[短編小説] ある日の朝

もぞもぞと動く気配に、重たい瞼を開けると、白い天井に淡い虹色の光がざわめくように広がる。

カーテンの隙間から漏れる冬の光が、窓辺でゆれるクリスタルの魔法で虹色の流れ星を描いていた。

しんしんと部屋の壁から忍び寄る冷たい空気の匂い。

うーん、と、手足をぐっと、足先もピンと伸ばす。

清潔なシーツの手触り。

そして、足元に感じるあたたかくて柔らかい重さ。

「おはよう」

手を伸ばして、心地よい毛並の手触りを楽しむ。

いつものように彼は、ぴしょぴしょに湿った鼻を私の手のひらに押し付けた後、ぺろり、とひと舐めする。

いつもの朝。

きっと、もうすぐ扉があいて。

「おきた?」

キィ、と軋んで寝室の扉が開き、人間の「彼」がひょっこりと顔を出す。

伸ばしっぱなしの髭がなんとなくオシャレに見えるのは、彼のもつ不思議なやわらかい雰囲気のせいだな、と寝ぼけた頭でぼーっと思考をめぐらせる。

背中でドアを押すように開けると、振り向いた彼の腕には猫のクロスケ。鼻先をぐいと伸ばし、目を細めてふんふんと寝室の匂いをかぐ姿も、いつもの通り。

「コーヒー、いれよか」

「うん、ありがと」

のそのそとベッドから這い出し、窓をからりと開けると、12月の容赦ない冷気が部屋の中に忍び込んでくる。

うっすらと雪化粧を施した茶色の木立が、冬の低い太陽の日差しをたっぷりあびてキラキラと眩しい。

ぶるっと身震いをすると、毛糸のセーターを急いでかぶり、階段をおりる。

とす、とす、とす、とす。

自分の足音を聴きながら、今日の朝ごはんは何にしようか、と思い巡らす。わたしの後ろをラブラドールのシロタがとんとんとんとん、と軽快な足取りでついてくる。

階下はすでに薪ストーブの熱で程よくあたたまり、朝の冷気でちぢこまっていた体をゆっくりとほぐしてくれる。

キッチンにはコーヒーのいい香りが漂っていた。

コーヒーを入れている彼に後ろから抱きつくようにして、腰に腕を回す。

大きくはないけれど、がっちりした筋肉質の肩に、ぴとっと頬をつける。

彼は右手でポットを支えながら、左手で腰に回された私の手のひらをそっと包み、おはよ、とささやく。

コーヒーが入れ終わるまでの朝の充電の儀式。

彼の匂いと、固い筋肉の感触を思う存分楽しんだところで、彼がポットを置き、私の手を掴むとくるっと体を反転させる。

そのままついばむような優しいキス。

いつもの朝の、彼との愛しい時間。

「にゃーん」

クロスケが「ボクのことも忘れないでよね」というように、私の足元にすり寄ってくる。

「クロスケも、おはよ」

もふもふとした毛の塊を抱き上げ、真っ黒な毛の中に顔を埋める。

思いっきり息を吸い込むと、顔中にまとわりつく繊細な毛の感触と、おひさまの匂いが心地いい。

少し嫌そう体をよじったクロスケが、まんまるの目で空腹を訴えてきたので、朝ごはんの用意。

シロタもいつものようにだらんと舌を出し、きちんとおすわりをして満面の笑顔で朝ごはんを待っている。

2匹の朝ごはんの支度を終えると、今度はわたしたちの朝ごはん。

昨日の夜、彼が焼いてくれたクロワッサンをトースターに入れる。

今日のスープはにんじんのポタージュ。

クミンをオリーブオイルで軽く炒め、香りがでてきたところでスライスした玉ねぎを入れて軽く炒める。

「美味しそうな匂い」

そう言って、待ちきれなさそうに鍋を覗き込む彼に微笑みかけ、並々とこんぶだしを注ぐ。刻んだえのきとスライスしたにんじん、じゃがいも、月桂樹の葉を入れたら塩をひとつまみ。蓋をしてコトコトと15分。

その間に生クリームを少し入れたオムレツを手際よく作り、シャキシャキとしたレタスと庭からつんできた新鮮なルッコラで、彩りを添える。

幸せな香りに包まれてはじまる、いつもの朝。

「あっ、こら!」

お皿の上の生ハムをかっさらおうとしたクロスケの犯行は未遂に終わる。

上目がちに私を見上げて、すごすごといつもの定位置で毛繕いをはじめるクロスケ。

その様子を、まるでいたずらっ子をたしなめるような優しい笑顔で包むシロタ。

「シロタはまるでクロスケのパパだね」

彼が笑い、「そうね、クロスケの方が年上なのにね」と私が答える。

私たちの1日は、何気ない幸せに包まれて、今日も過ぎていく。







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