ハダニの回避行動 ~危うきに近寄らず~ 論文紹介

ハダニの回避行動 ~危うきに近寄らず~

論文名 Spider mites avoid caterpillar traces to prevent intraguild predation
ハダニはギルド内捕食を防ぐためにイモムシの痕跡を回避する
著者名 Shiori Kinto, Toshiharu Akino & Shuichi Yano
掲載誌 Scientific Reports
掲載年 2023年
リンク doi.org/10.1038/s41598-023-28861-0

ハダニがイモムシの痕跡を避けること明らかにした2023年の論文です。
 ハダニは体長が約0.4 mmの非常に小さなクモ綱に属する節足動物です。いろいろな植物に取り付き、口器で葉の組織を破壊し汁を吸っています。そのため、野菜や花き類の害虫としてよく知られています。これまでにハダニの天敵であるカブリダニとアリの足跡を避けることが報告されており、自身を捕食する相手に対して忌避行動を取ることが分かっています[1,2]。この論文では、ハダニの直接的な天敵ではなく、意図せずにハダニを食べてしまうイモムシの痕跡に対して(漫画「恐ろしいイモムシ」参照)、ハダニが忌避行動を取るのかを調べています。
 シンプルな実験の結果から、ハダニがイモムシの痕跡を避けることが明らかになっています。[考察]で書かれているように、ハダニが自然環境の中で出会うことの無いイモムシの痕跡に対しても忌避行動を行う点は不思議です。ハダニにしてみれば、天敵ではないけれども、イモムシはとにかく近づくだけでも危険ということでしょうか。イモムシ、つまり鱗翅類の幼虫の痕跡に含まれるハダニに忌避行動を起こさせる共通の化学物質が何か、共通して分泌している理由は何かなど、さらなる興味を駆り立てられます。
 イモムシの痕跡に含まれる化学物質については、この論文では同定されていませんが、防ハダニ剤として利用できる可能性があることを考えると、近いうちに同定されるのではないでしょうか。この論文の結果をみると、持続性があまりないようですので、そのままでは利用するのは難しいかもしれませんが、新たな防ハダニ剤のシードとなるかもしれません。
 上記したように、ハダニは害虫ですので、農業分野で研究対象になっているようです。この論文の著者も、農学研究科の所属です。著者の研究室ではハダニを実験動物として飼育し、この論文だけではなく精力的にハダニ研究の論文を発表しています。研究室のHPではハダニの魅力について書かれており、飼育しやすい、世代交代が早いなどの実験動物としての利点を備えていることが分かります。ハダニのゲノムはすでに解読されており、遺伝子情報の基盤も整備されているようです。最近では、ハダニの糸が注目されているようで、クモとは違った性質があるようです[3]。ハダニ研究の今後に注目です。

参考文献

  1. Yano S, Konishi M, Akino T. Avoidance of ant chemical traces by spider mites and its interpretation. Exp Appl Acarol. 2022 Oct;88(2):153-163.

  2. Oku, K., Yano, S. & Takafuji, A. Nonlethal indirect effects of a native predatory mite, Amblyseius womersleyi Schicha (Acari:Phytoseiidae), on the phytophagous mite Tetranychus kanzawai Kishida (Acari: Tetranychidae). J Ethol 2004 22, 109–112.

  3.  Arakawa K, Mori M, Kono N, Suzuki T, Gotoh T, Shimano S. Proteomic evidence for the silk fibroin genes of spider mites (Order Trombidiformes: Family Tetranychidae). J Proteomics. 2021 May 15;239:104195.

補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。

この論文で分かったこと

  • カンザワハダニもナミハダニも葉上または茎上のイモムシの痕跡を回避する。

  • イモムシの痕跡によるハダニの回避効果は数日間継続する。

  • カンザワハダニはカイコ幼虫の痕跡に含まれる化学物質を回避する。

[背景]

 ギルド内捕食(Intraguild predation, IGP)にさらされる捕食者の中には、それを回避する戦略を発達させているものもいます。(補足:ギルド内捕食とは同じエサ資源を共有する生物種間で捕食が起こることで、捕食者にとっては栄養的利点と競争的利点の2つの利点がある。)一方、小さな草食動物が、より大きな草食動物に植物と一緒に食べられてしまうことがありますが、これは偶発的なギルド内捕食と考えることができます。そのため、このような偶発的なギルド内捕食を回避する能力は、小さな草食動物に選択的な優位性を与えるはずです。しかし、小さな草食動物によるギルド内捕食の回避については、草食性哺乳類の息に反応して即座に植物から落下するアブラムシの例を除いて、ほとんど知られていません。
 ハダニ類のカンザワハダニとナミハダニは、通常0.5 mm以下の大きさで、様々な野生および栽培植物種を食害します。これらのハダニは、宿主植物の葉の上に保護用の網を張り、通常はその下に生息しています。これらのハダニと宿主植物を共有するナミアゲハやセスジスズメなどの鱗翅目の幼虫は30-100 mmに成長し、ハダニに侵された葉も侵されていない葉も無差別に食べるようになります。例えば、最終齢のセスジスズメの幼虫は1日あたり約20枚のヤブガラシの葉を食べます。たとえ、一部のハダニがイモムシの攻撃から逃れられるとしても、卵や休眠中のハダニは巣とともにすべて失われることになります。(補足:ハダニは気温の低下する秋頃から休眠し越冬する。)そのため、このような損失を防ぐような形質があれば、ハダニに選択的優位性を与えるはずです。カンザワハダニとナミハダニによって利用される宿主植物は、最終的に巣から分散したメス成虫が、荒らされていない葉に新たな巣を設営することによって決定されます。そのため、本研究では、ハダニのメス成虫は、イモムシの活動が継続していることを示す宿主植物上のその痕跡を避けるはずであると仮定します。本研究では、ハダニが宿主植物上のイモムシの痕跡および痕跡の化学的抽出物を回避することを初めて報告します。

[方法]

葉表面にあるイモムシの痕跡に対するハダニの回避
 ハダニがイモムシの痕跡のある宿主植物表面への定着を避けるかどうかを調べるために、イモムシの痕跡のある葉片とない葉片を使用した二者択一試験を行いました。現実的に植物体全体にイモムシの痕跡をつけることが困難であるため、植物体全体を使用しませんでした。ハダニ2種(カンザワハダニとナミハダニ)とイモムシ4種(セスジスズメ、ナミアゲハ、カイコ、ハスモンヨトウ)を実験に使用しました。インゲンマメの葉を10 x 20 mmの大きさに切り取り、それを2等分の正方形に切り分けました。片方の正方形にイモムシの痕跡をつけるために、水で湿らせた綿の上にペーパータオルを置き、その上に葉片を並べました。次に、4齢または最終齢のイモムシを葉片の上に置き、イモムシがすべての葉片を3回横切るように誘導しました (図1a) 。イモムシから吐き出された絹糸はすべて葉片から慎重に取り除きました。30分以内に、ペトリ皿の中の水で湿らせた綿の上で、葉片(痕跡あり)をもう一つの葉片(痕跡なし)に接触させるように配置しました。その後、2-4日齢のカンザワハダニまたはナミハダニの交尾したメス成虫を、両葉片に接する場所に置いた先の尖ったパラフィルムに細い筆で接触させて導入しました(図1a)。導入後2時間以内にすべてのメスハダニが特定の葉に定着することが事前調査で確認されたため、導入後2時間後にハダニが定着した葉片を記録しました。各メスハダニと葉片のペアは1回のみ使用しました。試験はすべて、ハダニのメス成虫が歩行によって活発に分散する13時から17時の間に実施しました。

茎上にあるカイコ幼虫の痕跡に対するカンザワハダニの回避
 カンザワハダニのメスがイモムシの痕跡がある茎の上を歩くことを回避するかどうかを調べるために、Y字型のインゲンマメの茎を用いました(図1b)。茎の1本の枝にイモムシの痕跡をつけるために、カイコ幼虫を分岐点から1本の枝の奥まで3回這わせました(n = 20)。その後、枝先から35 mm下の放出地点にカンザワハダニのメス成虫を導入しました(図1b)。このとき、メス成虫がどちらの枝を歩いて奥まで到達したかを記録しました。各メスハダニとY字型茎は1回のみ使用しました。

カイコ幼虫の痕跡からの抽出物に対するカンザワハダニの回避
 カンザワハダニのメス成虫によるカイコ幼虫の微量抽出物の回避を調べるために、ろ紙のT字経路(35 x 35 mm、幅2 mm、図1c)を用いて二者択一実験を行いました。使い捨てマイクロピペットを用いて、カイコ幼虫の痕跡のアセトン抽出液を片方の経路に塗布し、もう一方の経路には対照物としてアセトンのみを塗布しました。これらの経路からアセトンを蒸発させた後、垂直に吊るしました。成熟後2日目のメスハダニを細いブラシで経路の底部に導入し、メスが最初にどちらの経路を歩いて奥まで到達したかを記録しました(図1c)。各メスハダニとT字型ろ紙は1回のみ使用しました。

[結果]

葉表面にあるイモムシの痕跡に対するハダニの回避
 4種のどのイモムシの痕跡がある葉片に対しても、定着したカンザワハダニとナミハダニのメス成虫の数は有意に少なかったことから、両ハダニはこれらのイモムシの痕跡を回避したことが分かりました(図2)。

カンザワハダニによるカイコ幼虫痕跡回避の持続時間
 カイコ幼虫の痕跡が付けられて0時間、24時間、48時間の葉片に対してカンザワハダニのメス成虫は有意に回避しましたが、72時間の葉片に対しては有意差がみられませんでした(図3a)。これらの結果から、痕跡の持続時間は48時間以上72時間未満であると考えられます。

茎上にあるカイコ幼虫の痕跡に対するカンザワハダニの回避
 カイコ幼虫の痕跡がついた茎に沿って歩いたカンザワハダニのメス成虫の数は有意に少なかったことから、ハダニは茎上のイモムシの痕跡を避けて歩くことが分かりました(図3b)。

カイコ幼虫痕跡からの抽出物に対するカンザワハダニの回避
 カイコ幼虫痕跡の抽出物を塗布したろ紙の経路に沿って歩いたカンザワハダニのメス成虫の数は有意に少なかったことから、ハダニはろ紙の経路上のイモムシ痕跡の抽出物を避けて歩くことが分かりました(図3c)。

カイコ幼虫の痕跡のカンザワハダニに対する植物を介した間接的な効果
 カイコ幼虫の痕跡がついた葉片とついていない葉片にカンザワハダニが産み付けた卵の数に有意差はありませんでした。このことから、カイコの痕跡が植物上のカンザワハダニの能力に与える間接的な影響は非常に小さいと考えられます。

[考察]

 本研究で使用した両ハダニ種はイモムシ4種すべての痕跡を回避しました。イモムシから吐き出された絹糸は全て実験前に取り除かれたことから、イモムシの痕跡の効果は絹糸ではなく化学物質によって発揮されているように見えます。これらのハダニは捕食性のダニの痕跡を回避しますが、本研究はハダニが草食動物の痕跡を回避すること初めて報告しましたハダニはその保護的な巣を使用して広食性捕食者による攻撃を防ぎます。ハダニは巣を突き破る専門的捕食者からの攻撃を、侵入部から分散したり、隠れたり、捕食者が簡単に近寄ることのできない巣の上に産卵したりすることで防ぎます。しかし、ハダニは、意図的ではなく偶発的に宿主植物の葉とともにハダニを食べる大きなイモムシに対しては無防備です。例えば、最も旺盛にハダニを捕食するチリカブリダニは一日に約20個のハダニの卵を食べますが、セスジスズメの最終齢幼虫はわずか10分ほどでインゲンマメの葉上にあるハダニの卵を数十から数百個食べます。そのため、ある条件下では、イモムシはハダニの実捕食者としてよりもギルド内捕食者としてより有害となるでしょう。カンザワハダニのメス成虫の産卵数は葉上にあるカイコの痕跡の有無によって変わらなかったことから、カンザワハダニのメス成虫によるカイコの痕跡の回避は、植物を介してカイコ幼虫の痕跡から受ける間接的影響以外の要因によって助長されている可能性があります。そのため、草食動物の痕跡の回避は食欲旺盛なイモムシによる偶発的なギルド内捕食を防ぐことによって促進されていると考えられます[NK1] 。イモムシの痕跡を回避することは、利用可能な植物資源を放棄する代償としてハダニがイモムシに遭遇することを防いでいるでしょう。そのような忌避は時間とともに失われるようにみえますが、数日は継続することから、ハダニは周辺に残っているイモムシとの遭遇を避けることができます。上述したように、本研究では実験に植物体全体を使用しませんでした。しかし、茎のイモムシの痕跡に対するハダニの回避についてのデータはしっかりしています(図1b、3b)。多くの植物の地上部分は茎と葉から構成されており、全ての葉はハダニが葉に近づくために移動する茎によってつながっています。そのため、ハダニが茎上でイモムシの痕跡を回避するならば、植物体全体においても回避すると論理的に推測できます。
 興味深いことに、ハダニは野外で遭遇する可能性のあるイモムシの痕跡だけでなく、野外で決して遭遇することのないイモムシの痕跡も回避しました。例えば、ナミハダニとナミアゲハの幼虫は宿主植物を全く共有していませんし、家畜化されたカイコの幼虫は野外には生息していません。ハダニは非常に広食性で、宿主植物上で多くの種のイモムシと遭遇する可能性があるため、ハダニは多くの種のイモムシの痕跡に共通して含まれる物質を回避していると思われます。
 カンザワハダニは葉上と茎上の両方にあるイモムシの痕跡を回避しました。ほとんどの葉は茎によって階層的につながっているため、茎上のイモムシの痕跡を避けて歩くハダニのメス成虫は、その茎にある全ての葉を放棄しなければならず、その結果子孫のために利用可能なエサ資源が減少します。カンザワハダニとナミハダニの両種は幅広い宿主植物を利用しますが、多くの捕食者だけでなく非常に多くのイモムシによってつけられた痕跡によって、利用可能なエサ資源は大きく制限されています。ギルド内捕食とイモムシの痕跡を回避する必要性は、葉潜性または固着性草食動物に共通している可能性があります。これらの可能性を検討することで、なぜ利用可能な資源の一部しか草食動物に利用されないのか、という長年の疑問に部分的に答えられるかもしれません。
 カンザワハダニはカイコ幼虫痕跡のアセトン抽出物も回避したことから、ハダニはイモムシの痕跡の化学物質を回避することが分かりました。本研究は、草食動物の痕跡に含まれる化学物質の異種草食動物に対する忌避効果を初めて明らかにしました。ハダニは前脚と口器にある感覚受容体を使用してエサ場を探します。また、ハダニは捕食性のダニやアリが残した化学的合図を検知することから、ハダニはイモムシによって残された同様の合図を検知する可能性があると考えられます。ハダニは多くの合成殺虫剤に対して耐性を獲得していますが、イモムシの痕跡を模倣したハダニ忌避剤、つまり、ヒトに害の無さそうな天然物を製造することができる可能性があります。数日間は効果が続くそのような化学物質は、農作物にハダニを寄せ付けないために有用な可能性があります。全ての実験は研究室で行われたため、イモムシの痕跡の効果を確かめる野外実験を行い、回避を促す化学物質を同定する必要があります。

よろしくお願いします。