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美ら海に漂う愛 #旅のようなお出かけ

都内にあるマンションの一室。
船井シュワカは、リビングでキンキンに冷えた茉莉花茶を飲みながら、サーターアンダギーをかじっていた。どちらもインターネット通販で注文したもので、今朝届いたばかりだ。

「あーあ、本当なら今頃、ダーリンと沖縄旅行だったのに…」

ダーリンこと船井ワカシは、さっきから横のフローリングで、腹筋、背筋、指立て伏せを何百回も繰り返している。シュワカが一緒におやつを食べようと言っても、ワカシが食べたのはジーマミー豆腐だけで、選んだ飲み物もウコン茶だった。
ワカシは右手を腰にあて、左手の親指で体を支えたまま静止してシュワカに微笑んだ。

「しょうがないよハニー。世界中がこんな状況だし、僕らだけ自分勝手なことはできないよ。それに、結婚式もハネムーンも無くたって、こうして結ばれたんだから僕は幸せさ」

ハニー。そう呼ばれるとシュワカは言いようもなく全身がとろける気分になる。だが、それとこれとは話が別だ。

シュワカは皿に残ったサーターアンダギーのクズを指で集めながら、指立て伏せを再開したワカシに向かって嘆いた。

「だって、去年の夏から…籍を入れる前から計画してたのに。コツコツお金貯めて、会社にもずっと前から長期休暇をとるって言って根回ししてたのに、全部パーだよ」

「千回!」

ワカシはそう叫ぶと、ビックリ箱の人形のように飛び跳ねて椅子に腰掛けた。

「嘆いてもしかた無いさハニー…でも君の気持ちもよくわかる。だからせめて沖縄気分を味わえる所に出かけないかい?」

頬杖をついて、やや下方からおねだりするように見上げるワカシ。

「何か良いアイディアでもあるの?」

シュワカはワカシの頬を指でツンと突いた。
ワカシはその指先を手にとって静かに口をつける。満面の笑みは、無言で「yes」と言っていた。

***

空が薄紫色に落ちる頃、二人が訪れたのは郊外の住宅街の中にある一軒家だ。いたって普通の2階建て。他の家と違うところがあるとすれば、アコーディオンフェンスの門柱の上に、小さなシーサーが一対佇んでいることくらいだ。

「ねえダーリン、ここは誰の家?」

シュワカは怪訝な顔で尋ねた。

「大学同期のオオシロの『店』さ」

「店…?」

よく見ると、門柱に埋め込まれたステンレスの「大城」という表札の下に、小さな木製の看板が下がっていて、「うちな〜料理・うふぐすく」と書かれていた。ガイドブックやグルメサイトではまず見聞きしたことがない名前だ。

「まあ、入ってみて」

ワカシはフェンスを開けると、玄関ではなく庭の方に歩いていった。

「何これ!」

シュワカの目の前に、5m四方ほどのプールが現れた。周りには南国の花々が植木鉢で並んでいる。彼女が言葉を失っていると、建物の方から声が飛んできた。

「メンソーレー…って、あれ?船井君か〜!あきさみ〜」

ないくん」と独特のイントネーションで話す声の主は、南国風のシャツ、いわゆる「かりゆし」を着た、彫りが深くて眉の太い、短髪で肌の浅黒い男性が駆け寄ってきた。その後ろには、南国風のウッドデッキがあり、さらに奥にはガラス張りの飲食店らしき内装が見えた。

「いつ以来ね?僕の結婚式に来てくれたとき以来か?船井君も結婚したんだよね。奥さん?はじめまして〜。船井君の同期の大城ケンといいます。上がって上がって〜、靴のままでいいよ〜」

大城のマシンガントークにシュワカが目を白黒させていると、ワカシが彼女の手をとった。

「良いお店だよ。ミニハネムーンといこうじゃないか」

そう言われてシュワカは顔を真っ赤にしながら店内へ進んだ。

「わあ、素敵…」

店内へ入った瞬間、異国のような香りがブワッと二人を包んだ。三線(さんしん)が独特な沖縄民謡が耳に入った。入口正面には熱帯魚の泳ぐ水槽があり、横には熱帯植物が置かれていて、暑さと涼しさの療法を感じた。
壁には、大城のサーフィンをする姿と、彼の妻らしき女性の民族衣装姿が何枚も飾られている。その中の一枚には、大学生らしき大城夫妻とワカシが3人で写っているものもあった。
テーブルにつくまでの間、棚に並べられた紅型(びんがた)模様の小物や琉球ガラスの細工を見ていくうち、シュワカはすっかり夢見心地になっていた。

「どうだいハニー?ここも悪くないだろ?旅行に行けてたら、水槽や植木鉢じゃなくて、自然のままの魚や花を見れたんだろうけど…」

窓際の席について、料理を選びながらワカシが尋ねた。

「悪くないどころじゃないわ、最高よ!どうして今まで連れてきてくれなかったの?」

シュワカはそこまで言ってハッとした。ワカシがほんの一瞬寂しそうな顔をしたからだ。シュワカには思い当たることがあった。

「ご、ごめん…あたしが新婚旅行は絶対沖縄って言ってたから遠慮してたんだよね…気づかなくてごめん」

そうは言ったけど、本当は違う。

「いいさ、今日はとにかく楽しもう。なんたってハネムーンなんだから!すみません、注文お願いします」

「はーい」

注文を取りに来たのは、さっき壁の写真の中にいた女性だった。背が高くオリエンタルな顔立ちで、シュワカから見てもかなり魅力的だ。

「久しぶりね〜、船井君。かわいい奥さんつれてきちゃって〜」

女性がワカシに向かって微笑んだ。

「そうでしょ?世界一かわいいハニーさ。あ、君は残念ながら2番目だよメリー」

「ハハッ。その喋り方、大学の時と変わんな〜い」

声を上げて笑う彼女は、美しさだけでなく華やかさを放っていた。シュワカは一瞬、憧れとは違う何かを心の底に感じたが、気づかぬふりをして注文を続けた。

***

泡盛を飲みながら、二人は沢山の料理を堪能した。もずく、海ぶどう、ミミガー、豚の角煮、ゴーヤチャンプルー、グルクンの天ぷら…大城の振る舞う料理を口にするたび、シュワカの魂は沖縄にトリップした。デザートのブルーシールアイスを食べる頃、彼女は完全に沖縄にいた。ここは国際通り、あるいは公設市場、もしくは美ら海水族館だ。

「船井君、どうね?僕の料理は」

そろそろ帰ろうかという頃、大城がワカシに尋ねた。

「腕を上げたね。舌がとろけそうな美味さだったよ。ありがとう」

大城は「にふぇーでーびる」と笑って他の客の方へ向かった。その後ろ姿を見つめるワカシは嬉しそうだが、少し寂しそうな気もするとシュワカには思えた。

***

「あ〜、美味しかった〜」

帰り道を歩きながら、シュワカはタヌキのように膨れた腹をポンと叩いた。

「沖縄気分は味わえた?」

ワカシがそう言うと、シュワカは無言で彼の胸に飛び込んだ。

「どうしたんだい、ハニー?」

ワカシはシュワカの髪を撫でながら尋ねた。

「次は、本当に沖縄に行こうね」

そしてあの人…メリーさんのことを忘れてね、とは口にしなかった。

「ああ、今度は一緒にスキューバダイビングもしよう」

ワカシの語る未来は自分と共にある。それを確かめるように、シュワカは顔を胸に埋めた。

「今夜はいつもより強く抱いて」

その言葉を発した唇を、甘く噛むのがワカシの答えだった。

***

こちらの企画に参加しました。

参加します!と言った日に書き始めてやっと今日完成しました。長かった…2800字くらいあります。私にしては長文…がんばりました。お気に召しませんでしたら夢を見たと思ってご容赦ください