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夜の入り口でサボテンは


「暗くなるのが早くなりましたね」

打ち合わせからの帰り道。まだ明るい時間だったので、いつもは通らない公園の脇道に入ろうとしたところでサボテンに話しかけられた。

しまった、と思った。日没前の明るさが残る時間はサボテンの活動時間なのだ。

サボテンは知人にでも偶然会ったかのように話しかけてきて、不意をつかれた僕は、うっかり「ええ」と返事をしてしまった。

「もうすぐ立冬ですからね」

サボテンはすっかり打ち解けた感じで言う。

僕はそのまま歩き去るつもりで言外に「それでは」と含めたのだけれど、サボテンというやつは、自分に反応してくれた人がいると、スイッチが切れるまで話し続ける習性がある。

「それにしても」と、サボテンは話題を変えながら脈絡なく話し続け、「それも済んでしまえばなかったようなものです」で話し終えるまで立ち去らせてくれないのだ。

大きな案件に一区切りついたこともあり、早く家に帰って獅子文六の『コーヒーと恋愛』でも読もうかなどと考えながら歩いていたのがいけなかった。

どこかに無防備な気配を漂わせていたのかもしれない。サボテンはそういうのに敏感なのだ。

         ***

夕暮れが夕闇に変わり、街路灯が「ジジ」という音と共に仄かに点りはじめ、夜の粒子が体にまとわりつくようになってもサボテンは僕に話し続けていた。

「それも済んでしまえばなかったようなものです」が、いつ発せられるかと、それだけ考えて僕はサボテンの話を聞き続けた。

普段ならサボテンの声は微弱な信号のようなものでしかないので、殆どの人は気にも留めない。

しかし、彼らは本質的にすごく話し好きなのだ。あまり知られてないけれど。

「そうだ、そろそろ」と、僕は遠くに終電の走り去る音が聞こえたのを潮に口を開いた。

「そろそろ、帰るよ」

僕の発した言葉が、公園の入り口のほうに吸い込まれていくのを見届けるように、少しだけ沈黙があったあとサボテンが言った。

「あ、そういえば。まだ肝心なこと、お話ししてなかったです」

僕は、思わず身構える。

「特に深い意味はないですが、今年もあと2カ月ですね」