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古賀史健

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古賀史健の note、2018年以降のぜんぶです。それ以前のものは、まとめ損ねました。
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2019年11月の記事一覧

フリーランスの12月。

フリーランスの12月。

きっとこれは、おれがフリーランスだからなのだ。

長らくぼくは、そう思うことで自分を慰めてきた。たとえば就業時間。そこから導き出される就寝時間。土曜日や日曜日のとらえ方。または大型連休という概念。給与、さらには賞与なるものの存在。賃貸住宅入居契約時の、社会的信用。

フリーの立場で生きていると、いろんなものが会社勤めの方々とは違ってくる。ぼくは24歳のときにフリーになったのだけれども、それはかっこ

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なにに追い立てられて、わたしは。

なにに追い立てられて、わたしは。

いいかい、何度でも言うよ。

——これ、最近思いついた魔法のことばである。実際に誰かに向かってこう言うのではない。なにを話すときでも、なにを書くときでも、胸の奥でこのことばを握りしめ、語りはじめるのだ。

この note の週日更新をはじめて、もうすぐ5年になる。土日と祝日は休んでいるから年間365本とはならないけれど、それでも年間240本とか250本とかにはなる。5年も続ければ1200本以上だ。

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「思う」について思うこと。

「思う」について思うこと。

これ、よそで言ったら大変なことになっちゃうね。

気のおけない友人たちとおしゃべりしていると、そういう話題に踏み込むことがある。SNSに書いたら間違いなく炎上しそうなこと。炎上するほど有名人じゃなかったとしても、たくさんの誤解を招き、軽蔑を招きそうなこと。そういう話題はなるべく避けて、ぼくらはSNS社会を生きている。

なんとなくこれ、「いいこ」を演じて、「いいこと」だけを言って、やればやるほど自

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ごめんなさいが通じないから、お前は。

ごめんなさいが通じないから、お前は。

まったくなんてことだ、仕事しかしてない。

いや、もちろんごはんを食べたり、お風呂に入ったり、ベッドで眠るくらいのことはしている。犬とてくてく散歩したりも、している。10年前、15年前と比べたら、ずいぶん人間的な生活ができている。けれどもこう、わかりやすくあそぶことができていない。映画館にもずいぶん行っていないし、買いためる一方の小説も、読めていない。マンガですら読めておらず、コンサートからも足が

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お好み焼きの、その味に。

お好み焼きの、その味に。

むかし「世界ウルルン滞在記」という番組があった。

俳優さんやタレントさん、いろんな芸能人が海外の一般家庭にホームステイし、たとえば農作業などのお仕事を手伝いつつ、交流を図る。そんなドキュメント半分、バラエティ半分の番組である。日本に帰国する際のお別れシーンでは毎回のように泣けた(なんと言っても司会は徳光和夫さんだ)し、けっこうな人気番組だった記憶がある。

番組ではだいたい、滞在中の芸能人がホス

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しとしと雨の金曜日、その雑感。

しとしと雨の金曜日、その雑感。

やっぱり寒くなった、雨降りの金曜日。

先ほどお菓子と間違えて、犬のおやつを食べそうになっちゃいました。だってこれ、おいしそうなんだもん。コーヒーと、すごく合いそうなんだもん。ポテトとお魚でできてるクッキーなんですけどね。

■ 壇蜜さんのご結婚

壇蜜さんが、結婚されたそうだ。ご本人とお会いしたことがないのはもちろん、写真集その他を購入したこともなく、出演映画を観たこともなく、好きな女優を問われ

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来年は、もっとたのしくなる。

来年は、もっとたのしくなる。

明日は、もっと寒いらしい。

おもしろいものでこう書くと、明日の寒さを語っていながら、今日の寒さが強調される。ことばのうしろに(今日でさえ、こんなに寒いのに・・・!)の思いが忍び込む。「来週はもっと忙しい」も、「来年はもっと大変だ」も、結局は「いま」の忙しさや大変さをあらわすことばだったりするものだ。

さすがに年末が見えてきて最近、来年についていろいろ考える。

実際にはあと1か月半で来年、20

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まだ決めない、と決めてみる。

まだ決めない、と決めてみる。

きのう、幡野広志さんと田中泰延さんのイベントに参加した。

会場は早稲田大学の小野記念講堂。事前に募った4人の大学生が、幡野さんと泰延さんに悩みをぶつける、公開人生相談イベントだ。新聞、雑誌、テレビの世界において、人生相談は普遍的な地位をもつコンテンツだ。たとえばみのもんたさん全盛期の昼番組「午後は○○おもいッきりテレビ」のなかにも、「ちょっと聞いてョ!おもいッきり生電話」という視聴者参加型の人生

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快挙のはずが、恥ずかしいじゃねえか。

快挙のはずが、恥ずかしいじゃねえか。

快挙、と言ってもいいかもしれない。

自分にこんなことができる日がくるとは思っていなかった。多忙にかまけ、ずるずると引き伸ばしてきた。これからもそうするのだろうと思ってきた。自分という人間を、まったく信じきれていなかった。ああ、しかし。なんという爽快感だろう。やればできるのだ、おれだって。重い腰を上げてやりきったのだ、おれはついに。

5年以上も幽霊会員を続けていたスポーツジムを、退会したのである

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わたしの好きな料理。

わたしの好きな料理。

好きな料理について考える。

いま、ぼくがいちばん好きなのは、会社近くのお店で食べるおすしである。ご主人のお人柄もあわせて、たぶん断トツに好きだ。しかしそれは「好きなお店」であって、好きな料理とは違う。おいしくないおすしは、まったくおいしいものではない。食わなきゃよかったと思うおすしも、正直ある。

かつ丼、と思っていた時期は長かった。なんとなく入ったお店で、名店でもなんでもないおそば屋さんで、空

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実家のような場所。

実家のような場所。

ひさしぶりに犬が、会社にきている。

公園や河川敷、ドッグランに行ったときほどではないにせよ、いつもと違う場所にやってきた犬には、警戒と興奮のスイッチが入る。びくびくしたり、そわそわしたり、なんでもない物音にわんわん吠えたり、居眠りしはじめたかと思ったらすぐに起きたり、なんだかいろいろ忙しい。よろこんでいるというより、緊張している。自宅にいるときと、リラックスの度合いがまるで違う。

逆にいえば、

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継続できている、という実感。

継続できている、という実感。

最近、ヤクルトを飲みはじめている。

スーパーで購入したヤクルトではなく、自宅まで宅配してくれるヤクルト、その最新最強バージョンである「ヤクルト1000」を飲んでいる。まだ飲みはじめたばかりだし、なにかの効果を実感しているわけではない。それでも、「ああ、おれは毎朝ヤクルト1000を飲んでいるんだなあ。それを習慣としているんだなあ」という継続の実感はある。

特定保健用食品(トクホ)、栄養補助食品、

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10年前の、骨董通りで。

10年前の、骨董通りで。

ひさしぶりに、ひさしぶりの編集者さんから連絡があった。

仕事の依頼ではない。10年ほど前につくった本が文庫化されるらしく、その確認の問い合わせだ。どうぞどうぞ。よろこんでよろこんで。当たり前すぎるほど当たり前の反応をしながらぼくは、当時のことをなつかしく振り返った。その方はぼくよりも年長で、当時すでに局長だったと記憶している。ぼくは30代のなかごろで、一緒に仕事をする編集者が、だんだんと自分より

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ダイアナでもなく、ティムでもなく。

ダイアナでもなく、ティムでもなく。

なんとかロス、ということばをしばしば見かける。

ダイアナ・ロスではなく、デヴィッド・リー・ロスでもなく、ティム・ロスでもなく、フィリップ・ロスでもない、なんとかロス。たぶん最初に接したこの言いまわしは、「あまちゃんロス」だった。長いこと慣れ親しみ、もはや生活の一部となり、なんなら生きる糧でさえあった娯楽が終わってしまった喪失感。プロ野球ファンの人たちは、毎年この時期「プロ野球ロス」なのかもしれな

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