写真_2013-09-16_18_00_21

黄色い夜(再放送)

ターミナルのひとつ手前の駅、というのが好きだ。
なにもないことがわかっていても無駄に降りたくなってしまう。

その日も、森林公園で行われたイベント取材の帰りに、夕闇迫る北池袋で降りてしまった。池袋まで、べつに歩けない距離ではない。

風はぬるく、街の光はまだぼんやりとしている。中途半端な時間ということもあって、人通りも少ない。

だいたい、日曜日の夕暮れに人は無目的に歩かないものだ。こんな時間にふらふら歩いていると、だんだん異界の気配が漂ってくるのがわかる。

そんな僕の隙間を狙ったみたいに、電球を燈した雑貨屋風の店がぼんやり現れる。風除けなのだろう。ペラペラしたビニール様の幕があるだけで、ほとんど露店のようだ。思わず足が向いてしまう。

店内には何語(英語ではないことは分かる)で書かれたのかよくわからないビラがあちこちに貼られ、石鹸らしきものやピンク色の虎のマークが書かれた漬物(?)のようなもの、その他、ありとあらゆる謎雑貨が雑然と積まれている。

センスというものを50年ぐらい倉庫に閉じ込めたら、きっとこんな店ができるのかもしれない。

         ***

ぼんやり店内を眺めていると商品の山と山に挟まれた空間から、煙のように老人が現われる。

店の人? 僕が、勝手にイメージしていた店主の感じと違ったので、すこし動揺する。
どうも、と軽く会釈して店を出ようとすると、老人が僕を呼び止めた。


「ちょっとこれに息をかけてくれんか」

「え?」

老人が差し出したのは、まごうことなき黄色いキュウリ。

「……なんですか、これ」

「息をかけてみれば分かる」

僕は、あきらめて息をかける。ため息混じりに。すると、キュウリの色が変わり始める。黄色かったのがだんだん緑になっていく。

は? と思って、息をかけるのをやめると、また黄色に戻っていく。

         ***

「どうじゃね」

「どうと言われても」僕は困惑する。

「いらんのか?」

「……べつに欲しくはないですけど」

しかし、老人は僕の言うことなど聞かず、キュウリを無造作にレジ袋に放り込んで僕に突き出す。

僕は仕方なく100円を払い、レジ袋に横たわったキュウリをぶらさげ、池袋に向かって歩き出す。


遠くに高層ビルの明かりが見える。

あの明かりの中では、きっと明日の営業会議で使う資料がつくられたり、次の休日に苺狩りに出かけませんかというLINEが行き交ったりしているのだ。

なのに僕は色の変わるキュウリをぶらさげて。


(年末なのですごい昔に書いたnoteの再放送です)