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解決のつかない話

気分転換に料理をする。たまにね。たいしたものじゃない。間引き菜とツナのチャーハンとかストックしてある冷凍餅を使ったピザとかじゃことバジルのパスタとか。まあ、居酒屋メニューみたいなものだ。

料理するのはべつに特別でも面倒でもない。学生のときにバイトしてた居酒屋で仕込まれた。半分個人経営みたいな店だったので、バイトといっても仕込みから料理、接客、閉店作業までフルコースのバイトだ。

やわらかくふわっとしたキャベツの千切り、酢と卵黄からつくるマヨネーズ、熱いうちに飯台の中で寿酢を切るようにしてつくる寿司飯といった仕込みから、たれを焦がさないようにさっと仕上げる生姜焼き、タイミングを逃さずに巻いていくう巻玉子とかいろいろ覚えさせられた。

何人か学生バイトがいたけれど、僕ともうひとりの先輩がやたらこき使われてた記憶がある。まあ、おかげで料理するのに抵抗なくなったのでいいんだけど。

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キッチンで黙々と鍋やフライパンと向き合ってると、なぜか瞑想してるみたいになる。仕事で使う思考とかのスイッチが勝手にオフになって、ぜんぜんどうでもいいものに切り替わる。

パスタを鍋に放り込む。パスタを半分に折ってから茹でると、小さな鍋でも茹でやすいし芯が残るなんてこともない。この方法は居酒屋で教わったのではなく、妻からだけど。

パスタを茹でていると解決のつかないことを思い出す。小学校のときの同級生の彼女のこととか。

僕も転校生で彼女も転校生。だからなのか、先生が僕の隣の席に彼女を座らせた。いつも斜め30度ぐらいに俯いていた印象が強い。

すごく陰っぽいというのでもなく、でも何かを真正面から見るのは避けているようなそんな感じだ。

彼女のお父さんは写真関係の仕事をしているのだと、あるとき僕に教えてくれた。たぶん、僕がカメラの話をぽろっとしたんだと思う。小学校のときからゲームで遊ぶより写真を撮るほうが好きだった。まあ、変だ。

周りに写真関係の仕事をしているお父さんがいる同級生はいなかったので、なんだかそれだけで彼女がちょっと特別に見えた。小学生の感覚なんてそんなものだ。

ある日。彼女が僕に言った。お父さんがもらってきた写真のカレンダーが家にあるから取りに来てと。

海外の鉄道写真のカレンダーだという。そんなの小学生が買うにはちょっと背伸びが必要なやつだ。もちろん、僕はうれしくてもらいに行くことにした。

教えられたとおりに彼女の家に行くと、家には彼女しかいなかった。お父さんは当然仕事なんだろうけどお母さんの気配もない。というか、お母さんの話を聞いたことがなかった。

他人の家特有の温度とか湿度が、何層にも折り重なっている。玄関を入ってすぐの階段を上がり、2階の彼女の部屋に入った。

部屋の中にはいろんな段ボールが積まれ、ところどころ開封されたり、そのままだったりする。よく考えると、それまで僕は女の子の部屋に一人で遊びに行ったこともなかった。

小学生の女の子の部屋の正しい姿がどんなものなのか。正解も知らなかったけれど、彼女の部屋はおそらくそういった正しさというものは求めていない気がした。あるいは、どこかで求めるのをやめたのかもしれない。

僕がどうしていいかわからず部屋の真ん中で立ち尽くしてると「座って」と、彼女が言った。

「この部屋に誰か連れてきたの、初めてなんだ」

彼女が、いつもの教室で見せるみたいに斜め30度の表情で僕に言った。

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ぴぴぴぴぴ。キッチンタイマーが忘れていたみたいに鳴り彼女は消えていった。

茹であがったパスタの湯気の向こうで、解決のつかないあの日の僕と彼女がどうしていいかわからずにぼんやり揺れている。