057 紺色のきもち
仕事のあと、紺色の空と濃い灰色の雲の下で、私は見事に孤独でした。
ぽかりと明るい月があって、信号の色が妙にあざやかで、自分の足がとても小さく見えました。
水分を含んだ風が吹いて、そばにあった木の葉が何枚か飛ばされていきました。
ぱささわざざ
私も、飛ばされてしまえばいいのに、と思いました。
もっと、気持ちを強く持つべきなのでしょう。
人間である以上、不完全なのだから。
今、私は人に何かきついことを言われても、それがどれほど理不尽なことでも、憤りを感じはしますが、それほど落ち込みません。落ち込むほどきついことを言われたとしても、時間が解決してくれると思うと、少し気が楽になります。
しかし、私自身が人になにかを言い過ぎてしまった場合には、ひどく落ち込みます。
自分に失望し、かなしみに似た怒りを感じます。
ぱらぱららぱら
話し言葉は雨のようです。
降ったらあっという間に人を包みこみ、とりかえしがつきません。
しまった、と思う前に相手にしみ込んでしまいます。
そして、どうして、と思います。
私は、自分が傷つけられたことがあるのに、言葉でできた傷がどれほど痛いものか知っているのに、どうして。言葉に気をつけられないのでしょう。
人との関係はもろいもので、たとえそれまでがうまくいっていても、ふとしたことで崩れてしまうこともあります。私が崩してしまいたい、と思っていなくても、崩れ出したら止まらないこともあります。
それから、もう二度と会えないこともあります。
それを私はきちんと知っているはずなのに。
そんな思いを抱えて歩いた夜。
紺色の闇がそばにいてくれました。
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公園を通りがかりました。
その公園には、プリンの形をした山のような遊具があり、ブランコがあり、砂場があります。滑り台があり、ベンチがあり、オレンジ色のコスモスが咲いています。
私はもちろん、プリンの山に登ります。手すりを使って一歩一歩。
大人の足で五歩くらいで登り切る高さです。頂上であおむけに寝ころがります。
そうすると、視界が空だけになります。思ったよりも月は遠く感じました。
もちろん、背中や腕に砂を感じます。
でも、スーツが汚れるなんて、ちっとも問題ではありません。
今はただ、風に吹かれながら夜を見て、紺色に包まれていたいのです。
「時間、空間、人間。どうしてどれも「間」という字が使われているんだろう」
そう言ったのは、だれでしょう。
星が出ている涼しい夜に私の隣にいたのは。
思い出せません。
あまりにも遠くて、あまりにも大切すぎて。
起き上がり、プリンの山から見た景色はきちんと公園でした。
ブランコ、すべり台、ベンチ。
そして、砂場が見えました。
砂場には誰かの作った砂山がいくつかありました。
崩れかかったものと、完全にくずれているものと。
俯瞰して見ると、あまり大きな違いはないように見えました。
プリンの山から降りて、砂山を見にいきました。
砂山は崩れかけていても、砂山でした。
触ると、ひんやりと冷たくさらさらと崩れてしまいました。
白くてきれいな砂の粒はとても小さなものでした。
もろいけれど、また作ったらいいよね。
突然、そう思いました。
今度は上手に慎重にうんとやさしい気持ちで。
相手を大切に思う気持ちを積み重ねて山にしていけば、きっと間も埋まっていくでしょう。
そんなことを考えた紺色の夜でした。
今回も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
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