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どこまで厳密に言うか問題

「厳密に言うと違うんだけどね」

いろんな分野の専門家を取材してると、たいていどこかでそのフレーズにぶつかる。

一般人(マウント的なのではなく専門家ではないという意味合いで)には、えっそれの何がどう違うの? な話が多い。

わかりやすいのでは気動車電車の違いとか。

日本気動車電車学会なら(そんな学会はない)絶対に混同は許されない。だけど一般の97%の人には見分けがつかないしどうでもいい。

たとえば、JR東日本で運用されてるこの車両が電車か気動車かなんて、このnote読んでるほとんどの人が「どっちでもいい」と思うのだけど、鉄ちゃん界隈の人とか鉄道車両の専門家は「どっちでもよくない」のだ。

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キハE200形(画像はJR東日本公式より)

この車両は正式な分類上はディーゼルエンジンを搭載している気動車。電気を受けてモーターで走ってないので電車ではない。

なんだけど、リチウムイオン蓄電池を搭載していて、電力でも走れる。雑に言えば自動車のプリウスみたいなもの。ハイブリッドな気動車になる。ほんと興味ない人にはどうでもいい話。


あと最近、身近なところではワクチンを打った時に本来の免疫反応以外の反応があるのを「副反応」と呼ぶのもある。薬剤と違って副作用とは呼ばない。

医療や報道の世界では厳密さが求められるので「副反応」で統一されてるのだけど、生身の人間的に起こってる感覚では副反応でも副作用でも変わりないと思う。

もうひとつ直近で見聞きする「変異ウイルス」。これも「変異種」とか「変異株」と言ったり表記してるメディアもあるけど厳密には間違い。ウイルスの「種」や「株」が変わったわけではない。

こういう厳密な世界って専門家以外にはよくわからないし、わかる必要性も薄い。

ただ、ライターとして専門家とそうではない人の間に入ってある種のディクテーションというかトランスレーションする場合、基本的には「厳密さ」を尊重する必要がある。

もちろん、その厳密さをそのままテキストにするわけではない。もしするなら、相当、いろんな補足説明をすることになる。専門家同士、わかってる人の間ではいちいちそんなのしなくても大丈夫なのだけど、専門的な下地の知識、経験、思考がないと「不都合」が生じるからだ。

さっきの電車と気動車の違いでも、純然たる電車を同じようなものだからと非電化の線路に持って来ても絶対に自走できない。だからそういうことにならないように厳密さをベースにする。

もう一度だけ、例のワクチン関連の話に戻ると、一時期よくメディアでも混同して使われていた「飛沫感染」「空気感染」。これも厳密には違う。飛沫は文字通り、人から発せられる「唾」とか「くしゃみ」とかの水分を含んだもの。

その中にウイルスが含まれていて、触れて取り込んだり、直接取り込んだりして感染するものが飛沫感染。

空気感染も厳密には「飛沫核」(水分が落下したり蒸発したあとのウイルスを含んだ飛沫核。すごく軽い)を吸い込んだり、さらに微粒子(数nmから100μm程度=1nmは1mmの1/1000000)になったエアロゾルとなって空気中を漂うウイルスを取り込んでしまうものを指す。

もう、こうやって書いててもわかりにくい。どれも同じウイルス感染で一括りにしたくなるけど、もちろんそんなわけにはいかない。それぞれメカニズムも対策がまるで違ってくるからだ。

なので、どんな分野の話でも正しく厳密さを求めると、情報量は多くなるしまわりくどいし、なんだかよくわからなくなる。

そこを僕らライターはどこでどんなふうに折り合いをつけるか。

文脈によって、話を聞かせてもらう専門家の人に「この場合は、こういう表現でも問題ないですよね」「ここは厳密なままの表記にして、その代わりに注釈をつけましょう」みたいなことを都度やっている。

ただ、そこを面倒くさがったり「わかりやすさ」の文脈だけで(といっても、ほとんどはわかったつもりになれるレベルで、本来のわかりやすさではないのが多いけど)なんでも一緒くたにして単純化すると、かえって本質がわからなくなって物事を複雑にしてしまう。

本来は、すごく時間が必要なのだ。ちゃんと学んでちゃんと理解して行動するために。あるいは「わからない」と、ちゃんとわかるために。だけど、そんな時間を持てる人は少ない。

結局、こうやって厳密さを扱う文章を書くときに、どうしたらいいのかの「正解」も厳密に言えばない。それだけはわかってる。