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146 冬のサイダー

ゆるやかな年末。
12月はきんと冷たい日が何日かあって、やさしい雨が紅葉とともに何日か降って、そして今年が終わろうとしています。お天気は上々。空の青さに惹かれて、お散歩に出ました。

プラネタリウムは、もちろん休館日でした。
周りに人もいないので、まぁるいドームを抱えて静かに佇んでいます。
ふと見上げると、3階の窓が開いていました。
お休みなのに?と思いましたが、よく見ると電気もついているようです。

プラネタリウムもきっと仕事納め。
中の人が来年を気持ちよく始められるようにお仕事をしているのでしょう。今年のおわりと来年の準備。

プラネタリウムから少し歩くと、広場があります。
そこには数人、ひとがいました。
ギターを持って演奏しているひと。
(でも不思議なことに音は聞こえてきません)
スケボーの練習をしているひと。
ぼんやりと座っているひと。
恋人同士と思われる男女は一冊の雑誌を広げて話しています。

きっと、そこのひと達も普段は学校に行って授業を受けたり、どこかにお勤めしていたり、家のことに奮闘したりしているのでしょう。
でも、今、その広場には穏やかな時間が流れていました。

気がついたら1時間も歩いていました。
のどがかわいてしまいました。
見渡すと自動販売機が三つ。仲良く並んでいます。
あたたかい飲みものを、と思いましたが、サイダーが目に入りました。
冬だけど…と思いましたが、透明なボトルが美しくて、つい購入しました。

ごとんと落ちてきたサイダーは、しゅわしゅわと泡を立てています。
それを手に持ったまま川辺に向かって歩きました。川辺に行く途中、ちょっとした坂道を上がります。木に囲まれた細い坂道には、たっぷりの木漏れ日が降り注いでいました。心地よいあたたかさです。

足下を見ると、道に塗装されていた赤茶色の塗料は、はげはげでした。
この赤茶色がまだむらなく塗られていたころ…。
失われた時はいつでも魅力的です。
そのころ、私は友人と自転車でこの坂道を上がったり降りたりして遊んでいました。木の間から届く風の心地よさで、自然と笑い声が出たものです。

あの子が今どこにいるのかも、何をしているのかもわかりません。
ただ、失われた時に閉じ込められた風と笑い声を感じていました。

川辺にあるベンチで、ぷしゅっとサイダーを開けました。
透明な大きめの泡と細かい泡がしゅうしゅうと上に上がっていきます。
冬の光をきらきらと反射しながら上へ上へ。
その美しさ。
ペットボトルの口からもわずかに泡が出ています。
その儚さ。

冷たいものを飲んだらさむくなるかと思いましたが、じゅうぶんあたたかい日でした。サイダーの泡も川の水面もきらきらとゆらめきながら輝きを増しています。

ここ最近、ひどくさむかったから。
でも、太陽はわたしが思うよりも、ずっと身近で惜しみなく発光し続けていました。

少しずつ重みを増す思い出を抱えながら日々働くわたしたちのように。

赤や黄色の葉っぱがやわらかな風を含んではらはらと落ちています。
からりと水分が抜けた葉っぱは、ゆっくりと光を楽しみながら着地します。
サイダーはほのか甘さをのこして、のどをすべり落ちていきます。
光があたたかくて、でも冷たくて、細かくきらめきながらしゅわしゅわと消えていく。
こんな風に人生の終わりを迎えられたらどんなにしあわせだろう…。
つい、そんなことを思ってしまう、そんなひとつ年が過ぎる直前の午後でした。

今回最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
良いお年をお迎えください。

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