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[短編小説] 明日〜彼のストーリー〜

少し寝返りを打つだけでも、まるで針の筵に寝かされているかのような激痛が全身を襲う。今日何度目かの麻酔のボタンを押し、ゆっくりと薬の作用に身を委ねる。

見慣れた病院の真っ白な天井は、あの日、僕たちのまわりに積もっていた雪のようだ、と、ぼんやりした頭でいつもの幻想の中へ迷い込む。痛みから逃避するように、僕の思いはあの頃へと飛んでいく。

2月の寒い夜。

僕たちは雪の降る木立の中で、なす術もなくただ立たずんでいた。

1ヶ月ぶりに会う彼女の瞳は熱く潤み、しかしその表情はどこか疲れ切っていた。

今すぐ抱きしめたい衝動にかられながら、僕は考えてきたセリフを頭の中で繰り返し、一言一句間違えないように声を絞り出す。

情けないくらいに僕の声は震え、両目からはとめどなく涙が溢れていた。

もう本当に、これで終わりなのだと、自分に言い聞かせながら、どこかでそれを拒絶する彼女を期待もしていた。

彼女がもし望むなら、このまま、いっそ彼女と・・・。

しかし、彼女の熱で潤んだ瞳は、次第に静かで暗い光を宿す。

今にも泣き出しそうな顔をしている彼女の涙は見たくなくて、そっと抱き寄せ、そのやわらかい髪に顔を埋める。

いつものジャスミンの香り。

僕の腕にすっぽりと入ってしまう彼女の小さな身体。

彼女の腕が僕の背中におずおずと回された瞬間、僕は力一杯彼女を抱きしめていた。

彼女の温もりと柔らかな感触で呼び覚まされた、抑えることのできない思いが嗚咽となり、白い静寂の中にこだまする。

彼女は静かに、僕に身を任せていた。

「だいじょうぶ」

一言一言をゆっくりと、区切るようにそう言った彼女は僕を見上げ、最後に天使のような笑顔で笑いかけた。

もう泣かない もう負けない

想い出を越えられる

明日があるから

同室の誰かが聞いている音楽が、イヤホンから漏れて僕の耳に届く。

痛みで朦朧としているのに、なぜか鮮明に聞こえてくるような気さえする。

その曲は、彼女のお気に入りの歌。

すごくね、声が透き通っているの。聞いていると、嫌なことも、苦しいことも、全部忘れてしまうくらい。

そう言って遠くを見つめてつぶやく彼女の横顔を、今でもはっきりと覚えている。

なぜ、あの時、彼女の手を離してしまったのか。

真実を話せば、彼女は今も、僕のそばで、僕の手を握り、静かに微笑んでくれただろうか。

彼女を守ろうと選んだ僕の選択は、正しかったのだろうか。

確かめる術もなく、僕は予定通り、彼女との想い出を胸に、ただその瞬間を待ち続けている。

明日が来るのかさえわからない僕の、大切なストーリーの1ページに描かれた彼女の笑顔。

そして、最後の1ページも、彼女の微笑みで締め括られるのだろう。

それでいい。

僕は静かに目を閉じ、いつか彼女と一緒に見上げた夜空いっぱいの星屑を、あの輝きを、静かに見つめていた。


彼女の視点から描いたこのストーリーはこちら
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ミラーリング小説:明日〜彼女のストーリー〜










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