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とびきりの笑顔で

「というわけで、今回のお見合いは
失敗したわ」

彼女は、自嘲気味に笑いながら
そんな言葉を口にした

彼女と俺は、もう十年来の知り合いなんだけれど……

結婚適齢期を前にして
彼女の周りも慌ただしくなり、友人に釣られて結婚紹介所に
申し込んだ彼女

昨日は初のお見合いだったらしいが
残念ながら上手くいかなかったらしい

「焦ることないよ、きっとそのうちいい人が
見つかるさ」

俺は彼女を励ますように、そう言った

「まだ一回目だしねー
あ、ねぇ、このお見合い写真に問題あると
思うんだけど……」

そう言いながら、彼女はお見合い写真を俺に見せた

写真の彼女は、ちょっとかしこまった感じで
普段の彼女とは雰囲気が違っていた

「なんかさ、この写真、らしくないね」

「思うよねー、自分でもそう思ってたんだけど
プロの目から見てもそうなんだね」

「うん」

俺の仕事はカメラマン
主にスタジオで撮る写真が主流
大学を卒業する前からアルバイトとして始めていて
現在に至る

「でもね、結婚紹介所の人が
『お見合い写真なんだから
こんな感じでいいんですよ』
って譲らなくて」

彼女は困惑したように呟く

「ただ単に、撮り直しが面倒だっただけじゃないかな」

「酷いよねー、何十万ものお金つぎ込んでるっていうのに」

「そんなにかかるんだ?結婚紹介所って」

「かかるかかる、だから元を取るためにも頑張らなきゃって
思ってるんだけどね」

「じゃあ、その努力の片棒、俺にも担がせてよ」

「え?」

「お見合い写真、俺が撮り直してあげるよ」

その提案に、彼女は、一瞬だけ寂しそうな眼を
していたけど、俺はそれには触れなかった


それから数日後、俺の仕事場のスタジオに
彼女がやってきた

「ふーん、結構、広いところで仕事してるんだね」

彼女は、仕事場に興味津々だった

「一応、大手だからね」

彼女を控室に案内して、身づくろいをしてもらい
準備が出来次第、撮影室に入って貰うことにした


何やってんだろう俺は……
好きな女の見合い写真の撮影をわざわざ自分から引き受けて
彼女の見合いが成功するように応援してるなんて
お人よしにも程がある……
自分でも分かっているのだが……

知り合った頃から、俺はずっと彼女のことが
好きだったのに、言い出せずにここまできてしまっていた

これで本当に、彼女のお見合いが成功したら
俺は自分で自分の首を絞めることをやってしまったんだろうな

溜息をつきながら
カメラを弄っていたら、彼女が控室から出てきた

「お待たせ」

ここに来た時は、気にならなかったけれど
お見合い写真ということで、今日の彼女は
メイク等にも、かなり気合が入っているように見えた

「じゃ、撮るから、そこ座って」

「うん」

彼女は、椅子に座って背筋を正す

けれど……表情が硬い

「なんかさ、もうちょっとかしこまらないで
自然体になれないかな」

「自然体?」

「ほら、俺といっつも話してるときみたいにさ」

「そんなに自然だったかなー」

「少なくとも、気取ってる感じではなかった」

「そう?でもいきなり自然体でって言われてもね」

「まぁ適当に無駄話するから、相槌打ってなよ
そしたら、いい感じの表情の時にシャッター切るから」そんな感じで俺は、いつものように彼女に話を振ってみる

うんうん、だんだん、表情が柔らかくなってきた
いい感じだ


何枚か撮影して終わりにした

そして出来上がった写真を彼女と一緒に見ることに

「これなんかどう?」

「えー、なんか気取ってて、これじゃあ前の写真と同じじゃん」

「だよなー、じゃあ、これだったら?」

「んー、ここまで表情崩れてたら、お見合い写真じゃないと思う」

「なるほどねー」

「だったら、これは?」

「何これ?めっちゃいい表情じゃん」

「これでも、プロだから」

「そうだったね」

「うん、これでいい、これにする」

「ついでに、結婚写真もどう?」

「相手が見つかったらね」

「いるだろ?ここに」

「……嘘……」

「ずっと好きだった、結婚紹介所に行くのやめて
俺と結婚しないか?」

俺の言葉を聞いた彼女は
涙ぐみながら

「ありがとう、よろしくお願いします」

と言いながら
さっきの写真よりも、もっと素敵な表情を見せてくれた

これからもキミの一番いい表情は
俺だけの専売特許であって欲しい
他の誰にも見せずに俺だけのキミで
ずっと……






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