白黒縞模様の牛 ~シマウマ模様は牛の安らぎ~ 論文紹介

白黒縞模様の牛 ~シマウマ模様は牛の安らぎ~

論文名  Cows painted with zebra-like striping can avoid biting fly attack
シマウマ模様を描いた牛はサシバエの攻撃を避けることが出来る
著者名  Tomoki Kojima, Kazato Oishi, Yasushi Matsubara, Yuki Uchiyama, Yoshihiko Fukushima, Naoto Aoki, Say Sato, Tatsuaki Masuda, Junichi Ueda, Hiroyuki Hirooka and Katsutoshi Kino
掲載誌  PLOS ONE
掲載年  2019年
リンク  https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0223447

シマウマ模様を牛に描くことでサシバエから牛を守ることが出来るかどうかを調べた2019年の論文です。
 昔から、シマウマの模様にどのような意味や機能があるのかについていろいろと議論がされてきました。2010年頃より、アブがシマウマ模様を書いたトレイなどにはあまり止まらないことが分かってきました。また、シマウマの分布とアブなどの馬から血を吸う吸血バエの分布が重なっていることから、シマウマの模様がアブを避けるためのものであると考えられました。2019年になって、実際に、馬を使った実験によって、この仮説を支持する結果が報告されました。
 吸血バエは、馬だけではなく牛からも血を吸います。シマウマのような模様をもつ牛は、残念ながら存在しません。では、人工的に縞模様を描いてみてはどうでしょうか?もし上手くいくのであれば、殺虫剤を使わないで簡単に吸血バエによる被害を減らすことが出来ます。それを実際に調べたのがこの論文です。
 何をおいても、論文に掲載されているシマウマ模様の牛の写真は、非常にインパクトが強く、興味がそそられます。論文の内容は新規性(新しい発見)が高いものではありませんが、この写真に惹かれて紹介することにしました。実験は2017年から行っていますので、馬で実験した結果が出る前から行っていたようです。馬の論文が2019年の2月に発表されていますので、あと7ヶ月ほど早く発表できていれば、もっとインパクトのある論文になったと思います。そう考えると、非常に惜しい論文です。
 論文の内容は、難しいものではありませんので、牛の写真や、縞模様を書いている様子を想像しながら、楽しんでもらえたらと思います。

補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。


この論文で分かったこと
・牛にシマウマ模様を書くことで、サシバエが止まることを50%減少させることが出来る。
・サシバエが止まることを減らすことで、牛の忌避行動を減らすことにつながる。

[背景]

 シマウマの体表には黒と白の大胆な縞模様があります。これまでの科学的研究によって、シマウマの縞模様の機能に関して、カモフラージュのため、捕食者を混乱させるため、仲間へのシグナル伝達のため、体温調節のため、吸血バエを回避するためなどの仮説がたてられました(漫画「シマウマの縞模様」参照)。これらの仮説の中で、縞模様には吸血バエに刺されることを防ぐ機能があることが、いくつかの研究によって示されています。例えば、体に縞模様をもつ動物の分布が、アブ科のハエの分布と関連していることが報告されています。さらに、アブは白黒の表面を持つトレー、ボード、ボール、およびバケツに止まるのを避けることが実験的に明らかにされました。また、白や黒のコートを着せた馬よりも白黒の縞模様のコートを着せた馬には、アブは止まらないことが分かりました(漫画「最新の研究結果」参照)。一方で、カモフラージュのため、捕食者を混乱させるため、仲間へのシグナル伝達のため、体温調節のためなどの他の仮説は、研究者によって支持されていません。(補足:科学的な証拠が不十分であるため。)
 さらなる研究によって、サシバエ(吸血バエの一種)は白色や縞模様、斑点のある表面に止まることを避けることが分かりました。幅が約5cmよりも狭い縞模様と直径約10cmよりも小さい斑点は、サシバエが止まるのを効果的に防ぎ、これらの表面は白い表面よりもサシバエを引き寄せなくなります。
 サシバエは家畜の深刻な害虫であり、これまでの研究によって、サシバエがウシの行動に影響を与え、経済的損失を引き起こすことが報告されています。実際、サシバエは牛の放牧、エサの摂取、睡眠の時間を短縮し、牛の忌避行動(例えば、頭を激しく降る、足を踏み鳴らす、皮膚を痙攣させる、尻尾をふる)や集群行動を増加させます(漫画「牛も血を吸われる」参照)。(補足:集群行動は群れを作る行動のこと。)群れでは、サシバエを避けるために動物がより良い位置を求めて競争するため、熱ストレスやケガのリスクが増加し、飼育場の肉牛の体重増加と乳牛の乳量を減少させます。
 本研究では、体に黒と白の縞模様を塗ったウシがサシバエによる攻撃を回避し、忌避行動を減少できると仮説をたてました。これは、畜産において殺虫剤を使用することなくサシバエを防除する環境に優しい代替実用的方法になる可能性があります。そこで、ウシにシマウマ様の縞模様を塗装することによって、止まるサシバエの数が減少し、牛の忌避行動の頻度が減少するかどうかを調べました。これは、生きている動物に対するハエの攻撃に、シマウマの縞模様を描くことが効果的かどうかを評価した最初の研究です。

[結果]

 3頭の日本の黒い牛を、白い水性塗料スプレーで縞模様を描いた場合(白黒縞模様)、黒い水性塗料スプレーで縞模様を描いた場合(黒縞模様)、そして縞模様を描かない場合(対照群)に1頭ずつ分けました(図1)。

画像1

 実験は9日間行い、3日間ずつそれぞれの場合を続け、1頭の牛が3つの場合を全て経験するようにしました(図2)。

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 忌避行動(頭を激しく振る、耳をばたつかせる、足を踏み鳴らす、皮膚を痙攣させる、尻尾をふる)は、1分ごと観察することを30回続け、計30分間での回数を計測しました。牛に止まったサシバエの数は、30分ごとに牛の右側をデジカメで撮影することを4回行い、ハエが止まった場所を体と脚に分けて計測しました(図3)。これらの計測は毎日午前と午後の2回行いました。また、同じ実験を2017年と2018年に牛を変えて行いました。

画像3

 白黒縞模様、黒縞模様、縞模様なしの牛が、全身が黒い日本の牛に対するサシバエの攻撃に与える効果を図4に示しました。脚または体に止まったサシバエの数と、脚と体の両方を足したサシバエの数はともに、白黒縞模様の牛では他の牛と比べてほとんど半分になりました(図4a)。一方で、黒縞模様の牛と対照群の牛の間ではサシバエの数に明確な差はありませんでした。
 忌避行動は、白黒縞模様の牛では30分に39.8回観察されましたが、他の牛と比べて約20%低くなりました(黒縞模様の牛:54.4回、対照群:53.0回、図4b)。白黒縞模様の牛で忌避行動の回数が低下したのは、脚や体に止まったサシバエの数が減少したためと考えられます。白黒縞模様の頭を激しく振る、耳をばたつかせる、足を踏み鳴らす、尻尾をふる行動頻度は他の牛と比べて明らかに低くなりましたが(P<0.05)、皮膚を痙攣させる行動頻度は、他の牛と比較して明らかに高くなりました(P<0.05)。

画像4

[考察]

 サシバエは世界中の牛に最もダメージを与える害虫です。サシバエがアメリカの牛の畜産業に与える経済的な影響は1年あたり22億1100万ドルと計算されました。この害虫による経済損失のため、牧場主は殺虫剤による防除を行ってきました。しかし、昆虫はしばしば新しい殺虫剤を使用し始めて10年ほどで耐性を獲得することがあります。アブにはすぐに殺虫剤が効かなくなるため、アメリカでは、アブの防除に殺虫剤の染み込んだ耳標を使うことはもはや推奨されていません。本研究では、白黒縞模様が止まるサシバエの数と、皮膚を痙攣させる以外の忌避行動の頻度を低下させました。これまでの研究で、忌避行動は、頻度が高くエネルギー消費の少ない行動(皮膚を痙攣させる、尻尾をふる)と頻度が低くエネルギー消費の高い行動(頭を激しく降る、足を踏み鳴らす)に分けられると言われています。そのため、エネルギー消費の少ない皮膚を痙攣させる行動は、ハエが少ない場合に起こる傾向がありました。本研究では、白黒縞模様の牛ではハエが少ないため、他の牛と比べて皮膚を痙攣させる行動が増えた可能性があります。つまり、本研究の結果は、牛のような国内の動物の表面を白黒縞模様に塗ることがサシバエを防除する殺虫剤の代替方法であり、環境にもヒトの健康にも利益のある防除方法であることを示しています。
 ペイントは、野生動物や家畜の研究や管理で、遠くから動物を認識するために使われています。動物を標識するための安く、簡単で、動物に優しい方法です。しかし、普通ペイントは、数週間から数ヶ月しか持たないため短期間標識と考えられています。そのため、将来的にこの方法を畜産業の現場に取り入れるためには、サシバエの季節の間(3-4ヶ月)に白黒縞模様を維持できる効果的な技術の開発が必要になるでしょう。
 サシバエは、臭い、形、動き、明るさ、色、偏光、体温によって宿主である動物に引き寄せられます。本研究の結果と同じように、これまでの研究で、サシバエは白黒縞模様の表面には止まりたがらないことが報告されています。例えば、白黒縞模様の筒は動いていても動いてなくても、全体が黒や白の筒よりもサシバエを捕まえにくいことが分かっています。研究室内の実験では、縞模様の数と厚さが増えるに伴い、サシバエが止まることが減少することが観察されています。また、5センチ幅の水平縞模様は、最も少ない数のサシバエを捕まえること、垂直の縞模様は黒や白一色よりもサシバエを惹きつけないことが分かっています。さらに、アブは、白や黒のコートを着せた馬よりも白黒の縞模様のコートを着せた馬に止まらないことが報告されました。実際に、何人かの馬主は、アブから馬を守るためにシマウマ模様に馬をペイントし、シマウマ模様のコートが市販されています。
 本研究の結果では、白黒縞模様の牛に止まるサシバエの数が、他の牛と比べて明らかに減りました。塗料の臭いがサシバエの行動に影響を与えることが考えられましたが、対照群と黒縞模様の牛の間で差が無かったことから、塗料の臭いがサシバエの行動に影響を与えていないことが分かりました。以上の結果から、ペイントでもコートでも、シマウマ模様は馬と牛の両方で同じように、ハエの寄り付きを減らすと考えらます。
 なぜ、白黒縞模様はサシバエが止まることを妨げるのでしょうか?この現象は明るさや偏光の調節によるものとして説明されています。縞模様は遠くのアブが引き寄せられることに影響しませんが、高速で近寄ってきたアブが、シマウマの表面に接触する前に減速しないことが分かっています。(補足:結果として止まることができない。)このメカニズムをより理解するために行われる研究によって、これらの仮説は支持されることになるでしょう。

よろしくお願いします。