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王様と居た午後

ある朝、目覚めると、わたしの枕もとに王様が居た。
朝の光の中で、王様はとても王様らしくて自然で、とても不自然だった。

わたしは、ああ王様だぁ、と心の中でつぶやく。朝から王様に会うのは、なんだかすごく不思議な気がする。これが夜だったらどうなんだろうと一瞬、考えたけれど、よく考えてみればわたしは王様をもてなしたことなんて一度もないのだ。

王様は何を食べるのだろう。いや、召し上がるというべきなのかな。コンビニのサンドイッチと充実野菜じゃだめかな。まあ、いいや、あとで考えよう。
それより、王様はいったい何しに来たんだろう。王子様じゃなくて王様だってことに何か意味があるのかもしれない。でも、王子様に突然やって来られてもきっともっと困るんだろうけど。


「何を考えておるのかな」

王様はいかにも王様らしくわたしに話しかけてくる。

「どうして、どうしてわたしの部屋なんかに?」

恐る恐る王様の目を覗きながらたずねる。王様のまつ毛ってすごく長いんだとわたしは感心する。

「つまらない、って書いてあったからじゃよ」

――沈黙。

「世界は君が思っているより、ずっと豊かで示唆に満ちておる」
王様は、まるで物語のように私にいう。

「きっと、いつもつまらんものを、つまらんように見ておるんじゃな」

わたしは少しムッとする。たしかに、わたしの視界に入ってくるものといえば、どう考えてもそこから素敵な物語なんて始まりそうもないものばかりだ。
部屋に散らかった、通販の請求書や、返しそびれてる本や、一度使っただけで飽きてしまったグロスの瓶なんかを見渡しながら思う。

「いや、悪かった。そうじゃないんだ。つまり、逆なんじゃよ」

逆? わたしは意味なく自分の爪を眺めながらたずねる。

「そう。世界はつまらんもので出来ておるが、それは見る者がそう見ておるからじゃ。わしの目から見れば、つまらんものなど何もない。わしのような者にはすべてが愛しい。なにしろ、すべては現実にあるのじゃからな。わしと違ってな」

王様の表情のなかに、何か言い知れない哀しみが過るのをわたしは見る。午後2時45分の太陽のように、何かが少しだけ向こう側に行ってしまったみたいに。

「ねえ、王様」
わたしは、王様の前にきちんと正座して言う。

「おうどん、つくってあげる。一緒に食べようよ」


王様はわたしがつくった具のないおうどんを、とてもおいしそうに食べている。
ねえ、おいしい? とたずねても黙ってニコニコしながら。口元のクルンとした黄金色の髭がすっかりつゆに濡れてきらきら光ってもおかまいなしに。

わたしと向き合っておうどんを食べる王様を見ながら思う。他人を愛するというのは、他人という孤独をもうひとつ手にしてしまうことなのだ。他人を愛するというのは、孤独なことなのだと。

ぼんやりそんなことを考えながら食べていたせいで、おうどんが咽につかえて、わたしはすこしむせてしまう。

大丈夫よ、と微笑んだとき、
どうしようもなく王様の顔が滲んでくる。