靴の時間
電車の中で向かいあった人たちの足元をじっと見る。
そのうち、靴たちが方々で会話をしているのが聞こえてくる。
***
やぁ。どうだい。久しぶりじゃないか。
ああ。そっちこそずいぶんくたびれちまって。
まったくさ。俺ももうダメだね。箱から出してもらったばかりのときは、
どこに行くのも浮かれてたもんさ。
同じさ。今じゃ外へ出て新しいやつらを見るたび惨めになる。
靴になんかなるもんじゃないよ。
そういえば、新しい仕事の話、あれどうなった?
ああ、あれか。駄目だったよ。ひと足違いでさ、若い子に決めたって。
ご主人がっくりしてたみたいだけどさ、
俺は最初からそうなると思ってたよ。
まあおかげでこっちはしばらく現役だけどな。
いいんだかわるいんだかわかんねえ話だな。
まったくね。
どうだい。近いうちにどこかで一杯。
ああ。できるといいな。
駅に到着し、電車の扉が開く。靴たちはいつもの無表情な姿に戻る。
彼らがどこかの居酒屋で再会している姿を思い浮かべながら、僕は自分の靴だけが会話に参加していなかったことに気付き、電車を降りる。