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133 やさしい無花果

これまで生きてきて時間が止まった経験はないのに、そして時間は止まらないことを知っているのに、なぜか停滞している、と感じることがあります。それは、残暑が続いているからかもしれませんし、コロナウイルスの影響で自粛が続いて、何ヶ月も同じような休日を過ごしているからかもしれません。

朝から夜まで暑くて、仕事から帰っても部屋の中がもわもわと暑い。
いつまで停滞しているんだろう…。そんなことを思ってしまう夜もありました。

8月半ばから、また仕事が忙しくなりました。そんなときに限って、同じ課の先輩や新卒の子が体調を崩してしまい、シワ寄せが私に降ってきました。自分の仕事と並行して、他の仕事もする。片手間で仕事をこなすから、当然これまでしたことのないようなミスをしてしまいました。

これまでできていたことができないなんて…停滞どころか後退だわ。
そう落ち込みながらも、私まで崩れてしまうわけにはいかないと、踏ん張っていました。

私は、どんなに忙しくても不機嫌になりたくない、という気持ちをもっています。いつも笑顔で、穏やかに、思いやりをもって。少しつらいときでも、がんばれば乗り越えられると信じて仕事をしています。

この忙しさは11月まで続く、と聞いても大丈夫。
たった数ヶ月じゃないの。

トラブルは、自分の成長にきっとつながります。

そんなある日、在庫確認のため倉庫に行きました。
確認が終わり、あわてて倉庫から出ようとした時、積み上げられていた書籍を誤って崩してしまいました。
幸い怪我はありませんでしたが、全て元どおりに直す時間もなく、ざっと直してパソコンに戻りました。

申し訳ないけれど、明日アルバイトさんに直してもらおう…。
そう思っているときにも、すでに頭の中は他の仕事でいっぱいでした。

翌日、仕事復帰した先輩がたまたま倉庫に行って、私にこう言いました。
在庫管理状況が悪すぎる。あれじゃあ、在庫数があってもただのゴミです。

私の頭の中に黒いもやが広がりました。
ゴミ…?

黒いもやは、私の顔に腕に胴体にとどんどん広がります。
あなたが休んでいる間、私はあなたの仕事を代わりにしていて、それで時間がなくなって…。

頭痛がしました。もやで目の前が見えなくなってしまいそうでした。
それを振り払うために、一度下を見ました。小さな私の足が見えます。
言い訳はかっこ悪い。私は不機嫌になりたくない。素直に、笑顔で、穏やかに。大丈夫。

私は顔をあげて言いました。

すみません。行き届いていませんでした。今日すぐに直します。以後気をつけます。

黒いもやとともに出てきた言葉は全て飲み込みました。
綿を飲んだような息苦しさでした。

その後すぐに休憩時間でした。
やりきれない思いで、お昼ごはんはろくに食べる気になれませんでした。

飲みものを口にする気にもなれなくて、机に置いた自分の指を見つめていました。

停滞。
私はなにをしているんだろう。

あわてて、ミスをたくさんして、叱られて。
なんにも…言い返せなくて。

そこで、目を閉じて深呼吸をしました。

でも、そう、あわてて倉庫から出なければよかったんじゃないの。
先輩の言うとおりだわ。大丈夫。これも自分の成長に、きっとつながる。

穏やかに、機嫌よく、思いやりをもって。
笑顔も、どんな時だって作れるじゃない。

なんとか自分を奮い立たせて、休憩終了より20分前に職場へ戻りました。
職場はわいわいとしています。

私が戻ると、アルバイトさんの一人が
「あ、ふむさん。先ほど○さんから差し入れいただきましたよ。まだ休憩時間でしょう?召し上がってくださいな」
と言いました。見ると、無花果のパックが3つありました。
全部で12個の無花果。その日の出勤人数分はないようです。

無花果はやさしいくだものです。

私は、こう言いました。
「全員分の無花果はないので、私は良いですよ。もう仕事に戻ろうと思っていたところですし。アルバイトさんにいつもがんばっていただいているので、アルバイトさんで召し上がってください」

すると、他の社員も一緒になってわいわいと
「えぇ〜召し上がってください。最近、もっともがんばっている人ナンバーワンじゃないですか。」
と言ってくれました。私が
「でも仕事が…」
と言うと、ベテランアルバイトさんがきっぱりと言いました。
「倉庫なら大学生アルバイトくんに直してもらいましたよ」
えぇ?
私がびっくりしていると、ベテランさんはふふっと笑って言いました。
「片付けなんて、社員さんがする仕事じゃないし。というか、社員だろうとアルバイトだろうと、気づいた人がやればいいんじゃない?」
そして、他の課の先輩が私の肩に手を乗せてくれました。
「最近、あなたの業務量が多すぎるように見えるよ。手伝えることがあったら言ってね。課がちがっていても、こっちは今そんなに忙しくないから。仕事はみんなでしたらいいんだよ」

私はそのとき、なんと答えたのでしょう。
ありがとうございます。
しか言えなくて、無花果をひとついただいて、スタッフルームに行ったのだったかしら。

がんばっている人ナンバーワン。
そんな風に見てくれていた人がいたということが、すこしはずかしくて嬉しくて、よく覚えていないのです。

気づいた人がやればいい。
仕事はみんなでしたらいい。

私もそう思って、体調が悪い人の分も頑張ろうと思いました。
脇目も降らず仕事に打ち込みました。
気がついたら、全部私が抱えて、いっぱいいっぱいになっていました。
大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせながら、どこか無理をしていたのかもしれません。そして、そのことを誰かに気づいてほしかったのかもしれません。

部屋で一人、無花果のやわらかい皮をめくっていると、涙が出ました。
泣きながら食べた無花果は、あまり味はわからなかったのですが、きちんと甘さを感じました。

ふんわりと甘くて、ぷちぷちしていて。
毎年秋になると楽しみにしているくだものです。
いつの間にか、無花果が出る季節になっていました。

夏は、いつまでも夏じゃない。
つらいときは、いつまでも続かない。
季節は移り変わるし、見てくれている人はどこかにいます。
かなしい気持ちになることがあっても、手を差し伸べてくれる人だってきっといます。

人数分の数はない無花果。
やさしさでいっぱいでした。
そして、いつの間にか黒いもやはきれいに晴れていました。

今度の休日は無花果を食べよう。
今度は笑顔で、その味をしっかりとかみしめよう。

そう思いながら、まだわいわいとしている職場に戻りました。

今回も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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