うわ、やだなー……。言われてる人も可哀想だな……)
 聞いているだけの妹さんも思わず畏縮してしまう。しかも男性がいる長机が塞いでいるせいで、3階の廊下に進むことができない。
 どうしたものか、と長机の方をよく見てみると、相変わらず叱責は続いているが、その相手が存在しないことに気がついた。男性は自分一人で、見えない誰かにずっとパワハラじみたことをしているのだ。
 気味の悪さを感じた妹さんは、今まで昇ってきた階段を引き返し、1階の受付で別の階段があるか聞くことにした。こういうビルなら、大概フロアに2箇所は階段があるだろう、と踏んだのだ。
 しかし妹さんは階段を降りていくうちに、目的の1階を通り越していたようだった。
 急に周囲の気温が下がったことに驚き辺りを見回すと、階段のフロア表示にB1と書かれている。受付の女性が行くなと言っていた、地下に足を踏み入れてしまったのだ。
 階段も地下部分に入ってから様変わりし、壁沿いに雑多な箱が置かれるようになっていた。
(ここ、すごい寒いからチルド室ってことにして、冷やさないといけないものを保管しているのかな?)
 普通に考えれば、低温での保管が必要なものがあるのなら冷凍庫が別にあるはずと思うところだが、夢の中なので勝手に頭の中でそう理屈を作って納得してしまった。
 箱の方に目を遣ると、1個だけ蓋が開けたままになっている。中には、冷所で保管しそうな医薬品の類ではなく、カルテのようなものが入っていた。
(ん? カルテって冷やす必要ある?)
 興味が湧いた妹さんが思わず中身を取りだすと、カルテに見えたそれは、小学生が使うような自由帳だった。
(あー、ここ小児科とかあったっけ。ひょっとしたら亡くなった子が持ってたものなのかな? でも冷やす必要なさそうなのにな……)
 その自由帳は、昆虫だか動物だかの写真が表紙の、ごく普通のものだった。ひっくり返して裏側を見ると、手書きで「□□文庫」と書いてある。
(子どもが遊びで作ったのかな? 中はどんな感じなんだろ)
 表紙をめくろうと妹さんが手を動かした瞬間だった。
「○○さんは現場に到着した段階で死亡が確認されているから、病院には搬送されていませんよ」
 背後から、そう言われたのだという。
(ええっ?)
 驚いた彼女が振り返ると、先程1階の受付にいたうちの、一番年かさの女性が立っている。
 「○○さん」は、夢の中で妹さんがお見舞いをしようとしていた相手の名前だ。自分に投げかけられた言葉が飲み込めず、その場に立ち尽くしていると、女性はもう一度こう言った。
「○○さんは現場に到着した段階で、救急隊員の方が亡くなっている、手の施しようがないと断定したので、そこからは警察の仕事になってますから、うちには運ばれてませんよ」
(え……? さっき受付で○○さんは3階にいるって言ってたよね?)
 妹さんは段々と背筋が粟立ってくるのを感じた。
 女性はもう一回、
「○○さんは現場に……」
と同じ言を繰り返そうとする。


「……で、そこで『うわッ』って目が覚めて、全身汗でビショビショになってたから、しょうがないからパジャマ着替えたんだよ。
 そう言えば、私がお見舞いをするはずだった人、もうあんまり覚えてないんだけど、確か「ア」から始まる名前だったな……」
 妹さんはそう話を締めくくった。

 Oさんは言う。
「もしこの「明ケミちゃん」の話に障りがあるにしてもさ、自分に来るならまだいいけど、何も知らない妹に来るのは嫌だよ。そういう嫌がらせをするやつはたちが悪い。」

 結局、Oさんはここまでで調べるのをやめたため、Tくんの大学のときの話はこれ以上は分からない、という。


第4話 学級文庫のこと


 Cさんによれば、実はここからが本題なのだと言う。
 ツイキャス禍話には、Cさんに怖い話を提供してくれる人が何人か存在する。そのうちの一人、主に学校のトイレにまつわる怖い話を集めているHさんという女性が、Cさんにこう言ってきたという。
「あの「明ケミちゃん」の話って、結構ヤバいんじゃないですか?」
「え、なんでですか? この話、トイレは関係ないのに……」
「いやーあのねー、Cさん……。前に取材した話でちょっと関連してそうなやつがあって……。明確にオバケが出てくる話じゃなくて、学校の先生のちょっと気持ち悪い思い出っていう形で聞いてた話があるんですよ。全然オバケは出てこないしトイレも関係ないので、メモに残したままだったんですけど。
 その話をしてくれた人、まだ現役かどうかは分からないんですけど、確かF県の人なんですよね」
 Hさんが聞いた話というのは、以下のようなものだったそうだ。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 小学校の先生をやっていたAさんが、F県のある小学校に赴任していた時の話。
 その学校の体育館の外の片隅には、倉庫があった。中には滅多に使わない用具や、体育で使うわけではないが捨てるに捨てられない古い物が保管されていた。
 あるとき、Aさんはその倉庫にある物が必要になったことがあった。
 ガラクタばかりの倉庫ではあったが、もちろんちゃんと鍵はかかるようにはなっていたので、用務員さんに開けてもらい中に入った。
 中は雑多な物が詰め込まれていて、使う人も少ないので大量の埃が積もっている。 
「うわ、こんなのもう捨てりゃいいじゃないですか」
「いやー、なかなか捨てられない物があるんだよね」
 用務員さんとそんな会話をしながら奥を見ると、なぜか本棚が1つだけ置いてある。本棚には布が掛けてあって、中身は見えない。
「あれ何ですかね?」
とAさんが聞くと、
「あれは○年○組の学級文庫だよ」
用務員さんはそう答えた。
「え? いや、学級文庫なら普通に教室にあるでしょ。これ、なんであるんですか?」
「いやーちょっとねー。それね……、時々動いてることがあるんだわ」
 用務員さんはすごく嫌な顔をして、そう打ち明けてきた。ただ、なぜその本棚がここにあるのかは言ってくれない。
「たまに、なんか本棚の位置がずれてるなあって時があるけど、気にしなくていいから。
 あと、倉庫の中で子どもの話し声がするだとか、近くに子どもがいることとかあってもね、大体気のせいだから。本棚が動くのも、多分建物がちょっと傾いてるせいだろうし」

(えー? ここ、そんな本棚が動いちゃうほど傾いてないでしょ。第一、子どもが中に侵入してるんだったら気にしなきゃいけないし……。どこかの窓から入れるようになってるとかだったら危ないのにな)
 Aさんには色々と腑に落ちないことはあったが、埃が凄かったので特に深追いはせずに、用が終わった後は用務員さんとその場を離れた。

 そんなことがあってからしばらく経った頃。Aさんは一人で職員室に残り、採点をしていた。
 すると、「先生ー」と呼びかける声がする。顔を上げると、別のクラスではあったが知っている子が、心配そうな顔で立っていた。
「あのー、帰ろうと思ったら校庭の隅で女の子たちの声がするんです。知らない感じの声なんだけど、多分あの倉庫の中にいるんじゃないかな?」
 このときAさんは疲れていて、以前聞いていた用務員さんの話を忘れていたのだという。
「あーそう? じゃあ後で見とくわ。ありがとね」
 Aさんはそう言って、とりあえず子どもは帰らせた。

 採点が一段落したAさんは、件の倉庫をチェックしに行くことにした。
 通りがかりに昇降口を見ると、どの下駄箱も上履きが入っていて、どうやら子どもは全員帰ってるようだった。
(あれ? まあ一応見に行こうか)
 鍵と懐中電灯を持って倉庫の方に向かう。外側をぐるっと回って、どこかに子どもが入れる隙間があるか確認するが、特には見当たらない。
 鍵を開けて中を見ても、子どもの姿はない。
 ただ、明らかに奥にあるあの本棚が動いていた。
 床に積もった埃にも、くっきりと動いた痕跡が残っている。
(何回か動いた感じだから、これは本当に建物が歪んでて動いちゃったのかな? まあ、子どももいないみたいだし、もういいかな……。
 そう言えば、前から気になってたけどこの本棚なんなんだろう? なんでこれ布かぶってるんだろう?)
 布をめくると、本棚には『トムソーヤの冒険』など、古びた子ども向けの本が入っている。
(普通に学級文庫って感じだけどな……。ふーん)
 よく見ると、普通の本に混じって、おそらくそのクラスの子どもたちが自作した本が出てきた。中を読めば、よく分からないお姫様が出てくるお話が汚ない字で書かれている。裏表紙にも一丁前に「○年○組学級文庫」と記されている。
(へえ、自作した本とかもあるんだな)
 そう思って他の本も見ていると、一冊の自由帳があるのが目に留まった。その自由帳の裏にも、「○年○組学級文庫」と書いてある。
 パラパラとめくると、えらく赤い色が使われているのが気になった。ちゃんと字を追ってみれば、家族を殺す、といった文が目に入った。
(うっわ、グロいな、なにこれ?)
 最初の方は普通のお話なのに、中盤くらいから汚ない挿絵も入って、お父さんやお母さんを殺す話になっている。
(ダメだろこれは……)
 パーと終わりの方まで見ていくと、最後は主人公がお花畑で笑っている場面で終わっていた。
 裏表紙をめくったページには、図書館の本によくある、本を借りた人の名前を書くカードを真似したのだろう、「えつらん」という字の下に、バーっと名前が羅列されていた。
 結構な人数の名前が並んでいるのに面食らったAさんが数えてみると、ちょうどクラス全員分ほどであった。
(まじか、いやいやいや……、大問題だろこれ。こんなに大勢の子がこんなの読むのか?)
 そして、ここからが奇妙な話なのだが、そのまま自由帳を元に戻せば良いはずのところを、Aさんは
(じゃあ、俺はここに名前を書けばいいのかな?)
となぜか考えて、無意識に胸ポケットからペンを出したのだという。
 その瞬間、(うわっ気持ち悪! 俺何してるんだ?!)とAさんは我に返った。
 よく見ると「えつらん」のリストの下の方には、絶対に当初のものより新しい、大人の字で書かれた名前がある。
 得体の知れないおぞましさを感じたAさんは、即刻その自由帳を本棚に戻し、倉庫に鍵をかけて帰宅した。

 その後は、その夜に押し入れに必死に隠れる悪夢を見たくらいで、Aさんの身に変なことは何も起きていない、という。


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著作権フリーの怖い話をするツイキャス、「禍話」さんの過去放送話から、加筆・再構成して文章化させていただきました。一部表現を改めた箇所があります。ご容赦ください。イニシャル表記などはすべて仮名です。

出典:シン・禍話 第6.5夜(緊急放送)より、「明ケミちゃん・その後」
・Sさんの夢(原題:佐藤さんの夢 6:00ごろから)
・話に呑まれたこと(8:45ごろから)
・ビルの病院の夢(14:50ごろから)
・学級文庫のこと(22:45ごろから)

▼「禍話」さんのツイキャス 過去の放送回はこちら
https://twitcasting.tv/magabanasi/show/
(登録不要、無料で聞くことができます)

▼有志の方が過去配信分のタイトル等をまとめてくださっているページ
 禍話 簡易まとめWiki
https://wikiwiki.jp/magabanasi/

▼「禍話」さん関連YouTubeチャンネル
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FEAR 飯
聞き手の鬼