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135 ゆるゆると忘れていく記憶のかけら

暮らしていると、ときどき神経衰弱をしている気持ちになることがあります。神経衰弱とは精神病の方ではなく、トランプを用いて行うゲームの方です。

床に伏せた状態で広げたたくさんのカードから二枚めくって、同じ数字が出たらそのカードを自分のものにできるというゲームです。ひいたカードの数字を覚えて、ほかの人よりも多くのカードを自分のものにしたら勝ち。

記憶力が試されるゲームです。

仕事先が割と大手の学習塾なので、毎日多くの人と出会います。
高校生は、みな同じような服装・髪型なので普段から見分けがつきにくい上に、今はマスクをしているので、さらに特徴がつかみにくいのです。

あいさつをしながら、ええとこの子は〇〇さん、テニス部、△さんと仲良しとか、この子は〇〇くん、生徒会執行部、数学がよくできるなどと頭で名前と特徴を思い浮かべるようにしているのですが、ときどき顔を見ても全く名前が思い浮かばないこともあって、神経が衰弱します。

顔と名前を覚えるのは得意な方ですが、それでも忘れてしまうこともあります。

先日、不動産の営業の方が会社に訪問されました。
その方の顔を私は知っていました。
同い年で、同じ保育園に通っていた男の子です。

かたのくん。
そう、苗字は思い出せるのですが、下の名前がどうしても思い出せませんでした。かたのくんから差し出された名刺を見て、そうそうそう!と記憶が鮮やかに思い出されるのです。

私が作った泥だんごをきれい、と言ってくれた男の子です。
名刺には、主任という肩書がありました。
かたのくんは、主任になっていました。

名刺という


名前が書かれたカードを見るまで思い出さないなんて。
やっぱり、神経衰弱みたいです。


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近所で工事が始まりました。
日中作業をされているのか、私が工事に気がついたときには、そこにあった建物はすっかり取り壊されていました。
そして、はて、と思いました。
ここには、もともとどんな建物があったのかしら。

なんとなくビルだったのだと思うのですが、どんなビルだったのか、住居なのかお店や会社が入っていたのか、全く思い出せませんでした。

ほとんど毎日通る道なのに覚えていないなんて。
とても寂しいことです。
しかも、建物の場合は名刺や学生証といった答えがありません。

私が思い出さなければ、私の中ではこの場所にはなにもなかった場所と変わらないのです。私は必死に思い出そうとしました。

隣のビルは一階が美容室で二階以上は住居。
反対隣のビルは全部住居になっているビル。

でも、だめでした。
建物の色すら思い出せません。
思い出せそうで思い出せません。
万華鏡のように、全く同じ模様は二度と出てきません。

私は、完全に失われた場所を通るたび、不思議な罪悪感を感じるようになりました。
でも、薄情な私はきっと、いざ新しい建物が立ったら失われた場所なんて一切思い出さないのでしょう。

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こんな風に、日々何かを忘れている、と思うとなんだかもったいなくて、目に入ったすべてのものを覚えておこうと努めるのですが、どうしても忘れてしまいます。

この子はなんて名前だったっけ。
ここには何が建っていたんだっけ。

確かに一度は目にしているはずなのに忘れてしまいます。
それは経験も同じで、少し前にしてしまったミスやそれによって落ち込んだこと、昨年の今ごろ思っていたことはすっかり忘れています。覚えているのは、よっぽど自分にとって印象的だったこと。

失われた思いや失われた経験。
そんなものが、きっと私が思う以上にたくさん、たくさんあるのでしょう。
何かをきっかけにして(例えば一枚のカードを見て)思い出すことはあるかも知れませんが、思い出さないかも知れません。

そう思うと、せめて今この一瞬は、一所懸命過ごそうと思うのです。
目の前にいる人を大切にしようと思うのです。

次第に淡くなり、やがいて消えてしまうことだとしても、それが自分にとって不要なものだから消えてしまうのだとしても、大切にしたい。

そして、人生を振り返る時に、よく覚えていないかもしれないけれど、色とりどりの記憶のかけらがあるといいなと思います。

部屋の掃除をしていたら出てきた、万華鏡のような模様のトランプを見て感じたことです。


今回も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。


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