ウニ幼生の遊泳と光応答 ~光が繊毛を制御する~ 論文紹介

ウニ幼生の遊泳と光応答 ~光が繊毛を制御する~

論文名 Planktonic sea urchin larvae change their swimming direction in response to strong photoirradiation
ウニ幼生は強い光に反応して遊泳方向を変える
著者名 Shunsuke Yaguchi, Yuri Taniguchi, Haruka Suzuki, Mai Kamata & Junko Yaguchi
掲載誌 PLOS GENETICS
掲載年 2022年
リンク https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1010033

ウニ幼生が光に反応して遊泳行動を変化させることを明らかにした2022年の論文です。

 動物が光に反応して行動を変化させることはよく知られています。光に向かう行動は正の光走性、光を避ける行動は負の光走性と呼ばれています(漫画「光と行動」参照)。動物が移動する時に使用する器官としては筋肉と繊毛があります。繊毛は、いわゆる毛ですが、筋肉を持たない動物ではこれを移動手段として使用しています。光刺激が筋肉または繊毛にシグナルを伝えることで光走性が生み出されていますが、筋肉による応答についてはよく調べられている一方で、繊毛による応答についてはよく分かっていません。繊毛で移動する動物は非常に小さく、ほとんどが研究対象として確立されていないからです。研究対象として確立されている小さな動物としてミジンコがあります。ミジンコは負の光走性があることが分かっていますが、節足動物であり腕のように見える2本の触角を筋肉によって動かして泳いでいます。ですので、光刺激を繊毛に伝え、行動を変化させる仕組みを調べることのできるような研究に適した動物は見つかっていませんでした。
 ウニは発生生物学のモデル動物として確立しており、その幼生は筋肉を持たず繊毛を使って泳いでいます。ウニ幼生に光走性があるとすれば、これまでよく分かっていなかった光刺激の繊毛による応答のメカニズムの研究に適した実験動物になり、一気に解明が進む可能性があります。ウニ幼生が光に反応することについては、この研究グループが光に反応して胃と腸の間にある幽門を開くことを2021年に報告しています。その論文はこちらで紹介しています。本論文では、光に対するウニ幼生の遊泳行動の変化と、そのメカニズムの一端を明らかにしています。
 ウニは上述したように、発生生物学のモデル動物ですので、その胚や幼生を顕微鏡で観察することは研究を行うなかで日常的に行われています。顕微鏡観察では対象に光を当てていますから、ウニ幼生が光に反応して行動が変化するということにはすぐに気がつくのだと思いますが、実際はどうなのでしょうか。発生生物学者は体の構造がどうなっているのか、変化があるのかという点に興味があるため、行動の変化を見落としていたのかも知れません。視野をいかに広く持つかということは研究においても非常に大事なことになるでしょう。
 本論文では、光刺激が繊毛を制御するメカニズムが全て明らかになったわけではありません(漫画「光とウニ幼生の泳ぎ」参照)。まだまだ、解明すべき謎が残されていますので、続報を期待したいと思います。

 補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。

 この論文で分かったこと

  • ウニ幼生は光に応答して、前方遊泳を停止し遊泳方向を反転する、もしくはそのどちらか一方の行動をとる。

  • ウニ幼生の遊泳変化のための光応答には、前側腕と口後腕の間充織細胞に発現するオプシン2たんぱく質が必要である。

  • ウニ幼生はコリン作動性神経の活性化により前方遊泳を行う。

  • 光はオプシン2たんぱく質を介してコリン作動性神経を抑制することで、ウニ幼生は前方遊泳を停止し遊泳方向を反転する、もしくはそのどちらか一方の行動をとると考えられる。

[背景]

 生物は、光、重力、温度などの外部からの刺激に的確に反応することが必要不可欠です。その中でも光は、エネルギー、視覚情報、そして概日リズムの基準を提供するため、地球上のほとんどの生物にとって非常に重要な刺激です。そのため、運動する生物は、正または負の光走性/反射を促進するために相互作用する光受容、運動器官、シグナル伝達系を発達させています。例えば、クラミドモナスなどの単細胞生物でも、光照射を受けると繊毛・鞭毛の拍動パターンが変化します。また、別の例として、非後生動物のもう一つのグループである襟鞭毛虫も、光に対して応答行動を示します。これらの生物は、体が小さく神経系を持たないため、光応答ネットワークは主に細胞内空間に構築されています。一方、動物の進化では、体の大型化や神経系の獲得に伴い、視細胞、神経系構成要素、運動器官からなる細胞間ネットワークが構築され、作用するようになると考えられます。例えば、動物プランクトンが夜間に表層にとどまり、昼間に海中深く沈んでいく行動は日周鉛直運動(Diel vertical migration、DVM)としてよく知られています。この行動は、魚などの日中の捕食者や有害な紫外線から動物プランクトンが逃れるための手段として解釈されており、細胞間ネットワークによって制御されていると考えられています。これまで、日周鉛直運動のモデル生物として最も研究が進んでいるのはミジンコで、捕食者や紫外線から逃れるための移動の解析がよく報告されています。例えば、紫外線が強くなると、ミジンコはより深く移動するようになります。このような後生動物の行動の光受容体であるオプシンファミリーは、主に特定の波長の光を受け、その刺激を下流のシステムへ伝達する機能を持ちます。後生動物群にのみ存在するオプシンは、感覚受容体であるGタンパク質共役型受容体のグループに属し、視覚型と非視覚型に分類されます。光応答のエフェクターである運動器官は、ほとんどの肉眼で見ることのできる動物では筋肉、比較的小さな水生動物では繊毛です。私たちの目の瞳孔光反射、ミミズの光回避行動、昆虫の光走性といった光による筋肉活動は、よく調べられています。筋肉による光応答は、左右相称動物全体で報告されています。一方、扁形動物、巻き貝、軟体動物などの浮遊性幼生では、光に対する反応は主に繊毛の拍動運動の変化で表現され、これによって反射行動や光走性を示すことが知られています。この繊毛による光応答は刺胞動物や海綿にも見られますが、海綿の系統ではオプシン遺伝子が失われていることが予想されています。有櫛動物や平板動物は運動性繊毛を持つにもかかわらず、繊毛による光応答を示しません。線虫や節足動物は運動性繊毛を失っており、もちろん光に対する繊毛による応答もありませんが、繊毛の光誘起性応答が原生生物と刺胞動物の間で共有される特徴であることは明らかです。しかし、新口動物では繊毛による光応答の報告が少なく、ほとんど理解されていないことから、有神経系動物の間でこれらの経路が保存されているかどうかははっきりしていません。その結果、これらの群では光から繊毛へのシグナル伝達経路が理解されていません。これは、新口動物の体の大きさが比較的大きいため、これらの動物の行動が筋肉活動に依存し、微妙な繊毛活動があったとしても覆い隠してしまうためかもしれません。
 棘皮動物や半索動物の中には、自由生活する浮遊性胚または幼生期を持つものがあり、これらは筋肉ではなく繊毛を主体として動く唯一のグループです。そのため、これらの生物は、光に対する繊毛による応答の有無とそのメカニズムに関する情報を得ることができる候補となります。特に、ウニ幼生は遊泳行動に筋肉を全く使わず、遺伝子解析に適しているため、この目的のための理想的な実験モデル生物です。ウニのゲノムには、感覚性Gタンパク質共役型受容体の一群に属するオプシン遺伝子が最大9つあり(例えば、アメリカムラサキウニでは、Opsin1、 Opsin2、 Opsin3.1、 Opsin3.2、 Opsin4、 Opsin5、 Opsin6、 Opsin7、 Opsin8)、Opsin2とOpsin5以外のオプシンは報告されているグループに分類されます。Opsin2とOpsin5は棘皮動物にしか見つかっていないため、棘皮動物に特異的であると考えられています。これらの遺伝子の発現パターンの一部は胚または幼生と成体の両方で報告されていることから、成体の行動研究で報告されているように、ウニも光刺激に反応する能力を持っていると、ゲノム情報から考えられます。しかし、最近報告された腸管制御のGo-Opsin の機能を除いて、光受容体遺伝子の機能は遺伝子改変技術を用いて確認されたことはなく、繊毛を用いた幼生行動を制御する神経経路はまだ特定されていません。そこで本研究では、ウニ幼生の遊泳行動が光にどのように反応するのかを明らかにし、その反応に関与する神経経路を特定することを目的としました。

[結果]

 バフンウニの幼生が光に反応するかどうかを調べるために、海水を入れたお皿の中で水面にいる幼生に強い光を当て、幼生の行動を観察しました。興味深いことに、光照射直後から幼生は水面から潜り、一部は後方へ泳ぎました(リンク先S1 Video)。バフンフニとは種の異なるハリサンショウウニの幼生でも、同様の行動が観察されました(リンク先S2 Video)。このことから、この反応はいくつかのウニ種で共通するものであると考えられます。この幼生の行動を可視化し定量化するために、ガラスに付着させ動かないようした幼生の前にある珪藻粒子の速度を光照射の前後で測定しました(図1A)。珪藻の動きは幼生の繊毛による拍動運動によって生み出された水流を反映しています。幼生は3次元世界を泳いでいますが、通常の実験室で一般的な装置で再現可能なデータを得るために、本研究では2次元平面での顕微鏡下の行動を測定しました。しかし、将来的には3次元トラッキングハイスピードカメラによる遊泳行動の解析を行いたいと考えています。強い光が無いときは、幼生は一般的に前方へ泳ぎますが、強い光照射後は弱い逆行性水流が生まれたことから、幼生は光に反応して、泳ぎを停止し後方へ泳ぐもしくはそのどちらか一方の行動をとることが分かりました(図1B、リンク先S3 Video)。幼生の前方への遊泳を反映する幼生へ向かう水流の平均速度は光照射前が90.63 μm/秒、光照射後は-12.19 μm/秒でした。

 光照射後に、前方遊泳を停止し遊泳方向を反転する、もしくはそのどちらか一方の行動をとることは光受容体、神経、線毛細胞を含む複雑なシステムによって調整されていると推測されることから、前方神経外胚葉または口後腕の両方もしくはそのどちらか一方を切除し、幼生の遊泳行動を観察することで、この反応で最も重要な体の場所を突き止めようとしました。この顕微解剖法は標的とする現象に必要不可欠な体の場所を探索するために有用であることがすでに分かっています。光照射後の前方遊泳の停止または遊泳方向の反転は、バフンウニの正常な幼生の80%で観察され、ハリサンショウウニの幼生でも同程度の割合で観察されました(図1C)。この結果は、この現象がいくつかのウニのグループの間で共通するものであることを定量的に支持しています。口後腕を切除された幼生は対照群の幼生(どこも切除されていない幼生)と同様に光照射に反応しました(図1C)。この結果から、繊毛帯といくつかの神経を含む口後腕は光照射に対する反応に重要では無いと考えられます。前方神経外胚葉が切除された幼生は、光照射によって前方遊泳を停止し遊泳方向を反転する、もしくはそのどちらか一方の行動を取りましたが、そのタイミングが2秒以上遅れました(図1C)。この結果から、口後腕よりも前方神経外胚葉は光照射に対する反応により重要であることが分かりました。しかし、対照群の幼生と比較すると、前方神経外胚葉が切除された幼生の反応は弱いことから、前方神経外胚葉は光応答のために必要不可欠な唯一の場所では無いと考えられます。興味深いことに、前方神経外胚葉と口後腕の両方を切除した幼生は、前方にのみ遊泳し光照射に強く反応しませんでした(図1C)。これらの結果から、前方神経外胚葉または口後腕の両方もしくはそのどちらか一方の近くにある神経のようないくつかの組織が光照射反応に重要な役割を担っていることが分かりました。
 この光依存現象に不可欠と予想される複雑なシステムを構成しているのは、主に繊毛帯と体全体にそれぞれ存在する神経と繊毛ですが、バフンウニでの光受容体の空間的発現パターンは最近まで報告されていませんでした。幼生のオプシン遺伝子であるOpsin2遺伝子とGo-Opsin遺伝子の時空間的発現パターンはアメリカムラサキウニで報告されているため、これら遺伝子のバフンウニでの発現パターンを明らかにすることにしました。アメリカムラサキウニの発現パターンと同様に、バフンウニではGo-Opsin遺伝子は前方神経外胚葉に集中的に発現していましたが、腕には発現していなかったことから、遊泳行動に注目した場合の有力な候補因子では無いことが分かりました。さらに、Go-Opsinたんぱく質が光依存的な腸制御システムに関わっていることをこれまでに報告しています。一方で、Opsin2遺伝子は口後腕の先端と前方神経外胚葉に隣接した前側腕の間充織細胞で発現していました(図2A、B、矢印と矢じり)。同一の発現パターンがハリサンショウウニでも観察されました(図2B)。Opsin2遺伝子の発現解析データを確かめるために、大腸菌で発現させたOpsin2たんぱく質に対する特異抗体を作成しました。この抗体の特異性を図3Cに示しました。この抗体を用いた免疫染色によって、Opsin2たんぱく質はOpsin2遺伝子のmRNAが発現していた細胞と同じ間充織細胞に発現していることが分かりました(図2C)。

 ウニ幼生の遊泳行動が主に繊毛帯の下にある神経系によって制御されていると考えられ(図2D)、Opsin2たんぱく質を発現する細胞は繊毛帯の近くに位置しています。しかし、遊泳行動に繊毛帯神経が関わることを明らかにした論文は報告されていないため、次に、通常条件下での幼生の遊泳が繊毛帯神経によって制御されているかどうかを調べました。図2Dに示すように、シナプトタグミンBたんぱく質を発現する神経は繊毛帯全体に分布しています。(補足:シナプトタグミンBたんぱく質は神経細胞マーカーで、発現している細胞は神経と考えられる。)最近の論文では、ミドリウニの幼生ではいくつかの繊毛帯神経がコリン作動性神経であることが報告されています。本研究で対象としているバフンウニでも繊毛帯の下に同様の神経が存在しているかどうかを確かめるために、コリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)遺伝子のmRNAの発現を調べました。その結果、ミドリウニで報告されたように、ChAT遺伝子を発現する細胞は繊毛帯の下に位置しているようでした(図3A)。プルテウス幼生が縮んでしまったため、発現パターンの詳細を明らかにすることは困難でした。(補足:実験によって幼生が縮んでしまうことを避けることは非常に困難。)そのため、ChATたんぱく質に対する特異的な抗体を開発し、その発現パターンを観察しました。観察の結果、特に幼生の腕ではほとんどの繊毛帯神経はコリン作動性であるように見えました(図3A)。これらの結果から、幼生の遊泳行動をコントロールしている繊毛拍動はコリン作動性神経の活性化と関連していると考えられます。この推定を確かめるために、ChAT遺伝子をノックダウンすることを試みました。しかし、このノックダウンは幼生の行動に複数の影響を与えたため、遊泳行動の解析にはこの遺伝子のノックダウンは適切では無いと結論しました。そのため、アセチルコリン受容体の阻害剤を添加し、遊泳行動を評価しました。ウニのゲノムにはムスカリン様アセチルコリン受容体(mAChR)とニコチン様アセチルコリン受容体(nAChR)の2種類のアセチルコリン受容体が見つけられています。mAChRに特異的な阻害剤であるアトロピンを添加した場合は、幼生は光に対する正常は反応を見せず、わずかに前方へ遊泳し、一部の幼生は後方への遊泳のみを示しました(図4A)。この結果を確かめるために、低濃度のアトロピンを添加し、幼生の遊泳行動を追跡し計測しました。対照群の45秒間の移動距離と比較して、アトロピンを添加した場合の移動距離は有意に短くなりました(図4B)。さらに、別のmAChR阻害剤であるスコポラミンの添加は、アトロピン処理と同様の効果を示しました。対称的に、nAChRに特異的な阻害剤であるd-ツボクラリンを添加した場合は、幼生は光に対する正常な反応を示しました(図4A)。これらの結果から、コリン作動性神経とmAChRは正常な前方への遊泳に必要であると考えられます。アメリカムラサキウニでのmAChR遺伝子メンバーの時間的発現パターンによると、mChAT-M5遺伝子は胚期と幼生期の間に発現しています。バフンウニでのmAChR-M5遺伝子の発現パターン解析では、前方半分と繊毛帯に囲まれた口側外胚葉に発現していました。全ての外胚葉細胞には繊毛が存在しているため、幼生の遊泳パターンと方向は異なる領域の繊毛拍動の複雑な組み合わせによって制御されている可能性が考えられます。本研究で注目した幼生の前方への遊泳パターンと幼生の前方の水流はコリン作動性神経とmAChRの関連を反映しています。

 詳細な観察によって、前側腕と口後腕の両方で、ChATたんぱく質を発現する繊毛帯神経はOpsin2たんぱく質発現細胞と直接接している、もしくは非常に近い位置にあることが明らかになりました(図3B、矢じり)。これまで観察してきた現象で、Opsin2たんぱく質が光受容体として不可欠な役割を担っているかどうかを調べるために、Opsin2遺伝子のノックダウンを行い(図3C)、幼生の遊泳行動を観察しました。対照群の幼生は光照射に反応して正常に前方遊泳をやめるか、後方へ泳ぎましたが、Opsin2遺伝子をノックダウンした幼生は弱々しい前方遊泳だけを示しました(図3D、リンク先S4 Video)。幼生へ向かう水流の平均速度は光照射前の対照群幼生で84.29 μm/秒、光照射後の対照群幼生で-13.49 μm/秒、光照射前のノックアウト幼生で113.12 μm/秒、光照射後のノックアウト幼生で51.43μm/秒でした。この結果から、Opsin2たんぱく質は、コリン作動性神経の活性を阻害している可能性がある光依存的な遊泳の停止または逆方向への転換に関わる光受容体であると考えられます。さらに、全てのOpsin2たんぱく質を発現する間充織細胞は前側腕と口後腕の先端に位置するため、Opsin2遺伝子ノックダウン幼生が前方遊泳を続けるという結果は、腕を切除した幼生が光照射条件下で前方へ泳ぎ続けるという結果(図1C)を支持しています。一方で、Opsin2遺伝子ノックダウン幼生で観察された弱々しい前方遊泳から、他のOpsinたんぱく質と神経系経路の両方もしくはどちらか一方のような別の構成要素が光照射による遊泳行動の変化に関わっている可能性が考えられます。直接または間接的な繋がりによってこれらの細胞が互いにコミュニケーションするメカニズムの詳細は今後の課題です。

[考察]

 ここで示したデータに基づくと、通常の条件下では、ウニ幼生は前方遊泳のためにコリン作動性神経を使用しています。しかし、幼生が強い光照射に直面した際は、活性化したOpsin2たんぱく質光受容体がコリン作動性神経の活性を抑制していると考えられ、それにより前方遊泳の停止や減弱と後方遊泳が起こります(図3E)。このOpsin2たんぱく質発現細胞からコリン作動性神経へのシグナル伝達経路の詳細はまだ分かりませんが、本研究結果はウニ幼生が光刺激に反応した遊泳行動を示すことを明確に示しました。間充織細胞の光受容体と繊毛帯神経系を介して光から遊泳の停止や方向転換につながるこの経路の存在は、複数のノックダウン実験と薬学的実験によって強く支持されました。さらに、バフンウニとハリサンショウウニの両種で光照射に対する同じ反応を示し、Opsin2たんぱく質発現細胞の位置も同じことから、この現象は少なくともいくつかのウニ種で共通しているようです(図1C、2B)。全ての棘皮動物の幼生は遊泳行動で筋肉ではなく主に繊毛を使用し、これらの幼生の繊毛外胚葉は神経系と連携していることから、全ての棘皮動物グループは同様の光誘導性の繊毛反応を持っている可能性があります。実際、クモヒトデの幼生は、日中は海中深くに潜り、夜間に海面へ浮上してくる日周鉛直を示します。このことから、その繊毛拍動は光に反応して制御されていると考えられます。他の新口動物に繊毛による光応答が存在することはこれまでの実験ではほとんど証明されていないことから、オプシン-神経系ネットワークを介した繊毛による光応答能力をウニが持っていることは興味深いことです。後生動物の祖先にオプシン遺伝子が現れたことから、後生動物ではほとんどの光受容システムはオプシン遺伝子に依存していると推測されています。付け加えて、特に神経動物では、神経の出現が光受容体と運動器官との間の長距離細胞間コミュニケーションを可能にしたことも予想されます。刺胞動物や繊毛を持った前口動物の幼生は、行動制御に繊毛の光誘導性反応を主に利用しているため、左右相称動物の移動に不可欠な役割を担う中胚葉性筋肉の出現より前に、すでに繊毛の光誘導性反応は存在していたと考えらます。本研究によって、ウニではその経路が発見されましたが、脊索動物での実験もしくは詳細な観察によるデータがないために、繊毛の光誘導性反応が新口動物で一般的に存在しているかどうかはまだはっきりしていません。一つの仮説は、繊毛の光誘導性反応は新口動物で保存されていますが、まだ明らかにはなっていないと言うことです。棘皮動物とともに水腔動物に属する半索動物では、成体は光に反応し筋肉を使って光を避けるように移動することが報告されていますが、光を避ける幼生の行動については実験的研究のテーマになることはほとんどありません。間接発生をする半索動物の幼生は、棘皮動物の幼生のように神経と連携する繊毛で泳ぎ、いくつかの種でははっきりとした色素眼点を持っています。ゲノムに含まれるオプシン遺伝子の存在と棘皮動物とよく似た発生段階に加えて、これらの形態的特徴から、半索動物の幼生は繊毛による光応答を持っている可能性が考えられます。一方で、脊索動物の筋肉による移動はとても目立つため、例え繊毛による光応答が存在していたとしても、小さな繊毛の僅かな反応は覆い隠されてしまうか注目されることがないかの両方もしくはどちらか一方になります。ウニ幼生で観察された光と繊毛の関係が脊椎動物に保存されているかどうかはまだ分かりませんが、ヒトの行動にはそれに相当する可能性がある現象として、光くしゃみ反射があります。これは、太陽光のような強い光にさらされた時に反射的にくしゃみをしてしまう現象です。光くしゃみ反射に関わる詳細な分子メカニズムはまだ調べられていませんが、ウニのシステムのように、繊毛拍動の機能障害が光照射によって誘導され、ホコリや刺激物が無くても反射的にくしゃみを引き起こしている可能性があります。特に、鼻腔での繊毛拍動はコリン作動性神経によって制御されており、これらの神経の機能障害が光くしゃみ反射の原因と考えられています。本研究結果は、繊毛の光誘導性反応が脊椎動物に存在するかどうか、そして、それに関わるシステムが棘皮動物と脊索動物の間で保存されているかどうかを明らかにするための手がかりを示した可能性があることから、コリン作動性神経シグナルの遮断とそれに続く反射的なくしゃみが光照射によって誘導されているかどうか興味深いことです。さらに、ヒトの脳の脳室内部には繊毛が存在し、脳脊髄液は神経伝達物質や神経修飾物質を輸送するために繊毛によって流れています。(補足:脳室は脳内の空隙で、脳脊髄液が生産され脳室内を循環している。神経修飾物質は脳全体を対象に神経から放出される神経伝達物質のこと。)このことは、繊毛が脳の機能のための重要な要素の一つであることを意味しています。脳室内で、光に対する同様の反応を繊毛がするのであれば、ウニ幼生で発見されたシグナル経路は、光に反応するヒトの行動と感情の両方もしくはどちらか一方のメカニズムを紐解く手助けになるかもしれません。
 これまでに、ウニ幼生の遊泳行動のいくつかの特徴が報告されています。例えば、幼生は重力と逆の方向へ泳ぎ、この負の重力走性は主に前部外胚葉神経に多く存在するセロトニン作動性神経によって制御されています。しかし、どのようにウニ幼生が重力を検出しているのかについての知識が不足しているため、重力によって刺激され、セロトニン作動性神経を介して伝達するシグナル経路はまだ分かっていません。さらに、これまでの研究では、ウニ幼生を重力と逆の方向へ移動する粒子とみなすことで幼生の行動を解析してきました。しかし、繊毛拍動と連携した重力検出に基づいた神経系の詳細なシグナル経路を明らかにすることは困難です。同様に、ウニは外部環境刺激に反応しますが、最近詳細が報告されたGo-Opsinたんぱく質→セロトニン作動性神経→一酸化窒素経路以外では、その検出器と不可欠な神経系の構成要素は、長い間よく分かっていません。別の研究では、ドーパミンがウニ幼生の後方遊泳を誘導できることが報告されています。この神経伝達物質は光照射下での遊泳の中止と後方遊泳の両方もしくはどちらか一方を制御する候補物質であるかもしれません。しかし、ドーパミン作動性神経が存在する口後腕を切除された幼生は正常な反応を示したことから、ドーパミンはこの行動の鍵とはならないと考えられます(図1)。どのように光の情報が伝達され、コリン作動性神経の活性を停止させるかについての詳細はまだ不明ですが、本研究結果は、光にさらされたOpsin2たんぱく質発現細胞が恒常的に活性化しているコリン作動性シグナルを阻害することを示しています。Opsin2たんぱく質発現細胞はコリン作動性神経と直接コミュニケーションしているように見えますが、Opsin2たんぱく質発現細胞がムスカリン様アセチルコリン受容体を阻害する未知の物質を分泌している可能性を完全に除外することはできません。哺乳類の呼吸器にある繊毛やカエルの口蓋・食道にある繊毛の拍動は、ムスカリン様アセチルコリン受容体を介し活性化したコリン作動性システムによって行われ、ムスカリン様アセチルコリン受容体のアンタゴニストは繊毛拍動を阻害するため、ムスカリン様アセチルコリン受容体に基づいたコリン作動性システムと繊毛の間にある関係性の一部は脊椎動物とウニで保存されているように思います。

よろしくお願いします。