ヘパリン33週でストップの危機 不育症と前置胎盤の間で悩んだ最後の数日

過去2回の妊娠で死産2回、“原因不明の不育症”でもアスピリン+ヘパリンの治療で生きている赤ちゃんを出産することができました。

初めて生児を獲得できたのは杉WCに通い、不育の治療をしたおかげだと思います。トラブルもありましたが、なんとか逃げ切れました。

33週3日で緊急入院

あまり不育に理解がない大学病院を選んだので(それ以外のメリットが多い)、血液を固まりにくくするアスピリンは出産時に出血のリスクがーと言われ、28週をもってアスピリンを止めさせられました。

ただヘパリンは帝王切開予定日の2日前まで打ってもいいと言われ、頼みの綱でした。

そんな中、32週の妊婦健診で全前置胎盤・癒着胎盤疑いと診断され、2週間後の管理入院が決定。また、出血があった時はすぐに病院に来るように言われました。

その1週間後、最初の警告出血は思ったよりも早く来ました。このまま出産まで(悲しいお産も含めて)入院だろうなと思いながら、急いで病院へ。それが33週3日。やはり緊急入院となり、医師からは次に出血するまでお腹の子には1日でも長くお腹にいてもらう方針だと伝えられました。

ヘパリン中止の危機

さらに、次に警告出血があったら緊急帝王切開になる可能性が高く、いつでも出産できるようにヘパリンをすぐに止めるように言われてしまいました。血栓予防の不育治療(アスピリン・ヘパリン)って出血リスクを理由に止めさせられちゃうからお産と相性悪いですね‥。

まさかヘパリンも中止になるとは。まだ33週3日です。帝王切開予定日(37週4日)の2日前まで打ってもいいと言われていたのに、マズい展開。

もし、この後なかなか次の出血がなくて、このままヘパリンを注射できない期間が続いたら、その間にお腹の子の心臓が止まってしまうんじゃないか。帝王切開予定日までまだ1か月もある。自分の身体が信じられない。
注射は嫌いだけど1日2回のヘパリンは精神安定剤だったようで、強烈な不安に襲われていました。

が、結果的には3日後に警告出血がありました。33週3日から管理入院、34週0日で出産。ヘパリンなしで1か月間過ごしたらどうなっていたのか(精神的にも)ぞっとする世界線。不育症にぎりぎり勝ったと言っていいのかな。


ここまで長かったです。
昨年、5年ぶりの妊娠で授かった娘を子宮内胎児死亡で失ってから、不育症のことを知りました。第1子に続く連続死産でした。2人とも胎児側に問題はなく、母体側の問題で死なせてしまった命。自分は子を望むことを諦めた方がいいのかと悩みながら、杉WCで不育症検査を受けたんです。

そこからは必死に不妊不育の知識を蓄えて、最短で妊娠できるように不妊治療クリニックを転院して、また採卵から。妊娠中はお腹の子の命を守るため、少しの異変も見落とさないように神経を研ぎ澄ませ、胎動に一喜一憂してハラハラしていました。
最初の妊娠から足掛け6年、やっと生きてる我が子を抱くことができました。

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