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天使と悪魔とスイートガール

 映画『スイートガール』を見た。

 予定していた抗がん剤治療が受けられず、妻は亡くなってしまう。その復讐を果たさんとするレイは、娘レイチェルの制止を振り切って製薬会社のCEOを殺害する。次なるターゲットは真の黒幕と目される、同会社の会長だ。父親の暴走に無理やり付き合わされるレイチェルは、葛藤しつつFBIに通報してしまう。さて、レイの復讐は果たされるのか。

 『スイートガール』は復讐に駆り立てられたレイと、それを止めようとするレイチェルの綱引きを描く復讐劇だ。レイを演じるジェイソン・モモアはスーパーヒーローや屈強な兵士の役が多いので、本作でも敵を簡単にやっつけてしまいそうに見えるが、ここではあくまで一般人。なかなか勝てない泥臭い格闘が展開される。

 ジェイソン・モモアが主人公らしいのに何故タイトルが『スイートガール』なのか、そして復讐に無理やり付き合わされている割に眼光が鋭く、意外と戦闘力が高そうなレイチェルがどう絡んでくるのか、見ていてずっと謎だった。その謎は終盤になって晴れた。『シックス・センス』と『オープン・ユア・アイズ』をくっつけたようなドンデン返し、といえばぎりぎりネタバレにならないだろうか。復讐の鍵を握っていたのは、実はレイでなくレイチェルだったのだ(眼光鋭いイザベラ・メルセードが起用されたのは、このインパクトを効果的にするためだったと思う)。

 「復讐すべきか、やめるべきか」で葛藤するレイチェルの姿は、キリスト教的な「天使の声と悪魔の声を聞いて逡巡する人間」の図に近い。キリスト教界では、人間が悪い思いを抱くのは悪魔にそそのかされたからだ、と考える向きがある(責任転嫁にしか思えないけれど)。私たちは常に天使の声を聞いたり、悪魔の声を聞いたりして行動を選択しているのだ、と。その点で復讐に突き進むレイは悪魔の声を聞いており、FBIに通報するレイチェルは天使の声を聞いているのかもしれない。

 本筋から逸れるが、レイチェルは重大な精神疾患を患っている可能性が高い。統合失調症の症状の一つである作為行動(自分が願っていることが他人の声として聞こえる、などの症状)が現れているからだ。あるいは想像力が豊かなだけかもしれないけれど、あそこまで日常生活が侵食されてしまうのはやはり問題だと思う。母親の死がそのきっかけになったのかもしれない。いずれにせよ、あの結末は彼女にとって本当に良かったのだろうか? と見終わってしばし考え込んでしまった。

 キリスト教の「天使の声」や「悪魔の声」は、精神疾患に起因する幻聴と親和性が高い。聖書に登場する「悪魔に憑かれた人」は、実は精神疾患だったのではないだろうか、と私は常々思っている。天使とか悪魔とか、あまり強調しすぎるのは精神衛生によろしくないのでやめた方がいい。

 ちなみにレイ(Ray)とレイチェル(Rachel)の綴りの頭が同じなのは、あのどんでん返しのさりげないヒントなのかもしれない、と思った。

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