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愚者がみずから愚かであると考えるならばすなわち賢者である

ツチヤさんは上司の友人だった。たまたま居合わせた根津の居酒屋で意気投合し、そこからの付き合いという、社会人数年目の僕にはちょっとうらやましい関係だ。
ツチヤさんは千葉で段ボール工場を経営していて、とても気さくで面倒見がよい。野球が得意で左投げ左打ち。会社のソフトボールの試合に助っ人に来てくれたりもする。「長い休みはガキの時分に取りすぎた」と言っては、休みなくよく働く人で、上から物を言ったり僕らの思想を否定することはなく、いつもにこやかで三日月の目をこちらに向けてくれる。頻繁に会うことはないが、スキーのシーズンになると自家用のワンボックスを運転してスキー場まで僕らを運んでくれる。運転は大好きだからと言って、ほぼ一人でその任を受けてくれていた。
その日も新潟で一泊のスキーツアーになった。ナイターをほどほど滑り終わって、宿に戻ると小さく宴会が始まる。皆、疲れているのか少量の酒でパタパタと畳の上でで眠り始めた。
人と一緒の風呂に入るのが苦手な僕は、チャンスとばかりにささっと支度を済ませると浴場に向かい、身体を洗う程度に入浴を済ませて部屋に戻った。
ツチヤさんだけが起きていて、窓枠に腰を掛けながらサッシを細く開け、赤キャビンの灰を庭に落としていた。


「あれ、ツチヤさん、風呂いかないすか?」
「いや、入ってんだ。」
「いや、割と空いてましたよ大浴場。」
「うん。」
「あ、おっきい風呂苦手ですか?僕も割とダメで。なんか家族風呂的なちっさいのもありましたよ?」
「うん。入ってんだ。」
「混んでました?」


「いや、入ってんだ。オレ、背中に。」


三日月のような笑顔は変わらずニコニコとこちらを向いている。


「あ…そぉぉ…でしたか…」
背中に ね

僕は冷蔵庫から出したばかりのキリンラガー350ml缶のプルタブを引いた。

「ツチヤさん、ベーブルースって好きっすか?」

ラガーがとびきり美味しく感じられて
少しだけ大人になれたんじゃないかなと思った。


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