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ふむもくエッセイ

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ふむふむと思ったことと、もくもくと感じたうれしいことを集めました。
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2021年10月の記事一覧

174 記憶を花束にして

風がすっと冷たくなった。 それは本当に突然のことで、ある日の雨上がり、窓を開けるとすでに冬に近い秋がいた。 「久しぶり」 冷たい空気に、そう言われた気がした。 秋生まれの私は、空気が冷たくなってくると元気になる。 晴れているのに肌寒い。雲はぞろぞろと流れていく。夕陽が作る影は夏より濃く感じる。 べたべたしていない優しさというか、凛とした甘さというか。 そういうさっぱりした感じが好きで、うきうきしながら秋冬の支度をする。 部屋で履く靴下を出したり、湯たんぽを探したり。

173 モンブランでひと休み

日差しの強さに夏のなごりを感じつつ、落ちてきた葉に季節の移ろいを見る日々。 気がつけば10月。朝と夜の空気はすーっと冷たく、そこに夏はもういない。 少しずつ、でもためらうことなく季節は進んでいる。 明るい時間が短くなっていくことや、ツバメたちが南へ旅立つのは寂しいものだが、楽しみもたくさんある。そう。私は10月になったら近所のケーキ屋さんに行くのだ。 そこのケーキ屋さんは、昔ながらの小さなお店。ご夫婦で切り盛りされている。パティシエさんは何人いるのかしらというくらい、ケー

172 金木犀と深呼吸

気がついたら、夕方になる時間が早くなっていた。 お昼の気温が高くても夏と明らかに違うと感じるのは、きっと夜の存在が少しずつ濃くなってきたからだろう。 夜に向かう時間を味わいたくて、仕事を早めに切り上げた日のことだ。 別に何をするでもなく、ただ夕暮れに染まる街や川や木を見に外へ出た。 歩いていると、ばったり父に出会った。 わりと近くに住んでいるのに、顔を見るのは久しぶりだった。 「ちょっと背が伸びたんじゃないか」 父にそう言われて、心がくしゃっと寂しくなった。 私は中学2